時給は五十円です
《善良で幸福な社畜たる……ガガ……民主左翼党の……提示をお願いします》
「クオヴァディス、言葉の意味わかるか?」
《粗悪な翻訳ソフトを噛ませている可能性があります》
「憶測でいい」
《もしかしたら身分証を求めているのではないでしょうか》
「身分証!」
慌てながらバックパックを漁って免許証を取り出して見せる。
全国共通の身分証と言ったらこれしかない。ゴールドでおまけにマニュアルならバッチリだ。
だがゴリラは首を斜めに傾け《パードゥン?》と宣う。
パードゥンって確か「失礼ですがもう一回言ってください」的な意味合いだったっけ?
「違うのか?」
《警告。ガガ……薬漬けで……ガガ……洗脳済みの……畜たる……ガガ……身分証の……提示を……ガガ……》
「うおお、なんかヤバいこと言い始めた!」
同時に機械の腕が持ち上がりーーガチャリと何かが装填される音がした。
このままでは前回と同じ展開を繰り返す羽目になりそうだ。
《そろそろジャミングを出して逃走しなくては》
「いやまだだ……まだ……」
脳みそをフル回転させて正解のための手がかりを探す。
見せるべきは免許証ではなく他の保険証などなのだろうか。
いや、問題はそこではない。
「恐らく僕はドローンやゴリラアーマーに『社畜』と誤訳される何かに属する人間だと勘違いをされている」
《だとすれば証明できるものは持ってはいないことになります。直ちに逃げるべきです》
「いや、それでも諦めたくはない」
ギリギリまで踏みとどまり、嘘でもなんでもいいから捻り込める何かを見つけたい。
どこかにあるはずだ。
これまでの会話に付け入る隙が、ヒントがあるはずだ。
「そういえばさっき遭遇したドローンが射撃前に何か言ってた言葉……」
あれは確か――
《ガガ……働かざる者には――……》
「それだ!」
確信はなかった。
妄想の域を出ないデタラメな思いつきかもしれない。
今逃げなかったせいで撃たれ殴られ挽肉になる末路を迎えるかもしれない。
だが目の前のゴリラアーマーをしっかり見据えて背は向けない。
レトルトカレーと鯖缶のために意地でもここを立ち去らない。
一縷の望みをかけ目の前にいるこのコンビニの支配者に対して思いついたその言葉を投げつける。
「どうかここで働かせてください!」
《 Σ(゜д゜lll)》
ゴリラアーマから文句の続きが綴られることも、豪腕による虐殺タイムが始まることもなかった。
ただその拳を振り上げたまま、急に静かに俯いて何か哲学的な命題を思索する賢者のように固まっている。
そして――
《一件のメールを受信しました》
「は?」
クオヴァディスさんこの状況で何を言ってるのと思いながらも端末画面をチラ見すると、本当にメールが届いていた。
差出人:ALWAYS池袋店 店長
宛先:社蓄様
件名:労働契約書他
◆
「……いらっしゃいませえ」
というわけで今回はコンビニエンスストアALWAYS池袋店さんにお邪魔してアルバイトに挑戦しております。
ここはとても素晴らしいお店です。
ご覧の通り掃除が隅々まで行き届いていてチリ一つなく、陳列されている商品も販売許容日が厳守されいるんです。
消費期限の切れてる商品なんかひとつもありませんよ。
「オニギリ全品半額セールとなってまあっす」
レジに立ちながら店内に向かってとりあえず声を張り上げる。
お客は一人もいないので宣伝する意味もなかったし、おにぎりが半額セールかどうかも知らないのだが、することが全くないので仕事してますよ的な雰囲気を演出していた。
「何故、僕は東京でコンビニのアルバイトに励んでいるんだ?」
《賃金と引き換えに労働する契約を結んだからでは?》
確かに咄嗟に出た一言からトントン拍子で、電子契約書による雇用契約が取り交わされた。そしてこのコンビニエンスストアの従業員として雇用されるに至ったのだった。
《ですが御主人様があのドロイドと交渉するとは思いませんでした》
「いや、まさか自分でもこんな展開になるとは思わなかったけどね」
ともあれ咄嗟に口にした一言はわりと正解だったらしい。
働かざる者には死を。
キグルイドローンが一度口にしたその言葉――あれが彼らにとっての正義なのであれば殺されないようにする術はたったひとつしかないと思ったのだ。
つまりは「働く」だ。
こちらの要求が通るかどうか――働かせてもらえるかどうかは賭けだったけど、案外うまくいくものだ。
某巨匠による日本屈指の銭湯アニメの銭ゲバおばさんと同じ呪いでもかけられてるのかね。
「ちなみにあのゴリラアーマ――もとい店長さんは?」
《ゴリラさんは「清掃」とだけ告げ外へ行ってしまいましたね》
「うん……それで僕はいったい、何をすればいいんだろうな」
新人アルバイトをOJTすらもせず放置するのはいかがなものか。
いや一時期コンビニで働いたのでレジ打ちから陳列清掃廃棄発注一通りの業務経験はあるけどもさ。
《契約書の業務内容には「接客・レジ」と記載があります》
「接客って……こないだろ客。レジ打つ機会がいったいどこにあるんだよ?」
《さあ》
実際、既に一時間が経過しているが来訪者はゼロだ。
街は静まり返っており人の気配は一切なかったし、いても化け物ばかりだろう。
「……そういえばこれ働いたらお金貰えるんだよね。いくら?」
《契約書によれば時給は五十円となっております》
「うん?」
《時給は五十円です》
低っ、子供の駄菓子しか買えないんですけど?
都内の最低賃金どうなってるの?
「ていうか何時まで働けばいいわけ?」
《勤務時間は午後三時から午前九時まで、休憩は十秒ですね》
拘束時間長過ぎ!
というか休憩時間の単位間違ってない?
《ちなみに休日公休に関する記載は見当たりませんでした》
ハイどうみても完全にブラックです。
御採用頂き誠にありがとうございました!
というか労働基準法が機能してないよ?
ねえ労働基準監督署の人、仕事してる?
「こうなったら脱走するしかないな」
《契約を守れなかった場合はID抹消の上、速やかに『処分』するとあります》
「『処分』とは」
ふいに外から《キルユーキルユー》という店長の低い合成ボイスが響いてくる。
わりと近くにいるようだ。
ダダダダダダダダダダダダダ‼︎‼︎‼︎
いきなり激しいマシンガン音が暫く続いたかと思ったら何かの断末魔の悲鳴が響き、それから何事もなかったかのように辺りは静まり返る。
「エエット「清掃」ってナニヲキレイニシテルノカナア?」
《逃げたら銃殺確定ですね^_^》
「……」
再び命の危機かもしれなかった。
まあ考えてもしかたないか。ここにいる限りは襲われないだろうし考える時間は腐るほどあるからゆっくり対策を練ろう。
それよりも何よりもまずは店内をうろついて棚に置いてある商品を眺めよう。
何か有用なものや美味しい食べ物がないか探して廻ろうじゃないか。
ID(ALWAYS従業員):
現在の職級は見習いです。
許可されている業務は「接客」「レジ」のみです。
定期巡回ドローンに職務質問を受けたら速やかに提示して下さい。
雇用契約に違反しない限りIDは更新され続けます。