再会
翌朝。
俺達は早速獣人の国へ旅立つ準備をしていた。
国境を越えればそこら獣人の国だ。
人間の国と獣人の国を隔てる壁が存在し、その壁にある唯一の門をくぐれば獣人の国の国境都市ラインとなる。
門をくぐれば、人間はいない。
皆獣人だ。
見た目がいくら人間でも彼らは基本俺達より丈夫だから、そこらのあんちゃんでも油断は出来ない。
の、だが…。
「うわ!ここが獣人の国かあ!」
「一生来ることなんてないと思ってたのに!」
「人生なにがあるかわからないな。」
シャルとアッサムは昨日の事が嘘のように明るく振舞っているし、ジェシーはキョロキョロし通しだ。
まあ、わかるよ。
右見ても左見てもモフモフだもんな。
猫獣人可愛い。
熊獣人大きくてふくよか。抱きしめて寝たい。
やっぱり耳と尻尾が人間の姿をしていても出ている獣人が可愛いよな。
おもわず通り行く人々をじっと見てしまう。
エマも耳さえ切られてなかったら可愛かったんだろーな。
ほらロマンだろ、うさ耳とかさ!
「お前今不穏な事考えたろ?」
ぎろっと睨んでくるレオナルド。
しかし、いつもの覇気がそこにはない。
ケイフォルも元気がない。
「いや、何も考えてない。しっかし、お前らどうしたんだ?」
昨日からずっと様子がおかしい。
「そんなに国に帰りたくなかった?」
「当たり前だ。」
ぶすっとしてレオナルドが言う。
そういやこいつエマに言うって形でカムアウトした獣の本性が生まれつきないって奴。
それが関係してんのかね?
本性のあるなしがどの程度獣人としての価値を左右するのかは知らないがぱっと見人間と変わらない姿の奴もちらほらいるし堂々としてたらわからないんじゃねぇの?
「こんな所さっさとおさらばしましょう。」
ケイフォルの言葉にレオナルドが頷く。
「えー?観光したい!」
「馬鹿ふざけんな!」
ジェシーの提案を速攻で切り捨てるレオナルド。
そこまでバッサリ切り捨てなくても。
「さっさと旅券を発行して今日中に国から出る。」
「そんなに早く!?」
「もったいない!」
ジェシーとシャルが文句を言うがレオナルドの睨みでおし黙る。
手負いの獣のような目に本能でやばいと判断したようだ。
「で、どこで旅券は発行できる?」
「すぐ隣の…ここです。この建物で発行できます。」
古臭い建物が一棟そこにあった。
「普段全然使ってないんだね。」
「だろうよ。」
なにせ絶賛鎖国中だからね。
「さあ、さっさと用事を済ませましょう。」
ケイフォルの言葉に俺達はゆっくり街並みを観察する事なく建物の中に押入れられる。
建物は狭く、すぐ目の前に受付がありやる気のなさそうな老人がひとりこっくりこっくり寝ていた。
「じゃあ、そこで待ってろ。」
顎で指し示された椅子には埃がうっすらと積もっていた。
まあ、そこしか座る所がないなら払いますよ。
俺は手でパタパタと払い椅子に腰掛ける。
隣にはジェシー。
椅子が狭いのでシャルとアッサムは立って待つ事になった。
「すぐ終わるといいな。」
「でも観光したいっすよ!」
「魔界をゆっくり堪能すればいい。」
「やだっすよ!」
俺とジェシーはくだらない話をしながらレオナルド達を待っていた。
しかし、突然奥の方が騒がしくなった。
レオナルドとケイフォルも怪訝な顔をしているからこいつらが問題を起こしたわけじゃなさそうだ。
「いいから通せ!」
「成りませぬ!なぜこんな所に!!」
「執務の途中ですぞ!」
老人以外にもいたのか何人もの獣人が奥の誰かをおしとどめようと必死になっている。
老人も慌ててそちらに向かうが老人では何もできない。
何せ必死に押しとどめようとしているのは皆屈強な戦士なのだ。
そんな彼らを押しのけて奥から姿を現したのは…。
俺は即座に立ち上がった。
「ファリスさん?」
ジェシーが隣で俺の名を呼ぶが無視。
俺は唖然としていた。
もう、彼しか見えていない。
金色の腰元まで伸びた長く豪奢な髪。
鶯色の切れ長な瞳。
ここにいる誰よりも豪華な衣装を見た纏った男。
彼は…
「兄貴!?なんでここに!?」
『え!?』
「兄貴!?」
驚きに驚きを上塗りされて俺はレオナルドを見た。
レオナルドも驚いて金色の男を見ている。
金色の男は兄貴と呼ばれて初めてレオナルドを視認した。
…と、思ったらすぐに視線を外す。
興味ないという態度。
「…!!」
唇を噛み締めるレオナルドとは対象的だ。
っていうか!
「兄貴!?お前ら兄弟!?」
俺は漸く声をあげた。
二人を見比べてみる。
…ああ、前もちらりと思ったがどことなく似ている。
瞳の色が同じだからではなくて持ってる雰囲気がそう感じさせる。
そういや、前に聞いたな…
「ってことはレオナルド!お前、王族か!?」
『ええ!?』
その言葉にレオナルドとケイフォルは驚愕の色を見せた。
「なんでわかったんだ!?」
「普通わからないはずです!」
この言葉から察するに隠しておきたい事実だったようだ。
「余とてこのような輩弟とは認めていない。」
凛とした冷たい声がそこに響く。
俺の知ってる彼の声とは違う。
軽蔑の色を湛えた声色。
「城にて執務をしていたら其方の気配を感じとりまさかと思い転送装置で来てみたら…驚いたぞ。」
腕を組み仁王立ちで彼は言う。
「それはこっちのセリフだ。…エドワード。」
俺は苦々しく言葉を吐いた。
彼こそ俺がレオナルド達と知り合う前から知っていた唯一の獣人にして勇者パーティメンバー、エドワードだった…。
「知り合い…なんすか?」
「まあな。」
認める以外に道は無く俺は頷く。
まさか俺の気配を辿って会いにくるとは…
正直想定外だった。
っつーか、気配を感じてってなんだ。
俺は特別な気配でも醸し出してんのか?
こっから城のある王都ってそれなりに距離があったよな。
しかも転送装置を使用して…っていったよな。
それって獣人の魔法が効きづらいということを合わせて考えてもホイホイ使っちゃダメなんじゃね?
「…ここには何しに?」
「たいした用事じゃない。用が済み次第出て行くから気にしないで城に戻れ。」
俺はすげなくエドワードを袖にする。
「長くはいないのか?」
「当然。」
「俺に会いに来た訳では…」
「ないな。」
「…!」
俺の視線も合わせない物言いにエドワードは唇を噛んだ。
さっさと失せろと言わないのは最後の理性だ。
「俺は…会いたかった…」
「俺は会いたくなかった。」
バッサリと取りつく島もなく言い放つ。
「ふ、ファリスさん?」
隣にいたジェシーがただならぬ気配に怯えたように俺の名前を呼ぶ。
俺は努めて笑顔でジェシーをみる。
こう、不安そうに俺を見上げるジェシーは堪らなく可愛い。
男に可愛いは変だけどな。
俺はジェシーの頭を撫でてみる。
「大丈夫だ、問題ない。」
恥ずかしかったのかみるみるうちに顔色が赤くなる。
「それは!?」
エドワードが感のある声をジェシーに投げつける。
「今一緒に旅をしている仲間だ。」
「仲間!?仲間は俺達だけだろう!?」
「は?何いってんの?」
俺は眉を顰めた。
「俺はお前らを仲間だなんて思ってないぞ?」
さっと顔色が青くなった。
口元を手で覆いふらつく彼を屈強な戦士のひとりが支える。
「レオナルド、まだ時間はかかるか?」
俺は視線をレオナルドにうつす。
「あ、ああ…」
戸惑った声が返ってきた。
この国の王族…魔王討伐時はただの第2王子だった彼は討伐後その功績をもって正式に王太子へと上り詰めた。
そんな彼を冷たい視線で切り捨てた俺は身内であるレオナルドの目にどのように映ったのだろうか。
聞くのも怖いので多分一生聞かない。
「レオナルド?」
姿勢を正してエドワードはレオナルドを見た。
「なんでお前が…お前如きが名前を呼ばれる?」
返答次第では喉元に喰らいついて噛み殺してやるといった目でレオナルドを見る。
兄が弟を見る目ではない。
断じて。
だが、あのレオナルドだ。
負けずに睨み返す。
「一緒に旅をしているからだ。」
「………は?」
驚愕というより呆然とした声をエドワードは出す。
「は?嘘だろ?」
「事実だ。」
俺が肯定する。
「何か?では余よりもこんな…こんな出来損ないの王族の面汚しを仲間と認めるということか?」
…?
俺はエドワードの言ってる言葉が理解できない。
面汚しってなんだ?
ちらりとレオナルドを見ればらしくなく俯いていた。
「こんな…獣の本性も持たず髪も金色でないこやつが…栄えある金獅子一族の末席に加える事も出来ない…いや、獣人と名乗るのも烏滸がましいこやつが…仲間?
認めない、認めないぞ!フ…」
瞬間肉体強化で瞬発力を限界まで引き上げエドワードの目の前に迫る。
そして、左手で後頭部を抑えて逃げられないようにすると同時に奴の口を押さえた。
「ふぐっ!?」
いつかのオカマにもやった名前を呼ばれる前に口封じ作戦だ。
オカマの時はうまく言ったがこいつに出来たのは興奮していて我を忘れていたからに他ならない。
冷静だったら避けられて名前を呼ばれてこいつらにバレてた。
本当によかった!
俺は安堵し、顔が綻んだ。
瞬間。
エドワードの顔が赤く染まっていく。
ん?酸欠か?
しかし、名前を呼ばれても困る。
俺は耳元に唇を寄せて囁いた。
「ファリス。」
「!?」
はからずも抱き寄せるような体勢になってしまったのが余程嫌なのか腕の中でエドワードが震えた。
「俺は今Aランク冒険者ファリスと名乗ってる。」
俺を横目で見る。
目が潤んでいるが、そんなに未だ冒険者をやってる俺が哀れか?
まあ、時期国王様になられるあんたから見たら俺は滑稽だろうがな。
「だから、かつての名前は呼ぶな。
その名前は捨てた。ファリスと呼べ。
それ以外は認めない。もし、気に入らないなら…」
俺はエドワードを胸に押し付けた。
「!!!?」
混乱の極みにいるようだが無視して俺は腰に差していた剣を引き抜く。
「!?」
屈強な戦士達が色めきたち戦闘体勢にはいる。
「このまま殺す。」
剣をくるりと回して剣先をエドワードの背中に当てた。
「貴様!」
「殿下を離せ!」
「おい!ファリス!!」
俺は外野を無視する。
わかってる。
こんな剣でお前を差しても死にはしないことくらい。
だからこれはただの脅しだ。
お前はこれくらいやらないと俺の名前をバラすだろう。
「どうする?ファリスと呼ぶか?」
こくりと頷いたので俺はエドワードを解放して距離をとった。
「殿下!」
戦士のひとりが側によるがエドワードは手で制した。
顔色が未だ赤い。
潤んだ瞳でこちらを見る。
「………ねえ。」
低い低い声が聞こえそちらを見れば…
「ジ、ジェシー?」
冷たい…いつもの笑顔をどこに落としたんだと聞きたいくらい冷たい顔したジェシーがそこにはいた。
「早くこんな所でよう。まだ手に入らないの?」
イラついたようにレオナルドを見る。
レオナルドさえもその様子に気圧されるように一歩引く。
「あっと…多分もうすぐだろう、な?」
レオナルドが救いを求めて老人を見る。
老人もこくりこくりと頷いた。
「お前、名をなんと申す?」
しかし、そんな空気を壊すかの如く怒気を孕んだ声をエドワードがジェシーに投げる。
「ジェシー。」
それに臆することなく堂々と答える。
いつものジェシーじゃない!
シャルとアッサムに助けを求めようと視線を送るもスルーされる。
「余はエドワードという。貴様俺のファリスと旅をしているとな?」
「そう、今は僕の大事な人なんだ。」
………ぞわり。
背中に悪寒が走った。
何か突っ込まなくてはならない単語が飛び交ったような気がしたが…?
「ふん、いつから旅を?」
「まあ、最近の話だけど、僕達はとーーーーっても仲がいいんだ。
ね?ファリスさん!」
「は、はい!」
怖くて頷く俺。
「へえ?最近じゃファリスの色っぽさは知らないよね?」
上から目線でいきなりぶっこんでくるエドワード。
対して鼻で笑うジェシー!
「知ってるよ!」
「は?」
「僕達はベッドを共にしたことがあるからね。」
あの日を言ってるのか!
確かにな!
「な!?貴様最近仲間になったと言ったではないか!」
「うん、急速に距離が縮まったんだ。」
「〜〜〜〜〜!ファリス!」
涙目でこちらを見るエドワード。
いや、あの、なんでしょうか?
俺の疑問を置いてエドワードは俺の手をがしっと掴むとエドワードが元来た道を戻ろうとする。
引っ張られる俺。
「はっ!?ちょい待ち!俺は用があってだな!」
「ファリスさん!」
ジェシーが慌てて追いかけてくる。
その後を追う残りの連中。
「余が王太子になって最初にした事はなんだと思う?」
「は?なんの話だ??」
「後宮だ。」
「はあ?」
それが何か?
「お前好みの淑やか系の人間の女が揃っているぞ。
味見していけ。」
「行く。」
「ふ、ファリスさーーーん!!!」
即答した俺にジェシーの情けない声が呼びかけてくる。
いや、仕方なくね?