メトロの奥には何がありますか?
手長足長蜘蛛の正面の目玉を弾丸で三発殴打する。
だが悶え苦しむような素振りを見せながらも、更に前進してきた。
前脚を腕のように掲げ――ダンッ!! ダンッ!! ダンッ!!
「うわっ、やばっ、しぬっ」
連続で上から殴りつけられそうになるが横に躱してなんとか回避。
肝が冷えた。
これ喰らったらたん瘤できるだけでは済まないよな。
《ヘルメットを被ったほうがいいのでは?》
「死んでも断る」
一瞬ゲーム気分になってかなり基本的なことを失念していたけど一撃でも受けたらゲームオーバーだったわ。
ジャンル死に覚えゲー、ライフなし残機なしリスタートなし難易度はウルトラハードモード一択。
これなんて糞ゲーですか?
「ああもういい加減、ダメージ通って‼︎ お願いっ!!」
祈るような気持ちで更に弾丸を叩き込む。
望みが届いたらしく十発くらい喰らわせたところでついに正面の目玉に亀裂が走り出した。
ウギギギイイイイイイイイイイイイインンンンンンンンンン。
手長足長が急に脚を止めると、夏に蝉みたいな鳴き声を上げ始める。
サーチライトを明滅させながら、イヤイヤをしたり地団駄を踏んだりし始めた。
その姿はまるでお菓子売り場で駄々をこねる子供だ。
「な……何やってんの?」
《恐らくは警報です。近くにいる仲間を呼んでいるかと思われます》
ぎくっとして敵襲に備えていたが今のところ蜘蛛が現れる気配はない。
やっぱり本来駆けつける増援部隊も出払ってるんだろうな。
《……今のうちに移動しましょう》
「どこへ?」
《丸ノ内線は池袋が始発なので反対方向は行き止まりです》
「駄目じゃん」
《ホームから通路を経由して副都心線に出られます》
「じゃあそれで」
そろそろっと傍を通り抜けるが手長足長蜘蛛は喧しいだけでこちらを攻撃してくる様子はない。
既に戦意喪失したらしい。
殴ろうとして殴り返されたら泣き出して仲間呼ぶとかメンタル弱すぎないか。
「ゴツい体格して見掛け倒しかよ」
《所詮は節足動物ですから》
端末に表示された副都心線へのルートを確認すると、更に地下の奥まった場所に行くようだ。
真綿で首を絞められてるというか、ドツボにはまっている気がしないでもないが仕方ない。
「……蜘蛛の姿はなし。警鐘の反応もなし」
《柱などの障害物が多い地形なので慎重に進んでください》
「つかこれだけ五月蠅くしても現れないんだから出払ってるんじゃね」
確かに壁や床のあちこちが蜘蛛糸の粘液によって装飾されていたし、床には汚物や食いさしの死骸も転がっている。
通路の奥に進めば進むほどに地下特有のすえた臭いに拍車がかかっているのは、紛れもなくこれら痕跡のせいだろう。
だが肝心の蜘蛛たちの姿はない。
《ここを降りれば副都心線です。ここからなら環状線の外にも出られます》
「……更に下るのか」
下り階段の入口にある「副都心線 のりば↓」という電光掲示板が寿命間近なのかちかちか点滅している。
本当に何かに誘われている様で気味が悪い。
《どうしますか?》
「……」
引き返すなら今だ。
だが新しく手に入れた銃スキルの射撃統制はわりと使えそうだ。
最大強化したナイフ術や暗殺術も控えている。
いざとなれば余剰カロリーも残ってるし備蓄の缶詰もあるから肉体強化などスキルの鍛えることもできるはず。
罠があろうが、これなら副都心線を強行突破できそうだ。
「行こう」
《はい》
階段と成り果てたエスカレーターを一段一段慎重に降りていく。
何かが出てくる気配はなかったが一向に底が見えてこない。
地下鉄の階段はこんなものだったかもしれないと思う一方で違和感を覚えるくらいに長い。
遠くからは未だに手長足長が流し続ける警報が聞こえてきていたが、新手の蜘蛛が待ち構えている気配も、追ってくる足音もない。
何百段降り続けたか分からなくなってきた頃、ふいに階段が終わる。
そして目の前にあらわれたのは――目の前に聳え立つピンクの壁。
「……なんだ?」
触れるとまるで手応えがない。
よく見ると非常に細かい柄が織り込まれている。
わずかに揺れるそれは天井から垂れ下がるシルクのカーテンのようだ。
場違いというか唐突というかシュールというか何故こんな場所に?
《ホームはこの先ですが……》
「カーテンから声のようなものが聞こえてくるな……誰かいるのか?」
喋っている、というよりも無伴奏でオペラ歌手が独唱しているような声だ。
その先に何があるのか確かめるべく恐る恐るカーテンをくぐり抜けると――
そこに現れたのはまたしてもカーテン。
幾重にも覆われた分厚い絹の迷路を掻き分けて進んでいくと――
「おいおい副都心線のホームがあるんじゃなかったのか?」
《こんなはずでは……^_^;》
端末を確認すると現在地は確かに副都心線乗り場だと告げていた。
だが肝心の乗り場も鉄道もどこにも見当たらない。
そこにあるのはサーカステントの内側のようなピンク色の天幕に覆われた空間だ。
但し客席はなく曲芸用一輪車も火の輪をくぐるライオンもお手玉をするピエロもいない。
あるのは中央に積まれた山のような何かだけ。
黒っぽい塵のようなうず高く積もれた何かは生臭く腐った臭いを発生させ、周囲には無数の蝿らしきものが集っている。
「うおえっ……このひどい臭い……あの塵山からか……?」
《死臭のようです》
堆積するひとつひとつをよく見るとそれらは積み重なった化け物――唐獅子たちの死骸だった。
脇腹から深く裂かれたもの。蜘蛛糸で首を絞められ窒息したもの。臓物を齧り取られたもの。
見慣れない化け物も混じっていたがどれを見ても争いによって死んでいった形跡がある。
【(あらあら良い匂いがするわね)】
嗎きがして見上げる。
死骸の頂きーーその更に上方に蜘蛛の巣が張られていた。
綱のように太い糸によって構成された巨大な幾何学模様。
そのなかには一匹の奇妙な化け物が蠢いている。
ピンクのテトラポッドに似た非生物的な形状の軀に、黒のマダラ模様の六本脚を生やした異形の蜘蛛。
二本の前脚で何かを編むような仕草をしていたそれは、ふいに七つの紅玉のような瞳でギロリとこちらを一瞥してきた。
【(うふふとても美味しそうな匂いをさせているのは貴方かしら?)】
今更になって警鐘が壊れたみたいになり始め「洒落にならんので早く逃げなあかん」と告げている。
無論、そんなことは百も承知だ。
あれはやばい、超ド級にやばい。
これまでに遭遇したどの蜘蛛よりも――大蜘蛛や門ヶ前さん、手長足長蜘蛛などよりも遥かに格上の存在。
「クオバディス、あの蜘蛛は……」
《はい。恐らくは女王蜘蛛――アトラク=ナクアです\(^^)/》
ということで女王蜘蛛登場、
ラストバトルに突入です。
 




