タコマシーンは誰ですか?
《どうするんですか?》
「フロントガラスをぶち壊して警報を鳴らす」
早速弾丸を叩き込んでみる。
だが貫通し小さな穴とわずかな亀裂をつくっただけで何も起きなかった。
めげずに三発。
再び弾丸の数だけ穴が空き、ガラスの中央に一本の亀裂が走ったのみで終了。
「これは……望み薄か……?」
あの自動車のフロントガラスに警報装置らしきものがついているのは目視できている。
傾斜か人感であれば既に発報しているはずなので可能性があるのは衝撃を与えると感知するタイプだ。
だが路上に放置されて数十年――
果たして経年劣化による故障の可能性は大いにありえた。
《そろそろまずいかもしれません》
「………分かってる」
巨大首狩饅頭は既に身を屈め、投擲のための予備動作に移っている。
だが他に方法はない。
冷や汗をかきながらも五発目を撃ち込むとようやくフロントガラスが割れ――
ついに耳を塞ぎたくなるようなクラクションが連続して池袋の街に響き渡った。
「よし作動した」
「る゛? る゛? る゛?」
巨大首狩兎は驚いてオドオドし始めた。
ドシンドシンと左右に飛び跳ねクラクションから遠ざかろうとするが言うまでもなく発生源は頭上――自身が抱えた車両だ。
「う゛……」
巨大首狩兎はつきまとう騒音に耐えきれず長耳で抱え上げていた自動車を放棄した。
いや正確には持ち上げれきれなくなり「手放した」と表現すべきだろう。
当然ながら高らかと掲げられていた車両は中空で支えをなくした。それはつまり落下を意味する。
ガシャン。
約二トン近くある鉄塊は慣性の法則に従うと、巨大なピンク肉饅頭の頭上に激しく衝突、そのまま圧し潰した。
「……ん゛」
打ち所が悪かったのだろう――
それきり巨大首狩兎は下敷きになってグッタリしたまま動かなくなった。
「……死んだのかな?」
《いえ僅かに呼吸しているようです。ですが完全に気絶しています》
「ふう……なかなかの強敵だったな」
警報装置が作動して本当に良かった。
クラクションが鳴らなかったら自動車の下敷きになっていたのは自分かもしれない。
「この兎ってゲームでいうところのフィールドモンスターなんだよな」
《恐らくちょいつよの雑魚ですね》
相変わらず雑魚モンスターが強くてうんざりする。
ちょっと散歩しただけでこんなデカイのと遭遇するのでは命がいくつあっても足りない。
ちなみに首狩兎の群れはいつの間にかどこかへ消えていた。
親分が倒されたから逃げるなんて薄情な連中だ。
《多分、手榴弾があれば楽勝でした》
「うーん手榴弾かあ」
確かに発注アプリでそういう兵器見かけたな。
管理や取り扱いを誤れば自分に危険が及ぶので躊躇する気持ちがあったがそうもいってられないか。
「でもそれで倒すと肉が食べれんくない?」
《はっ( °ω° )》
「最初はスタングレネード辺りから始めるか」
あと事前にスキル構築を考えたうえである程度振り込んでおくべきだったかもしれない。
勿論、余力は必要だけどせっかく一万カロリーもあるのに勿体ぶって使わないまま死んだら間抜けすぎる。
「まあ反省すべきことは多々あるけどが、まず目の前のことを片付けなきゃな……」
《ですです》
この時、僕はクオヴァディスとのんびりした会話を交わしていたが致命的なミスを犯していた。
完全に戦闘を終えたつもりで油断し、故に二つの存在に接近を許していたからだ。
ひとつは巨大首狩兎――
トドメを刺そうと思って振り返ると、既にそいつは意識を取り戻していた。
自動車を頭に乗せたまま静かに起き上がり、長槍の如く鋭さを持った両耳の先端をこちらに向けていた。
「る゛……ん゛……」
「しまっ――」
長耳の射程から逃げるには近すぎていた。
長耳を躱すには恐らく今の動体視力Levelでは不十分――だがスキルを強化する暇はない。
ただただ己の詰めの甘さを呪うことしかできなかった。
だが――
す゛う゛う゛ん゛。
倒れたのは巨大首狩兎だった。
何処からか凄まじい勢いで繰り出された鋭いナニカによって眉間を深々とえぐられていた。
《兄さん油断しすぎやで、なによりもまずトドメ刺したらなあかんよ?》
《は?》
「は?」
いつの間にかすぐ近くに一匹の人間大のタコマシーンがいた。
正確には十本のノズルが生えた小さな潜水球だ。
《あれは機械人形です。そしてbotではなくAIです》
警鐘がまるで機能しなかったのはLevelが最低のままだったからか。
いずれにしても脚のバネをフル稼働させてその場から距離を取る。
《刃物を持っていますご注意ください》
タコマシーンが奇妙なのはその形状だけではなく装備もだ。
足代わりの四本以外のノズルには、どれも武器が握られていた。
まずはシュルシュルと収縮して戻っていくのは巨大首狩兎を一撃で仕留めた出刃包丁だ。
それ以外に刺身包丁と菜切包丁と何故か菜箸とフライ返しを持っている。
「銃は持ってないようだ」
だがあれだけ難敵だった巨大首狩兎をたった一本の刃物であっさり仕留めてしまった。
まともに相手にするのであればこのままでは敵わない。
こうなったら残り一万カロリーを逃げ足か、回避に全振りするしかないか。
《いやいやいや、兄ちゃんには危害は加えんよ。喰っても美味ないやろ?》
「は?」
《わしは御近所で物音がしたから見に来ただけや。……えーとこれでええか?》
タコ型機械人形はあっさりと包丁を収めてくれた。
菜箸とフライ返しと共に球体のハッチに収納すると、丸腰だよといった感じで六本のノズルを挙げる。
敵意があるなら恐らく近づいてきた時点で攻撃されていたはず。
多分、危険な相手ではない。
「……オーケーです」
僕も手にした拳銃を収めた。
《じゃあもうちょい近づいて見てもいい?》
「見る?」
《兄ちゃんには興味ないで。興味があるのはそっちのダイナマイツボデーさんや》
「兎をどうするんですか?」
《もちろん測るんやで》
はかる?
魚拓ならぬ獣拓でもとるのかこのタコマシーン。
殺すつもりなら間怠っこしいことはしないはずだが、正直化け物たちと違って機械は何をしてくるか予想がつかなかった。
警戒しながらも道を譲るようにして、タコマシーンの好きにさせることにした。
《それにしてもおっきいなあ。ここまで立派に育ったんは上野公園にもおらんやで。かなりレアやで》
《……》
「……」
このタコマシーン何者なんだろう。
本当に兎に興味があるらしくぺちぺち肌を叩いたり取り出した巻尺で体長を測ったり持ち上げて目方を量ったりしている。
「クオヴァディスさんはどう思う?」
《関西方面の訛り方をしていますが所々不自然さを感じます》
「そこどうでも良くない?」
《次の問題はあの兎肉をどうやって移動させるかだと思います》
「興味の対象がすでにカロリーに?」
イマドキのAIは兎にしか興味がないの?
まあ確かにこんな場所でモタモタしていたら化け物が寄ってくるだろう。
早々に巨大なお肉を移動させなくてはいけなかった。
さすがに重量があり過ぎるから縄を調達して縛ってから、肉体強化Levelを上げてから引きずるしかなさそうだ。
「これだけでかいと解体も骨が折れそうだよな」
内臓及びその付近の肉は食中毒になりやすいから避ける必要がある。
こいつは見るからに全身モツ袋なクリーチャーだ。
図体の割に案外可食部分は少なくなるかもしれない。
《それなんやけどな兄ちゃん》
目方を終えたタコマシーンがボールのような頭をくるりと百八十度回転させてこちらを向いてくる。
《このお肉、ひとりで運んだり解体するん大変やない? 手伝い欲しない?》




