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おかんですか?/【虐殺武装団腐乱拳の登場】

10連ガチャ爆死×3記念。

ほぼ同時に打ち出されたパイルバンカーの如き爪の一撃――狙いが大きく逸れた。


「……ギリギリ」

《セーフ⊂(・-・)⊃》


巨大な爪先がすぐ傍のコンクリートの壁を抉るようにして埋まっている。


神輿入道は切れかかった電球のように複眼を明滅させながらイヤイヤをするように悶えながら悲鳴を上げ出した。


「よし、通った」


神輿入道蜘蛛も負けじと前脚を振り上げながら躍りかかってくる。

勿論攻撃の隙は与えない――更に複眼を狙って銃弾で殴る。殴る。殴る。


弱点の眼を狙っている間はろくに攻撃できないようなのでこのままタコ殴りにして息の根を止めてやる。


ギギ……


神輿入道蜘蛛の動きが変化した。

振り上げた両の前脚で攻撃を中止――複眼を覆うようにして防御に転じる。


《ガードの姿勢のまま前進してきます!》

「えげつな」


まあ当然か。

神輿入道蜘蛛からすれば、身動きのとれない人間にわざわざ攻撃する必要などない。ただただ突進するだけで踏み潰せるのだから。


「けどお生憎様」


ブルドーザーの如く迫ってくる蜘蛛――それだけ近づけばこちらにもできることがある。


自由の利く左掌を前に突き出して意識を集中させた。

急激な心臓への負荷ーー鼓動が速くなり、全身が熱くなりじんわりと汗ばんでくる。

同時に指先から濃密な甘い香りの赤い煙がすっと放たれた。


《スキル――悪臭を発動しました》


血のように濃い赤――害虫避け&猛獣避けの統合版――獣や昆虫にのみ強い忌避感を抱かせる悪臭だ。

どこかショゴス化の際に放たれたニオイと同じ冒涜的な臭いを感じた。


――ギイイイイイイイ!?


悪臭は常時発動型ではなく任意発動型スキルーー一定のカロリーを消費して効果を発揮する。


実際使用するのはこれが初めてだったが、想定以上の効果があった。


ギ……ギ……。


蜘蛛は前脚をダランと振り下ろしたままクラクラとよろめき明らかに放心している。


《神輿入道蜘蛛はスタン状態に陥ったようです》

「更に駄目押し」


僕は巨大な鉄壁のごとき前脚を、あえて狙って撃った。

ガンッ、ガンッ。

銃弾が何度か火花を散らし弾かれる。


次の瞬間、体表を濡らしていた液体に着火――盛大に燃え盛った。


先程ぶつけた調理用のお酒だ。

無論、清酒の類ではない。フランベ用にと調達していたアルコール度数96度を誇る蒸留酒ウォッカ――スピリタスである。


《丸焼けになっちまいなψ(`∇´)ψ》


ギシャアアアアアアアア……!!


神輿入道蜘蛛は絶叫すると、燃え上がった前脚を振りながら暴れ始めた。

さすがに丸焼けにするほどの火力はなかったが、火が苦手なようで予想以上に効果があった。


「……さてこっちの反撃タイムだ」


ガードがお留守になった時点で勝敗は決まった。

後はお仕事は簡単な作業だけ。

残り三つの角膜をありったけの弾丸で殴り、殴り、殴りつけサーチライトをひとつずつ確実に消していく。


ガツン! ガツン! ガツン!


ただこいつが意外に気が重い。


途中、ギシャアアと苦しそうな悲鳴が上がるが容赦はしない。

手を抜けば反撃される。

慎重に最期の灯火が消えるまでひたすら淡々と撃ち続けた。


「すまんけど成仏してくれ」


神輿入道蜘蛛がヨロヨロと八本の脚を折り畳むようにして縮こまりついに動かなくなった。暫く様子を見て完全に息の根が止まったと確信した。


「……ふひい」

《タラララタッタッター♪ 御主人様は神輿入道蜘蛛を倒した♪》



「……これ水洗いじゃ落ちないだろうなあ」


商業施設から地下通路に出たところで僕はふうと溜息をついた。


あれから黙々とナイフで階段の粘着物群を剥がし、ようやくここまで辿り着いたのだ。

かなり騒がしく戦闘したので、次の襲撃を警戒したが、幸いにも別の蜘蛛とは遭遇しなかった。


問題は神輿入道蜘蛛の粘着物である。


ジャケットやら靴やらには粘着物の一部が付着したままだ。

剥がそうにもうっかり踏んでしまったチューインガムのようにあとが残ってしまいそうだった。


「帰ったら洗濯しなきゃなあ」

《お洗濯♪ 》

「はあああ超絶面倒くさい……戦闘とかするより超絶面倒くさいんですけど……」

《御主人様はボンクラですね》


この汚れはただ洗うだけでは綺麗に落ちるとは思えない。

クリーニング店があれば良かったのにな。

施設が残っていても業者がいないこの世の中では、自分でなんとか取り除くしかないだろう。

最悪は捨てるしかないかも。


《途中で洗濯用洗剤でも拾ってくれば良かったですね》

「それ早く言ってよ」

《テヘペロ(・ω<)》


憂鬱な気分で地上に出ると、靴底からできる限りにちゃにちゃという音をさせないよう歩いた。


不幸中の幸いと言うべきか、それからも特にクリーチャーに遭遇することはなかった。そして無事ALWAYSに帰還することができた。



《おかえりやでえ》


コンビニALWAYSで待っていたのはエプロン姿にモップを携えた八号さんだった。


《たこはち、ただいま》

「た、ただいまです?」

《あ、そこまだワックス乾いとらんから踏まんといてね》


ステーキの仕込みが終わったのか暇だったらしく店内清掃しながら待ってくれていたらしい。


「だいぶ綺麗になってるみたいですが」

《おう、床が汚れとったから掃除させてもろうたわ。おっちゃんこういうの気になるたちなんや》


非常にありがたい。

だがコンビニに入ってその姿で急に「おかえり」と出迎えられると正直混乱する。


《うわー兄ちゃんえらいベトベトしとんなあ。どないしたん?》

「いやあ……蜘蛛にやられまして」

《やばくもいた》

《なるほどな。よっしゃ任しとき》


八号はテキパキと掃除を終わらせると、店の外に停車させていた屋台からボトルに入った液体を持ってきた。


「なんですかそれ?」

《飲料用のベンジンやで。これで落とすからちょお脱いで待っときやで》


それから服やら靴やらバックパックやらに液体を振り掛けると、あっさりと粘着物を剥がして元どおりの状態に戻してしまう。


あまつさえ汚れているからと衣類品をかっさらって洗濯を始めだし、戦闘でほつれた部分を繕い始めた。


《まあすぐ済むでソファで寛いで待っときやで。米が炊けたら食事の支度もするさかいな》

「えーと何から何まですいません」

《おかんか^_^》


クオヴァディスさんが思わず突っ込むほどの甲斐甲斐しさだった。







◆◇◆◇


グール――

元々は屍食鬼という空想上の怪物を指す言葉だ。


ゾンビパンデミック――人肉嗜食(カニバリズム)症候群(シンドローム)の感染拡大時には罹患者を差別する俗称として使われた。


だが事態収拾以後はまた違った意味を持つ言葉に移り変わる。


現在におけるグール――それは帰還困難区域に『出稼ぎ』に行く労働者たちの総称である。


運搬人ポーター狩猟人ストーカー塵漁りスカヴェンジャ忍び歩く者スニーカー風来坊ストレンジャー

呼称は他にも多様にある。


だがやはり墓暴きグールという蔑称が主流だったのには理由が二つあった。


ひとつはその稼業。

彼らは主に掘り起こしディグ)を収入源としていた。

廃墟から未だ使えそうな電化製品や娯楽品、食料などを漁ること。

当初はスーパーマーケットなどの商業施設や物流倉庫などが狙われていたが、現在では住宅街も対象となっていた。


時代が時代なので罪には問われにくかったが違法行為ではあった。

故に良識のある人々が眉をひそめ、墓掘りと揶揄していた。


もうひとつは彼らの愛用する商売道具。

猛毒の霧と怪物で溢れかえった地域を歩き回るには、マスクだけでなく携帯端末ウォッチによる肉体強化も不可欠だ。


だが墓暴きになるのは食い詰めた貧者たちばかり。

彼らでも手に入れられるような端末は裏ルートで流出する格安機種に限られる。


闇市でただ同然で配られる『Mordiggianモルディギアン』――それはかつてゾンビパンデミックを引き起こした原因として発禁処分となったはずの機種だ。


故に彼らはグールと蔑称される。


そもそも真っ当な人間はグールにならない。

汚染された東京に自ら向かうのは、正気の沙汰ではないからだ。


禁猟区に踏み込むのは自殺志願者や逃亡犯。

でなければ変人やゴロツキたちなどの世間から爪弾きにされた者たちとされていた。


「ヒャッハー」

「ウケけけけ」

「フガッフガッフガッ」

「……」


池袋西口にある公園でたむろする不気味な笑い声の男たち。その数凡そ二十人。

構成員たちは皆、一様に口輪をつけた犬のマスクを被り、モッズコートを着用していた。


そして彼らを率いる四人――その足元には今しがた仕留めたばかりの入道蜘蛛の死骸が転がっていた。

一際背の低いひとりがおもむろに脚をむしって齧りつくと、他の三人もマスクをずらしてぐちゃぐちゃと貪り始める。


「弟者、醤油はどこかのう」

「兄者、これ使うっす」

「アグアグ……蜘蛛の脚ってうまいねえ」

「……てめえらハラワタもちゃんと食えよ」

「「「うーす」」」


虐殺武装団腐乱拳――

それは普段は武蔵野を根城にしているナラズモノたちだ。


そして彼らもまた東京都を徘徊し、あちこちの掘り起こしを稼業とする墓暴きグールたちだった。

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