日頃のご努力の賜物ですか?
「……よし見なかったことにしよう」
僕は「業務命令」とかいうメールをそっと閉じた。
その件名や差出人だけでおおよその内容を察することができた。うん百二十パーセントロクでもない案件だ。
《ドウイッドウイッ》
後頭部をこつんこつん小突かれる。
ドローン先輩がボディを擦り寄せてきたのでおいおい懐いてんのか。撫でて欲しいのかよとか思ったが、違うらしくイヤイヤしてくる。
「もしかして開封しろってこと?」
《イヤア》
「だが断る」
「業務命令」とやらには前回散々な目にあったのだ。
いや実際にはバックレ損ねて地下で女王蜘蛛と戦っただけだけどもね。でもまた同じような無茶振りされるのかと思うと胃液で口が酸っぱくなってくる。
《働かざる……》
「謹んで読ませていただきまーす」
頼むからデストロイモードに入るのは止めろ下さい。
僕には仕事に殺されるか今死ぬかの選択肢しかないのか。
「ふむふむ」
嫌々ながらもメールを展開させると、やたらと小難しく綴られた「業務命令」とやらを斜め読みする。
独特の言い回しや、誤訳じみた語句、更には意味のわからない単語などもあり読解しにくかったがどうやら課題は主にふたつあるようだ。
ひとつは屍食晩餐教団の壊滅。
生死問わずとか殺害推奨などと物騒なことが書かれているのだが、要はコンビニの協力会社に迷惑をかけた輩なのでやっつけてね、と言っている。
「二つ目がよく分からんな。モルディギアンの顕現阻止ってなにさ?」
《……》
ドローン先輩に聞いた僕が悪かったか。
モルディギアンて確かキッズたちが使用している携帯端末の名称だろ。
クオヴァディスさんがパックンモグモグしていたピーター氏のも同じ機種だったし要するにこの時代に一般的に使用されている携帯端末のことだ。
顕現は「形になって現れる」という意味だ。記述を辿る限り、災害だか事故が起きる可能性がある、とも読める。
「何か物騒なことが起きるから気をつけろ、そして未然に防げってこと?」
《イヤア》
「うーん相変わらずの無茶振り」
労働災害なら指差し呼称とか見える化とかすればいいけど多分違うな。コンビニ業務とは関係ない怪物退治的なアレだろう。
ああ嫌だ嫌だ。
例によって成功報酬の記載もあるけど役職と給与が上がる程度で納得できるか。
「だいたい差出人のエリアマネージャはお釈迦になったはずでは?」
《イヤア》
「つまり新しく役職を与えられた輩がいるのか」
《イグザクトリ》
こんなロクでもない案件をブッ込んでくるなんて空気読めないにも程がある。どこのどいつだ。
「まさか先輩とかじゃないですよね?」
《イッツミー》
「……」
そのまさかだったか。
超絶大悲報、使えない先輩が実は使えない上司だったと判明。
役職付いているほうが引き起こす厄介ごとのグレードが高いのである意味納得だが。
そもそも君がホッケーマスクを職質、いやサブマシンガンさえブッ放しなければこの鬼ごっこは始まらなかった可能性あるからーーという言葉は大人なので飲み込んだ。
「えーと日頃のご努力の賜物と拝察致します」
《テテテテンキュー》
残念ながら皮肉は伝わってはいないようだ。
◆
「きひひムダだムダだ。俺は猟犬並みに鼻が効くからなあ」
そしてまたプレデターである。
他のホッケーマスクは兎も角、こいつにだけはどこへ隠れても追いかけてくるのでウンザリだ。
最上階の映画館に適当に逃げ込んだのだが迷わずついてきたようだ。
こう何度も奇襲を受け続けると気が休まらないしいつまでもコンビニに戻れない。
更に言えば討伐をしなくては後ろでマシンガンを準備している上司にお仕置きされてしまうという状況だった。
仕方ない。腹をくくろう。
「きしし、なあコンビニどこだよ。コンビニの場所教えろよなあ? 喰われる前に教えろよなあ?」
気味の悪い笑い声が場内に響くーーそして徐々に間隔が短くなっていく鐘の音。
警鐘スキルの音のテンポと音の大きさ方向で、間合いを計りながら虚空にきらめく斬撃の連続を慎重に回避する。
視覚に頼らない方法であるのだけれど正直、にわか仕込みなのでこれだけでは防御も回避も辛いな。
余談だがドローン先輩は必死に「職質」しようと試みるも相手がどこにいるか判らずオロオロしていた。
正直障害物に成り果てているだけなので援護射撃は期待できそうにないな。
何度か攻撃を交わした後、ここぞというタイミングで持っていたものを投げつける。バシャっと弾けたオレンジの蛍光液が虚空にヒットーーヒトガタになった。
途中通り過ぎたコンビニから仕入れてきた防犯カラーボールの効果は抜群だ。
「きひひ無駄だねえ」
「む?」
次の瞬間ーー消しゴムをかけたようにすっと蛍光塗料が消えて再び姿が見えなくなった。成る程、やっこさんかなり高性能なステルス機能らしい。
「もうおれの姿は誰にも視えねえ。消臭、無音、変温、思いつく限りの隠密系スキルにありったけの寿命をぶっ込んでこの領域に辿り着いたんだ。視えなければ無敵だからなあ」
プレデターは不可視のスキルに相当な自信があるようだ。
これはセコい手を使って出し惜しみしている場合ではないな。反省した僕は予め表示しておいたアイコンをポチポチポチる。
《暗視がLv(略)になりました》
《暗視がLv7になりました》
このスキルをあげるのは池袋駅舎以来だ。現Lvでも暗闇を不自由なく歩けてしまっていたので放置していたが、さてどうなるか。
よし真っ暗な劇場内でも、晴れた昼間と遜色ない状態まで明度が上がった。更に余禄としてプレデターがいる場所に発生する景色のラグがより鮮明になってきた。
これなら白日の元に晒すとはいかないが時間分解を使わずともバックステップのみで的確に回避できるのでカロリー消費を抑制できるはず。
たかだか二つ上げるだけで解決できる問題だったら最初からそうしておけば良かったな。
「おい待て……視えてるのか……?」
プレデターはこれまで以上に的確に攻撃が躱され始めたことに動揺していた。
「寿命累計3,500オーバーの技能構築だぞ? 人生十年分は注ぎ込んだんだぞ? そんな馬鹿なことが!」
「さて試してみようか」
《銃拳道がLv(略)になりました》
《銃拳道がLv3になりました》
攻めあぐね出したので反撃のチャンスだ。
威嚇射撃で刃物ーー鉤爪を封じつつ、接近して掴み、崩し、蹴り倒す。
「触れるってことは視えてるってことだな」
「ぐっ……ふざけやがってこのバケモノが……」
善良な一般市民をつかまえてひどい言い草である。
銃拳道のおかげで殴り合いの経験もない癖にごく自然に近接戦闘ができるようになってしまった。
名前通り銃を組み込んだ変則格闘術で近距離から撃ちながら蹴ったり殴るとみせかけて撃ったりして、プレデターを圧倒できた。
「がはっ……俺を視るんじゃねえ……」
プレデターがそう言いながら起き上がりよろよろと後退する。そして僅かながらに捉えていたはずの姿が薄まっていった。
どうやら光学迷彩だか擬態だか透明化だかのスキルLvを更に上げたようだ。足元の血跡もなくなったのは驚きだ。
まあいい。そっちが隠れんぼを続ける気なら付き合おうじゃないか。どっちがよりスキルを強化できるのか勝負しようじゃないか。