それは本当に鯖缶でしょうか?
手にすっぽりと収まる大きさのそれはヒンヤリと冷たくズッシリと重量感がある。
これは小難しく説明するなら「火薬を用いて、弾丸を高速で発射し、その運動エネルギーで対象を破壊することを目的とした小型の兵器」だ。
元の時代であれば所持しているだけで銃刀法違反で即逮捕なヤバい代物。ピストル、ハンドガン。他にははじき、チャカなんて呼びかたもあるが、
「さすがにこれだけはミリタリーショップにも置いてないだろ」
《法改正されていれば別ですよ ( メ▼Д▼)┏》
ピーター氏がこの拳銃をどうやって入手したのかは謎だ。
画像検索をかけたが一致する型の銃は見つからなかったので「ドコカノジムショ」にあった密造品なのではないかという推測に落ち着いた。
「弾倉含めて三百十二発か」
《撃ち放題です》
いずれにせよ試し撃ちは必要だ。
安全装置の場所とか弾込めとかそこら辺の事前勉強も。
何より実戦で使いこなせるかが心配だ。
命のやりとりの最中に相手は待ってくれない。何せこの世界は「慣れてないから命中しません」では許してくれない。
「そうなると手に入れるべきは銃系統のスキルだな」
《銃スキルのアンロックには、銃の扱いに長けた兵種獲得が必須になります》
銃の扱いの長けた兵種となるとあれか、あれだな。心当たりはある。
ただ現段階で兵種変更はアイコンがグレーになっているので不可能だ。
クオヴァディスは少年斥候のレベルをカンストさせるのが手っ取り早いと言っていたな。
思考をまとめながら残った荷をバックパックに詰め直し終えると、確認事項は残すところのひとつだけとなった。
◆
「さていよいよ次は缶詰の検分だな」
《カロリー(╹◡╹)ノ》
「じゃじゃーん」
バックパックから缶詰を取り出し掲げてみせる。
これこそがピーター叔父さんの缶詰工房でしか手に入らない一缶五千円の高級鯖缶である。
缶詰なので非常食に回す予定ではいるが何よりもまずちゃんと食べられるかの確認しないといけなかった。
手持ちの荷物に缶切りはなかったがナイフ術があればなんの問題もない。
《お待ちください。それは本当に鯖缶でしょうか?》
「何言ってるんだよ。ほら鯖のイラストがあるだろ? おかしなことを言わないでほしいな」
だが改めて缶を見直すと鯖以外の魚に見えなくもない。
そして「鯖」の漢字はどこにもなく、そもそもアルファベットで細かい表記がされている。
「ほうら蓋を開ければ鯖の香りが……しない?」
缶を覗き込むとそこに鯖の切り身は入っていなかった。
代わりにペースト状でベージュ色の何かが詰め込まれている。
「もしかしてツナ缶?」
《説明書きを読む限りでは違うみたいです》
「何これ?」
《ラベルの表記の確認をお勧めします》
「えーと……えーとシーエーティーエフオーオー……」
ラベルのなかで目に付いた大きめの綴りを拾いながら声に出す。
そして途中で何であるか気付いてしまい暗い気持ちになった。
《さて問題です。この缶詰はなんだったでしょう?》
「……キャットフード」
《正解です^ ^》
まさかの中身に愕然とする。
「なんで高級鯖缶だと思ってしまったんだ。死ぬような思いをして手に入れたのが大量の猫缶だなんて酷い。酷すぎる」
《ラベルを翻訳すると「療養中術後の猫ちゃんのための栄養食品」だそうです。これは高カロリーが期待できますにゃあ(=^ェ^=)》
「期待どころか絶望してるんですけどおおお?」
思わず缶を投げつけそうになったがギリギリのところで堪える。
猫缶に混じってひとつだけ形状の違うものを見つける。
取り出すとでかでかと魚のイラストがあり、大きくアルファベットで商品名らしき文字が綴られている。
「こいつはなんだ? えっと……はぱん……しらっか?」
《hapansilakka。フィンランド語で酸っぱい魚という意味ですね》
猫の姿もないしcatの文字もどこにもないからきっとシーチキンかオイルサーディンみたいなまともな食料に違いない。
酸っぱい魚ということは酢漬けかな。
ちょっと苦手だけど猫の餌より百倍マシだ。この際贅沢は言ってられない。
人様の手がかかって調理されたものなら文句ない。早速食べちゃおう。
《お待ちください》
「なんで?」
缶詰に手をかけたところでクオヴァディスから制止がかかる。
《ちなみにその缶詰がスウェーデンで何と呼ばれているかご存知ですか?》
「またクイズ? スウェーデン?」
ええとフィンランドの隣国で首都がストックホルムだっけ。馴染みがなさすぎてそれ以外の知識なんてろくに思い出せないんだけど。
《正解はsurströmmingです》
「は?」
ネイティヴに寄せた発音だったせいで聞き取りづらかったが名前に聞き覚えがあった。
なんだっけそれ。
《主にスウェーデンで消費される塩漬けのニシンで、農閑期の保存食が起源とされる伝統食品です》
「それだけ耳にするとなんてことのない素朴な魚料理に思えてくるけど?」
《とんでもない。一見なんの変哲もない缶詰ですが場所によっては兵器と同じ扱いをされています》
「兵器ってそんな大袈裟な」
《大袈裟ではありません。その缶詰は発酵によって生じるその強力な臭いから、「世界一臭い食べ物」と評されているのですよ?》
ふむふむ携帯端末にパパパっとネットの関連記事が現れる。
曰く夏場の下水道か公衆トイレを百倍にしたような臭いである。
曰く開封と同時に吹き出す臭いによって失神者が出る。
曰く航空会社では爆発物と同じ扱いで持ち込みが禁じられている。
曰く缶詰によっては兵器と誤解される可能性について示唆する注意書きがある。
うーん大袈裟では?
《数々の恐ろしい逸話をほしいままにするまさに缶詰の魔王。それこそがsurströmmingです》
「いや別に毒ってわけじゃあないですよね? 伝統料理なんですよね?」
《汁がたった一滴床に溢れたがためその部屋に三年以上、客を呼べなかった話を知らないのですか? この食べ物に挑戦した動画投稿者のしかばねがどれだけあったか知らないのですか?》
「いや知らんけど」
いつもは食え食え言うイメージのあるカロリー原理主義者にしては珍しい反応である。
だがまあクオヴァディスが言うように多少は危険かもしれないな。
まず開封時点から放たれる臭いが何をしでかすのかが読めない。
単に悪臭として化け物を寄り付かせないようにできるならしめたものだが、逆に引き寄せる結果につながる可能性もありえる。
いやそもそもの話、臭いがこもるせいで自分自身がコンビニに居られなくなる可能性が高いのはごめんだ。
「じゃあ保留ということで」
《賢明な判断です》
衝撃で万が一にでも中身が漏れたりしないようにタオルに包み厳重に魔王――もといシュールストレミングを封印した。
「はあ……何が世界中から缶詰を三百点以上取り寄せただ」
何が缶詰専門の輸入雑貨店『ピーター叔父さんの缶詰工房』だ。
何故人間の食べられるものだけを置いておいてくれなかったのか。
ていうか命がけで手に入れた食料が、猫の餌と世界一臭い食べ物ってなんなんだ?
もしかして呪われてんのか?
◆
次回スキル強化回です。