はじめてのスキル強化をして下さい
「クオヴァディスさん質問」
《どうぞ》
「この兵種って所謂、RPGの類における職業みたいなものでいい?」
《概ねその通りです》
つまりはキャラメイクから始めろってことだね。
《ゲームは御主人様の得意分野でしたよね?》
「好きだけど得意ではない」
学生時代に国産大作RPGを嗜んだ程度だ。
今は課金系アプリでログインボーナスを貰うか実況動画を見るだけのポップコーンゲーマーである。
そしてミリタリー系は全く素養がない。
FPS酔いするし、SLGは苦手だし、ずらっと並んだアイコンを見ても砲兵と輜重兵がどう違うのかさえ分からないレベルだ。
「ひとまずは兵種とやらをひとつひとつ吟味していくか」
まずは「砲兵」だな。
こいつは大砲に火をつけている兵士のアイコンだった。
片耳に人差し指を突っ込んでいる様子がちょっとユニークで、説明書きには「戦車で大砲をぶっぱなしたい人向け」とある。
次は「輜重兵」……しちょうへい?
読み方すら定かではないがアイコンでは眼鏡の兵士が書類に「FIRE」の判を押しまくっている。
説明書きにも「ハンコを押すだけの退屈なお仕事です」とあったので非戦闘員といった感じだな。
それから「通信兵」。
これはラジコンか無線機のようなものを弄って遊んでいる兵士のアイコンだ。
説明書きは「良いも悪いもリモコン次第♪」……ってさっきから適当過ぎるだろう。
もはや説明書きじゃなくてキャッチフレーズでしかないだろ。
「衛生兵」は白衣姿で聴診器を手にしているアイコン。
いわゆる戦場のお医師さんらしいのでRPGにおける役割としては回復系だろうか。
説明書きは「病気も怪我もノックアウト」。
そして最後のは「少年斥候」だ。
アイコンではスカーフを巻いたニコニコ顔が水筒持って歩いており、説明書きには「初心者向き、アウトドアにもどうぞ」とある。
「クオヴァディスさんのオススメは?」
《断然少年斥候です》
「いやそれって子供がキャンプとかハイキングみたいな野外活動をするやつだろ」
軍人にはカウントされないのでは?
というかハズレくじの間違いでは?
《他に比べて強力なスキルはありませんがスキルコストが少なく済みます》
「ふーん、ならお任せでいいか」
まあどうせ最初から期待はしていない。
クソゲーだったり難しかったりしたら、止めればいいのだ。
クオヴァディスの言う通りに少年斥候のアイコンをポチってみた。
《少年斥候を獲得しました》とアナウンスが流れる。
「……でどうなるわけ?」
《基礎体力向上、小休止、野鳥観察を獲得しました》
早速ゲーム開始かと思いきや、最初のステータスメニューに戻ってしまう。
端末画面は変化がなく操作する術もない。
「やっぱりクソゲー……おお? ……なんだ?」
代わりに違った場所で変化が顕われ始めていた。
体調が何やらおかしいのだ。
「これ……どうなってる……?」
急に首回りが軽くなって身体を支配していた倦怠感がなくなってきたのだ。
おまけに視界まではっきりしてきた。
先程のクオヴァディスのアナウンス――《基礎体力向上、小休止、野鳥観察を獲得しました》――が浮かんだ。
いや画面をタップしただけでそんなことが起きるはずがない。
ただの錯覚か偶然に決まってるじゃないか。
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兵種:少年斥候Lv1
状態:空腹
余剰kcal:1,927
消費kcal/h:80
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スキル:
基礎体力向上Lv1、小休止Lv1、野鳥観察Lv1
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ステータス画面にあった兵種の欄が、模範的な市民から少年斥候に変更されていた。
そしてスキル欄にはアナウンスにあった三つのスキル名が追記されている。
《今、取得したのは基礎スキルです》
「基礎スキル?」
《兵種は複数の基礎スキルによって構成されており、Levelを上げ、強化できます》
そんなはずはないと思いながら、恐る恐る人差し指を画面に近づける。
そして兵種のアイコンを軽くタップしてみた。
《少年斥候のLevelが2に強化されました》
《基礎体力向上がLv2に、小休止がLv2に、野鳥観察がLv2になりました》
《害虫除けが解放されました》
「おお……?」
唐突にエナジードリンクをがぶ飲みしてた時みたいな高揚感が訪れる。
実際に身体も軽くエネルギーが有り余っていた。最高にハイってやつだ。
「これがスキル? ただのゲームじゃなかったのか? いったい何がどうなっているんだ」
《スキルの説明を御所望ですか?》
「……ああ」
《どれを説明しますか?》
基礎体力向上は名前と実感からなんとなく分かる。
体調の良さの半分はきっとこいつのおかげだ。
「ええと……じゃあこのコーヒーカップみたいなアイコン?」
《小休止は精神安定、疲労軽減などをもたらします》
エナジードリンクはこいつの仕業だな。
確かに不安もかなり薄れていた。
「野鳥観察は?」
《視神経伝達に若干の補正を行い、視力強化を促します》
なるほど、高揚感が湧いてきたり、視界がはっきりした理由が分かった。
「……ところでさっきの虫除けって何?」
《兵種Levelを上げていくとスキルが解放される機会を得ます》
「ふむ」
兵種を強化することで基本スキルが強化されたり、それ以外のスキルが得られる機会があるんだな。
害虫除けか、名称から効果を連想し易いスキルではある。
表示されたスキルはカートゥン調の蚊に斜線が入ったアイコンだ。
名前からして蚊や雀蜂など危険な虫を遠ざけるスキルで間違いないだろう。
「このアイコンをタップすると虫除けのスキルが取得できる?」
《はい》
「よし」
《害虫除けスキルを獲得しました》
アナウンスは流れたが目に見えた変化が起こったわけではなかった。
《獲得したスキルの強化をお勧めします》
「害虫除けの強化?」
どうやら兵種だけでなくスキル単独で強化することも可能なようだ。
クオヴァディスのお勧めに従ってみるか。
操作は兵種の強化と同じで、端末上のアイコンをタップするだけなので簡単だ。
《害虫除けがLevel2になりました》
「ふむ、試してみるか」
壁の隅に巣を張っていた小さな蜘蛛を見つけたので、手のひらをさっとかざしてみる。
すると嫌がるように少しだけ遠ざかった。
次にそっと指先を近づけようとすると大きくはっきり仰け反るように後退していく。
「はは……これは面白いな」
《更なる強化をお勧めします》
「もっと?」
何か起こるのかな。
《害虫除けがLevel3になりました》
《害虫除けがLevel4になりました》
何もしていないのに蜘蛛が巣を伝ってカサカサと逃げるように天井へと移動してしまった。
強化によって効果範囲が広がったみたいだ。
《更なる強化をお勧めします》
どこまで強化できるのか興味があったのでひたすらタップし続けてみる。
《害虫除けがLevel5になりました》
《害虫除けがLevel6になりました》
《害虫除けが……》
どんどん上がれどんどん上がれ。
あれ……?
急にアイコンに触れても反応しなくなったぞ?
《カロリーが不足しています……これ以上は基礎代謝に支障がでますがよろしいですか?》
「よく分からないけど続行」
「!」が文字と文字の間についているアナウンスが表示されるがとりまスルー。
詳細は後で確かめればいい。
《害虫除けがLevel9になりました》
《害虫除けがLevel10になりました》
今度こそ反応しなくなった。
他の事例を確認できていないので断言は難しいが、つまりスキルはLv10が上限らしい。
ポトリと蜘蛛が床に落ちてきた。
仰向けでバタバタもがいているが、これは間違いなく威力が増した結果だろう。
脚の動きがどんどん鈍くなってきたので摘んでぽいっと放ってみる。
すると途端に活発化してピューと外に逃げ出していってしまった。
「実験とはいえ悪いことをしてしまったな」
《次のスキルからひとつだけアンロックする権限が与えられました。選択してください》
おや。
何か変化があったようだ。