兵站が整いました
《最臭兵器は置いておくとしてとりあえず猫缶は食べるしかないでしょう》
「食べるしかないって……猫缶では?」
《人間が食べても問題ないのはラベルの但し書きで確認済みです》
「……」
《食べることができる以上、カロリーが摂取できるということであり、それは即ち食べなくてはならないということです》
「食べたくないなら食べなくても良いのでは?」
《飽食の時代は終了しました。今やカロリーは正義です》
「うぐ……ごもっとも」
悲しいかなカロリーが摂取できる以上、食糧不足のこの状況で食べないという選択肢はなかった。
ただそれでもペットの餌を口にするのは正直かなり抵抗がある。
寧ろシュールストレミングのほうが忌避感は少ないくらいだ。
というわけで猫缶の試食を始めることにするが、このままだとキツイ。
これを乗り越えるには無理やりにでもテンションをあげていく他ない。
「はーいみんなお待ちかねのモグモグタイムの時間だよ!」
今日のお昼御飯はキャットフードだ。
キャットフードって猫ちゃんが食べる物なのにおかしいね。
でも仕方ないんだ。
これもそれも全ては生きるため。
他に食べるものがないなら食べたくなくても食べなきゃね。
生きるって、生きていくって辛くて大変だね。
《御主人様、ぶつぶつと誰に向かって話しかけているんですか?》
「独り言」
《何故?》
「子供向け食育番組の進行役になりきってるんだから話しかけないでくれ」
《何故( ゜д゜)?》
勿論、不味いものを少しでも楽しく食べようとする人間の知恵パート2だ。
《人間とは不条理な存在ですね(´-`)》
「わお中身はなんだか地味な色だね。ペースト状だしとっても不味そう!」
意を決してスプーンで掬ってひょいパクと口に放り込んでみる。
モグモグモグと咀嚼。
「きゃっほう! ベリー薄味! 美味しくはないけど不味くもないのでギリセーフだね!」
食感はベチャベチャしたペースト状で薄味ではあるが、味付け自体は悪いものではなかった。
仄かにカツオの風味が感じられる。
「じゃあ今度は味だけじゃなくてラベルも見ていこうかな! カロリーはいったい幾らだろうね。……ふむふむ一缶で500kcalとあるね!」
《素晴らしいライトミートの実に五倍ですね》
「ヤッタネ。スキル強化が捗るね。ウッレシー!」
《栄養価が高い点にも注目しておきたいですね。これは全く非の打ち所がない加工食品です》
「猫の餌としてはねー! 人が食べる物としては下の下でーす! ふざけんなー!」
はー……このテンション疲れてきたな。
偽餃子、唐獅子BBQ、ディストピア飯ときて、猫缶かよ。
いい加減、鯖缶かレトルトカレーが食べたいのに一向に見つからないってどういうこと?
結局、文句を言いながらも猫缶を五缶とついでにライトミートを十缶ほど平らげた。
無論食が進んだからではなく目的があってのことだ。
「げふ……そろそろ準備できたな……生存戦略を起動」
《あいあいさー》
掛け声とともに携帯にステータス画面が表示される。
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兵種:少年斥候Lv3
状態:
余剰kcal:7,089
消費kcal/h:134
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スキル:
肉体強化Lv1、小休止Lv8、野鳥観察Lv3、
害虫除けLv10、猛獣除けLv3、ナイフ術Lv7、
ジャミングLv5
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《現在の余剰カロリーは7,000kcal。お腹満タン準備万全であります》
いいね。
十分な兵站を確保することができたようだ。
◆
「さてクオヴァディスくん、我が軍は未だ化け物に対しての対抗措置がない」
《はっ閣下(˃̵ᴗ˂̵)>》
あの蜘蛛の化け物たちに再び襲われ、勝てるかといえば非常に厳しいだろう。
戦闘における有用なスキルを未だ獲得できていないのもそうだが、何より手に入った近代兵器「拳銃」を使い熟す準備ができていないからだ。
「こんな情けない状況を改善すべく今日は兵種の強化をしたいと思います」
《スキルではなく兵種ですね》
「はいそこがポイントです。まず手始めに少年斥候を卒業します」
そして次なる兵種をゲットする。
砲兵か歩兵になれば銃関連のスキルを得られるのではと睨んでいる。
拳銃を使いこなせるようになれば遠距離からの攻撃が容易になる。
敵と距離がとれれば負傷の心配が減るし、何より威力は絶大。
かなりの戦力増強が期待できるはず。
「さてそれじゃあ兵種を一気に強化してみようか」
《閣下、一気にはできませんであります(˃̵ᴗ˂̵)>》
「はあ?」
基礎体力強化が既にカンストしているので設計上、兵種強化の選択ができないらしい。
面倒だが基礎スキルの単独強化を選択してひとつひとつカンストさせるか。
「若干、出鼻を挫かれた感があるが……取り敢えず順番にやっていくか」
《先ずはどちらから?》
「じゃあ全く手をつけてない野鳥観察で」
Levelアップの度にアナウンスされるとウザいから省略モードを指示する。
《野鳥観察がLevel(略)しています》
アイコンをタップしていくと近視一歩手前だった視界がはっきりしてきた。
五メートル以上は離れている冷蔵庫のミネラルウオーターのラベルの小さな表記まではっきり目視できるようになった。
これ視力検査したらどんな結果になるんだろ。
《野鳥観察がLevel10になりました》
《以下三種類のスキルのうちひとつをアンロックしてください》
そして端末画面にアイコンが三つポップする。
暗視
顕微
望遠
説明書きを読まずともだいたい視力強化系スキルで用途も把握できる名称だ。
どれも便利そうなスキルなのでゆっくりと吟味したいところ。
「後でゆっくり選びたいし保留にできる?」
《スワイプで可能です》
ひとまず後回しにして次の作業に移る。
繰り返すが本命は少年斥候のカンストなのでそっち優先だ。
「さて残りの基礎スキルーー小休止だな」
《小休止がLevel(略)しています》
《小休止がLevel10になりました》
小休止は精神安定と疲労軽減をもたらすスキルだ。
ただリラックス状態にあるせいか地下通路の時のような強烈な変化は感じなかった。
まあ既に十分な恩恵を得ているわけでこれ以上ハイになっても怖いだけだ。
いざという時に効果を発揮してくれるのに期待しよう。
《以下三種類のスキルのうちひとつをアンロックしてください》
アナウンスと共に三種類のアイコンが端末画面に表示される。
トリガーハッピー
ヒロイックピル
ヨクネムレール
カタカナの名称は珍しい。
そしてどこか不安を覚えるような響きのものが多いな。
なんとなく嫌な予感がして説明書を流し読みする。
うわどれもこれも脳内分泌物がどうこうと書いてある。
その上に「依存性」とか「副作用」とかいう単語がチラついている。そっとスワイプした。
「これも後回しだな。というか永久欠番」
《畏まりました》
「さてこれで少年斥候の基礎スキルが全てカンストしたわけだけど……何が起きる?」