お客様はグールですか
予告通りタイトル変更致しましたので御注意下さいませ。本作はドゥームズデイ・ピクニック・ガイドブックです。
《店長、お客様です(╹◡╹)》
「!」
忘れてた。
居住空間として活用していたせいで頭から抜けていたがここはコンビニストアだった。接客しなければならない。
「いらっしゃいませー」
お客様――黒いレインコートの人物はこちらを一瞥してから無言で巡回した。背格好は細身で小柄だ。ポケットに手を突っ込みながら店内を物色している。
このタイミングで人と遭遇するとは思わなかった。
《あれが墓掘りさんなのでしょうか》
「単独行動かな?」
外を見るが、連れはいなさそうだ。
《あの格好、お客様として問題があるのでは?》
「霧を防ぐためじゃないか?」
お客様は人相がわからなかった。
フードを目深に被り、更には犬面のマスクを装着していたからだ。
入店マナーとしては完全にアウトだが外は霧。マスクをしなければ健康被害があるらしいので「脱げ」とは言えない。
ヒソヒソとクオヴァディスと会話をしながら様子を見ていると、一巡したお客様がカウンターにやってきた。
「何か御用ですか?」
「ハイダ」
「はいだ?」
犬マスク氏が短くそう告げてきた。
言葉の意味がまるで理解できなかった。なるほど、自分とは世代どころか生きてきた時代そのものが違うのだ。二十五年間のギャップで言語が通じなくなる可能性もありえなくない。
「ハイダーク」
「……もしかして煙草ですか?」
high darkというタバコの銘柄があるのを思い出した。
大慌てで背面の煙草商品が並んだ棚を探すと御所望の商品が見つかる。僕が生きていた時代にもあった銘柄がまだ残っているんだなあと妙な感動をする。
カウンターにそっと一箱差し出したら、犬マスク氏がそっぽを向いた。
「ソフト」
「そふと?」
箱じゃなくソフトケースを御所望らしい。
喫煙者ではないから分からないけどパッケージが違うと湿気の関係で味が変わるっていうよね。了解。
改めてソフトケースの商品を差し出してみるがまたそっぽを向く犬マスク氏。
「メンソール」
「めんそーる?」
薄荷風味を御所望らしい。
だが取り出しても更に却下を食らう。
「カートン」
「……」
単語で全部言わないでほしい。脳まで犬に成り果てたか。という皮肉を飲み込むと、にこやかな微笑みの仮面を被る。それから後ろの棚に並んでいる箱詰めの商品を取り出した。
「こちらでございますね」
「……」
ようやく正解したようだ。
犬マスク氏はレジ袋に押し込んだ煙草の箱詰めを無言で引っ手繰ると店を出ていってしまった。僕は呆気にとられながら暫くその後ろ姿を眺めることしかできない。
「ええっと……ありがとうございま……どういう意味?」
《御主人様》
「いや急に接客しろって言われても無理ってもんでしょう。お客がくるなんて思わなかったもん」
気が緩みまくっているところに現れても、まともに接客することなどできるはずがない。ていうか無愛想な客だったな。単語で喋るなよ。いくら店員相手だからって最低限の礼儀はあるべきだろう。
「やば年齢確認せずに相手売っちゃうのはアウトだったかな。未成年かも」
《そんなことよりも肝心なことが済んでおりません》
「どういうこと?」
《お会計です¥》
「やば!」
慌てて店から出て、犬マスク氏を追いかける。走っている後ろ姿が見える。追いかければまだ追いつけそうだ。
目覚めて最初に遭遇した人類がまさかの万引き犯。とりあえず追いかけるしかない。
《働かざる者には死を》
《働かざる者には死を》
《働かざる者には死を》
犬マスク氏を追いかけて店を出ると案の定、聞き覚えのある警句――いや死刑宣告が聞こえてきた。
キグルイドローンもとい警備ドローンである。
蜘蛛戦で全滅したのだがクオヴァディスがどこかに申請して補充してもらったのだ。
扱いとしては備品兼従業員。更にいえば僕より高給取りらしい(ぐぬぬ)。
それら数体がhigh darkのカートンを抱えた万引き犯を囲み、今まさに機関銃から弾丸を放とうとしていた。
泥棒なんて馬鹿な真似するから皆さん怒ってるのだ。だがいくら万引き犯とは言えそれはやり過ぎ。
「ちょっと待――」
制止しようとしたが時すでに遅く、耳が痛くなるような銃撃音が――。
《ファッキン物標消失!》
《ファッキン物標消失!》
《ファファファファッキン物標消失!》
何が起きた。
ドローンたちが右往左往し始めた。まるで犬マスク氏が見えなくなったように機関銃の銃口を向ける先を探している。
犬マスク氏はいた。自らと周囲を陽炎のように揺らしながら。そしてそのまま走り出して包囲網を突破。
《認識阻害のようです》
「ニンシキソガイ?」
《御主人様のスキル――ジャミングに似た現象です》
いつの間にか姿がはっきりしている少年を追いかける。足が異様に速い。ただスピードがあるだけではなくそのフォームはかなり異様だ。
犬マスク氏はアスファルトの地面に手をつけ四つ脚で疾走していた。さっきの不自然な陽炎といい常軌を逸したアクションだ。
《時速46キロ出ています^^;》
「無茶苦茶足速いけどまるで獣だな」
今となってはタバコを取り戻すことより犬マスク氏への興味の方が優っていた。何故、あんな人間離れした動きができるのか。
駅前の巨大なビルが立ち並ぶ通りで見失った。だがドローンの銃弾を受けていたらしく点々と赤く濡れた跡が見つかった。
「ここか」
巨大な廃墟――シティホテルを見上げる。
ガラス張りの壁面は汚れ蔦で覆われ何も見通せなかったが、血の跡は入口の奥まで続いている。
《万引きは犯罪です》
「……!?」
果たして犬マスク氏はロビーにいた。
壁に向かって怯えるように後退しながら、コートのポケットを弄っている。武器を取り出すつもりか。
「危害を加えるつもりはない。お金を払うか商品を返してくれれば傷の手当だって――」
「我献血和時間」
犬マスク氏が聞きなれない言葉で叫んだ。
再び陽炎が発生――その姿がおぼろげになると同時に動き出した。
「疾っ」
何か飛んできた。蹴りだ。
ぼやけているせいで回避しにくいが攻撃自体は非常に軽い。
余裕で対処できる、と安易に考えていたら鋭い何かで指先の皮膚が切れた。
攻撃に刃物を混ぜてきやがった。はっきりと見分けがつかないので非常に厄介だ。
《認識阻害の効果は恐らく数秒です》
「だな」
《そろそろ解けます》
犬マスク氏の周囲がはっきりと像を結び出す前に、取り押さえてナイフを奪おうとした――が避けられた。
代わりに犬面マスクとフードに指がかかり、その容貌が露わになった。
「ぐるるるる……」
少年はくるくると踊るように回し蹴りの連続を浴びせ距離をとると、身を低く屈め、低く唸った。
泥まみれの頰。犬歯の覗く口元。ぼさぼさの髪の毛。キレのある瞼を大きく開き金色の縦長の瞳を爛々とさせている。
ナイフは持っていない――あれは鉤爪か。
そして極め付け――彼の頭部には獣のような三角耳があった。
《お客様、未成年者の喫煙は法律で禁じられています(ò_óˇ)》
いや、そこじゃない。