ライトミートはカロリーが少なめです
「さて……レトルトカレーはどこかな?」
目の前には隙間なく生活用品や日曜雑貨が陳列されている。
馴染みのあるデザインのパッケージはあまりなく逆に海外メーカーらしき商品が多数あった。
なかにはブランコを漕ぐ石鹸の絵に「遖钭钄꒪꒤꒷꒤샐뢴繧、繝√ざ蜻ウ」という明らかに文字化けを起こしたタイトルの商品まで混じっている。
「何これ?」
《正気の沙汰ではありません。……それにしてもこれだけ品物が行き届いていて食べ物が全くないことに、私は憤慨しています(-_-)》
全くだ。
大抵は店内奥壁際にあるはずのパンや弁当、お菓子類の棚が存在しない。
レトルトカレーやサバ缶もない。
冷蔵ケースはあるものの並んでいるのはミネラルウォーターの500mlボトルだけというお粗末さ。
いや違うのもあるな。なんだこれ。ラベルにガソリンと書いてあるみたいだけど多分見間違いだろう。よし見なかったことにしよう。
《おや……これは缶詰ではないですかね?》
「どこどこ?」
《左の棚です。LIGHT MEATとありますね。軽いお肉。ツナなどに使用される言葉です》
ついに銀色の缶詰がひたすら並んでいる一角を発見した。
白いラベルに英語で素っ気なく銘打たれておりイラストも写真もないが「肉」とある以上、食べ物だろう。
「おいおい一缶十円は安過ぎるだろ」
《不安しかありませんね》
いったい、なんのお肉ですか?
それにしても様々な疑問が湧いてくる。
ここにある商品はいったいどうやって補充されているのだろう。
廃棄発注陳列を行なっているのは勿論あのゴリラアーマー店長なのだろう。
だが商品が存在する以上、それを配送するドライバーや出荷拠点の存在が不可欠。
そして言うまでもなく商品自体、メーカーの工場が稼働していなければ製造はできない。
いったいどこで誰がそれを行なっているのだろうか?
うーん謎が深まってきたぞ。
◆
「……はっ」
考え事をしていたら、いつの間にかレジ台に突っ伏して居眠りしてしまっていた。
辺りは薄暗くなっているせいで外の景色が見えない。
五、六時間は眠っていたか。
「クオヴァディス、何か変わったことはなかったか?」
《そうですね、店長が一度燃料補給のため、目の前を往復していました》
「いやそういう時は教えてくれ」
さすがに慌てるぞ。
ただ五体満足でいるところから、明らかなサボタージュに対して咎めるどころかスルーされたらしい。
寛容というよりは無関心なのか。
「もしかして業務ってここに常駐するだけでいいの?」
《おそらく》
契約にある業務が接客とレジである以上、それを行う機会がなければ何もできない。
裏を返せば業務に支障を起こさず、就業規則に抵触しない行為なら何をしていても問題ないのかもしれない。
《働かざる者には死を》じゃなかったの?
とりあえず形だけ働いてればそれでいいってこと?
「接客しなくて良いどころか眠ってていいなんて最高の職場じゃないですか」
《時給は五十円ですけどね》
「よしこうなったら食事だ。せっかくだから時給分のカロリーだけは補充しておこう」
就業規則に抵触しない行為ならなんでもありのはず。
ライトミートの缶詰を抱えて持ってくると、バーコードをスキャンして、mono-moneyでさっさと購入の手続きを済ませる。
昔コンビニのアルバイトをしたことがあったのでレジの要領は把握していたが基本的な操作方法は変わっていないようだ。
「店のものを勝手に食べたら泥棒だけどこれで文句はないはずだろ」
早速、缶詰の蓋を開けてみるとツナのように白い肉をほぐして固めたものが入っていた。魚臭さも肉の匂いもしない。強いて言うなら仄かに水道水のようなカルキ臭があった。
「ふーん……」
プラスチックスプーンで少量をすくって舐めてみると仄かに塩の味がした。異常はなさそうなので思い切って食べてみる。
《お味はいかがですか?》
「味気なくてパサパサしていて喉の通りも悪いし後味がなんか消毒薬っぽいのが気になるけど」
《お醤油をかければ食べられるのでは?》
「それだ!」
これ味が淡白だから逆に色々味付けできそうだ。
醤油もいいけどせっかくだからカレー味とか新しい調味料が欲しいな。
素っ気なく貼られた白いラベルを裏返して見ると内容表示があった。
《ふむーカロリーが少ないです。消費kcal/hの補給程度にしか役に立ちませんねಠ_ಠ》
「食べ物は食べ物だ。とりあえずアルバイトで失った分だけのカロリーは補給しておきたいな」
定価十円だから時給で僅かだが消費kcal/h以上のカロリーを稼げる感じだな。
だがここにある缶詰はぜんぶで三十缶程度か。
「これ仮にすべて購入したら棚は空だよな。そしたらどうなると思う?」
《追加で商品が補充されるのでは?》
「その発注業務は自動か店長が行なっているよな。もしこちらで発注をコントロールすればどうなる?」
《はっ……⁉︎ Σ('◉⌓◉’)》
「そう。更に大量のライトミートが釣れるかもしれない」
《餓死の心配をしなくていいどころか大量のカロリーゲットの大チャンスですo(≧▽≦)o》
「……ふーむ」
発注業務か。
どうすれば行えるようになるんだ?
◆
やがて就業時間間際になった。
すると「清掃」から戻ってきた若干返り血を浴びているゴリラ店長がレジに近づいてくる。
《ガガ……》
一応雇用契約を結んでいるとはいえいつ撃たれるかも分からない相手だ。
いつでも応戦できるように包丁に手を伸ばしながら警戒しつつ、出方を窺う。
《ガガ……社畜……グッジョブ……ググググッジョブ》
「なんて?」
《"お疲れ様でした"と言いたいのではないでしょうか》
口数少ないうえに、言語が独特過ぎて会話が成立しないんだけど。
もしかしてコンビニから出ていってもいいのかな?
「ええっとそれじゃあオツカレサマデシター?」
恐る恐る自動ドアに近づいて開けてみるが、店長はこちらの存在など忘れてしまったかのようにレジスターで待機を始める。
それはそれで寂しいな。
だがひとまず無事解放されることができたようなので逃げるようにコンビニを後にした。
◆
「というわけで、よく分からないうちにコンビニ店員の肩書きを手に入れてしまったが、これはかなりの利点だな」
《ですね》
いや別に愛社精神に目覚めたわけではない。
まずドローンに襲われないと判明したのだ。
コンビニから出た直後、運悪くドローンと遭遇し例の《サピエンスは社蓄ですか?》職務質問を受けたのだが、IDを見せたら《グッジョブ》と言われスルーされたのだ。
これで無駄に追いかけ回される心配がなくなった。
「でもまさか働いてないだけで殺される時代が到来するとは思わなかったわー」
《完全にディストピア到来ですね(^^)》
だが何より大きいと思ったメリットは拠点を得た事だ。
レジによりかかりながらだがかなり安心して睡眠ができる場所が確保できた。
それにライトミートという食料が手に入ってしまった。
まずいうえにカロリーも少ないがこれで定期補充されることがわかればかなりの戦力強化が期待できる。
就業規則さえ守れば何をしてもお咎めなしでいつでも逃げ出すことができたし、しばらく利用しない手はないだろう。
「とりあえず次の出勤時間までにすべきことをしよう」
コンビニを拠点にして短い自由時間をフルに活用して地盤を固めるのだ。
少なくともこの池袋界隈の状況を把握しておきたい。
《何処へ行きますか?》
「まずは池袋駅だな」
目的は鉄道が機能しているかどうかのちょっとした調査だ。
もし電車が運行していれば帰宅は容易い。
バイトなんか無視して埼京線でさいたま市の自宅に戻るという選択肢を得られるからな。
ライトミート:
名称:ライトミート/カロリー缶。原材料:工業用塩化ナトリウム、水、遺伝子組換大豆。内容量:200g。販売業者:mamazon。
栄養成分表示(一缶あたり):熱量100kcal。主にタンパク質。
「ALWAYSのプライベートブランド商品ライトミートは安全で美味しく御利用頂く為の遺伝子組換大豆のみを使用しております」。
◆
『カロリーが足りません(˃̵ᴗ˂̵)ノ』御拝読ありがとうございます!
「こういうのがランキングにあってもいいじゃん」と思いながら作者は書いてますが、
わりと読んで下さっている方々がいるようで……
皆さんもそのクチですか??
おかげさまで、そこそこ好調みたいです!
目指せジャンル別五位圏内!
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