歩兵がアンロックされました
イラストはライフル銃を担いで行進している兵隊さんだ。
説明書きには「と金に成り上がれ」とあるけどもしかして将棋の歩兵と掛けてるのかな。
なんというか兵種の説明はコピーがどれも雑というか気の利いたことを言おうとして滑ってる印象がある。
実用的ではないし有り難みに欠けるのでもう少し実のある文にはならないものか。
「銃の扱いに長けた兵種なのか? ……タイミングとしてはおあつらえ向きだけどどうして今、解放されたんだ?」
アナウンスにあった条件って何?
《兵種やスキルは設定条件を満たすことで解放される場合があります。歩兵の場合『体力値が規定値を超える』でした》
「ん? それってただ条件を満たせばいいの? 例えば筋トレで体力を上げても解放された?」
《はい》
つまりもしトレーニングで同じように体力がつくなり筋肉質な身体つきを得るなりすれば、歩兵は解放されたのか。
まあ自然にアンロックできていたかと言えばノーだけどね。
運動を趣味にカウントしていない文化系自堕落人間の極みに、シックスパックつくれなんて無理ゲーな話ですよ。
ちなみに歩兵を獲得しようとしてみたができなかった。
アイコンがグレー表示で選択不可になったままタップしても反応がない。
解放したけど獲得ができませんでは意味ないのになあ。
他の兵種も、最初に少年斥候を選択した時点からずっとグレーに変色してしまっており沈黙を続けている。
《別の兵種を獲得するには不十分な状態です》
「どうすれば良いの?」
《手っ取り早い方法は、少年斥候のLevelをカンストさせる、ですね》
要するに兵種をカンストさせると次の兵種を選べる仕様になってるのか。
ただ今の腹持ち具合ではそれを達成するのは非常に困難だ。
何より生存戦略の考察よりも先にすべきことがあるので、後回しな案件だな。
「さてとっとと身支度を済ませるか」
ピーターさんが身につけている迷彩ジャケットやら何やらを手早く脱がして、身につける。
ずっしりと重いバックパックを背負い、短機関銃のベルトを肩にかけると、最後にピーターさんに向かって合掌した。
「すみませんピーターさん、色々貰ってきます」
勿論、名も知らない男の屍からの了解は得られない。
故人だから当然だ。
彼はただ無言のまま眼窩に虚無を湛えている。
この人もまた生き延びるため、缶詰を探しにここを訪れたのだろうか。
生き延びるために違法な武器を手にし、戦い、結局は殺されてしまったのだろうか。
疑問は疑問のまま闇に溶けていくだけだ。
《どうしました?》
「ピーターさんも僕と同じような状況だったのかなって思っただけ……そろそろ行くか」
《ですです(╹◡╹)》
基礎体力強化でだいぶカロリーを消費してしまった。
余力は残っているが何かが起きる前にさっさと撤退しよう。
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兵種:少年斥候Lv3
状態:
余剰kcal:5,401
消費kcal/h:130
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スキル:
肉体強化Lv1、小休止Lv3、野鳥観察Lv3、
害虫除けLv10、猛獣除けLv3、ナイフ術Lv7、
ジャミングLv5
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◆
「じゃあ、さっきの出入口に戻るルートね」
《はいはーい私めにお任せあれ(╹◡╹)ノ》
正直、大した距離ではなかったがクオヴァディスに案内してもらう。
ちょっとした間違いが生死を分ける可能性だってあるから、ここは慎重にいきたかった。
「通用口を抜けて分岐点を……戻るから右だったか?」
《はい》
地下商店街のガラスの割れた自動扉の向こう側に向かおうとして――思わず足を止めた。
前方にぼんやりと赤い灯が見えたからだ。
「ああ……そういや火災探知機がまだ生きてたんだっけ」
非常灯のランプの寿命はどの程度保つものなんだろう。
というか電気が通ってるのが謎だよな。
都市から人が消えてかなりの年月が過ぎている。
管理されてない状態にもかかわらず電力供給は続くものなのか。
ぼんやりと考えていると非常灯がひとつふたつみっつと次々に増えていく。
「は?」
カサカサカサ――
カサカサカサ――
《要警戒! 要警戒!》
「何? 何々⁉︎」
灯が集まったせいか、僅かだがそれらの輪郭が見えてくる。
六本足のシルエットがまるで通せんぼするように通路に埋め尽くしている。
「有難うございますどう見ても蜘蛛の化け物です」
何か出るかもと覚悟はしていたけど、実際に目の前に現れるとかなりビビる。
あまりの光景に悲鳴を上げそうになるのを必死で堪えた。
《非常灯だと思っていたのは彼らの単眼だったようですね》
「クオヴァディス、全力で迂回路検索」
《別ルートを検索……》
蜘蛛たちは此方の存在に気づいていないのか、或いは警戒しているのか未だ襲ってくる気配がない。
ただ耳を澄ませるとフシュー……フシュー……という息遣いが無数に、耳に届いてくる。
《後方五十メートル直進です》
「よし」
蠢く影を視界から外さないよう、慎重に一歩二歩と後退していく。
そして案内に従って暗闇に包まれた地下商店街の中心部へと身を沈めた。
「追ってきてる?」
《追ってきていますね》
一向に赤い灯火が遠ざかる気配はない。
一定の距離をとりながらも僕らを追跡しているように思えた。
《そういえば近年ジャングルで発見された最大級のタランチュラが、大人の掌サイズだそうです》
「どうみても大型犬サイズですが?」
《新種発見ですね。学会に報告しましょう》
「まだ残っていればね」
《名称は入道蜘蛛でいかがでしょう?》
くだらないやりとりをかわしながら、僅かな灯りを頼りに慎重に進んでいく。
ピーターさんはあの蜘蛛たちに血を吸われ殺されたんだろうか?
「……なあ端末のライトを消せば撒けると思う?」
《恐らくあの赤い目は暗視ゴーグルと同じような機能を持っています》
「無理かー……だよなあ地下に棲んでたらそうだろうなあ。でもあいつらが追ってくるだけで襲ってこないのは何故だと思う?」
《虫除けスキルの恩恵と推測できます》
虫除けはラーメン屋で手に入れたスキルだ。
クオヴァディスの勧めで最大まで強化した甲斐があったようだ。
そうでなければ出会い頭に群がられて生きたまま喰い千切られていたりチュウチュウやられてたかもしれない。
その場面が頭をよぎってゾッとした。