質問があります
ぎりぎり21時に更新?
携帯端末を操作してスキルの画面へ飛んだ。
それからコーヒーのアイコンをタップして単独強化を行なってみる。
《小休止がLevel4になりました》
《小休止がLevel5になりました》
《小休止がLevel6になりました》
《小休止がLevel7になりました》
《小休止がLevel8になりました》
小休止のスキルは精神安定、疲労軽減などをもたらす効果がある。
お陰で恐ろしいくらい清々しい気分になれた。
高級エナジードリンクをリッター単位で数本ガブ飲みしたかのような気分だ。
思考がクリアで一切の疲れがなくやる気に満ち溢れてくる。
いや実際にそんなことしたらカフェイン過多で死んじゃうんだけどね。
「……ふう」
《何故、今そのスキルを? 肉体強化でダッシュする作戦では?》
クオヴァディスはAIなので人間の機微をイマイチ分かってない。
正直僕はこの危機的状況にかなりビビっていたのだ。
漏らしたくなるのをチビる程度に抑えていたし膝がガタガタ震えまくって走るどころではなかった。
だがおかげでドーパミン・アドレナリン・セロトニン・エンドルフィンが放出されてる。
このピンチの状況を前にして恐怖がカケラもなくなり最高にハイって奴だ。
「作戦は変更。まずはバックパックからこいつを取り出して、と」
念のため、バックパックを全面で背負い直すと、お守りのようにそれを抱えて一歩を踏み出した。
《シャツ?》
「そう汗をかいたから脱いだ使用済みシャツです」
《そんなものをどうするのですか?》
「どうすると思う?」
《もしかして虫除けの特性を利用するのですか?》
「さすがはクオヴァディスさん、理解が早くて助かるね」
以前、クオヴァディスは害虫避けスキルについてこう説明してくれた。
「汗腺から、昆虫が苦手とする刺激臭を含んだ汗を発生させ寄せつけないようにする」スキルだと。
ならば肉体強化によって大量に汗をかき、あまつさえ身体をゴシゴシ拭いたりしたこのシャツにはスキルの恩恵が強く染み付いているはず。
これを使えばもしかしたら大入道蜘蛛ですら近寄りたがらなくなるのでは?
「くっ……圧力が凄まじいな」
やっぱ小休止のスキルを強化したのは正解だったな。
これはまともな神経ではやってられない。
ギイ……。
前方にいた大入道蜘蛛が折りたたんでいた脚をゆっくりと上げ、警戒態勢に入った。
見上げるほどの高さから赤い二つの目をギョロつかせこちらの動向を注意深く窺っている。
さあ一か八か賭けの時間だ。
漏れそうになる悲鳴を下唇ごと噛み殺し、使用済のシャツをかかげて化け物に一歩ずつ近づいていく。
大入道蜘蛛の容貌がはっきりと見えてくる。
太い毛がまだらに生えた鼠色の体表。
ねちょりとした涎が伝う巨大な牙――
そして前方中央に据えられた赤い宝石のような双眼。
――あ、これはマズいかも。
眼を見た瞬間、使用済みシャツ作戦が失敗したのが分かった。
考えが甘かった。こいつはすでに冷静じゃない。
素ぶりがなかったので気づかなかったが害虫避けが効かないくらいに飢えて興奮している。
あと一歩進んだら八つ裂きにされ殺される。
そして既に僕は片足を上げ身体を前に傾けている途中で歩みを止められない。
つまりは死んだ。
そう運命を悟った瞬間、空気の流れが緩やかに感じる。
死の間際だからだろうか、それとも爆上げした小休止のスキルのせいだろうか。
もう足を引き返すことはできないのに感覚だけがやけに冴え渡っていて鼓動の音も、空気の肌触りもはっきりと捉えることができる。
そして目の前にいる大蜘蛛はゆっくりと脚をバネのように曲げながら巨大な牙を剥き、低い唸り声のようなものを上げようとしている。
襲いかかろうとするモーションで間違いなかった。
ウカウカと目の前にやってきた餌に飛びかかって頭からむしゃぶりついてやろうとしているのだ。
顎で頭蓋骨の歯ごたえと共にジューシーな脳髄にまみれた脳味噌をシャクシャクと咀嚼しようとしているのだ。
ああきっと腹が減っているんだろう
。
我を忘れるくらいとてもとてもお腹が空いているんだ
ろう。
空腹は最高のスパイスだ
もの。
きっと何を食べても美味しいん
だろうな。
どんなものでも一口でペロリと平ら
げてしまうんだろうな。
例え
ば、
図体
だけ
の
愚か
な
こ
の
蜘
蛛
さ
え
も。
ギ……ギイ……。
大入道蜘蛛の様子が急に変化した。
こちらに怯えるようにざざっと身じろぎしたのだ。
そしてどうぞお通りくださいとばかりに後退し塞がれていた道が開かれる。
「おお……大蜘蛛が道を譲った……?」
《えっと……( ゜д゜)?》
「どうなるかと思ったけど害虫除けのシャツが効果を発揮したみたいだな」
《ええ……》
身体を滑り込ませるようにして右に抜ける路へと進むと見えてきた昇り階段を一気に進む。
このまま上れば後は地上だ。蜘蛛たちも追ってこられないはず。
《注意!》
「ん?」
ふいに後ろが騒々しくなってきた。
ギイギイ低い鳴き声と物音――振り返ると大入道蜘蛛と群れとがぶつかり合い狭い通路で鮨詰め状態になっている。
「小さい方が押し寄せてきた?」
《大きい方も縄張りを荒らされ荒ぶっている様です》
イライラしたのか大入道蜘蛛が、群れの先頭集団を盛大にぶっ飛ばしたのをきっかけに乱闘が始まった。
仲間割れとは好都合。
そんなことを考えていたら押し合い圧し合いから難を逃れた数匹がこちらに流れ込んできた。
《何匹か向かってきます(ò_óˇ)》
「分かってる‼︎」
長い六本脚を駆使した移動力のせいで距離がみるみる縮まっていく。
諍いによって興奮状態にあるらしく、虫除けを恐れている様子は皆無だ。
あの様子だと襲いかかってくる。
「死んでたまるかあああああああああああああああああ‼︎ 逃げ切ってやるうううううう‼︎」
こっちだって黙って食われるつもりはない。
重たいバックパックを背負いながら必死で階段を駆け上がった。
◆
「ぜー……はー……しょ……正直死ぬかと思った」
その場にへたり込んでいた。
緊張から解放されて気が緩んだのと、重いものを背負ったり走ったりした疲労からだ。
毎回毎回地獄のようなピンチを味わっているが今回も大概だった。
声を大にして言いたい、もう地下はこりごりだと。
《読み通り太陽が苦手だったみたいですね。それもかなり》
「……だな」
迫ってきた入道蜘蛛たちは何を思ったのか階段の途中で急停止してしまった。
そして一斉に踊るような悶えるような動作で奇声を上げると、Uターンを始めたのだ。
蜘蛛が脚を止めた辺りは日差しと日陰の境界線だった。
霧のせいで日差しが強いとは言えなかったが、それでも太陽の下は蜘蛛にとっては忌避すべき環境らしい。
そして先頭の蜘蛛が後続を蹴飛ばしながら後戻りしていくと、残りの群れもスゴスゴと地下通路の闇へと消えていってしまった。
「使用済みのシャツのおかげだな。着替えた時に捨てようか迷ったけどとっておいて良かったよ」
《汗臭っさいシャツが勝因というのはどうなんでしょう(´-`)》
「うるさいな。窮地を逃れられたんだから良いじゃないか。寧ろもっと褒めてくれ」
《……主人様は基本ビビリのくせにこういう時だけクソ度胸がありますね》
それ褒めてないよね?
《ところで質問があります》
「うん?」
おやクオヴァディスが質問してくるなんていつもと逆じゃないか。
どういう風の吹きまわしだろうか。
《御主人様は何故、あんな状況で笑っていたのですか?》
「うん? ……あれか」
なるほど、クオヴァディスは僕が笑った理由が気になったらしい。
まあ確かに蜘蛛に追い詰められてガクブルしていたら普通は笑わないよな。
あそこでニヤついてたらSAN値下がり過ぎでめでたく狂人の仲間入り、とか思われても仕方がない。
「下らない話なんだけどさ、クオヴァディスがバックパックを盾にしろって言ってきたろ?」
《はい》
「直感的に嫌だなと思って、どうしてなのか考えたんだ」
《どうしてだったのですか?》
「缶詰が潰れるから」
《は?》
「せっかく手に入れた缶詰が潰れて食べられなくなるのが嫌だったんだ」
まさか生きるか死ぬかの瀬戸際で生存欲よりも食欲が勝るなど我ながらどうかしている。
それこそ正気の沙汰ではなかった。
どんだけ食い意地はってんだよ自分と思ったらバカバカしくなってつい笑ってしまったのだ。
《前言を撤回します。御主人様はクソ度胸があるわけではなく危機感が薄々ノータリンでした》
「それは言い過ぎだろ」
《一度脳外科へ行くことをお勧めします(u_u)》
「ひどい言われようだな。クオヴァディスさんもしかして怒ってる?」
さて地下に降りてから大して時間は経過していなかったがだいぶ疲れてしまった。
お腹もグーグー鳴り始めたし、腰を落ち着けて食事ができる場所を探したい。
ここのところ本当にすぐお腹が空くようになってしまった。余剰カロリーはまだあるのに食べても食べても満足できる気がしないのだ。
何故かちょっと不機嫌になっているっぽいクオヴァディスさんをなだめながら僕は歩きだした。
書き溜めもまだまだ残っていますしまだ全然ひと段落ついてませんが今日はここまで。
この先は「スキル強化編」「ダンジョン地下二階編」などをペースを落としつつ投稿していきます。
ちなみに頑張って連続投稿してみた結果ジャンル別ランキング七位でした。
いや十位内は結構すごいこと。
ありがとうございました!
あ、まだまだブクマ、評価、レビュー、感想募集中です!