お客様はどなたですか?
《「狂った設計思想と常軌を逸した科学技術が織り込まれた工業品」。略してRGMとも呼ばれとる》
新商品は製造目的、製造方法、製造者その一切が不明。
分かっているのは超常的と表現して差し支えない機能を有すること。唯一の手がかりとして商標に製品の性質を示す名称が刻まれていること。そして東京圏内だけで拾えること。だそうだ。
《噂やと野生化した3Dプリンタが製造んどるんやないかゆわれとるけど真相は知らん》
《新製品、面白そうです。他にもシリーズがあるですか(╹◡╹)》
クオヴァディスさんが俄然興味を持ったようだ。
《色々あるけどドロップ率が高いんは、絶対に急所に命中する拳銃の©︎Deadeyeシリーズとかやな》
《ほほう》
物騒だな。
《あとは酸素から水を補充してくれる水筒の©︎Unlimitedシリーズ、それから忌まわしき©︎Controlシリーズ辺りやな》
某ネコ型ロボットのおなかから出てきそうなアイテムのオンパレードだ。どことでも繋がっている扉とかお尻で飛行できる竹製プロペラとかもあるんじゃないの。
新製品というか未来的シークレットガジェットだね。
《役に立つもんばかりやないで。少し前に発見された©︎Deadeyeは「二階からさしても絶対命中する目薬」やった》
「何に使うの?」
《二階からさすのでは?》
「いや、なんのためだよ」
思わず突っ込まざるを得ない高性能なかつ無意味な品だな。新製品とやらは兵器じみた日用品から用途不明な玩具まで様々なものがあるそうだ。
まあ人体改造可能な携帯端末が存在するのだから、絶対に壊れないラジオくらい存在してもおかしくはないか。目をさましてから向こう驚くことが多過ぎて感覚が麻痺してきている。正直、新製品の話を聞いても東京には色々なものが存在するなあとしか思えなくなってきたな。
《まあ理不尽に意味求めてもしゃーないやろな。そんな珍品でも新商品なら「外」の故買屋で恐ろしいほど高値で売れる》
技術的に再現不可能なその品々を喉から手が出るほど欲しがる人はたくさんいるからだ。まあ当然か。
たいていは企業が買い上げるか資産家の個的所有物になるそうだ。このラジオも数年は遊んで暮らせる金になるとのこと。
《ちゅうわけでグールたちは一攫千金目指して東京くんだりまでくるんや。……まあ滅多に見つかるもんやないし血眼やけどな》
「……」
僕はなんとなく人里の話が気になっていた。怪物や霧のなかをわざわざ出稼ぎに行くグール。そして旧時代の生活用品に依存しながら生きている人々。もしかしなくても文明がかなり衰退しているようだが大丈夫なのだろうかね。
《御主人様はどんな新製品が欲しいですか?》
「じゃあ無限に食べ物が出てくる冷蔵庫か、ジュースの出る蛇口」
《御主人様は夢がありませんƪ(╯ᆺ╰๑)ʃ》
なにそのヤレヤレ的なリアクション。いやだって欲しいだろ。あれば一生食いっぱぐれないぞ。
《兄ちゃんらしいっちゃ兄ちゃんらしいな。お代わりどうする?》
「ください。肉二枚乗せてください」
《育ち盛りか》
目の前に分厚いステーキがダブルでのったドンブリが現れる。モグモグ頼んだら食事が出てくる環境。素晴らしい。
ここは地獄のような場所だと思っていた。
だが八号さんが居てくれれば食事情はクリアできる。もしかしたら人里とやらよりも余程暮らし易いのかもしれない。
◆
「ふはー」
ソファにどっかり横になる。ステーキ丼の余韻に浸っていた。素晴らしい充実感。これまで飢えに苛まれ、ろくでもないものを食べ続けてきた。だがついに幸福を掴んだのだ。
「ステーキ最高」
何より素晴らしいのは未だ肉が尽きていない点。冷蔵庫のスペースを空けて保存してあるから、八号さんに頼みさえすれば、いつでも好きな時にステーキ丼を食べることができた。
「飢えないって最高」
《今まで散々苦労しましたから》
「……だがしかしここで終わらないところが僕のすごいところだ」
《さすが御主人です。略してさすごしゅ》
僕は寝転がりながら端末を手に取り、alwaysの発注専用アプリを起動した。
「次なる野望、それはソフトドリンク」
ステーキ丼を食べている間、ずっと頭のなかで思っていたのだ。「ここにコーラがあれば最高なのに」と。
八号にはワインや日本酒を勧められたが下戸なので、謹んで辞退させていただいた。
ジンジャーエール。サイダーでもいい。とにかく、甘く刺激的な炭酸飲料を飲みながら食事ができれば最高に幸せなのに。
何故ここにないのか。よく冷やしたミネラルウォーターを飲むことで押し殺しているが、なんとしてでも欲しい。
「クオヴァディス、ソフトドリンク検索」
《娯楽の欄に17件を確認》
発注表が自動スクロールされると、幸いなことにソフトドリンクの一覧が現れた。
オレンジジュース、クリームソーダ、カフェオレ、よく知った名称が並んでいる。コーラもあった。
どれもmamazonのプライベートブランドだったがこの際、ブランドにはこだわらない。安物だろうが廉価版だろうがソフトドリンクが飲めるなら構わなかった。
だが――
《カップラーメン同様に欠品状態となっており注文することができません》
「ダメかー……」
何度かポチってみたが反応はなし、灰色表示のまま発注できない状態だ。
「欠品の理由はわかる?」
ソフトドリンクに限っての話ではない。
カップ麺を始めとした食品類など発注リストに掲載されていながら注文できない商品があまりにも多すぎた。
《憶測ですが出荷拠点に問題があるかもです》
「ふむ?」
《現在、武器や麻薬の大半は環七高速鉄道六町駅倉庫を利用しているようです》
「武器と麻薬?」
そういえば人殺しの道具と危ないお薬については支障なく注文できるんだった。つまり欠品ではない。品も存在しているし配送も問題がないのだ。
《欠品が続いている食品関連商品については環八高速鉄道赤羽駅倉庫が出荷拠点のようです》
「その赤羽倉庫で問題が起きている、と?」
《です》
つまり赤羽倉庫を利用できるようにすれば、ソフトドリンクどころかカップ麺もレトルトカレーも手に入れることができるのか。
なるほどな。
「赤羽……僕らにはどうにもできない問題だな」
行ってどうにかできる問題なのかも分からない。何より池袋を離れるわけにはいかない。
自由行動が許されているとはいえ、何日も店を離れるのは問題だろう。
《ですです。幸いカロリー缶シリーズだけはどの拠点から供給可能らしく欠品にはならないようです》
「嬉しくない」
仕方がない。
自分で造る方法を模索しよう。さしあたってはクオヴァディスに頼んで手持ちの材料で作れそうなレシピがないかクックノートで検索してもらうか。
《ところで御主人様》
「うん?」
《次の納品便がなかなかきません》
「商品の入荷? そろそろなんじゃない?」
クオヴァディスさんが武器のオーダーと備蓄としてカロリー缶を頼んでたっけ。
前回は頼んだらすぐに配送ドローンがきてくれたけど確かに遅い。
ふいに電子音のメロディが店内に鳴り響いた。来店用BGMだ。
「ほらきた」
《違うようです》
なら、なんだ。
ゴリラアーマー店長だろうか。潜水服じみた不恰好な装甲で鎧った機械人形ドロイドは、大蜘蛛戦以降、その姿を見せていない。無事戻ってきてくれたなら心強いのだが――
「誰?」
ソファから起き上がり出迎えようとしてギョッとする。
ドアから入ってきたのはドローンでもなければドロイドでもなく――黒いレインコートを着込んだ人物だった。
次回更新からタイトルを元に戻します。ご了承ください。
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「カロリーが不足しています(˃̵ᴗ˂̵)ノ 〜AIとレベルアップと東京23区食べあるき〜」