エドワードの告白
後宮。
別名ハーレム。
一人の男に複数の女。
皆男を愛し傅く。
男ならば一部の例外を除き皆一度は夢見た事があるのではなかろうか。
「おおおおーーーー!」
そしてここにもそんな男がひとり。
「ファリスさーーーん!」
俺は情けない声で彼を呼ぶが聞いちゃいない。
味見の一言にあんなに嫌そうにしていた奴に笑顔で追従している。
なんでこうも女好きなのかな!?
さすがにイラっときた。
エドワードとかいうレオナルドさんのお兄さんはとっても偉い人らしい。
次期国王って凄い。
そんな人と知り合いなんてさすがっていつもなら思えるのに今回に限りそう思えないのはエドワード自身に問題があるからだ。
ファリスさんに無理矢理着いていけば転送装置がある。
「これで城まで行くよ!」
「任せろ!」
二つ返事で装置に魔力を込めるファリスさん。
慌てて俺達も装置に乗り込む。
全員乗り切ったところで装置が起動して一瞬で獣人の国の王城内部へと到達していた。
…ありがたみってものがない。
あまりにあっさりとたどり着いてしまった国の中枢部にがっかりしていると、エドワードはファリスさんを連れてさっさと出てしまう。
俺達も慌てて追う。
「殿下!」
「どちらに…!?」
従者と思しき人がエドワードにまとわりつくが一瞥してすぐに先に進む。
「お待ちください!」
「後宮に行く!」
「はっ!?」
「執務は!?」
「後だ後!!」
「しかし…!?」
「世継ぎを作る事こそ急務。それ以上に優先すべき事柄などない!」
はっきりと言い切ると二人はどんどん先に進んでしまう。
一体どのように道を辿ったのかはわからないが、渡り廊下を辿った先で初めて俺達は止められる。
「これより先は殿下のみのお渡りとなります。」
「ファリスさんは!?」
エドワードと一緒に行ったファリスさんは止められなかった。
いや、かなり微妙な顔をされていたがエドワードがねじ伏せ通してしまったのだ。
しかし、俺達はそうもいかない。
「レオナルドさん!どうにかなりません!?」
「……すまん、俺ではどうにもならない。」
「!」
レオナルドさんの謝罪の言葉に俺は刮目する。
こんな風に素直に謝るような人ではないのに。
「貴方方は…レオナルド様のお連れでございますね?
部屋をご用意いたしますので、そちらでお待ちください。」
その言葉に俺達は頷くしか出来なかった。
用意された部屋はひとり一室。
贅を尽くされた客室であった。
しかし、どんなに贅沢な部屋でも俺の心は躍らない。
ここにファリスさんがいないから。
いたらたとえ地下牢でも構わないのに。
そこで何をするでもなくただ立ち尽くして俺は待っていた。
扉が開いてファリスさんが出発するぞというのを犬のように待っていた。
しかし、いつまで経っても彼はここに戻らない。
もしかしたら今日は戻らないかもしれない。
それでも俺は扉の前で待つことをやめられなかった。
用意された食事にも手をつけず、ただひたすらファリスさんの帰りを待つ。
昼が過ぎ太陽が翳り夜の帳が堕ちてなお帰らないファリスさん。
俺は直立不動のままひたすらじっと待ち尽くす。
不意に人の気配がした。
まだ遠くにある人の気配。
それがこちらに近づいてくる。
この気配はファリスさんのものではない。
ファリスさんならこんなふうに…気配を消して近づいてなんてこない。
無防備にやってくる。
この消された気配に気づいたのは偶々に過ぎない。
ファリスさんを待ち集中力を切らさずここに立ち続けたからこそ気づけたもの。
でなければわからない。
野生の獣を彷彿させる完璧ともいうべき気配遮断。
それが俺のいる扉の前で止まった。
扉が音もなく開く…
瞬間。
金属と金属のぶつかる音が鳴り響く。
金属のひとつは俺の剣。
もうひとつぶつかってきた金属は…
「…………ほう。」
そこにいたのはエドワード。
彼が持つサーベルであった。
「余の気配に気づいたか。」
サーベルを引き腰に差し戻し部屋に入る。
そして扉を静かに閉めた。
美麗。
そんな言葉が頭に浮かぶ程、この男は美しかった。
レオナルドをどこか彷彿とさせる力強い意思のこもった瞳は俺を真っ直ぐに射抜く。
俺もその男を睨みつけた。
次期国王。
そんな男が相手だけれど負ける訳にはいかない。
どんなものにも…そう、俺にも譲れないものがあるのだ。
「その目は実に不快だ。」
エドワードはその綺麗な顔を歪めて言い放つ。
「ファリスさんは?」
「余の女を味見している。」
ファリスさんの名前を出した途端に上機嫌になる。
「余も先程まで楽しませて貰った。」
「…………!」
屈辱で顔が歪む。
ファリスさんが正常で異常なのはわかっていた。
「余の後宮には千に登る人間の女がいる。」
「!?」
「味見にも時間がかかろう。……さて、ジェシーと言ったか?」
俺の名前を呼ぶのも不快と言わんばかりの表情をする。
「お前余と同じだな?」
ーーーーーー!
「同じ?」
同じ同じ同じ?
笑えてしまう。
「何がおかしい?」
実際に笑っていたと気づいたのはエドワードに指摘されて初めて気づいた。
そう、彼の言う意味あいでは同じだろう。
しかし、立つべき位置があまりに違う。
それは地位という些細な話ではない。
俺の抱える誰も知らない二つ目の秘密に起因する。
そう、俺はーーーなのだから。
「なんでもないさ。……で?仮に同じだから何?」
「今だけだ。」
「?」
「其方からはファリスを獲るわけではない。」
「は?」
何を言ってる?
あれだけ情熱的に…
「運命の番は知ってるか?」
「……知ってる。」
「余にとっての番はファリスだ。」
「だったら…!」
「同性だぞ!?」
俺の言葉をかき消すように言い放つ。
「人間ではどうか知らぬが獣人では番が同性な者は処刑だ。」
…
「は?」
処刑?
今処刑って聞こえましたが?
「正直王族にも同じ刑が課せられるかは不明。
そして、人間であるファリスにも同じ刑が課せられるかも不明。
しかし、極秘にしておくべき事項であるには間違いない。」
先程まで天敵と思っていた相手に急所を晒されたような気がして俺はこくこくと頷くしかできない。
嘘ではないだろう。
レオナルドさんに聞けばあっさり判明するような事を言うはずがない。
「余は昔旅をしていた事があった。
それは王座につく為の功績探しの旅であった。
余はその旅の目的を果たし無事王座につく布石を打てたら己の番を探して妃に据え獣人の国を共に末長く繁栄させていこうと思っていた。」
ここで彼はため息をついた。
「しかし、その旅先でファリスと出会ってしまい己の描いた未来が決っして起こらぬと知った。」
俺は静かに聞いた。
それはあまりに自分と境遇が似ていたから。
エドワードは言葉を選ぶようにゆっくりと言う。
まるで禁止用語でもあるかのよう。
「獣人にとって番は絶対。逃れられない未知なる魅力に溢れた存在。
その魅力に贖う事などその旅ではできなかった。
だが、それでも己の忍耐、矜持に賭けてファリスを口説くことは出来なかったし、仮にしたとしても堕ちてはこなかっだろう。…ほれ、あれ。」
「ああ。」
俺はこくりと頷く。
図らずも心はひとつ。
あれは超がつくほどの女好き。
同性になんて絶対堕ちない。
「腹ただしいったらない。」
「全く。」
全面同意。
「友人。」
エドワードは呟くように言う
「それが余とファリスにとって最も近い距離であった。」
エドワードは目を細める。
昔を懐かしむように。
「旅には他にも仲間かいた。
しかし、ファリスはその他の仲間には受け入れられていなかった。」
「は!?」
あのファリスさんが受け入れられないだって?
誰より強くてかっこいいファリスさんが!?
「エルフ、竜人、神人。そして余たる獣人。
この中に人間。
受け入れられるはずもなく。」
ああ。
なんという人達に囲まれていたのか。
人間は最弱の種族。
故に見下される存在。
獣人は奴隷としての価値があるが人間には体が弱くてその価値すらない。
その癖小賢しいので、獣人を奴隷として使役する。
魔族がいなければ世界の悪役として十分に役目を果たせる種族が人間なのだ。
いくらファリスさんが強いといってもそれは人間の枠の話。
そこから一歩でも出れば…言わずもがなである。
「余は唯一の理解者となり…いや理解者のふりをしてその旅の間ファリスに張り付いていた。
その過程で余はファリスがいれば人間の女に限り抱けると知った。」
「それって…」
俺の言いたい事がわかったのかエドワードは頷く。
「わかってる。単に裸体のファリスに欲情して、同じ人間の女を代わりに抱いているに過ぎぬと。」
頭の中で何度エドワードはファリスを抱いたのだろうか。
エドワードに出来る最も彼を抱く行為に近い事象。
それが同じ閨に女を複数呼んで事に及ぶこと。
「余が普通の獣人ならばファリスの意思を無視してどこかに繋いで飼っていた。」
「うわ。」
俺は思わず声に出す。
監禁宣言ドン引きです。
「少なくても無理矢理熱を呼び起こして女を抱くなどという屈辱を味わうような真似はしなかった。」
「じゃあなんで」
「余は王族。」
「あ」
「そう、それも王太子。世継ぎは絶対必須。」
「だから…」
だから抱いた。
無理にでも。
「後宮は元々ファリスの為に用意していたもの。」
後宮は彼には使えないものだから。
「旅を終えて余はすぐにファリスの前から姿を消した。」
何故なんて聞かない。
わかる、誰よりも自分がわかる。
ひとつはいずれ呼び寄せるファリスの為に後宮を作る為。
もうひとつは
「余は旅の目的である王座を手に入れるだけの功績を手に入れた。
その最大の目的が達成された緩んだ心ではファリスを襲いかねないと思い別れも告げずに姿を消した。」
だろうね。
俺はこくりと頷く。
エドワードが単なる獣人であったらがむしゃらに口説いて口説いて口説き落とした後、国を捨ててどこへととなく消えていただろう。
しかし、彼は王族。
それも王太子という身分。
彼には国を捨てる事が出来なかった。
だから必死に運命に抗った。
たとえ番本人に嫌われようと。
たとえ番以外を抱くという屈辱を味わう事になろうとも。
「今夜でうまく女の誰かが孕めば幸い。
人間の女には子を孕みやすくする魔法薬を飲ませてある。
おそらく、うまくいくだろう。」
少し遠くを彼は見る。
「そしてこれが最後。
余はもう国を出ることはないだろうし、鎖国している以上ファリスとて容易にはこれまい。
もう、会う事もないだろう。」
「それでいいの?」
「さあ。しかし、余は万が一にも死ぬ訳にはいかぬし、余の命よりもファリスが大事故、会わぬ方がいい。」
それがエドワードが出来る唯一の愛の示し方。
生涯運命に抗うと決めたのだ。
獣人にとってそれがどのくらい過酷な道なのかは別種族である俺にはわからない。
「余はかつてひとときでも愛する番の一番の友となれた。
その思い出だけで余は生きていける。」
ふっとエドワードは微笑んだ。
「なんでこんな話を?」
「余と同じだから。…なんとなく、其方の想いが通じれば余の想いも通じるような気がしたのだ。」
つまりは背中を押しにきたと。
…。
「そう…。でも俺も旅の仲間であり続けるよ。」
「なぜ?お前は王族でも獣人でもないだろう。
振られるのが怖いか?」
その言葉に俺は笑う。
振られるよりなお怖いことがある。
軽蔑されたら俺は生きていけない。
「泣くように笑うな。」
「無理だな。」
「そうだな。余も振られたらと思えば怖い。」
振られるのが怖いと怯えていると勘違いしているが正す気はない。
「明日の朝…いや、もう今日か。今日出発すると言っていた。
どこへいくのか聞いたが結局教えては貰えなかったが、まあ、ファリスがいるのだどこでもやっていけるだろう。」
だがな、とエドワードは続ける。
「気をつけろ。近頃魔族の動きが妙に活発化している。
ファリスなら生きていられるだろうがお前じゃ厳しいかもしれん。
…死なぬよう、心より祈る。
俺とお前は同じなのだから、余を一人だけにするな。」
「わかったよ。」
俺は頷き踵を返すエドワードを静かに見送ったのだった。




