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ナイフ術はLv3になりました

「それ取得&強化で」

《ナイフ術を獲得しました》

《ナイフ術がLevel2になりました》


犬が牙を突き立てた立方体の機械ーーコーヒーメーカーがミシミシと音を立て始め、あっさりと噛み砕かれる。


「バフガッ」


その間に立ち上がり、

セラミック包丁を逆手に持ち替え、

犬の左眼に向けてに突き立て――

狙いが逸れ、頰を薙いで終わった。


「身体が勝手に動く……⁉︎ もっと強化で!」

《カロリーが不足しています……これ以上は基礎代謝に支障が――》

「続行しろ」


後先?

考えてないわけじゃない。

でもこの状況を生き残るためには最善を尽くさなくては死ぬ。


《ナイフ術がLevel3になりました》


犬は僅かに身をよじるも、怯んだ様子はない。

機械の破片を吐き出し、更に顎門を突き出してくる。


既に空いてる右手を腰元に忍ばせていた。

取り出したセラミック製のフルーツナイフを大道芸人のように中空で回して持ち替え――。


犬がとっさに身を引いた。

警戒して距離をとり、喉の奥を低く鳴らしながらバウバウと威嚇してくる。


《ナイフ術は刃渡り6cm以下のナイフを軸にした動作が最適化されるスキルです》

「どういうこと?」

《戦闘用の領域にありませんので過信しないでください》


いや十分過ぎるだろ。

包丁の扱いが抜群に上達したうえに身のこなしまで体得できている。

一瞬で犬と渡り合えるようになってしまったのがその証拠だ。


「ただこのままじゃあラチが明かない。正直向こうが引く気配ないし」

《あの眼は殺すとかいてる眼ですね》

「これ噛まれたり引っかかれたりしたら怪我するよね?」

《血も出ますし放っておけば感染症になりやがて死ぬかもしれません》


一撃だって喰らえないじゃん。

手負いの獣を相手にするには、もっとナイフ術のLevelを上げるか決定的な隙を作る必要があった。


「ナイフ術を――」

《警告――これ以上の強化は、貧血による失神を招きます》

「……なら奥の手だ」


一か八かポケットからそれ・・を取り出した。

できればこいつは使いたくなかった。


包丁の切っ先を浅く突き立てくるりと半円を描く。

プルトップを持ち上げなくても簡単に蓋が外れるナイフ技術が素晴らしい。


手元にあるのは缶詰――そう先程手に入れた『ツナの味わいノンオイル塩分無添加』である。


《食べてカロリーを稼ぐつもりですか?》

「違う……こうするんだよ」


ツナ缶を差し出すように持つと、唐獅子がピクリと反応した。

仄かに漂うその香りを嗅ぎつけたのだろう。

二三度スンスンと鼻をヒクつかせると口の端からダラダラと涎を垂らし始める。


「ほうらほうらワンちゃんご飯ですよー」


僕は缶詰をゆっくりと左右に動かし、犬の視線を十分に誘導した後――

半開きになったドアから外に向かってぶん投げる。


「よし取ってこい‼︎」

「バウバウ‼︎」


果たして犬が走り出した。

ドアの隙間か飛び出したツナ缶を追って予想通りの外へと出ていってくれた。


今のうちにドアを閉めて、ドアノブに近くにあった傘を差し込む。

これで暫くの安全は確保された。

無理やりドアを破らない限り入れまい。


「ふっふっふっ追い出し成功」

《それにしても困りましたね》

「何が?」

《閉じ込められたままですよね?》

「……」


なるほど後先考えてなかった。

でも他に方法がなかったんだから仕方ないじゃない。


《\(^o^)/》


つかその顔文字止めなさい。


犬が美味しそうにツナ缶を貪っている。

バックヤードでカップ麺を貪っていたのも、襲いかかってきたのも飢えていたからに違いない。

犬も腹が減ってるのだ。


《あの犬は唐獅子と命名します》

「クオヴァディスさん命名するの好きな……唐獅子ってもしかして狛犬のこと?」

《そうとも呼びますね》


確かに神社の境内で見かける犬の石像に似た風変わりな見た目だ。

だが呑気に呼び名を考えている暇はないぞ。

いつかは外に出なきゃいけないから外の犬をなんとかしなくてはいけない。


「さてこれからどうするかなー……」

《更に餌を与えて餌付けするのはどうですか?》

「まさかだろあんな野生の猛獣」


餌やったら懐くなんて生温い考えが通用するのは日本の動物バラエティ番組かweb小説のなかだけだ。


少なくとも野生を手懐けるには時間と根気と十分な餌がいる。

ツナ缶ひとつじゃ、平らげた後に「もっと寄越せ、ないならお前が餌だ」と襲われるだけだ。


「第一餌なんかもうないだろ」

《そうでしたね……おや?》


困っていると何処からともなくひび割れたメロディーが聞こえてくる。

暫くすると霧の向こうの中空に黒い影が浮かび上がった。


「うわっまずい。ドローンじゃないか?」

《ギグルイドローン》


現れたのはやはりプロペラをつけた郵便ポスト――ドローンだ。

すぐに駆けつけてきたところから察するに、近辺を彷徨っていたに違いない。


最悪の状況だけどとにかく、レジカウンターに身を潜めるより他ない。


《マザファッカァァァァ!》

「バウッ⁉︎」

《キルユー、キルユー、キルユー》

「バウッバウッ‼︎」


唐獅子に向けて文字通り問答無用で、中空からのマシンガン攻撃が炸裂した。


だが唐獅子は危なげなく全撃回避してみせる。

驚異的な素早さと反射神経による身のこなしだ。


「あちゃー唐獅子vsドローンが始まっちゃったよ」

《これは寧ろ都合がいいのでは?》


それもそうか。

事の成り行き次第では両者が共倒れしてくれる可能性もゼロではない。

カウンターに隠れたままハラハラしながら成り行きを窺う。


《どちらが勝つと思いますか?》

「望ましいのは共倒れだけど……多分ドローンだろうな」


何故ならドローンには滞空&マシンガンという強力な武器がある。

一方唐獅子は機動力こそあるももの牙も爪も空にいる相手には届かない。攻撃ができなければ勝負にならないはずだ。


《案外、唐獅子もやり返してますね》

「はあ? なんだあれ?」


予想を覆し唐獅子は有効打を与えていた。

しきりにケンケン吠えてるなと思ったら、その度に中空のドローンが小突かれたようにガクンガクンと体勢を崩している。


《あの咆哮……鯨のエコロケーションに似た性質があるのかもしれません》

「エコロケーション?」


尋ねると端末にザクザクと関連記事が表示される。

マッコウクジラの生態について?

世界一うるさい会話?


うーん面白そうではあるけどちょっとゆっくり読む状況じゃないし読むのは後回しにしとこう。


「これは互角……か?」

《いえ、ドローンがじわじわ圧し返しています》


ラーメン屋で遭遇した巨大犬はいくらドローン三機による銃撃を受けても平気そうだった。


だが唐獅子はそうでもないようだ。

いつの間にか攻撃を受けて左前足を引きずっている。

そして一旦動きが鈍くなると、更に追撃を受けてしまうという悪循環に陥った。


《ヒヒヒヒヒット》

「ヴァウッ」

《ヒット、ヒット、ヒヒヒヒット》

「ガ……ガフッ……」


途中一度だけ、唐獅子が隙をついて放った咆哮が綺麗に決まった。


ドローンは外装を散らして大きく体勢を崩したが致命傷には至らなかったようだ。


後はいいマトだった。

蜂の巣になった挙句、血溜まりをつくりながら横たわりついに動かなくなった。


《アイウィン、アイウィン、アアアイウィン》


ドローンがファンファーレを流しながら壊れた音声で勝利宣言を始めた。


だが案外ダメージが大きかったようでよく見ると白い煙をあげ浮遊も不安定だ。


ドローンとの距離はそう遠くないし、背を向けている今がチャンスだった。


「こいつを喰らえ‼︎」


僕はドアを潜り抜けると全身全霊の力で包丁を投擲した。


狙い通りドローンのプロペラに突き刺さり、破片を散らしながら地面にバウンドしたところを思い切り蹴り上げた。


更に追いかけナイフをパーツの継ぎ目にねじ込んで強引に解体バラしていく。


《ガガガガガガガッガッ……テ……ム……》


それでドローンは完全に沈黙した。

喋りもしなければ音楽もならさずただ火花を散らしながらモーターだけを空回りさせている。


だがその後も念入りに破壊し尽くして機能を停止させてガラクタにしてやった。

ナイフ術:

擬似神経可塑回路によって刃渡り6cm以下のナイフをベースにした基礎技能(主に調理)を最適化させる。


エコロケーション(ネット記事 翻訳:クオヴァディス):

マッコウクジラは破壊的な大音量のクリック音を発生させることで有名です。

彼らは雷鳴に似たこの音を用いることで人間には決して真似できない、非常に優れた技術を使います。

大量の魚を気絶させる「狩り」を行なったり、数千キロメートル離れた個体間での「会話」を行なったりするのです。


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[一言] 離れた個体間で会話? ……にげろ!!
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