迷える少女が来たりて言う
ギルドを出ると陽は昇りきっていて、外は酷く暑い。
そんな街を歩きながら、ランクがSSSになったことについて考える。
いや、そんな難しい話ではないんだふぁ。
つまり、あいつらどんだけ割を食っていたんだ、って話だ。
というかマイナスにするってどんだけだよ……。
取り敢えず、1,2,3……数えるのも面倒くさい程のランクアップを果たした俺。特典として上位クラスのショップや、相応のクエスト、禁止エリアへの立ち入り許可など盛り沢山であった。その辺りはゆっくり試すとしよう。
しかし、ここまで成長していたとは——なんだか嬉しいような哀しいような、複雑な気持ちで街を彷徨った。
途中、屋台で果物を3個ほど購入して、石段に座りかぶりついて喉を潤していた。
すると突然、
「ねえ」
いつの間にやら隣に少女が腰を下ろしいて、俺の果物を眺めながら声をかけてきた。
「あたし、喉も渇いてるし、お腹もすいてるの。よこせ」
「へ? あ、ああ。うん、どうぞ」
突然の恐喝に、俺は逆らうことはせず一つ果物をわたす。
随分と強烈な子だな。
少女は果物を小さな口で、小動物のようにシャクシャクとかじり付いている。
服装を見た限りはしっかりとしたモノ。物乞いや貧民街の子ではなさそうだ。赤みがかった長い髪にはしっかりとクシが通っていて、どちらかと言えば裕福そうな家庭の子、といった印象。
もしかして、親御さんか誰かとはぐれちまったのかな。
「えーと、きみ。もしかして迷子?」
「なにいってんの、おっさん。あたしが迷子になるわけないでしょ」
おっさん……いや待て、俺はまだそんな時期ではない。ギリギリではあるがまだまだ……そんなことは。
「こら。初めて会った人にそんな口の利き方はないだろ? あと俺はおっさんじゃないぞ」
「じゃあ、いくつなの?」
少女は首を傾げる。俺は指を三本立てて現実を教えてやった。
「30だ。な? おっさんじゃない。お兄さん、だろ?」
「おっさん、でしょ?」
と笑う。あどけなさが抜けない声と表情から猛毒が吐き出される。
俺はがっくしと頭を落とした。
「まあ、否定はしないさ。でもな、おっさんは辞めてくれないか。その声で、その口調で言われるとかなりくるものが……」
「じゃあ、なんて呼ぶ? おじさん? おじさま? ……それとも、ご主人様とか?」
まて、最後のはなんだよ。
「変態」
「まだ何もいってねえ」
少女はなに言ってんの、といった表情で俺を眺めていた。俺が聞きたいくらいだよ。
「……アルクだよ、アルク・クライン。アルクって呼んでくれ。で、君の名前は?」
「私は——」と少女は言いかけるが、なぜか口を閉ざしてもごもごとさせる。
どうしたんだ、と思って声をかけようとすると、
「えーと。アルクはあたしを拉致とか監禁とか誘拐とか悪い人に売ったり買ったり、いや、もしかして服剥ぎ取って見世物にしてお金稼いじゃうとか、そんなことしちゃう悪い人だったりしない?」
「しねえよ……」
——どういう倫理観だ。
「そっか、ならいいよ。えーと。あたしはアリィ。12歳」
そういって小さく頭を下げてお辞儀をするアリィ。なぜかご丁寧にも歳まで教えてくれた。年齢を聞くと大人びて見えてしまうのが女の子の不思議。
で、
なんでアリィが俺に絡んできたのか、それが聞きたいわけなのだが。
「まず、アリィはここで何してるんだ?」
「お兄ちゃんを探してるの」
「やっぱり迷子じゃないか」
アリィがキッと睨む。俺が「あ、ごめん」と謝ると、少女はふぅと溜め息をついて言葉を繋げた。
「ここでいなくなったんじゃなくて、元からいないの。ずっといない」
「どういうこと?」
「そのままの意味」
元からずっといないって、死んでるってこと? だとしたらかなり重すぎるが。
それとも行方不明か? それでその“兄”を探して一人で旅をしてるってこと? いやあ、まさか。
「アリィはどこに住んでるの? この街の子だよね」
「違うよ? ずっとあっちから来たの」
そう言って南の方を指差して俺を見る。その方向は確か魔の森の方向で——
「は? 魔の森を一人で? まさか。嘘はだめだよ、お嬢ちゃん」
「嘘じゃないし。やっぱ歳をとると頭が固くてだめね」
「おいこら」
アリィは肩をすくめて首を横にふる。だって信じられるか、こんな小さな子が一人で魔の森を抜けてきたなんて。
「どう考えたって——」
「あたし、上級魔法つかえるの。魔の森なんて、かんたん」
そう不敵に笑って、俺を見据える彼女の瞳の中が紫の光を放って蠢き出す。
ああ、確かにこれは凄いヤツの眼だ。俺はこの眼を何度か見たことがある。
「わ、わかったから。ここでぶっ放すなよ、頼むから」
俺が言うとアリィは得意そうに鼻を鳴らして空を仰いだ。見た目で人の判断はやっぱよくない。
とはいえさっきまで逆パターンをくらった身、だったわけだが。
まあ、この子の事情はなんとなく分かった。
「で、ここでは見つからなかった、と」
「そういうこと、だよ」
少女は視線を落として膝を抱える。
かわいそうではあるが、俺にはどうしようもできないことだ。探してあげたいのもやまやまなんだけど。
俺は黙って残りの果物を差し出す。
これが彼女にとって何かの足しになるわけではない。ただ今の自分にできるのが、これしか見当たらなかった。
アリィは素直に受け取って「ありがと」と再び小動物に戻ってそれを食した。そんなアリィの姿を、俺は暫く眺めていた。
「さて、俺はそろそろいかないと……」
俺はそう言って立ち上がる。特に行く宛てがあるわけではないが、ここに居続けても仕方がない。
「お兄ちゃん、見つかると良いな。がんばれよ」
そう伝えて、その場を後にしようとしたが——ふいにぐいっとズボンが引っ張られる。視線を送ってみれば案の定、アリィが俺のことを捕まえている。
「待って。いかないで」
上目遣いでそんなことを訴えてくる。と、言われてもなぁ……。
「俺にはなにもできないぞ? お兄ちゃんのことも知らないし、世間に詳しいわけでもない」
「違う。違うの」
少女はかぶりをふって、俺に懇願する。
「あたしと一緒に探して欲しいんだ。アルクなら見つけれられる。あたしはそれを知ってる」
「どういうことだよ。なんで俺なんだよ?」
理由を尋ねると、アリィはなぜだかほっぺを染めて、嬉しそうに応える。
「アルク、お兄ちゃんにソックリなの。だから見つけられる」
「俺が? アリィのお兄ちゃんに?」
アリィはコクコクと頷く。でも似てるからとはいえ、それが見つけられる理由にはならないと思うが。
「神さまが言ってた。ここに来ればお兄ちゃんそっくりな人と会えるからって。そしたらいた、アルクがいたの。それでね、神様はこうも言ってた。その人と一緒に探しなさいって。そうすればきっと見つかるからって」
そんな純粋で、哀しい目を俺に向けないで欲しい。
俺はどうもこの手の話に弱い。
こんな小さい子が一人で頑張る姿を想像してしまう。
こうやって出会ってしまって、悩みまで打ち明けられて。この子を放っていくことなんて俺にできるのか?
——そんな真似、できるはずがない。
やっぱ俺、甘すぎるんだな。
「わかった、手伝うよ」
俺はアリィと視線を合わせるためにしゃがみ込む。そして目の前に手を差し出した。
「たーだーし。少しの間だけだぞ。見つからなかったら家に帰る、それが条件だ。それまでなら一緒に探してやる、どうだ?」
「——うんっ!」
少女は目尻に涙をためつつ、それを払うように大きく頷く。
そして小さな手を俺の手に乗せて、無邪気な笑顔を俺に魅せつけた。