拳銃が合法化されたかもしれません
「あれは火災報知器のランプか。今も生きているんだな」
《そういえばALWAYS池袋店は電気設備が稼働していました》
「ラーメン店の業務用冷蔵庫もな……何故かは知らないけど電気自体は通っているんだろうな」
ほとんど何も見えない暗闇で赤くぼんやりと光るランプはかなり不気味だ。
昔、近所の廃墟とか探検して遊んだこともあるけどここまでハードじゃなかったぞ。
《缶詰の専門店は右手、地下商店街に入ってすぐの場所にあります》
「了解。鯖缶も良いけどコーンビーフが食べたい」
《ヤキトリ-{}@{}@{}-も美味ですよ》
クオヴァディスの案内に従って分岐を進んでいく。
ガラスの割れた自動ドアを潜り抜けると、何とか無事目的地の地下商店街ファーマーズマーケットに到着した。
構造的に言うとここは駅舎に併設された商業施設の地下部分に当たるようだ。
「ピーター叔父さんの缶詰工房……ここだな」
幾つもあるテナントの一角に、目的の店を見つける。
工房を模しており木製のワークベンチ風のカウンターが特徴的だ。
然程、広いスペースではなかったが陳列棚が隙間なく配置されている。
世界から三百点以上の缶詰を、という謳い文句はあながち嘘ではないようだがーー。
「うおおおおい……肝心の商品がどこにも見当たらないぞ?」
《申し訳ありません(´・_・`)》
「いや探したらどこかにひとつくらい残っているはず」
だが一見するだけで十分過ぎるほどに商品を格納できそうな棚には、何も並んでいないことが分かった。
どこも空っぽで埃が溜まっているだけだ。
苦労して地下まで降りてきたのだから、骨折り損だけは御免だ。
グシャッ。
焦る気持ちを抑えながら棚周辺を漁ろうとして周囲への警戒がおそろかになったせいだろううっかり何かを踏んづけてしまった。
恐る恐るライトを照らすとそこには――
棚にもたれる人の姿があった。
「あの……?」
まさかこんな場所に人がいるとは思わなかった。
思い切り踏んづけてしまいかなり嫌な感触がしたけど大丈夫だろうか。
相手は顔を上げようともしない。
痛がって声も出ないのか俯いたまま微動だにしなかった。
まさか折れたりはしてないよなと思いながら、ライトでその顔を照らしてみるとーー
「あの……もしもし……ひい‼︎」
皮と骨だけの骸骨のような容貌がそこにあった。
悲鳴を上げそうになるが頑張って飲み込んだのは我ながら偉いと思う。
《返事がありません。しかばねのようです》
「おい」
《もしかして彼がピーター叔父さんなのでしょうか?》
「いや違うだろ」
ピーターはただの店名で、恐らく缶詰の発明家の名前から拝借しているだけだからな。
「……だけど誰なんだ?」
遺体は、中肉中背の男性だ。
よく見れば衣類には埃が積もり、その量からして死後数年以上は経過していそうだ。
その装いは一般人のそれと明らかに異なっていた。
灰色の迷彩柄ジャケットを身につけ、同じ柄のヘルメットを被り、ゴツい黒色の編上げのブーツを履いている。
名前がわからないので今はピーター(仮)としておこうか。
「まるで軍人みたいだな」
《床にバッグが置いてありますね》
先程から気づいていたが実用性の高そうなバックパックが転がっている。
これはピーターさんの遺品――所持していた荷物だろう。
合掌を済ませた後、確認するが身分証の類などは全く出てこなかった。
代わりにザクザク出てきたのは缶詰だ。
全部で二十四缶。
銀缶に貼りついたラベルのサバに思わず喉が鳴る。
《カロリーですね♪》
「カロリーだな」
《どうしますか?》
「どうしますかって……おまえ」
試しに生存欲求と倫理観とを戦わせてみる。
前者が秒で圧勝した。
「これは……頂いておこう。持ち主には悪いけど背に腹は代えられない」
元々、この店の棚に並んでいたものだろう。
ピーターさんには申し訳ないがここは生きている人間に譲ってもらおうじゃないか。
《バックパックだけではなく衣類なども持ち帰ることをお勧めします》
「いやお前……それはさすがにマズイだろ……」
死人の持ち物を一切合切持っていこうとか、どこまで阿漕なんだよ。
第一衣類くらい探せばどこででも手に入るじゃないか。
《この迷彩ジャケットは市街地で身を潜めるのに非常に適しています。またブーツも底が厚く、履けば今よりも瓦礫などが歩き易くなるでしょう》
「……」
《悩む必要が?》
確かに悪い提案ではない。
悪くはないが、死んだ人間の衣類を剥いだり、それを身につけたりする行為には抵抗がある。
まだこのポストアポカリプトな状況にそこまで馴染み切れていない自分がいるのだ。
頭を抱えながら問答していると更に道徳心を試される状況が降ってかかる。
それは――
《足元を御覧下さい》
「足元……なんだこれ?」
暗いし無造作に置かれていたのでスルーしていたけど何か黒いものが落ちている。
持ってみるとずっしりと重く、ゴツゴツとした手触り。そして気のせいだろうけど微かに硝煙の匂いがした。
それはただ引き金を引くだけで目の前にいる命を奪えるウルトラバイオレンスな道具――
「けけけけけ……拳銃ぅ⁉︎」
《予期せず素敵な武器が手に入りましたね》
「手に入りましたねって、またお前はサラッとそういうことを――」
《欲しがっていたじゃないですか大収穫ですよ(╹◡╹)》
クオヴァディスさん、倫理観ゼロ過ぎてちょっと怖いんだけど。
いや確かに離れた場所から攻撃できるような武器を欲しがっていた。
そして目の前にあるものはその理想を具現化させた願ったり叶ったりなブツだ。
いや正直な話、この銃が使用できるなら是非、自衛手段に加えたい。
だが実際に銃を手に入れるとか状況として怖すぎるぞ。
「これで人殺せるんだぞ。暴発とかしちゃうかもしれないんだぞ?」
《抜き身の包丁を持って歩いている人がそれを言っても説得力ないと思います》
「というかなんで銃社会アメリカでもないのにこんなものが普通に転がってるんだよ」
《眠っていた二十五年の間に日本で拳銃所持が合法化されたのかもしれません》
ああそうかコンビニ店長も普通に武装してるもんな。
いやそんなバカな。
最近色んなことが起きすぎて常識的な感覚がどんどん狂ってきている気がする。いや環境に染まりつつあるのか。
状況にあたふたしていたが、ふと何か不穏なものを感じて我に返った。
「ちょっと待て……この銃ってピーターさんのってことだよな?」
《状況からして間違いないのでは?》
「この人そもそもなんで死んでるんだ? 缶詰をここに取りに来た途中で何故死んだ?」
缶切りがなくて飢え死にしたなんて不謹慎ジョークを思いついたがそれどころではない。
ライトで遺体を照らしてじっと観察しているとそれらしい手がかり――首周りに血痕のような染み――を見つける。
恐る恐るジャケットを脱がせてみるとピーターさんの喉元に直径一センチ大の穴があった。見ているだけで苦しくなってくる痛ましい傷跡だ。
「これがピーターさんの死因か……?」