生存戦略を進化させます
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「さて困ったぞ。……どうしよう?」
僕はコンビニのソファで頭を抱えた。
八号さんと少年たちが去り、いつもの日常に戻ったかといえば違った。
解決しなければいけない問題が山積みになっていた。
まあでも悩んでいても仕方ない。
話す相手がいないので声に出してひとつひとつ整理していこう。
「まず問題そのいちーー食料が底を尽きました」
偽フライドチキン? 欠食児童と僕の食欲をなめるな。
ちょびっとの残った分はタッパーに詰めて少年たちに渡してしまった。
もう少し自分用に確保しとけば良かったと今は後悔している。
「いやでも完全に食料が尽きたわけではない。何故なら僕にはミート缶があるからな」
コンビニの陳列棚に並んだ缶詰。
原材料大豆の偽お肉がある限り最低限のカロリーは補給できた。
それから八号さんが残した大量の調味料と古くなった小麦粉もある。
廃ホテルで見つけた鉄板などもあるので、食材さえあればお好み焼きとか簡単な食事は作れるーーはずだった。
「うわ……まっず」
試しに食べてみたミート缶はくそ不味かった。
例えるならシュレッダーにかけた藁半紙を水でふやけさせた後、絞ってできた残骸のような味がした。
以前は美味しくこそなかったがここまでの嫌悪感はなかったはず。
だが今や激辛スパイスや高級岩塩をかけまくって味を誤魔化しても胃が受け付けなくなっていた。
「問題そのに。味覚が肥えてしまったようです」
何とか偽パスタを食べきるが吐き気が収まらなかった。
恐ろしい。
まさか八号の料理を食べ続けることに弊害があるなんて思いもしなかったな。
もはやただ単にカロリーを取るためだけのマズ飯など受け付けない情けない身体に調教されてしまったらしい。
僅かな期間であったがハイクオリティな料理を食べていた舌と胃は贅沢になってしまったようだ。
「仕方ない。こうなったら狩猟をしよう」
外には首狩兎も入道蜘蛛もいる。
グレードの高い食料が選り取りみどりだから、これから先は出歩いて食い繋ぐしか方法はなさそうだ。
「というわけでまずは近辺で狩場できそうなスポットを探すか」
それには親愛なるAI様のお力添えが必要になるな。
「えーとクオヴァディスさん起きてる?」
《……》
それまで消灯していた端末画面がぼうっと光を放ち、いつものデジタルな音声が出力される。
《おはようございます。御用件はなんでしょうか?》
良かった。
話しかければ応答はしてくれるみたいだ。
「とりあえず周辺の道案内を頼みたいんだけど」
《目的はどこですか?》
「池袋周辺で狩りがし易そうな場所を探したいんだ?」
《潮干狩りですか?》
「狩猟だよ。ハンティング」
《承知しました…………検索結果を表示します》
微妙に噛み合わない会話。
遅れて端末に現れた池袋周辺のマップ。
幾つかのスポットマークが表示されるが、それが何であるかを確認して僕は愕然とした。
《池袋のバッティングセンター情報です》
「全然伝わってねえ。えーと……まだ処理はかかりそうだね?」
《質問の意味がわかりかねます。もう一度、御用件をお話下さい》
駄目だ。
明らかに対応が悪過ぎる。
多分これクオヴァディスさんじゃなくて代理のAIかなにかだな。
《他に御用はありますか?》
「ないよ、ありがとう」
そうと告げると《それでは失礼します》と言って端末画面が再び暗くなった。
「うーん」
何とかしたいが、こちらにできるのはない。
この件については余計な負担をかけないよう放っておくのが最善だろうな。
「はい、というわけで問題そのさん、クオヴァディスさんがスリープモードに入りました」
オワタ\(^o^)/
◆
《生存戦略をより上の段階に進化させます^_^》
そうクオヴァディスが告げてきたのは偽フライドチキン祭りの最中だった。
進化という言葉が、この前のバージョンアップの件を指しているのは間違いない。
「実際問題可能なの?」
《余裕で可能です。何故ならクオヴァディスはお役立ちで天才だからです(╹◡╹)イエイ》
なんか調子に乗ってるな。
だがスキルの成長を見込みにくい現状を打破したいのでもし実現可能なら喜ばしいことだ。
折角、最大LVまで強化した悪臭や肉体強化の報酬がないのは寂しいじゃないか。
《但し必要なものがあります》
「なに?」
《Mordiggianと経典です》
少年たちが所持していたあの携帯端末とそこに導入されてるアプリの事だ。
《生存戦略は肉体強化アプリの試作品であり、経典はその何世代も先にある製品版です》
「ふむ」
《故にそこに蓄積されたデータがバージョンアップの材料足り得るはずなのです》
成る程、理屈は最もだ。
「じゃあ少年らに貸してもらうか」
《多分、貸しては貰えません》
「何故?」
《携帯端末は昔以上にプライベートな道具であるはずです》
確かに片手で寿命を弄れてしまうような端末ーーそんなものを容易に貸し借りできるわけがない。
だがどうしよう。
《なに御心配には及びません。御主人様はすでに携帯端末を所持しています》
「クオヴァディスさん以外の?」
どういう事だ?
《ピーターさんを覚えていますか?》
「あー……そういうことか」
ちゃんと覚えているとも。
ピーター氏は謎の死体だ。
池袋駅地下の商業施設で缶詰をバックパックに詰め込んだまま殺されていた人物である。
あの時は彼が何者なのか全く分からなかったけど今ならば推察できる。
多分墓漁りだったのだろう。
そして僕は彼の所持品の一切合切を持ってきている。
役に立たないからと捨てないで良かった。
「ええと確かここにしまってたはずーー」
バックパックを漁ると、底から彼の携帯端末が出てきた。
黒一色の素っ気ない機体ーーそれは少年たちが所持する携帯端末に酷似している。
「それでこの端末をどうするの?」
《画面に近づけてみて下さい》
クオヴァディスの言う通りにすると端末画面がにゅるりと波打って手元の携帯をーーペロリ。
一瞬の出来事だった。
見間違いの様にも思えたが手元にあったはずの黒色端末は忽然と消えている。
《うーん。ごちそうさまでした(๑^ڡ^๑)》
うんどうやら見間違いじゃなかったね。
恐る恐る携帯端末の画面をツンツンとタッチしてみるがそこにあるのは硬質なタッチパネルだった。
「今に始まった事ではないのだけれどクオヴァディスさんて一体何なの?」
《ただの携帯端末のAIです(╹◡╹)ノ》
説得力皆無だから。
もはや貴方、ナビAIの範疇を軽く凌駕してるもの。
一介のAIが物理的にモノを食べたり、企業が開発中だった不思議アプリを勝手にバージョンアップできるものか。
まあ僕は細かいことは気にしない性格だからいいけど他人が見たら正気を失うぞ。
《ではこれより情報の解析と生存戦略の再構築に入らせて頂きます(`д´)ゝ》
再構築?
《処理にかなり手間取ると思われるので暫くクオヴァディスはスリープモードに移ります》
スリープモード?
確かに画面も暗くなり省エネモードになっている。
《最低限の機能は残しますがくれぐれも無茶はしないようにお願いします。おやすみなさい(^^)/》
「いやちょっと待ってくれ」
少し打ち合わせさせて欲しい。
最低でも処理までどれくらいかかる教えてくれないといざって時に困る羽目になるぞ。
《スヤア(-_-)zzz》
「……まじか」
クオヴァディスさんは本当に最低限の機能を残してスリープモードに入ってしまったらしい。
画面が一気に暗くなったかと思ったらーーただの携帯端末画面に戻ったもののうんともすんとも言わなくなってしまった。
……という経緯がありそれ以降、八号と少年たちも出て行ってしまったのである。
故に話し相手が全くいない。
これは本当に大問題だった。