ポップチューンはお好きですか?
◆
《ガガ……ササササピエンス、あなたは社畜ですか?》
出勤時間前だったがコンビニに戻ってみたところ、ゴリラアーマー店長からの第一声がそれだった。
巨大な拳を僅かに引いて臨戦態勢になっている。「返答次第ではいつでもぶっ飛ばす」のスタイルだ。
「えーと……もしかして関係性がリセットされてます?」
《所詮はボットですからಠ_ಠ》
殴られたら溜まらないので慌ててクオヴァディスにIDを提示させるとようやく拳をおさめる。
ゴリラアーマーさんは店長のくせにスタッフの顏とか覚える気ないのかな?
《社蓄、ワーキン、ワワワワーキン》
「ていうか出勤時間前なんだけど?」
ゴリラアーマー店長はこちらの言い分に耳を傾けることなく、何事もなかったかのように「清掃」に出かけてしまった。
いや良いんだけどさ。
つか顔も覚えてないやつに、引き継ぎもなく店を一任してしまうのはいかがなものか。
寧ろその度量に惚れ惚れするな。
《おやライトミートが補充されてますよ?》
「本当だ。いつの間に」
棚に並んだ白ラベルの缶詰は前回よりも缶の数を増やしていた。
売れ筋だから多めに仕入れてくれたのだろうか。
あまり美味しくはなかったがこれでライトミートが定期購入可能なことが確認できてしまった。
間違いなくカロリーにはなるし調味料を駆使すればそれなりに食べられる。
もはやこのコンビニはガードマン付きで最低限の食事と睡眠が保証された場所ということになる。
「第二の家だな」
《おうち^ - ^》
「とりあえずライトミートは全部購入。十円だから余裕で買えるな」
◆
「さて休憩……もといアルバイトの時間だ。クオヴァディス、せっかくだから何か音楽かけてよ」
《どんな曲をご希望ですか?》
「選曲は任せる。但し低音量でね」
《それでは最初のナンバーから。配管工のヒゲが跳ねるしゃがむ駆けずり回る勇姿を想像しながらお聞きください》
「なんか始まった⁈」
暫くしてピコピコと電子音楽が流れ始める。
どこかで聞いたことがある、というか日本国民ならまず耳にしたことがあるレジェンド級レトロゲームBGMのアレンジだった。
《私のプレイリストから素晴らしくも懐かしいチップチューンの数々を披露致していきたいと思います( ̄^ ̄)ゞ》
「人のストレージ使って何を作成してるんだよ。まあいいけどさ」
クオヴァディスさんの流すピコピコに耳を傾けながらバックパックを下ろすとどっかりソファに腰掛けた。
これは近くの喫茶店から苦労して引っ張ってきたものだ。
……うん座り心地は悪くない。
かなり埃っぽいしギシギシと軋みはするが御愛嬌だ。
「……さてとりあえず戦利品の確認でもしていくか」
気を取り直して手に入れたもの一切合切をレジカウンターに並べてみる。
しかし色々持ってきたな。
「地下鉄の収穫はかなり大きかったな」
《今回の功績は優秀なAIの提案によるものですね》
「お陰で蜘蛛に殺されかけたけどな」
《やれやれ御主人様はツンデレですね》
「勘違いAIは放っておいてまずは衣料品関係だな」
手に入れた装備は迷彩ジャケットとヘルメット、編上げブーツの三点だな。
ジャケットは防水加工もされており雨天などにも役立ちそうだし、ブーツの方も安全靴みたいに硬いので踏みつけや蹴りに使えそうだ。
《サイズはどうですか?》
「体格がわりと近かったみたいで違和感はないよ」
ブーツのはき心地も問題ない。
誂えたようにぴったりで靴擦れの心配もなさそうだ。
ちなみにヘルメットは被らない。
何故なら蒸れるから。
蒸れると禿げるから。
うちの家系の男は先祖代々、猫っ毛で薄毛に悩まされるという悲しい宿命を背負っているのだ。
もし毛根が強化されるスキルが入った暁には絶対に強化してやる。絶対にだ。
「さあ……次はバックパックだな」
まず背負い鞄自体が優れものだ。
サイドポーチが多数あるのも嬉しいが、何より使い心地が凄い。
背面がカーブを描いていてフィットする、詰め込んでも横に膨らまない、肩帯がしっかりしている、以上の理由から移動中全く邪魔にならないのだ。
「これ普段使いで欲しかったなあ。どこのメーカーだろ?」
《画像検索してみました》
端末にそっくりな型のバックパックが表示される。
海外のアサルトバックメーカーのレアモデルのようだ。
難燃、防水の加工もバッチリという記載もあり価格にゼロがたくさん付いている。
「一生モノじゃんか。今更だけどピーターさんに悪いことしたかな」
《元々盗品のようなので気に病む必要はないかと》
「は? 盗品てどういうこと?」
《バックパックに防犯タグが付いたままです》
「あ本当だ。オシャレストラップかなにかだと勘違いしていたけどそうだね」
何かぶら下がってるなと思ってはいたけどこれ防犯タグだったのか。
手の込んだタグで、弓を構えた道化師のマークの下にアルファベットのロゴがある。
「リリパットジョーカーズ……これ店名?」
《その名前で該当する店舗が一件……池袋にあるミリタリグッズ専門の輸入雑貨店です》
「場所は?」
表示された地図を見るとここから一km圏内の場所にあるようだ。
「かなり近いな……そこから持ち出したってことか」
《迷彩ジャケットなども同様だと推察します》
そういえばピーター氏は地下商店街で缶詰を手に入れようとしていた。
やはり彼は、僕のような生き残りで、この辺りの衣類や食品を物色していたクチなのだろうか。
「バックパックの中身も調べていくか」
缶詰以外に出てきたものとしては予備の弾倉、サバイバルナイフ、水筒、携帯端末などだ。
手荷物からも明らかに堅気ではない様子が窺える。
ただ結論から言えばピーター氏の正体については何も分からず仕舞いのままだった。
財布や身分証など身元の特定に繋がりそうなものは見つからなかった。
「唯一、手掛かりになりそうなのはこの携帯端末か」
黒一色の端末でデザインも素っ気もなくあるのは電源ボタンのみ。
裏返したりじっくり調べたりしたが製造番号もなくメーカーすらも分からない不明機種だった。
《特徴がなさ過ぎて類似機種が見つかりません》
「こうなると起動させてみないと分かんないんだけど……バッテリー切れなんだよな」
《ですね》
「途中立ち寄れそうな電化製品店があれば充電器を探してみるか」
代わりに暫く荷物の分別を行ない絶対に必要なものだけに絞っていく。シャツなどの着替えは基本使い捨てだ。
コンビニや衣料品店で幾らでも入手できそうな雑貨も同様に必要最低限のみだ。
「……で問題はこいつだよな」
意を決してしてF字型の黒い物体に手を伸ばした。