本日は如何されますか?
さてLevelを上げるなら猛獣除けとナイフ術あたりかな。
順当ではあるが面白みにかけるしどうしようか。
暫くどのスキルを強化すべきか悩んだがある出来事によって即決に至った。
《御主人様、外の様子を御覧ください》
「……ああ」
霧の向こうに四つ足の獣の影ーー多分唐獅子だろう。
一……二匹いる。
血の匂いにつられたのか物音に気づいたからなのか、吸い寄せられるように近づいてきていた。
《どうしますか?》
「ナイフ術をありったけ……と猛獣除けも少し強化しよう」
《ありったけですか?》
「うんありったけ。貧血にならないギリギリの余剰カロリーを残すだけにしよう」
《……了解しました》
《ナイフ術がLevel7になりました》
《猛獣除けがLevel3になりました》
ナイフ術によって身のこなしが変化していくのが分かった。
戦闘向きではないなんてとんでもない話だ。
だって今なら確実にどう唐獅子と闘えばいいのかが理解できていた。
《戦うのですか?》
「うん、どうせ今から逃げても追いかけ回されるのがオチだから戦う方が得だと思うんだ」
ああそうだ。
今のうちに唐獅子の臓物を点々と撒いて誘導する流れをつくっておこう。
血の匂いに吸い寄せられたくちだし、どうせ腹を空かせているだろうから同類の肉でも喜んで食べるはず。
上手くバックヤードに誘き寄せるのだ。
狭く細い通路で身動きを封じ、闘えば勝ち目は大いにあるだろう。
強化した猛獣除けで向こうが二の足を踏んでいる隙に、ナイフ術を駆使するのだ。
前回はあたふたして上手くいかなかったが、今度はうまく殺そう。
なに難しくはない。素早く正確にナイフで喉を突けばいいのだ。
何でこんなにもやる気になっているかと言えば理由ははっきりしていた。
別に先程の戦闘でテンションが上がりっぱなしというわけでもなく、BBQソースを作るのに使用した少量のウィスキーのせいでもない。
ひとえに食欲だ。
「正直、食べ足りなかったところなんだよ」
BBQを食べてから食欲が止まらず、胃がさらなるカロリーを求めていた。
でも僕は元々胃弱だったし少食な方なのだ。
「ちょっとした昼寝」から目を覚ましてから何かが少しだけおかしい気がする。
準備を済ませバックヤードに息を潜めて隠れながら思考していたがふいに中断させられる。
店の方から物音がしたからだ。
どうやら唐獅子たちがやってきたようだ。
ガラスの割れる音と共にカウンターのほうが騒がしくなったのでナイフと包丁を握りしめた。
◆
「むう……ハロークオヴァディス」
呼びかけに応じて、携帯端末のAIがスリープモードから起動した。
《御主人様ハロー。よく眠れましたか?》
「いや眠れはしたんだけどさなんか酷い夢を見たんだよな」
《どんな夢ですか?》
「寝過ごしたせいで時間が二十五年も経ってるんだ」
《それは大変ですね》
「でさ東京にいるんだけど人が誰もいなくてさ」
《なるほどなるほど》
「代わりに化け物ばっかりいて、ドローンに追われるわ、でっかい犬に襲われるわでさ」
クオヴァディスと会話しながらなんで床なんかで眠っているんだろうと思った。
その場所が自宅の廊下ですらないと気づいてなんとなく保留にしたまま周りを見る。
《大変申し上げ難いのですがそれは現実です^_^》
「……」
ぼんやりと飛び込んできた窓の外の光景はどこかの街並みで、少し先に崩落したビルが見えた。
そういえば唐獅子と格闘した後、疲れてコンビニで一晩を過ごしたのを思い出した。
「よし二度寝しよう!」
《なんの解決にもならないのでは?》
再びソファに転がってみたが起床と同時に目が冴えてしまってどうにもならないので観念した。
《気分転換に朝食にされてはどうでしょう》
「じゃあなんか作って」
《BBQなどいかがでしょう?》
「正直飽きた」
何かないかと棚を漁ってみるとインスタントコーヒーを見つけた。
香りは大昔に死んでおり水で溶いたものだったが味はする。
どういう味かというと、泥を水に溶かして薄めた惨めな味だ。
あー……豆挽いた本物が飲みたい。
《それで本日はどうされますか?》
「本日こそは自宅を目指す……と言いたいところだけど無理だろうな」
多分、このままじゃあ徒歩八時間かけたところでさいたま市には帰れそうにない。
「あー……昨日やられた傷が痛い」
《自分で撒いた臓物に滑って転んで膝を擦りむいたんでしたっけ?》
「うるさい、名誉の負傷だ」
《昨日は大怪我をせずに勝てたからいいですけど無理は禁物ですと進言します》
だがおかげで嫌になるくらい唐獅子BBQを味わったのでカロリーも蓄積された。
まあ一匹は逃したし捌いた方も病気が怖くて過食部分少なめだったんだけどね。
これでまたスキルの強化を勧められるぞと思っていると――
《ところで消費kcal/hには御注意ください》
「なんだっけそれ?」
《ステータス画面の五行目をご覧ください》
確かに消費kcal/hって項目がある。
数字が僅かに増減してるが基本的に90台前半をキープしていた。
《これは基礎代謝を含めた毎時の消費カロリーを示しています》
基礎代謝?
虫除けを強化しまくっていた際、警告メッセージに出てきた言葉だったっけ。
《人間は何もしなくてもお腹が空きます。呼吸をしたり心臓や内臓を動かしているからです》
「それが基礎代謝?」
《その通り。人類は本当に不便ですね》
さりげなく人間ディスを入れるな。
消費kcal/hってのはそういう意味ね。
つまり一時間毎にこれだけのカロリーが余剰から減るってことか。
確かに余剰カロリーの現在値を確認すると昨日は6,000kcalほどあったのが5,000kcalに減っていた。
「生存していくには常にこっちも計算に入れてないといけないのか」
《そもそも生物にとってカロリーとはスキルを強化するためのものではありません》
「最終的に余剰がゼロになると餓死になるわけだ……人生儚すぎ」
≪DEATHDEATH≫
消費kcal/hを考えると今以上にスキル強化には回せなくなる。
備蓄もないカツカツの現状では、その場を乗り切るのが精一杯だ。
「やっぱりこの先死なないためにも食料確保が最優先だな」
《ではカロリー探しを始めましょう^_^》
◆
「ええっと……こっちでいいんだよな?」
コンビニを出るとナビに従って再び池袋の街を歩き出した。
今日は霧が濃いようで十メートルくらいしか見渡すことができない。
「つかこの霧ってなんなん?」
《原因は不明です》
「都内で霧が続くっておかしいよな」
《雨も温度差もなく昼夜問わずに続く霧は非常に稀有です》
「……明らかに異常ってことね」
極力建物の壁伝いに歩くように努めた。
こうすれば少なくとも片側は警戒しなくて済むからだ。
《近くにALWAYSさんがもう一軒あります。百メートル直進した先です》
「昨日と同じチェーンだな」
都心の利点はコンビニが至近距離に乱立しているところだ。
前回はたまたまハズレだったけど何軒か廻れば持ちきれないくらいの物資が確保できるはず。
「レトルトカレーが食べたい……」
《頑張ってください。あと五十メートル直進です》
「この先は交差点か」
何十年前からかは知らないが信号機は今も律儀に三色を点灯させている。
勿論自動車は走っていないので直進し放題だ。
ただ建物は途切れてしまい、霧で覆われた道を進まざるを得なくなる。
「この先は四方を警戒して進まなくちゃだな」
荒んだ気分を和ませようと口笛を吹きながら横断歩道を渡りかけた時――
頭上から声がした。
《こんにちはサピエンス》
「へ?」
見上げると歩行者用信号機の上に黒い塊が乗っている。
喋る鴉にしては図体が大きかった。
《こんにちはサピエンス》
「ど、どうも」
《サピエンス、あなたは社畜ですか?》
黒塗りの小型郵便ポストのような図体で左右に細長い筒を身につけ、頭上にはプロペラが高速で回転している。
そいつはどう見てもキグルイドローンだった。