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ご主人様は不審者です

前回までのあらすじ:

ドロイドの八号に天丼を奢ってもらった後、「何者?」と質問されました。

《ところでお兄ちゃんはナニモン?》

「ど、どういう意味ですか?」


八号がおもむろにそんな質問を投げかけてきた。

メタリックな球体の頭部にモノアイが取り付いただけなので表情は窺えないが、どこか胡散臭そうにこちらを見ているようにも思えた。


何か……疑われている?


《兄ちゃんみたいなヒョロッとフワッとした感じのがなんで辺境におるんかな思うてな》

「ええっとあの……ここは辺境ですか?」


ヒョロッとフワッとの方は見逃すとしても池袋が辺境という表現は聞き捨てならない。


仮に西東京辺りを辺境と表現するならば大変失礼ながらも理解できなくはない。

だが三大副都心である池袋を指してそれはないだろう。


《東京は辺境やろ。……つか霧が濃いけど大丈夫なん?》

「この霧がどうしたんですか?」

《こんだけ濃いとさすがにそろそろマスク被らなまずないか?》


風邪でも花粉症でもないのに何故マスクがいるんだ。視界が悪くて不便なところ以外には不都合はないのだけれども、もしかしてこの霧は有害なのだろうか。


「……」

《……なあ兄ちゃん》


八号が四本のノズルで腕を組み、眉間の辺りを揉むような仕草をしながら話しかけてくる。それはまるで病人や怪我人を気遣うような声色だった。


《ワイは腹空かしてるもんの味方や。飯食いに来る連中はもれなく客や思うとる。そんで割とお節介な性分なんでこれは忠告や思うて聞いてほしい》

「あ、はい」


忠告と言われた以上、真面目に聞かざるを得ない。


《なんつーか兄ちゃんは怪し過ぎる》

「怪しい……ですか?」

《うんムッチャ怪しい。とてもじゃないが東京人には見えん》


東京都民ではなく申し訳ありません。

生まれも育ちも生粋の埼玉県民で申し訳ありません。


「とりまマスクも被らんで東京歩いている時点で不審者やからな?」

「いや普通マスク被って歩いてる方が不審者じゃないですか?」

《そういえば御主人様はよく日中に職質されてましたね( ・∇・)》


うん、あったね。会社辞めてから昼間に公園で鳩に餌をあげてた時は日に三回はお巡りさんに声かけられたよね。


クオヴァディスさん、頼むから追い撃ちかけて混ぜっ返さないでくれるかな。君こっち側だろ。


《やっぱり生粋の不審者やったか》

「ち、違います」


後ろめたさなどかけらもないのだが否定する言葉に力が入らないのは何故だろう。


《まあなんで兄ちゃんが東京におるのか分からんけど何か困ってるなら相談乗るで?》


八号さんがぽんと肩に手――ノズルを置いてくる。

その様子から僕を警戒しているというより気をかけてくれているのが窺えた。


《御主人様、八号さんは良いドロイドのようです。正直に話すべきと考えます》

「……だな」


正直、腹芸は苦手だ。

誤魔化しても見透かされるだろうし不信感を招くから寧ろ悪手だ。何より美味いご飯を食べさせてくれるいいドローンとのつながりは大事にしておきたい。



《なるほど、兄ちゃんもなかなかの苦労人なんやな》


それから僕は拠点であるコンビニに八号を招くと、身の上話をさせてもらった。


治験バイトのせいで四半世紀寝ていたくだりから化け物に追いかけ回されたり、成り行きでコンビニ店員なったりろくに食べ物がなくて不味い食事ばかりが続いている日々についてなどを洗いざらいである。


「目下の問題は食料でして……正直、ろくな食べ物がないです」

《ミート缶じゃ腹一杯になっても満足はせんやろな》

「めちゃくちゃ不味いです」

《あんなものは豚の餌です(´(00)`)》

《まあなんつうか兄ちゃんが悪人じゃないのは見ればわかるしとにかく、食に困ってるのは理解したわ》


話を聞き終えると八号は粗茶がわりに差し出したペットボトルに手を伸ばした。

《有り難く頂くでえ》とそれまで手付かずだったがキャップを開けて飲み始めたところを見るに、僕の話を信じてくれたようだ。


「八号さんにご飯を食べさせてもらった時は地獄に仏でした」

《料理人冥利に尽きる言葉や……ゴクゴク》


八号はペットボトルの残りをぐいっと煽って残りの琥珀色の液体を飲み干してみせる。


《ぷはーごっそさん。お腹ポッポするわ》

「粗茶がわりに出しておいてなんですが美味いんですかそれ?」


八号が飲んでいるのは、僕が店内のドリンククーラーから適当に持ってきたものだ。

中身はハイオク――高オクタン価ガソリンである。自分が出しといてなんだが人間が飲むものではない。


《愚問やで。混じりもんのない上物やないか。さすがは天下の大企業mama–son様やな》


生物は消化器官で食料をカロリーを変換しているわけだけど、八号の場合は内燃機関で液体燃料をエネルギーに変換しているらしい。ガソリンが彼らにとっての食料のようだ。


「もっと飲みます?」

《ういーっ、えろすんまそん。ここんところくな燃料飲んでなかったから助かるわ》


八号のメタリックな頭部が心なしか赤く上気していた。

十本のノズルを落ち着きなくうねうねさせているし酔っぱらったタコみたいだった。勿論、失礼だから口には出さないけどね。


《ぷぷー酔っ払いのタコみたいです(*゜▽゜*)》


おい。


「うちのAIが失礼なことをすみません」

《いやあ、ひっく、こちらこそほろ酔い加減ですんまそん》


八号さんが良い人もといドロイドで良かった。


それにしてもコンビニで何故ガソリンを販売しているのか謎で仕方がなかったのだが八号のようなドロイドに対しての需要を考えてのことなら納得がいく話だ。贅沢を言えば水以外に人間様の飲めそうなものも販売してほしい。


「ひっく……ワイはドロイドやけど、一料理人として人間の空腹感は理解しとるつもりや。エンプティランプが灯る瞬間はそりゃあひもじくて悲しいもんや」


八号が遠い目をしながらしみじみとそう言った。


《蟻酸とか度数高いアルコールとかナフタリン剤で燃料誤魔化してる時の苦しさときたら……よう分かる》

「分かります。僕も泣きながら小麦粉だけの餃子を食べました」


口にしてるものがまるで違うけど人間もドロイドもお腹が空いた時のひもじさは同じようだ。

共感が湧くな。


《兄ちゃん、クオちゃん、奢り奢られた者同士、もうわいらはマブのダチや》

「はい」

《よろです》


僕と八号はがっしりと握手を交わした。

クオヴァディスも羨ましそうにしているので端末をそこに乗せてやる。


《おっちゃん丼飯しか作れんけどその代わり美味いの作ったるからなんでも言いやで。ハラヘッタらいつでも美味しいどんぶり飯食わしたる》

「ハラヘッタ」

《ハラヘッタ》

「食いしん坊か。さすがにさっき食べたばかりですぐには入らんやろ」

「ぐう」


タイミングよくお腹が自己主張して嘘ではないことを証明してくれた。


《お兄ちゃん……燃費悪過ぎやで……?》

「すみません」


我ながら異常なペースの消化速度ではあるが美味いものを食べたせいもありそうだ。

僕のなかの食欲が、二十五年間一切食事をしてこなかった埋め合わせを求めているのかもしれない。


《まあしゃーないか。おっちゃんに二言はないし、兎肉の下ごしらえに取り掛かるか》


やった。

さすがは八号さん。頼りになるな。


《……と言いたいところやけどちょっと問題があってな。材料が足らへんねん》

明日また更新します。

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