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天丼を頂きました

《つーわけで食材はとれたてに限るね》


はっちゃんさんはそう言ってカウンターにあらたに小皿を置いた。


《お通しというか口直しやで》


盛られているのはサーモンピンクの何か。

肉というには薄く透明感があり皮のようでもある。


見た目に関してはグロテスクでもなく至ってまっとうな料理のようだが先程の焼き鳥の例もあるので警戒せずにはいられなかった。


「えーとこれは?」と念のため、確認する。


《ミミガーやで。コラーゲンが豊富やで》


ミミガーって豚の耳を炙った沖縄料理だっけ。


「とれたてってことはつまり――」

《兎の耳介を使うとるんやで》


恐る恐る箸で摘み、犬のようにふんふんと丹念に匂いに問題がないかを確認してみる。

異常なし。


次は味だ。

ぺろと舌先で舐めてみる。

変なえぐみや苦みはないしピリピリとした舌の痺れもなし――毒ではなさそうだ。


《いやそんな警戒せんでも》

「……」


思い切って齧ると弾力があり軟骨のようにコリコリした食感があった。

そして口のなかに塩で味付けされた旨味が広がっていく。


「うま……」


微かに爽やかな酸味――多分柚子のような柑橘類の汁がかかっているのだろう。


《耳介は小こい兎のほうが美味いんやけど、まあまあいけるやろ?》

「むちゃくちゃ美味いです」


先ほどの焼き鳥を地獄と表現するので、あればこれは天国だ。

永久に食べていられそうだった。


《食材は兄ちゃんのやし、好きなだけお代わりしていいで》

「はいっ」

《良かったですね^_^》


まさかあの郵便ポストを投げたり、電信柱を一刀両断した凶器がこれほど美味いとは思わなかった。

これなら何皿でもいける。


一瞬ゲテモノ創作料理専門店かと思ったけれど割とまともな料理も出せるじゃないか。

良かった。本当に良かった。


「あ、そうだ」


これ以上にない名案を思いついてしまった。


「これの肉で丼を作ってもらうことはできませんか?」

《兎肉で?》


スライムやらゲッコーやらワームやら三択あってもどれも酷い目にしかあわないに決まっている。

地雷丼を回避したうえで、美味しい丼が食べられる方法はこれしかない。


《うーん、ええんやけどすぐには出せんなあ》

「何か問題があるんですか?」

《兎肉は独特の臭みがあるから下ごしらえに時間がかかるんやで》

「そうなんですか……」


多少なら臭いがあっても良いですと言いたかったが、本当に臭くて食べられない可能性もある。

名案だと思ったが残念だ。


だとしたら困ったな――本当にあのメニューから一品選ばなくてはいけないのか。

非常に気が重い。


《……いやでも待てよ。あの大きさならいけるかな》


ハッちゃんさんはブツブツと何事をかを呟くと、思い立ったように調理を開始する。


どこからか持ってきた肉らしきものをまな板の上にどかっと乗せると、包丁をふるい一口サイズにぶつ切る。


肉は一抱えほどもあった。

先程の冷凍食品の鶏モモにも似ていたが新鮮な状態で、どうやら巨大首狩兎の一部であるらしい。


麺汁らしきもので味付けをして何か白い液体に浸し下拵えをすませるとフライヤーで揚げ始める。


天ぷら?


《こんなん出ましたあ》

「これは……?」

《なんでしょうか?》


暫くするとどんっとカウンターに丼茶碗が置かれた。


こんもりと白米が盛られ、その上には衣を纏った天ぷらが贅沢にタレがかかった状態でのっている。

漂ってくる香ばしい匂いに思わずごくりと喉が鳴った。


《見ての通りの天丼やで。出来立て熱々のうちに食べるんやで》

《天丼イコールハイカロリーです。良かったですね^o^》

「い……いただきます」


匂いも見た目もまともそうだし、さすがに毒はないはず。

腹をくくると改めて手を合わせた。


まずは白飯を口に運んだ。

ああまさかの炊き立ての白米。


こんなにも唐突に食べられるとは思っていなかったので口のなかで噛みしめた瞬間、感動で思わず涙がこぼれそうになった。


「はふはふ御飯が美味いです」

《合成米やけど高いのつこうとるからな》


たっぷりと染み込んだタレも絶品だ。

ご飯をかきこむとコクのある甘みが口になかいっぱいに広がって無限に食べられそうだった。


暫く久し振りの白米を堪能していたが配分の都合上、白飯以外の部分が目立ち始めてきた。

そろそろ現実に目を向けなくてはいけないようだ。


「よし次は……天ぷらだな」


ハッちゃんさんの料理の腕というかセンス対しての信頼感がイマイチ足りていないせいだろう。

どうにも箸の動きが鈍くなる。


何せゲテモノ丼を定番メニューに据えたり四半世紀の焼き鳥を拾ってくるようなドローンだ。

先程のミミガーで多少、払拭されたもののハズレを掴まされそうになる不安感が未だに残るのだ。


「……」


だが悩んでも仕方がないのも事実。


恐る恐る天ぷらを掴むと口もとへ運ぶ。

そして思い切って噛み締めた。


「……!」


なんだこれは。


さくっとした衣のなかに潜んでいたのは解けるような柔らかい食感だった。

鳥腿と白身魚の中間にあるような弾力で噛みしめた瞬間じゅわりと脂が溢れ、肉がとろける。


「うは」


多少の獣臭さを覚悟したが、それは全くの杞憂だった。

むしろ肉の味自体に強い主張がなくそれが濃厚なタレの味を十二分に引き立てる役割を担っていた。


なんだこれ。

美味い。美味すぎる。


《うさ天丼やで》

「兎肉は……はふ……時間がかかるんじゃ……はふ……?」

《饅頭肉を調理する場合な。こいつは腿肉をつこうとるから臭みも少ないんやで》


首狩兎が獣臭いのは汗腺のせいだ。

饅頭肉と呼ばれている全身の至る場所に通って独特の匂いのある分泌物を巡らせてしまう。


例外的に無臭に近いのが脚であるがそれは退化しているが故であり、故に可食部位はごくわずか。

基本的に腿肉は一口分あるかないかで普段食されることはないのだそうだ。


《でもあの兎、規格外のサイズだったでしょう? そこでオッチャンはピンときたのよ。これ腿肉も十分に量が確保できますやんて……聞いてる?》

「美味い。美味すぎる」

《グッジョブ、うさ天丼U(•ㅅ•)U》


価値にして十万石はある。

思わず頭のなかで埼玉県民しか知らない銘菓のCMが流れてしまうくらいに美味しくて、夢中でドンブリをかきこんだ。


《いやあ兄ちゃん良い食べっぷりやねえ》

「……はっ?」


気づくと時間が過ぎていた。

目の前にあったはずの白米も兎肉の天ぷらもどこかへ消えてしまい空になったドンブリ茶碗だけが残っている。


いったいどこに消えたんだ?


いや全部胃袋に収まったのだろうが食べるのに夢中になっていてまるで自覚できなかった。

それくらいにうさ天丼が美味しすぎたのだ。


「ハッちゃんさん」

《うん?》

「このうさ天丼、むっちゃくちゃ美味しいですよ!」

《ふっふっふ、ほうかほうか》

「初めはゲテモノ丼しか作れないんじゃないかと疑ってましたけど、控えめに言って最高です」

《ええっとさりげなく失礼なこと言われてるけどとりあずオッチャン前向きに受け取っとくわ。お代わりはどや?》

「お代わりください!」


答えた瞬間に揚げたての天ぷらが乗っかった丼茶碗がカウンターに差し出される。

このタイミングの素晴らしさ。


《いやあそんなに気に入ってくれるとは思わなかった。まだまだ腿肉はあるから沢山食べてって》

「はい有難うございます」

《材料が足りなくなったらスライムの餡掛け丼もあるから》

《あるそうですᓚ☉ˆ☉ᓗ》


いえそれは結構です!



《腿肉はこれでしまいやな》

「はあー………美味しかったあ……御馳走様です!」


積み重なった空っぽの丼茶碗の前で、両手を合わせて感謝する。


《はいお粗末さんやで、えらいこと食べたけどお腹大丈夫?》

「はい満足しました!」


実は胃袋のスペースはまだ残っている。

が腿肉が尽きた以上、ここで打ち止めにしておかないと地雷丼が出てくるので手を打った。


ひょっとするとグロテスクなのは名称だけで案外美味しいのかもしれないけれど今は余計な発言で、この満足感を気分をぶち壊しにしたくなかった。


「あー……こんなにも幸せで充実した時間があっただろうか」

《良かったですね御主人様》


思えば目を覚めてから酷い目にあってきた。

バケモノに襲われるのはもとより食べるもの食べるものがことごとくろくなものではなかった。


ああ、思い出していたらとちょっと涙ぐみそうになった。


《わいも長いこと東京うろつき廻って商売しとるけどここまで喜ばれたんわ久々やな》

「……」


商売――


つまり八号はこれまでに僕のような「お客さん」を相手にしてきたのだ。


彼には色々と教えてほしいことがあった。

だがこちらが尋ねるよりも先に意外な質問を投げかけられた。


《ところでひとつだけ気になってることがあるんやけど訊いてもええかな?》

「なんですか?」


八号さんが気になること?

いったいなんだろうか。


《わいには皆目見当がつかんのだけども兄ちゃんっていったいナニモノ?》

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