丸焼き、煮込み、シチュー、ソテー、ジンギスカンあたりがお勧め料理です
※特定のアンドロイド機種で閲覧した際、絵文字への誤変換が発生する不具合があるようです。
《見かけましたら具体的な箇所を教えて頂けると助かりますm(._.)m》
「うーん……なんか霧が少し濃くなってる?」
コンビニを出ると辺りの見通しが悪くなった通りを歩く。
クオヴァディスのナビがあるから道には迷わないけど、化け物との遭遇には気をつけたい。
「つかそもそもこの霧ってなんなん?」
この池袋で目を覚ました時には既に辺りは霧に包まれていた。
以降、一向に晴れる様子がない。
ちょっとした異常気候だ。
《雨が降った直後ではなく近くに河川があるわけでもなく発生源が不明です》
「うーん……いったいどうなってるんだろうな。原因はどうでも良いけど鬱陶しいから晴れてほしい」
《高い場所なら晴れているかもです》
「サンシャインは崩落してたから……スカイツリーとか東京タワーか?」
《どちらも遠いですね》
そんな会話をしながら駅前を歩いていると――
「警鐘?」
《左前方で何か物音が聞こえます》
ビルの影に隠れて様子を窺った。
緩みきっていた神経が一気に張り詰める。
「生存戦略起動」
《起動しました》
「いつ逃げ出してもいいように脚力を強化しよう」
《忍び足がLevel2になりました》
《忍び足がLevel3になりました》
《忍び足がLevel4になりました》
《忍び足がLevel5になりました》
「それから回避し易いように動体視力も上げる」
《動体視力がLevel2になりました》
《動体視力がLevel3になりました》
《動体視力がLevel4になりました》
《動体視力がLevel5になりました》
「ふっふっふこれだけ強化してもまだ余剰カロリーは一万以上あるぞ」
少し先にあるロータリーから物音――何かの鳴き声が聞こえてくる。
動物らしきものが群れているようだがどんな生き物かまでは特定はできない。
「もしかして蜘蛛か唐獅子の生き残りか?」
《可能性はあります。警戒してください》
まあ入道蜘蛛や唐獅子程度なら余裕だろう。
目を凝らしながら様子を窺っていると霧の切れ間から群れの一匹一匹が見えるようになってくる。
大きさは猫くらいだ。
桃に似た色と形状――ぽむぽむとボールが跳ねるように動き、仲間同士で戯れている。
手足がかなり短く、代わりに頭頂部に生えた耳が兎のようにやたらと長い。
「なんだあの間抜けな生き物?」
《饅頭兎と命名しましょう》
「……とりあえず野犬とかではないし危険はなさそうだな」
《どんな危険があるか分かりませんので迂回をお勧めします》
「はは……クオヴァディスさんは心配性過ぎるだろ」
「るん」
鳴き声がして振り返るとそこにいるのは饅頭兎だった。
「おお。こんな近くにも一匹いたのか」
《間抜けそうな饅頭ですಠ_ಠ》
「どうしたんだ? お仲間はあっちだぞ?」
「るん?」
「それとも僕の仲間になりたいのか?」
「るん!」
円らな瞳、友好的なフォルム、愛らしい鳴き声、その全てが琴線に触れた。
「も……もふりたい」
偽スパム偽コーンビーフのショックで弱った心が癒しを求めている。
こいつを抱き枕にしてソファで寝込めば、少しは調子も戻ってくるかもしれない。
「さあおいで――」
「るん!」
屈んで手を伸ばした瞬間ーー
ザン!
疾風の如く何かが頰のすぐそばを通り過ぎて、背後でぶつかった気がした。
振り返ると電信柱にさっきまでなかった痕――まるで斧に打ち据えられたような抉れができている。
「……えっと?」
どうも思考がうまく働かない。
だが頰がヒリヒリするし、スキルの警鐘がガンガンと鳴り響いて危険を知らせている。
饅頭兎に視線を戻すと、頭を傾けている。
「何かあったの?」と問いたげだ。
だが同時に長い両耳がくるりくるりと揺れていた。
よくよく観察するとそれは丹念に研がれた包丁のような光沢を放っているように思えた。
次第にくるくるくると旋回し、速度を始め、まるで旋盤のような音を立て始め――
《避けてください‼︎》
「‼︎」
「るん! るん!」
咄嗟に横へ飛んだ。
饅頭兎の両耳が一瞬だけ見えなくなったかと思うと背後でまた激しい衝撃音。
いつのまにか饅頭兎の両耳が細く真っ直ぐに伸びた状態になって目の前を通り過ぎていた。
視線だけで辿っていくと背後の電信柱に深々と突き刺さっている。
「まじか……あり得ないだろ……?」
コンクリの柱を突き刺すなんてあの長耳、日本刀いやチェーンソー並みの斬れ味じゃないのか。
外見の可愛らしさから判断して油断しきっていた。
抱き枕なんてとんでもない。
そんなことをしたら翌朝にはバラバラ死体の出来上がりだ。
ぼうっとしてたにもかかわらず、回避できたのは事前に強化していた忍び足と動体視力のおかげとしか言いようがなかった。
《訂正します。あれは饅頭兎ではなく首狩兎でした》
「……」
幸い饅頭兎は動けずにジタバタもがいている。
耳が突き刺さったまま抜けなくなっているらしい。
間の抜けた光景ではあったが、あの恐ろしい出来事の後ではもう可愛らしいとは思えなくなっていた。
うーん今のうちに撃ち殺してもいいけど弾丸が勿体無いし、ナイフを使うのは抵抗がある。
ただ野放しにしてたらうっかり近づかれて刺し殺されるやも知れんしどうしよう。
《進行方向から敵がきます》
「ちっ」
首狩兎の群れが物音に気づいたようだ。
るんるんと鳴きながらこちらに向かって移動してきている。
丸い肉体を跳ね上げるようにしてぷよんぷよんと弾みながら近づいてくるその様子は非常に可愛らしかった。
ただ一斉に長い耳をくるくる旋回させていた。
既に戦闘モードに入っているのを察するに、わりと好戦的な獣であることが窺える。
「完全に狩る気でいるらしい。……こうなったら返り討ちにしてやる」
《御主人様》
「どうした?」
《お肉が食べたいと仰っていましたね》
「ああ」
《丁度、絶好の機会なのでは(*・∀-)b》
「クオヴァディス……なんて恐ろしい子⁉︎」
だがそれは跳ね除けるにはあまりにも魅力的過ぎる悪魔のような提案だった。
あれだけ可愛かったはずの饅頭兎が今ではどうだ。
美味しそうな肉饅頭に見えてくるではないか。
「ごくり……兎ってどんな味がするんだ?」
《肉質は柔らかく淡白で鶏肉に似ているそうです》
「ほう」
《丸焼き、煮込み、シチュー、ソテー、ジンギスカンあたりがお勧め料理です》
よし決めた。
狩ろう。
この際、あの首狩兎が兎と同じ肉質かどうかを問おうとは思わない。
どんな味がする肉で、どんな料理に適しているのかは実食して確かめればいい話だ。
ひいふうみい……全部で九匹、いや兎だから九羽か。
それだけいればクックペディアに掲載されてる料理を片っ端から試すことができそうだ。
「首狩兎は足が遅いようだな」
《所詮は饅頭。短い四肢は駆けるのに適していないようです( ̄+▽ ̄)》
数メートルの距離さえ保っていれば、あの鋭い耳の攻撃が当たる心配は皆無だ。
逆にこちらには補充をすませた拳銃がある。
そして二大銃スキル――精密射撃とカンストさせた射撃統制もある。
数秒もあれば首狩兎たちがこちらに辿り着く前に、片っ端から弾丸を命中させるくらいの腕前は余裕である。
もはやまな板の鯉――などという甘い考えはあっさりと打ち砕かれる。
「る゛る゛う゛う゛ん゛ん゛っ゛」
突如、辺りに野太い鳴き声が響き渡り、空気が微かに揺れた。
《なんでしょうあれはーー》
「おいおい嘘だろう……?」
首狩兎の群れの後方、駅舎の崩壊でできた瓦礫山の陰からぬっと現れる。
幅も高さも大入道蜘蛛よりも遥かに大きく大神ほどもある肉の塊――
それがどすんどすんとアスファルトを揺らしながら向かってくる。
巨大首狩兎だった。