【廃棄地区の悪童たち】
ウルフーー万引き少年の視点です。
◆◇◆◇
いつだって腹が減っていた。
国道十六号線から東京外環自動車道までの帰還困難区域――通称「廃棄地区」。
そこには獣の耳を持って生まれた奇形児たち――棄民児童が売るほどいて、実際商品も同然の扱いだった。
厚生省が催す職業適性プログラムという名前の炊き出しに集まる児童たちは、職業適性がつく頃合いになると強制出荷される。
ウルフが売り飛ばされた先は遊郭だった。
性差問わず容貌に優れたものだけが行ける数少ないまともな職場だ。
ただ客商売は向いていなかったから、かむろに手を出す客を半殺しにして九つで宿を追われた。
残された道は二択になった。
任侠経由で墓掘りの荷物持ちにでもなるか、職安経由でもう一度真っ当な職につくか。
前者は死亡率ナンバーワンの人気職種コース。
待っているのはけつ持ちのヤクザにけつの毛まで毟り取られるピンハネ人生だ。
後者はお先真っ暗な社畜コース。
大抵はMAMA-SON工場行き。最低限の衣食住を保障される代わりサビ残地獄による過労死が待っている運命だった。
他人が敷いたレールに乗る人生は真っ平御免だ、
幸いにもウルフは「経典」適性がA++判定だ。
尾っぽもすぐに生えたし、毒耐性、欺瞞迷彩、ほかにもいくつかのスキルを得ることができた。
だから第三の道を選択した。
即ち後見人のいない墓荒らし。たった一人で有刺鉄線の向こう側――東京へ行こうと試みた。
墓掘りは想像以上に過酷だった。
誰も食料や武器を支給してくれない。安全なルートも、危険な怪物に遭遇した時の対処方法も教えてくれない。
死にそうな目には何度も遭った。
三度目の遠征で何も手に入らず飲まず食わずでくたばりかけた時、カロリー缶をくれたのがあの人だった。
「小僧、大丈夫か?」
他人との生活は存外悪くなかった。
あの人は短い間に色々と教えてくれた。
それからまた独りになって外環を越えるだけの実力が身に付いてからは、柴、幽霊、ダックスが兄弟になった。
いつの間にか舎弟が増えだした。
棄民孤児だけのグール集団が出来上がり、自ら「虐殺武装団腐乱拳」を名乗った。旧時代の漫画喫茶で読みふけったヤンキー漫画からの引用だ。
他のグールを襲っては略奪者まがいなこともしたし、盗みを働いて貧民街や破落戸市場を追われたりもした。
けれど何が起きてもへっちゃらだ。
仲間さえいれば死ぬのだって怖くはない。
控えめに言って最強で最高だった。
◆
「げほっ……かはっ……」
ウルフは噎せながらもなんとか起き上がる。
暫く意識が飛んでいた。
足に上手く力が入らない。経典で強化したおかげで骨は逝ってないがギリギリの状況だ。
「……時間分解は、割と便利だね」
《コンマ五秒なら五百キロカロリー程度です^_^》
目の前のコンビニ店員ーー社畜は明らかに異常だった。
銃を避け、恐ろしい速度の蹴りを繰り出す――獣化もしてないくせにまともな強さではない。
「ステーキ丼を補充したから痛くも痒くもない。カロリーの消耗が難点だと思ったけど時間を刻んで使えば、十分活用できそう」
《ですです》
今は看守と何かを喋ってまるでこちらを見ていない。まるでウルフなんか相手にしていないかのようだ。
その余裕ぶった振る舞いが癇に障った。
「ええっと少年、質問があるんだけどいいかな?」
「あ゛?」
「勝敗はどうすれば決まるんだろう」
「そいつは――……」
だが舐めすぎた態度は命取りだ。
ウルフは向こうの死角になった位置に隠した銃をゆっくりと掴み直した。
「くたばった奴の負けだ!」
頭でも、腹でもどこでもいい。
一発でもぶち込めばこっちの勝ちだ。
だが驚くべきことに社畜はへらへらと笑いながら、すべての銃弾を躱した。そして音もなく目の前に近づき銃をくるくると弄んでいる。
それはウルフが手にしていたはずの銃だ。
「いやはや容赦ないね。殺したらID、手に入んないんじゃない?」
「糞が……バケモンが死ぬわけねえだろ」
「スカンクの次はバケモノ呼ばわり。お仕置きだな」
次の瞬間――膝が崩れる。
理解が追いつくより前に社畜に組み伏せられた。
いったいどうなっている。
《悪臭がLv9になりました》
《悪臭(凝縮)を発動しましたΨ(`∀´)Ψ》
「何を――」
社畜の人差し指に黒煙が生まれる。
チューインガムのような甘ったるい匂い――同時に本能が恐怖によって揺さぶられる。
あの胸糞悪い毒ガス攻撃をぶつけてくるつもりか。
「ぐはっ!」
弾けた中指がウルフの額に被弾。
指を弾いただけなのに強烈な痛みに襲われる。
そして更に吐き気とめまい――内頬を犬歯で噛んで堪えた。
「経典」で毒耐性のLvを上げてなかったら意識を持ってかれていた。
「なかなかタフだけど、どこまで耐えられるかな?」
《悪臭がLv10になりました》
《悪臭(凝縮)を発動しましたΨ(`∀´)Ψ》
「そんなもん痛くも痒くも……――ぐはっ」
社畜は既に銃を手にしている。
だがそれをあえて使わず執拗にデコピン攻撃を繰り返してきた。
ヘラヘラと楽しんでいる素振りに寒気を覚える。
甚振りながら殺すつもりなのか。
「そもそも君らはなんでこんな場所にいるんだ? 六号線は危険なんだろ?」
「……仕事だ……ボケが」
「コンビニ強盗が?」
「墓掘りだけじゃ食ってけねえ……みんな腹減ってんだ……ID寄越せや……」
「ID」――それがあればウルフたちは「めでたしめでたし」だ。
社畜をわざわざ誘い出したのはドローンとの戦闘を避けた安全な形で、コンビニを掌握するためだった。
ありったけの商品を強奪して持ち帰ればひと財産になる。
秋田の件も解決できる。お伽話が終わるように飢えもせず遊んで暮らせるはずだった。
今となっては後悔しかない。
正直舐めすぎていた。コンビニに入店できた段階であの社畜を撃ち殺せば良かった。
「……」
だがまだ負けてはいない。
逆転の機会は残されていた。
わざわざ社畜の会話に付き合ったのは注意をこちらに引きつけるため――
「く……くたばれええええええ」
チェーンソーを回収したダックスが叫びながら必死の形相で駆け込んでくる。
気の良いやつだがノータリンなのが玉に瑕だ。叫んだら奇襲の意味がないだろ。
他の意識を取り戻した幽霊と柴、それから退却した連中が武器――ショットガンを回収、弾丸込めが終わっていた。
これでよし。
最悪、ウルフごとでもいい。
社畜を撃ち殺せれば、後はコンビニのドローンを始末するだけで大金持ち。
万々歳のめでたしめでたしだ。
だが――
幾つもの銃声が重なる爆音。
「は?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
仲間は全員、己の手元を唖然とした顔で眺めている。
「ありえねえ……」
仲間の武器が全部ガラクタと化していた。
あの社畜は周りをよく見もせず、音が重なるほどの連射でこれを成し遂げたのか。
「邪魔が入ったけどもう大丈夫。さあタイマンの続きをしようか?」
社畜がこちらを向いて微笑んでくる。
こいつは常軌を逸していた。
強さが。
それ以上に精神が。
たった今、ここにいる全員を一瞬でヘッドショットできると証明してみせた。
それにもかかわらず遊び足りないとでもいうように決闘を続けようとしている。
ウルフは自らの心がへし折れる音を聞いた。
「……負けだ」
「うん?」
「降伏する。もうあんたの店には手を出さねえ」
「それは助かるよ」
「俺は殺してもいい。でも……仲間だけは殺さないでくれ」
誤算は目の前の社畜に手を出したことだ。
ようやく理解した。自分たちはとんでもない相手を怒らせてしまったのだ。
生殺与奪はこの異常者に握られていた。
散々いたぶられた挙句皆殺しにあうのなら、一人でも多く逃すべきだ。
「さて。じゃあ、とりあえずは――」
ウルフが死を覚悟した時――
グウウウ。
どこからか腹の鳴る音が聞こえた気がした。あまりにも間抜けすぎるタイミングだ。
そういえば昨日からろくに食べていなかった。最後にありついたのは蜘蛛とカロリー缶だったか。
どうせ死ぬならうまいものが食いたかった。もう一度だけでいいからお腹いっぱい。そう思った。
「ごはんを食べようか」
「は?」
社畜は拳銃をしまい立ちあがると、こちらに手を差し出してきた。
暫くその言葉と行動の意味を図りかねて、ウルフは呆然とした。
目の前の社畜は本当の本当に常軌を逸しているらしかった。
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色々用語出てきたので次回あとがきで用語解説します(予定)。