人類は滅びました(˃̵ᴗ˂̵)ノ
《スキル◼︎◼︎◼︎◼︎が解除されました》。
◆
「ハロークオヴァディス」
《ハローです御主人様(˃̵ᴗ˂̵)ノ》
呼びかけに応じて、携帯端末が元気良く挨拶を返してくる。
クオヴァディス――暇な時の話し相手や、困りごとの相談役、道に迷った時のナビゲーションなどなんでもござれの優秀AIだ。
《今日の天気は晴れですがやや霧が濃いようです。……御用件はなんでしょう?》
「お腹が空いたんだ」
自宅にいればクッキング動画をリクエストしているところ。
だがあいにく、出先だから料理はできない。
「この池袋界隈で外食できるとこ探してよ」
《何を食べましょうか?》
「うーん安くてお腹いっぱい食べれる店ならなんでも」
《検索……徒歩一分圏内にあるラーメン屋さんはいかがですか^ ^》
端末に店舗の情報が表示される。
餃子が売りの大手チェーン店だ。
定食メニューを頼めばお腹いっぱい食べれて千円前後で済むな。
「……でもさその店、本当にあると思う?」
《閉店したという情報はないようですよ。この先、十五メートル直進後交差点を左折です》
よし歩きながら、着いたら何を頼むか考えるか。
少しこってりした物が食べたかったし、餃子定食とキクラゲの卵炒めを注文しようかな。
それと唐揚げも付けよう。
頼み過ぎかもしれないがたまには豪勢にいきたい。
とにかく、空きっ腹なのだ。
「しっかし物凄い霧だなー……ここら辺て乙女ロードって辺りだろ」
《ですです》
携帯端末に表示された地図があるから辛うじて現在地が分かる。
ただ漂う濃い霧のせいでまるで見通しがきかない状況だった。
「大した距離じゃないだろうと思っていたが甘かったな」
地図上だとすぐ先にあるはずのスクランブル交差点が見えてこない。
代わりにこんもりと瓦礫の山――倒壊したビルの一部が現れる。
《ここを直進です》
「登れと……?」
まあ急勾配だがなんとか登れないこともないか。
迂回路くらい教えてくれてもいいのに融通の利かないやつだ。
「よいしょ……ったく……御主人様に……無理させる……なよ……」
《運動不足なのでは?》
半ばヤケクソで登坂する。
息を切らしながらもなんとか瓦礫の丘を登りきるとネクタイを緩めながら息をついた。
「いやあー……きっつ」
頂上から交差点一帯が見晴らせた。
記憶では、今朝まで交差点は人でごった返していたはずだ。
同世代のサラリーマンに足を踏まれてうんざりしたのを確かに覚えている。
だが今は誰もおらず、あたりはしんと静まり返っている。
そして漂う霧の切れ間から見えるのは――
ひび割れて草木の生えたアスファルトの地面。
錆だらけの、でも何故か赤信号の点滅した信号機。
横転した大型トレーラーの残骸。
崩れたビルが掲げる蔦の生えたアニメの巨大看板。
絶望的な景色と書いてまさに絶景だった。
「やっぱりこれ文明崩壊しちゃってる?」
きっと何十年か前に何かがこの都心一帯に起きたのだろう。
大震災か核ミサイルか宇宙人の襲来かそれ以外の厄災か、皆目見当もつかないが。
「よし……せっかくだし写真でも撮るか」
《ハイチーズ✌︎(^_^)✌︎》
カシャッと携帯端末に収まったその景観は悪くない出来栄えだった。
SNSにアップしたらわりと話題になるしイイねを沢山してもらえるかもしれない。
勿論アップできたらの話だけども。
《画像をSNSに投稿して皆さんと共有しましょう》
「じゃあ投稿」
《送信中……通信エラー……残念ながら現在は投稿ができません》
だと思った。
まあどうせできてもネット人口もゼロだから反応はないだろう。
SNSはもはや誰も呟かないし、いいねしない廃墟と化している。
ワールドワイドウェブは数十年前のある日を境に放置されたみたいにずっと更新が途絶えているようだ。
つか繋がる時点でおかしいんだけどね。
サーバーとか諸々どうなってるの?
「はあ……まさかバイト中に世界が終わるとは思わなかったなあ」
僕は元社畜だ。
たびかさなる残業地獄によって死にかけて以降、会社を辞めてただひたすらマイペースに生きていくことに決めたはずだった。
それがまさかこんな事態になるとは予想外だった。
仕事を辞めても生活費は稼がなくてはいけない。
食費光熱費水道料金アパートの家賃に通信費、その他諸々。貯金だけではとてもじゃないが生きてはいけないからだ。
事の発端はとあるバイトだった。
そんな時、ネットで『寝ているだけで日当六万円×参加日数』という宣伝文句を見つけた。
いわゆる治験バイトというやつだ。
昼寝ができて生活費が稼げるならこんなに楽なことはない。
でもまさか「ちょっとした昼寝」のつもりが、二十五年の年月が過ぎてしまうとは――。
「まるで浦島太郎だな」
それだけ長い年月が過ぎれば、その間に核戦争が起きたり、ゾンビウィルスが蔓延したり、宇宙人の侵略だったりが起きてもおかしくはない。
何が原因でこうなったのかは把握できていないが眠っている間に「東京から人類が消えた」のは確かだった。
《目的地に到着しました》
「……ここがラーメン屋?」
《はい少なくとも地図上ではそうです》
霧を掻い潜りようやく辿り着いたラーメン屋は……
壁には蔦が這い、
ドアがあっただろう場所には何もなく、
薄暗い店内には客や店員の姿はない。
見上げれば辛うじて、本当に辛うじて、見覚えのあるチェーン店の看板らしき痕跡。
「どう見ても絶賛閉店中だな」
《ですね》
「はあ……まいったなあ完全に舌が餃子定食になってるよ」
いや問題はそこじゃない。
この状況自体が問題なのだ。
「クオヴァディス、質問」
《なんでしょうか》
「僕はこんな状況でどうやって生きればいい?」
寝て起きたら何十年も経過しており、
話し相手が携帯端末のAIだけで、
街の至る場所が廃墟と化しており、
餃子定食も唐揚げも、キクラゲの卵炒めも食べられない。
僕は常々『他人なんかいなくても生きていける』と思っているような駄目人間だ。
恋人も友人もいらない。
家族が欲しかったり子孫を残したいという願望もない。
だからこの世界から他人が、人類が消えようがどうでもいいと思っていた。
けど、実際いなくなるのは正直困るな。
人がなければ社会が成立しない。
社会がなければ作り手も運び手も売り手も存在しない。
詰まるところラーメンやスナック菓子や漫画や映画の存在は皆無となる。
《御主人様は、もしかして生存戦略をお求めですか?》
「……まあそうかも?」
まあ実際のところクオヴァディスが問題を解決してくれると思ったわけではない。
ただ不安を紛らわすために、話しかけただけに過ぎなかった。
AI提案なぞ良いところでサバイバル関係の動画のサジェストが精々だろう。
だが端末の画面が切り替わり、何かのアプリが起動した。
「なんだ……これ……?」
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兵種:模範的な市民
状態:空腹、胃弱
余剰kcal:2,376
消費kcal/h:75
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スキル:
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《それでは兵種・スキルを獲得して生存戦略を始めてください》