たこっぱちでした
感想ちゃんと読ませて頂いております。
近々返信致します٩( ᐛ )و
《わいは流しの職人で、八号というものやねん》
タコマシーンは自らをそう名乗った。
それから巨大首狩兎をブルーシートの上に転がすと、十本の腕がわりのノズルを駆使して解体作業を始める。
「こんな道のど真ん中で運ぶんですか」
《どうせ内臓は食えんからできるだけ軽くして移動させるで》
「なるほど」
タコマシーンもといハッちゃんさんは人間には真似できない手際で血を抜き、洗浄、内臓の取り出しと作業を進めていく。
彼が持ちかけてきたのは《すこしだけ肉を分けてくれたら解体手伝うけどどう?》という提案だった。
《せっかくのカロリーです。タコ野郎にはビタ一文譲れません》などとクオヴァディスが多少ゴネたが「そもそも仕留めたのは彼であり命を救ってもらったようなものだから」と説き伏せた。
その判断はどうやら正解だったようで、十本腕を持つドローンはあっという間に皮剥ぎを終え、部位ごとに肉をバラしてしまった。
《不器用な御主人様ではこうはいきませんね》
「うるさい。そういえば今更だけどそもそもコイツ喰えるのかな」
《喰えるでえ。全身がサガリ肉みたいなもんやから焼くと歯応えがあってとってもジューシーやでえ》
サガリ肉は横隔膜付近につく赤身の肉だ。
贅沢をしたくてステーキレストランに外食する際によく注文していたメニューのひとつだった。
ドローンのはっちゃんさんが何故そんなことを知っているのか。
そもそも食事を必要としない無機物が何故巨大首狩兎の肉を欲しがるのか。
そこがイマイチ分からない。
《タコ八号はカロリーをどう処理するおつもりですか?》
「タコは余計だろ」
《タコハと呼んでくんろ。肉は主に食材やね》
「食材?」
《来りゃ分かる。……ほなら移動するでえ》
ハッちゃんはお肉屋さんが使うような竹柄のクラフト紙に肉を包装するとノズルで抱え移動を始めた。
内臓と骨を切り取ってもかなりの重量が残ったが運搬には問題ないようだ。
案内されるがままに歩くこと数分、霧の向こうにそれは現れる。
「これは……?」
《わいのドンブリ飯屋「タコ八亭」へようこそやでえ》
「丼」の文字が入った大きな赤提灯に、紺色の暖簾、スピーカーから流れるひび割れた演歌、そして漂ってくる焦げた醤油の匂い。
目の前にはリアカーを改良し手引きできるようにしたいわゆる移動式屋台があった。
昭和を舞台にした漫画や映画などでは目にしていたがまさか二十五年後に実物が拝めるとは。
《適当に座ってやで》と促され、暖簾の奥にあるボロいパイプ椅子に腰掛ける。
「……」
目の前のカウンターにはコップに突っ込まれた割り箸、醤油差し、胡椒缶、爪楊枝、お品書きなどが並んでいる。
実は先ほどから焦げた醤油以外にも様々な食材の混ざった香りが、目の前の鍋から漂っていた。
どうやらここは本当に料理店であるらしい。
職人と名乗っていたがハッちゃんさんは板前専門のドロイドということだろうか。
《へいらっしゃい、御注文は何にしまっか?》
「もしかして注文したら何か食べられるんですか」
《おう。肉分けてもろたお礼になんでも御馳走したる》
まじか。
久しぶりにまともな料理が食べられる。
缶詰か缶詰か缶詰だけの生活には正直うんざりしたけどこんなにステキなことがあって良いのか。
ドンブリ飯といっても種類は様々だ。
この匂いの感じからだと牛丼か天丼がメインだろうか。
胃袋もしっかり味のついたものをガッツリ食べるのを望んでいた。
《本日のお品書きのなかから選んでや》
早速、お品書きに手を伸ばしワクワクしながら品名を確認しようとして――手が止まった。
どうしてもそこに書かれていた文字が頭に入ってこない。
日本語だったから読めることは読める。
だが達筆過ぎるせいかどうにも脳が理解を拒んでいた。
「えっとこの最初のメニューは?」
《スライム餡掛け丼やね》
「次のは」
《ゲッコーのモツ炒め丼やね》
「最後のは」
《ワームの蒲焼き丼やね》
「……」
うん、どれも難易度が高すぎるというか明らかにアウトな料理名ばかりだったね。
スライムね。
この界隈にはそんな化け物もいるのか。
いや、いない。
たとえいたとしても常識的に考えてゲル状の不定形な何かを食材にしたりしないはず。
きっと何かを比喩的に表現したものだろう。
うん、きっとそうだ。
えーとゲッコーはどういう意味だっけ。
蜥蜴だったっけ。
ポストアポカリプスの定番食材のひとつではあるけれど肉ではなく内臓を用いる辺り、どうかしている。
ワームはええっとコンピュータ用語かな。
ネットワークを感染させるプログラムを食材にしたんだよな。
絶対にそうだ。
日本語に訳すと別の言葉も出てくるけどそっちじゃない。そんなわけがないあばばばばば。
無理だー。
どう都合よく解釈しても頭の中に浮かんでくるのはゲテモノ料理が乗っかったドンブリ飯だ。
確かに世の中には創作料理という言葉がある。けれどこれは創作の領域を遥かに超えている。
《決まった?》
「ええっと……はは……どうしようかな……」
正直どれも食べたくないとは言いにくい状況だった。
困って目を彷徨わせていると隅っこにある掠れた文字が入ってきた。
これ焼き鳥丼って書いてないか。
ちょっと消えかかってるけど確かにそうだ。
よしきたこれだ。これしかない。
「えーとこの焼き鳥丼を」
《それ食材がちょっと古くなったから消したんやで》
「そこをなんとかお願いします。僕、焼き鳥に目がないんです」
《したら少し焼くから味見してみ》
「あざす」
はっちゃんさんはフライパンの上に白い腿肉らしきものをジュージュー音を立てながら転がすと慣れた手際で味付けをしていく。
《駄目そうなら残してな》
冷蔵庫に入れっぱなしだった賞味期限切れの牛乳を何度も飲んでいる僕だ。
ちゃんと火を通して味付けさえしっかりすれば多少の古さなど気にしない。
カウンターに出された小皿にのっていたのはまさに焼き鳥。
香ばしい良い匂いが鼻腔をくすぐった。
「うはーこれこれ……頂きます」
なんだよ。
マトモな料理もあるじゃないか。これなら他のどんな丼よりも遥かにマシだ。
多少古くなってたって構やしない、と思いながら割り箸で口に放り込み――。
「うげ」
《やっぱあかんかー……冷凍食品やからいいかなおもたけど古すぎたんやな》
なんだこれ。
石みたいに固いし噛み砕くと変なえぐみしかない。
不味いというかそもそも食べ物じゃない。
《これはどれくらい古いものですか?》
《上野のスーパーマーケットで偶然発掘した二十五年ものやで》
《なかなかの年代物ですね》
吐き出すのも勿体ないので強引に嚥下した。
まさか古いと言って四半世前のものを出されるとは思わなかった。
「何故……そんなものを……」
《いやー職人のサガやね。珍しい食材があるとつい調理してみたくなるんですわ》
「……」
うん、地雷丼が生まれた理由が分かったぞ。
このタコ八野郎は単に変わった食材で料理するのが好きなだけなんだな。
この流れだとおかしなものを食べさせられて食あたりとかで死ぬかもしれないぞ。
……と言いつつ次回ちゃんとした食べ物が出てきますのでご安心を。