ステーキ食べ放題もおススメです
祝四十話^_^
「何食べたらあんなにわがままボディに育つんだよ」
《たわわです》
ただの首狩兎なら余裕で狩れるけど、あんなデカブツをどうしろと?
「る゛ん゛」
鳴き声――考えるより先にしゃがんだ。
直後、巨大ななにかが頭上を通り過ぎる。
凄まじい風圧――そこから感じられる質量と勢いは日本刀というよりも超巨大な出刃庖丁だ。
ズザン‼︎
背後で何か硬いものが耳あたり良く擦れるような音がする。
振り返ると電信柱が途中から切断されている。
「あ……あり得んのだけど?」
《攻撃範囲、鋭さ、伸縮の威力、どれも桁違いですね》
首狩兎と同様に自らの耳を伸縮させてくるのは予想していたがここまで恐ろしい攻撃になるとは思わなかった。
鳴き声に反応したから回避できたが、そうでなかったら真っ二つになっていた。
ノーマル首狩兎とは格が違う。
動体視力と忍び足を強化したけどLevel5程度では十分に対応しきれてないぞ。
《忍び足がLevel6になりました》
《忍び足がLevel7になりました》
《忍び足がLevel8になりました》
《動体視力がLevel6になりました》
《動体視力がLevel7になりました》
《動体視力がLevel8になりました》
「こいつでどうだ」
「る゛ん゛」
第二撃――再び巨大出刃庖丁が迫ってくる。
「よし見切った!」
連続強化したおかげで耳の動きを捕捉できた。
這いつくばるようにして躱すと、頭上スレスレを通り過ぎていく。
「クオヴァディス、あの耳の攻撃距離はどれくらいだと思う?」
《見立てでは十メートルほどです》
拡張現実――射撃統制で距離を測りながら、ゴキブリの如く姿勢でしゃかしゃか安全圏へ移動する。
十五メートル――ここまでまで後退すれば届かないはずだ。
《どうしますか?》
「このまま逃げたい……」
《あれだけお肉が大きいとステーキ食べ放題ですけどいいんですか?》
「すてえき……たべ……ほうだい……?」
クオヴァディスの言葉に思わず喉がゴクリと鳴る。
そんな言い方されたら食欲に従うしかなくなるんだけど。
《銃の射程は三十メートル。攻撃範囲はこちらの方が断然有利です》
「……もう少し頑張ってみるか」
《その意気です。今の距離を保ちつつ攻撃しましょう》
「る゛う゛う゛ん゛ん゛」
巨大首狩兎が三撃目を放ってくる。
出刃庖丁が凄まじい勢いでこちらに向かってくるが射程は既に見切っている。
数メートル足りないはず。
届かないはず……だが嫌な予感がする。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛」
急に出刃庖丁の先端がキュルキュルと捻れ、尖った形状に変化した。
鋭い槍のようになってギリギリまで距離を延ばしてきたが鼻先手前で止まった。
「……っぶね⁉︎」
ビビってへたり込みそうになるところを更に後退――というか逃走する。
《刃の面積を絞って攻撃距離を延ばしてきましたようです^_^;》
「鼻の穴が三つになるとこだったじゃん。もう嫌だ。もう絶対逃げる」
身を翻し駅前の大通りから雑居ビルの並んだ通りに逃げ込む。
どうせあの鈍重そうな巨体だ。
追いかけてきても遅いはずだから霧に乗じて逃げ切れるはず。
だが予想に反して猛追してきていた。
巨大な身体を大きく跳躍させ、地震の如くアスファルトを揺らしながら距離を詰めてくる。
「撒けそうにないんだけど。どこまでもついてくるんだけど」
《霧に紛れてもついてくるようですね》
「どこか隠れてやり過ごせそうな場所ない?」
《多分それは悪手です》
「何故?」
《あれが兎の亜種と仮定するなら聴覚に優れているはずです》
「兎って耳いいの? ただ長いだけじゃなくて?」
《兎は左右の耳を別々に動かし360度の範囲から、人間の聞き取れない音域も認識できます》
確かに首狩兎の群れは離れた場所から物音を聞きつけて襲ってきた。
そして今も巨大首狩兎は濃霧にかかわらずこちらを正確に追跡してきている。
隠れても僅かな呼吸音や衣擦れを察知される可能性は高いだろう。
「でもそれって要は逃げも隠れもできないってことだろ」
《大丈夫。返り討ちにすればステーキです》
「どっから来るんだよその強気。こっちが三枚におろされそうだよ」
仕方ない。
余計に距離をとって相手の射程圏外から戦闘を続けることが最善策か。
巨大首狩兎との距離を計ろうと、振り返ろうとした途端――凄まじい勢いで何かが飛んできた。
「なっ⁉︎」
明らかに耳ではない何かがカーブを描いて近くのカフェに突っ込んでいく。
見るとガラス扉を突き破った向こうにひしゃげた赤い塊が転がっていた。
「えーと……何か赤いでっかいのが飛んできたけど……?」
《ポストです》
「は?」
《郵便局ポストです^_^;》
「は⁉︎」
巨大首狩兎を見ると、近くにあった街灯を左耳でぶった斬っている。
「はいはいそれを右耳で巻き取って、右耳で巻き取って槍投げの要領でーーっておおおお」
街灯が凄まじい勢いで見当違いの角度で飛んでいく。
「コントロールは微妙だけどとっても豪速球威力⁉︎」
《耳を腕代わりに遠投ができるなんて非常に興味深い生態です》
大砲並みの勢いでビルの傍に生えた看板を数枚突き破ってどこかに消えていってしまう。
なんでも斬れて良く聴こえておまけに掴めて投げられるって万能過ぎるだろあの耳。
「クオヴァディスさん、あれに直撃したら死ぬよね?」
《DeathDeath(*_*)》
「あんなのどうやって戦えっていうんだよ」
相変わらず理不尽で容赦のないゲーム設定で本当に嫌になるな。
どう対処すべきか考えていると――
ミシミシミシと嫌な音がした。
巨大首狩兎の次なる行動に目を疑う――近くにあった錆だらけの自動車を持ち上げようとしている。
「いやいやいやそれは無茶だろ」
《車両の重量は二トン近くありますからさすがに無理でしょう(´ω`)》
半笑いで様子を眺めているとタイヤが浮いて車体がゆっくりと持ち上がっていく。
「う゛る゛る゛る゛る゛」
重量挙げ選手の上腕二頭筋のように膨張した両耳によって徐々に持ち上げられていく自動車。
口元が引きつってくる。
「本当にそれ投げるの? 投げられるの?」
《まずいかもしれません。どうやら巨大首狩饅頭は本気のようです^_^;》
今いる場所は道幅があまり広くない。
幾らノーコンだろうが、あんな巨大なものを投げられたら正直避けにくい。
逃げるか。
いや仮にあの車体すら遠投可能なら逃げきるのは難しい。
確実な対抗策は――
「投げてくる前に仕留める‼︎」
饅頭のように膨らんだピンク色のムチムチボディに向けて銃弾を数発撃ち込んだ。
的がデカイので外すわけもなく次々にめり込んでいく。
だがそれだけだった。
ピンクのたわわボディにめり込んだまま戻ってくる様子がない。脂肪に吸収されているのか筋肉に阻止されているのかダメージが通っている素振りもまるでない。
《防御も完璧デスネ》
「褒めてる場合か。クオヴァディスさん一万カロリーぶっ込んでも良いから何か良い攻撃スキル手に入らない?」
《御主人様のスキル構成は現状回避や命中精度などに特化しています》
「つまり?」
《それっぽっちじゃ非常に難しいですƪ(´・ω・`)ʃ》
くだらない会話の最中にも自動車は高らかに持ち上げられてしまった。
もう時間がない。
焦ったせいでうっかり銃の狙いが逸れてしまった。
車両の左前輪に命中して破裂――
完全に撃ち損じたと思いきや――
「なん……車体がグラついた?」
《左耳が僅かに下がってます》
すぐに何事もなかったかのように持ち直すが、一瞬でも体勢を崩したのを見逃さない。
射撃を続けても無反応だったなかで初めて得た手応えだ。
「……タイヤの音に反応した感じだった」
《聴覚に優れている反面、大きな音が弱点かもしれません》
「なるほど……試すか」
狙うは右前輪。
だが元々劣化かパンクしていたらしくまるで破裂音がない。
《スカです》
「むう」
後輪はこちらを向いていないので当てようがない。
ならばと残りの弾丸を両耳の付け根の近くにぶつけてみる。
鈍い金属音が響き、銃弾自体は弾かれたが耳の力みが緩んで巨大首狩兎がわずかに蹌踉めいた。
放棄させるほどの効果はなかったが、大きな音が弱点なのは確かだ。
問題はどうやって車両を放棄させるくらいの騒音を引き出すか。
「……一か八か試してみるか」
思いついたのは確実とは言えず賭けに近いアイデアだった。
だが試してみる価値はある。
うまくいけばステーキ食べ放題だからな。