貴方たちは善良な市民ですか?
「クオヴァディスさんは、あの猫耳気にならない?」
《形状から言えばあれは犬耳です。大変興味深いです(╹◡╹)》
違いはわからんがどうみても獣人だ。この世界に常識を求めるつもりは毛頭なかった。ただここまで酷いとは思わなかった。
《獣耳の他にも肉体改造を受けた痕跡が見受けられますね》
「確かにあるな」
指手腕に至るまで人間の形状を残しつつ、目のギラツキや犬歯、そして鉤爪など所々が異形化している。
相手はどういうわけか既に疲弊していた。
今なら引っ捕まえて洗いざらい問いただすこともできそうだ。何故そんな姿なのかとか、あの陽炎はなんなのかとか聞きたいことは色々ある。
「……」
だがこちらが動き出すよりも先に――
「よっしゃああおらあ」「ぶっころすぞこらあ」「なんにてんじゃわっれえ」「どこちゅうじゃわれえ」「いてまうぞおらあ」
人影が何処からともなく現れた。ロビーに配置されたソファやカウンターの陰に隠れていたらしい。いきなりぞろぞろと現れて、よく分からない混沌とした威嚇の言葉を投げつけてくる。
各々毛皮のついたフードごと被り、そこからのぞくのは悪趣味な犬マスクの鼻先。そして全員鉄パイプやら釘の生えたバットやらナイフやらといった凶器を携えていた。
《とても友好的な雰囲気です^_^;》
「取押さえに協力してくれる善良な市民さんたちかな?」
言ってみるが可能性は空気中に漂う塵より小さそうだ。
服装からして少年の仲間――状況からみて待ち伏せ――ならば万引きの目的も、商品そのものではなく、誘い込むことか。
そして万引き少年はいつのまにか消え失せていた。
「えっと……クオヴァディスさんなにかアドバイスない?」
《財布とキャッシュカードを差し出して全裸で土下座すると効果があるかもしれません》
「役立ちそうなライフハックを有難う」
万引きが恐喝事件に発展しそうな雰囲気だ。これが人類との初対面なんて最悪だな。いやカツアゲで済めばいいけどもっとひどいことになりそうだ。
既に「しゃあおらあ」と鉄パイプを持った男が襲いかかってきていた。他の連中も雪崩れ込むように続いている。
混戦必至の状況だ。
だが驚くべきことに彼らの動きはこちらの予想を大きく覆すものだった。
「なんというか……」
《非常にスローです^_^;》
首狩兎の斬撃に比べたら止まって見える。
反撃するつもりはなかった。
なかったのだがつい反射的に放ってしまった手刀――
避けられると思いきや鳩尾にヒット。
「おぐはぁ」
犬マスクその一はそのままうずくまり崩れ落ちてしまう。
「嘘だろ?」
畳み掛けるように前後左右から殴りかかってくる二人の輩にも更に手刀で対応。首と側頭部――即ノックアウト。これはない。最悪怪我してでも強行突破と覚悟していたのにこれはない。
これは脆い。弱過ぎる。
「裸土下座の覚悟を返してくれ」
《御主人様》
「ん?」
《俺tueeするチャンスです(╹◡╹)》
「どこで覚えたその言葉」
だが本当に素手だけで対処可能っぽい。覚えたばかりの時間分解とか縮地も必要なさそうだ。
回避、手刀、回避、手刀、手刀、手刀、手刀。カンフー使いの気分でひたすら攻撃を避けては手刀を繰り出して一撃でのしていく。
グール。荒くれ者。池袋に辿り着けるのは癖の強い猛者。
そんな八号の言葉を思い出していたが、うずくまる彼らは今までどうやって生き残ってきたのか不思議なほどに貧弱ーー。
警鐘。
「ん?」
後方に控えていた一人が鉄パイプをこちらに向けていた。
何故、と考えるよりも先に体が動く――パンッ!
景気の良い音と共に背後にあったテーブル上の花瓶が粉微塵になった。
銃か。
《鉄パイプ型の長銃です》
「そんなに現実甘くなかった。……うーん最初の人間関係がこれか」
慌てて柱に隠れてやり過ごす。
他の武装した連中も次々に発砲してきた。銃弾の雨霰だ。
まあ有るよね近代兵器。
でもまさか人に向けてくるとは。
《……銃撃が止みました?》
「どうしたんだろ。……まあいいや生存戦略」
《起動しました》
君たちさ、怪物やドローン撃つのとは道理が違うんじゃないの?
人に銃を向けるからにはそれなりの覚悟できてるよね?
《悪臭がLv2になりました》
《悪臭がLv3になりました》
《悪臭がLv4になりました》
《悪臭がLv5になりました》
《スキル――悪臭(全体)を発動しました(屮`Д´)屮》
全身から真紅に近い色彩の煙が湧き上がってくる。強化した甲斐があり神輿入道に喰らわせたよりも強力そうだ。
「さて」
柱から出るとロビーをゆっくりと歩きながら悪臭を撒いていく。
元々、虫と獣用のスキルが合体したものだ。防毒マスク着用者に本来の効果は期待していない。
だが色付きの煙のおかげで辺りの視界は完全に塞がれた。これで銃弾の脅威はある程度抑えることができたはず。煙幕としては十分役立っている。
ちなみにこちらから敵の位置は、暗視で丸見えだ。
そして――
こちらが仕掛けるよりも先に「うぐっ」「おげぇ」と犬マスクたちが喉元をおさえながら無力化されていく。
いいね。いいね。レベルを上げたら悪臭としての効果も絶大のようだ。
「うへぇ……ちゅーいんがむ、むたいな、におい……」
「兄者、うおぇ……二日酔いみてえにき、きぶんわりいっす」
「ダックス、弟者、息止めんかい。俺らだけで……殺ったるで」
「……おや」
大抵は近くだけでのせたが例外もいるようだ。
犬マスクのうち一際体格が良く、威圧感がある犬マスク――ひとことで言えば巨漢が立ちふさがった。
左右の腕には盾がわりの道路標識「三十キロ規制」「幅員減少」。
そして手には「止まれ」の標識がついたポールを薙刀のように携えている。
「おまえ……しね!」
暴風を伴った力強い攻撃――だが動き自体は他の連中と大差がなく凡庸だ。
悪臭も効いてないわけではなさそうだし、これなら容易に勝てそうだった、と思ったら唐突に痩せぎすの長身二人組が現れる。
巨漢の背後に隠れていたらしい。
左右から鋭い複数の刃物による連打――鉤爪か。動き自体はそこそこ素早いだけだが、明確な殺意の乗った攻撃なのが恐ろしい。
「うぉ、しんしぇ、はあ、しじぃん(我献血和時間)」
やにわに巨漢が何かを吠えた。
身につけていたコートの胸部や腕部分がみちみちと音を立てて膨れ上がる。明らかに上半身が筋肉強化されたのが分かった。
更には露出した手のひらが獣のような体毛によって覆われる。
「獣人化?」
《興味深い現象です》
その非常識な肉体変化は、先の少年の芸当に似ていた。だがそれ以上に別のもの――生存戦略を連想させる。
無論、僕は僕で傍観しているわけではない。煙幕に紛れながら拾った鉄パイプ銃を、バットがわりにして巨漢の腹部を殴りつける。
「グフゥッ……き……きかないんだな」
「!?」
だが倒れない。
防弾チョッキでも仕込んでいるのかゴムのように硬い手応えがある。
ふむ、効かないならばこうしよう。
一方その頃、
《ふたりとも、どこ行ったんやで?》
《《《ファッキン消失》》》




