何だかラーメンづいてます
緊張感のある回が続いております。
あと六話程続きますので宜しくお付き合い下さい。
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「えーと何か場所を間違えたみたいだなクオヴァディス?」
《そのようですね御主人様^_^;》
七つの眼がジロリとこちらを見てくるなか、そろそろと後ずさりする。
後ろ脚で何かを編むような作業を続けたまま死骸の山から摘んだ唐獅子をバリバリ咀嚼している女王蜘蛛。
巣から下りてくる様子はない。
そのままシルクカーテンの切れ間に身体をさっと滑り込ませた。
そして手探りしながら重く柔らかな手触りの生地でできたジャングルをかき分けていく。
「あんな化け物手に負えないだろ」
《三十六計逃げるに如かずです》
あれを相手にするくらいなら丸ノ内線に戻ったほうがいい。
手長足長さんと最後までやり合う方が百倍マシだ。
「良かった。わりと簡単に逃げられそうだな」
《全力ダッシュです┌( ̄ー ̄)┘》
そして何枚ものカーテンをくぐり抜けた向こうには――
山積みにされた唐獅子たちの屍。
ピンクの天幕。
天井に蔓延る幾何学模様。
そして女王蜘蛛。
「ちょっ……どうなって……る……?」
《( ゜д゜) ……(つд⊂)ゴシゴシ (;゜д゜) ……⁉︎》
たった今、立ち去ったはずの場所に戻ってきてしまった。
あり得ない。
慌てて引き返し、再度逃走を試みるが――
「なんでまたここに出る⁉︎」
《分かりません⁉︎》
ただカーテンを潜り抜けきてたはずだ。
進行方向はひたすら真っ直ぐだった。
なのに何故、この奇妙なサーカステントに戻ってきてしまう。
いったい何をどう間違えればこのような結果になるのだろうか。
【(おかえりなさい、緞帳は、劇が終わるまで上がらないの)】
「クオヴァディス、丸ノ内線まで案内してくれ」
《現在位置がロストしています(´_`illi)》
「ふぁっつ⁉︎」
【(さあ楽しんでいってね、泣いて、笑って、苦しんで、ステキな人形劇が始まるよ)】
女王が嘶くと、彼女の御膳――骸の山の裾野からモゾモゾと何かが動き出すとそこから一匹の唐獅子が現れる。
「唐獅子?」
前脚の先が欠けたその個体はまだ生きていたらしい。
グルルルと敵意を剥き出しにしながらひょこひょことこちらに向かってくる。
悪いけど相手にしている暇はない。
ヘッドショットが決まりその場に倒れた。
「なんなんだ?」
《またきます》
更にあらわれた二匹がこちらに向かってくる――下顎のえぐれた個体と両眼がえぐられた個体。
動きが鈍いので片付けるのは容易かった。
問題はその後だ。
倒したはずの三匹が何事もなかったように起き上がってきたのだ。
明らかに脳漿を飛び散らしかけたゾンビ犬三匹が不自然な動きで向かってくる。
《この光景はホラーです。何か様子がおかしいです^_^;》
「ホラーっていうかテラーだろ‼︎ 生存戦略‼︎」
《射撃統制がLevel7になりました》
《弾丸の軌道予測が追加されます》
更に攻撃を続ける。
三匹とも両脚を砕くとついにビクビクするだけで動かなくなった。
と思ったら死体置き場から新たに二匹が加わってくる始末だ。
《また来ます‼︎》
「見ればわかるけどもさ」
これは悪夢か?
「原理は分からないけど女王蜘蛛が操ってるぽい?」
《アフリカなどにいるエメラルドゴキブリバチはゴキブリに化学物質を注入して、意のままに操ることができるそうです》
「何そのキモ昆虫。……だからってゾンビみたいに何度も起き上がって襲ってくるの?」
《……》
幸いなのは唐獅子の動作が鈍いことと女王蜘蛛自身は何もせずに静観を続けていることだ。
そうこうしているうちに更に犬が二匹増えている。
もうどうなってるんだよ‼︎
◆
《射撃統制がLevel8になりました》
《射撃技能が第二級に向上します》
「……よし」
手にしていた銃が急に長年使い続けた商売道具のようにしっくりと馴染んでくる。
弾切れだと思った次の瞬間には手元を見ずに弾倉の交換を済まし、予備動作に移っていた。
「今度こそくたばれゾンビ犬‼︎」
《ヤッチマイナ٩( 'ω' )و 》
四方八方から牙を剥いて飛びかかってくる唐獅子の急所に順番にお見舞いしていく。
射撃統制は複数の機能を詰め込んだ初心者用詰め合わせパックみたいなスキルだ。
標的とか命中率とか距離とか視界がごちゃごちゃする情報系は正直ハズレだが、こういう技能向上系はアタリだ。
だがーー
「うへえ射撃の腕が上がっても一向に仕事が楽になる気配がないんだけど?」
ゾンビ犬を再起不能にしてもそれを上回る数が山場から追加投入されるせいだ。
「ひいふうみい……はは……いつの間にか八頭になってるよ?」
《いい加減お腹いっぱいですε-(´∀`; )》
《射撃統制がLevel9になりました》
《射撃補正が追加されます》
更に射撃補正を強化する。
手首に微妙な調整が入り、動く標的や細かく狙った箇所に対しての命中精度が格段に向上した。
こっちもアタリだ。
というわけで脳天、左眼、脳天、口蓋、脳天。脳天、喉元、脳天。
飛び交う注文にワンオペで対応してる熟練の家系ラーメン屋店主になった気分で、鉛玉をぶち込んでいく――
「だいぶ減ったか?」
《……いえ》
ゾンビ犬たちは何事もなかったかのようにむくりと起き上がり――
或いは死骸の山からやって――
ジワリと増えて総勢十頭になった。
「もしかして目の前にあるどか盛りラーメンみたいな死体の山を平らげんと駄目なやつ?」
《だとしたらチェーンソでバラバラにしないと片付けようがありませんね》
辛うじてしのげてはいるがかなりキツイ状況だ。
なんとかゾンビ犬の群れをしのげてはいるが次第にキャパオーバーして捌き切れなくなっているのもある。
一度でも撃ち損じたり優先順位間違えたり集中力が切れたりしたらあっけなく死ぬかもというシビアさもある。
いずれ弾丸か体力のいずれかが尽きてゲームオーバー確定というプレッシャーもある。
だが何よりもキツイのは、終わりが見えないことだ。
延々と大量の雑務を繰り返すだけで根本的な解決策が見つからない。
「やっぱあれを狙うか」
駄目元で銃口を上方へ向ける。
勿論、狙う先は忌々しい女王蜘蛛だ。
実は戦闘中に何度か試しているのだが――直前で弾丸は弾かれる。
突如出現した奇妙な模様に彩られた黒のレースカーテンに防がれたのだ。
「またかよ」
《無駄弾(´・_・`)》
【(くすくす、わたしのうつくしい黒後家の面布はそんなものでは破れないの)】
カーテンが再びその色をすぐに失いどこかに消える。
いや正確にはそこに在る。
正確には辛うじて視認できるくらい透明に近い色へと戻っただけだ。
女王蜘蛛本体を叩けば、この状況を何とかできるかもと思っているけど、何度やってもあのカーテンに防がれてしまう。
どうすれば終わるんだこれ?
「クオヴァディス、教えて、抜本的な解決策」
《少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか》
「無茶振りだった?」
《クオヴァディスに分からないことはないのでネットに答えがないか検索してみますʕ⁎̯͡⁎ʔ༄》
うん無茶振りだったね。
ごめんね。
「社畜時代のデータトラブル対応ほどじゃないにしろ本当に先が見えないな」
何をやればミッションコンプリートになるのか。
いつになったら打ち上げ花火が上がって稼いだスコアが精算されるのか。
これでは一向に銃が下ろせない。
【(ステキね。楽しい。嬉しいわ。それじゃあ次は……お気に入りのお人形さんで遊びましょう)】
「な……⁉︎」
《は⁉︎》
――だが本当の絶望はここからだった。
ぐらり――骸の山が大きく揺れたかと思うと雪崩を起こし唸り声を上げながら何かが現れる。
見上げるほどもある化け物――体長は五メートル近くはある。
例えるなら象みたいな体格のゴールデンレトリバーから体毛を剥ぎ取ったみたいな化け物。
どうにも見覚えがある。
但しあの時の神々しさはもはやカケラもない。
腐乱臭を漂わせえぐれた脇腹から腐り落ちた臓物を地面に垂らし、両眼窩の白眼をビクビクと痙攣させている。
だがそれでも目の前にした者を畏怖させるような圧迫感は変わらない。
「……見間違いじゃないよな?」
《あれはラーメン店で最初に遭遇した化け物――大神です( ╹ཀ╹)》
最悪の最悪だ。
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続きは18時頃、更新の予定です。