忍び足がLevel10になりました
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「やっぱり僕が食べ過ぎちゃったからですか?」
八号さんが兎肉を調理するにあたって問題が発生してしまった。
調味料の不足だ。とりわけステーキソースの元になる醤油とみりんが圧倒的に足りないのだという。
《いやいや元々在庫不足だっただけやねん》
「それなら良いんですが」
いや良くはないな。
ステーキ丼が食べられないのは非常によろしくない。
《そもそもわいが池袋くんだりまで来たんは調味料をディグるためなんよ》
「ディグる?」
《英語で掘るという意味ですね(^o^)┐》
「その顔文字は多分関係ないと思うぞ」
ディグるとは、東京に足を運んで残された遺物を漁る行為を指すらしい。
昔の時代の使用できそうな電化製品、娯楽品、食べられそうな食料品はかなり希少価値があるそうだ。
八号さんが言うには東京は放棄された都市であり、霧による生態系異常や健康被害によって人の立ち入らない場所と化しているらしい。
《特に池袋は手付かずの廃墟ばかりやから調味料もぎょうさん手に入るやろ思うてなあ》
池袋を辺境って言ってたのはそういう理由からだったのか。
どうりであちこち歩いても人がいないわけだ。
《この商売始めた頃は納得のいく味がなかなかつくれんくてね。でもディグった調味料だとうまくいくねん》
現在流通している調味料と、大昔の調味料とでは品質は後者の方が遥かに上らしい。
だから八号は商売のため、廃墟を巡っては食材や調味料を収集しているのだそうだ。
あの激マズ冷凍食品の焼き鳥も戦利品のひとつというわけだったのね。
《なかでも虎の子やった醤油が切れたんは痛手でな》
「醤油?」
《ああ一滴垂らすだけで白米だけのどんぶり飯三杯いけるちゅう代物やで……》
それもはや、おかずじゃん。
《ああ『常夜』……ついに切れてもうた……ワイは……ワイは……あれがなきゃもう商売ができん……》
八号さんは急にオヨヨとよろめいて膝をつくような姿勢で項垂れてしまった。
いやたかだか醤油で大げさな。
天丼美味しかったし、もっと料理人として自信を持ってほしいんだけども。
《タコ八元気出せ^_^》
《ぐす……クオちゃん有り難う》
◆
《本当に代わりに行ってきてくれんの?》
八号さんが調理支度をしてくれている間に、僕らが近くの食料品売り場から各種調味料を仕入れてくることになった。
元々、カロリー缶用の調味料を調達するつもりで出かけたのである意味予定通りと言えた。
ステーキの味付けは別に醤油ベースではなくても良いのだが、あそこまで八号が落ち込んでいる姿を見るとなんとかしなきゃと思うのが人情である。
「その代わり留守番とステーキ丼の下ごしらえお願いしますね?」
《任せとき。じゃあこれ持ってき》
八号が屋台から持ってきて差し出してきたのは黒っぽいゴツゴツした被り物だった。
「これは?」
《知り合いの形見やねん。使こうてないから兄ちゃんに貸したるわ》
「いやそんな悪いです」
《今はなんともないみたいやけど霧は本当にヤバイから着けとくんや》
「……じゃあお借りします」
フルフェイスタイプの軍用ガスマスクだった。
被るとどうみても不審者を通り越して凶悪な銀行強盗かテロリストの類だ。
おまけにかなり息苦しいがそこまで言われたら用心するしまない。
《気いつけてな兄ちゃん。ここらは蜘蛛の縄張りや。出会ったら即逃げるんやで?》
「じゃあ行ってきます」
オカンのように心配しながらハンカチを振る八号に手を振りながら、醤油『常夜』探しに出発した。
クオヴァディスが事前に近場で置いてありそうな場所の目星をつけてくれていた。
今回はちょっとした散歩で済むだろう。
◆
「今度はあっさり到着できたな」
《近場ですから》
コンビニを出て五分後、先程の恐ろしい兎たちどころか犬とも蜘蛛とも遭遇することなく目的地周辺にやってこられた。
目の前には地下への階段がある。
この先にはかつてお世話になったピーターさんの缶詰工房でお馴染みの商業施設があった。
《目当てのお醤油は地下二階です》
「そういえば蜘蛛に追われた時、下りのエスカレーターがあったな」
ファーマーズマーケット地下二階《おかず市場》ーーそこには惣菜専門のテナント以外に大型スーパーマーケットが併設されているそうだ。
端末情報は、直輸入ワイン、チーズ、 自家製惣菜、生鮮食品、輸入菓子など、世界から選りすぐられた高級食品を取り揃えていますと謳っていた。
《ここなら『常夜』があるかもです》
「まあ見つからなくてもそれなりの醤油を持っていけば八号さんも許してくれるだろう」
ちゃっちゃっと食料品売り場から調味料をかっさらってちゃっちゃとコンビニに戻ろう。
「……でもまあ準備は必要だ」
《生存戦略を起動しました》というアナウンスと共に端末いっぱいに生存戦略の画面が広がった。
ショゴスになって結構な数の蜘蛛を蹴散らしたけど生き残りはまだまだいるはず。
逃げるにしろ戦うにしろ今のうちに強くなっておくに越したことはない。
先の首狩兎戦では苦戦を強いられたが、山ほど蓄えがあるカロリーを放出してスキルを強化していけばこんな場所は楽々攻略できるはず。
「さてとクオヴァディス君、余剰カロリーはどうかね?」
《20,000オーバーです(๑˃̵ᴗ˂̵)و 》
兎天丼のカロリーで更に増えたな。
素晴らしい。
「斥候長くらい余裕でカンストできそうだな」
巨大首狩兎戦で各基礎スキルLV5くらいまで強化したし十分にお釣りがくる。
例によってLevelアップアナウンスがウザいので省略モードで進めていくよう指示を出した。
「サクサクいこうまずは忍び足からだ」
《あいさー》
《忍び足がLevel(略)しています》
忍び足――ninja walk。
使いこなせば無音走行だけでなく壁歩きも可能だとか。
実際そこまでの領域にはないが逃げ足が格段に速くなったし、俊敏に動けて攻撃回避もしやすくなった非常に役立っているスキルだ。
アイコンをタップしていくと下半身全体に僅かな疼痛を伴った変化が起き始めた。
ズボンの裾をめくってみると次第にヒラメ筋が肥大化し、彫刻のような筋肉の陰影ができてきてくる。五度目のタップで《忍び足がLevel10になりました》のアナウンスが流れる頃には、陸上選手の如く鍛え抜かれた脚になっていた。
《以下三種類のスキルのうちひとつをアンロックしてください》
端末画面にアイコンが三つポップするーー新しい解除候補は縮地。跳躍。偶蹄類化とあった。
名前だけでは効果が分からないので説明書きを斜め読みする。
「縮地は短い距離の高速移動で、跳躍は文字通りジャンプ力の向上ね」
どちらも便利そうだ。
「えーと偶蹄類化はどういう?」
《可愛くておすすめです^_^》
説明を読むと、まさかの動物化だった。
下半身の骨格などを変化させることで人間離れした脚力が手に入るらしい。
「じゃあ縮地か跳躍の二択だな」
《何故(´-`)》
いや未だ人間辞めたくないんで。
第一これ強化し続けたら全身動物化してキメラになるパターンだろ。
《蹄が生えて可愛くなるのに》
「却下です。一旦保留にして基礎スキルの強化を進めるけど死んでも選択するつもりはないからな」
《アルパカ可愛いのに(._.)》
何かつぶやいているクオヴァディスを無視して先に進める。
「さて次は警鐘の強化だな」
明日も更新します。




