タイマンを張りましょう
《悪臭がLv6になりました》
《悪臭がLv7になりました》
《悪臭がLv8になりました》
《スキル――悪臭(全体)を発動しました(屮`Д´)屮》
「おゔぁ」
「うぐぅ」
「ぐはぁ」
更に色濃くなった煙幕――三人がフラついた。
鉄パイプを捨て、腹パンを数発加えるとひれ伏した。打撃自体は有効らしい。同じ調子で残りの二人も倒す。
ううんと悪夢にうなされるようなうめき声をあげのたうっている。暫く起き上がれないだろうが念のため、悪臭を吸わせて昏倒させておいた。
「これでよし」
辺りが急に静かになった。見渡すとまだ数名残っていたが距離を取りながら慄いている。戦意喪失しているようで向かってくる様子はないようだ。
念のため、拳銃を取り出すと彼らの足元を数発撃った。情けない悲鳴をあげながらどこかへ散っていく。
君らさっきまでの威勢はどうした?
《さすがに過剰防衛では?》
「自己防衛だよ。住所を押さえられてるんだぞ。徹底的にやらなきゃ仕返しが怖いよ」
無論ただの脅しだ。略奪者とはいえ殺すつもりはない。勝ち目がないことを理解させたうえで、心を折るだけだ。
徹底的に脅しておけば二度と襲ってきはしまいという算段である。
《では再起不能にしましょう。防毒マスクと手荷物を取り上げて手足を折るのは如何ですか》
「それ殺すより無慈悲なのでは……」
クオヴァディスさんは極端過ぎるのだ。
戦闘が終了したのでロビーを歩き回った。勿論、昏倒している連中の武器を取り上げて回るためだ。
「……結構あるな」
包丁やら刃物が七つ、バールのようなもの一本、錆びたチェーンソー一機、火炎放射器に改良した消火器一本、鉄パイプ長銃が七丁。
どれも物騒なものばかりだ。さすがヒャッハーさんだけある。
ちなみに銃はどれも撃ち尽くしていた。銃撃がすぐ止んだのは元々残弾が少なかったのが原因らしい。
「おや……これは?」
《配送中、彼らに襲われたようです》
スクラップと化した機械を発見――配送用のドローンだ。僕らが待っていた便だろう。状況からみて飛行中、撃ち抜かれて墜落したところを襲われたようだ。
近くにはmama―sonのコンテナボックスが転がっていた。中にはライトミートの空き罐。他にも吸殻と酒瓶。酒盛りでもしていたのだろう。ゴミを捨てるのはいいけど分別くらいはしよう。
《ドローンRIP(-人-)》
「荷物が届かなかったのはこいつらが原因か」
《私が発注したはずの予備の銃が見当たりません》
回収した武器のなかにもないので逃げた連中が持っているのだろう。
他に何かないか。
大きめの黒いショルダーバッグを発見。だがよく見ると黒いわけではなく内側から赤黒ずんでいるとは判明。
何か非常に生臭い。嫌な予感がしたので開けるのをやめた。
「ええとちなみにどんな銃頼んだの?」
《威力重視の拳銃をセレクトしました》
「ほう」
《具体的には象の頭蓋骨を砕けるやつです》
「なにそれ怖い」
クオヴァディスの言い分としては現在使用している拳銃だけだと大型怪物に有効打を与えにくいから使い分けできる類を選んだのだそう。
弾数少なめで扱いにくいけど威力は抜群のやつらしい。ちゃんと考えて選んでくれたみたいだ。
まあ盗まれたのだけれども。
「さて本人たちに銃の行方と目的を聞くか」
《ですです》
万引きが僕をここに誘い出す手段だとしたら、目的は別にあったはず。
大方略奪だろうけど直接コンビニを襲撃しなかったのはどういう理由だろうか。
近くでぐったりしている犬マスクを起こして訊くことにした。こういうのは慣れてないから兵種「尋問官」とかあればいいのに。そう思っていたらクオヴァディスが動画のサジェストをしてくる。
《尋問のマニュアルを流しましょう(╹◡╹)》
「あるんだ」
《まずは御尊顔を拝見です》
恐る恐る痩せぎす長身の犬マスクに手を伸ばす。ぷんと鼻をつく、煙草と体臭の混じった臭い。
うへえ。どれだけ風呂に入ってないんだろ。着ているものもよく見れば血と泥だらけで不衛生きわまりない。
どうせけむくじゃらのおっさんだろうなと思いながら指先で摘むようにしてマスクを外して――。
《やはり犬耳がありますね》
「……」
グールというのはもれなく獣耳付きなのだろうか。ドレッドヘアの頭頂部の左右にはふさふさの三角耳が生えていた。継ぎ目はない。取り外し可能なアタッチメントではないようだ。そして柔らかく温かい。
だが問題はそこではない。
僕は八号から「グールは荒くれ者」「略奪者」などと聞いていた。だからてっきり彼らをうらぶれたおっさんばかりだと思っていた。
だがその想像は裏切られてしまった。
「クオヴァディスさん……こいつ幾つに見える?」
《十四、五でしょうか?》
少年だった。
大人並みの長身だったが顔つきは幼く、明らかに未成年だった。さっきの万引犯と同年代くらいだろうか。
「……」
改めて辺りを見渡してみる。戦闘中は気づかなかったが倒れている連中は小柄で華奢なものが多い。
マスクを剥がして回るまで分からないが、嫌な予感がした。
《他の人たちも確認してみましょう》
「……うん」
最後に倒した巨漢、さすがに図体からしてこいつは大人だろう。
そう踏んでマスクを剥ぎ取ってみたが――。
あらわれたのは幼さの残るもっちりして赤い頰。あどけない顔ですやすや気絶している。ベイビーフェイスの巨漢だ。
「おいおいグールは子供しかいないのか……?」
「仲間を放せ、スカンク野郎が」
「!?」
足元で火花が散り、床がえぐれた。柱の陰に隠れていたらしい万引少年があらわれる。
ロビーにいたならマスクのなしのまま悪臭を喰らっていたはずだが、意識があるらしい。
《配送中奪われた銃です》
たしかに手には似つかわしくない大きめの拳銃が握られている。あれが象殺しか。
「というかスカンク野郎?」
《悪臭のせいですね》
「なるほど不名誉だ」
「そいつ放して、俺とタイマン張れ」
向こうは、僕が人質をとっていると思っているようだ。確かに銃を手に、童顔巨漢くんの襟首掴んでいるこの絵面は、そう見えてもおかしくない。
「タイマン?」
「一対一の決闘だ」
何故そうなる。
僕は生まれてからこの方、口喧嘩すらろくにしてきてないんだぞ。
いやそうではなく、こっちは一方的に襲われた被害者だぞ。
「おれが勝ったら店のIDを寄越せ。負けたらてめえの店から手え引いてやる」
「その条件に僕にどんな得があるの?」
「ごちゃごちゃうるせえ……我献血和時間!」
万引き少年がポケットに手を入れると、その姿を滲ませ始めた。
いや人の話を聞こう。
タイマンとかヤンキー漫画の読み過ぎじゃないの。というツッコミを入れる間も無く、少年は襲いかかってきた。
「クオヴァディス……生存戦略」
《時間分解を起動します》
《最大利用可能時間はコンマ五秒です》
ガツンという強烈な酩酊感。
トリガーハッピーに似ているが明らかに違う視界と感覚。周囲は色を失いモノクロになり、視覚以外のすべてが鈍くなる。そして身体はまるで泥沼に浸かったように鈍い動きになった。
端末に表示されたタイマー ――ゼロコンマ五秒。カウントダウンされていく数字が非常にスローペースだ。感覚的に十分の一秒がただの一秒に引きのばされている。
万引き少年の周囲でゆっくりと何か粒子のようなものが煌めき動いていた。あれが陽炎の正体か。霧に似たものを纏って迷彩代わりにしているようだ。
火花。
少年の銃口から放たれた弾が他の何よりも速い動きで空気を掻き分ける。但しその方向はてんでデタラメで避けるまでもない。
残りはゼロコンマ三秒。
僕は水を掻き分けるようにまっすぐ近づいた。
それからすべきことをした。
即ち――足の裏にみっしりとかかる負荷。そしてくの字に身体を曲げた少年が、粒子をゆっくりと散らしながら後方に押し出されていく。
カウントダウンの表示がゼロになる。
アラームと共に、再び周囲に色彩や感覚が戻った瞬間、少年が勢いよく床にバウンドした。
《秒殺です^_^》