人間が起こす事件なんて元魔王様のてにかかればあっさり解決です。
「すみませんすみません!」
母上が頭をすごい勢いで下げていた。
どうやら子息一人を放り投げたのがいけなかったようだ。
そうか、やはり朱雀様は正しかったようだ。
今後も朱雀様についていこう。
そして脱ダメ人間だ!
「いえ、牧瀬さん、落ち着いてください。」
「まぁー、貴方うちの可愛い坊やが暴力に晒されて黙っていろと!?」
そう先生に食ってかかるのは稔君の母君だ。
随分とふくよかな体型で、驚くほと派手な仕立ての装備をしている。
その指輪とイヤリングの宝石の大きさはこちらの世界に転生してから初めてみたが特に魔力や精霊の力は無いようだ。
ただの輝く石を身につけて何がしたいのだろう。
「あ、いえそうではなくてですね…」
「違うなら黙っててくださいな!」
ぎろりと先生を睨みつけ先生は可哀想なくらいびくりとする。
「まあまあ、牧瀬さん、聞くところによると瀬戸内さんはお友達が悪く言われていると思っての思い余った行動だったようですし。
次からは気をつけるという事で宜しいわじゃないですかね?」
そう間に入ったのは少しばかり渋みを感じさせる男の人だ。
稔君の母君は先生の時ところっと態度を変える。
「そ、そうですね…次から気をつけてくれればよくってよ!」
チラチラと男の人を見る。
堂々と見ればいいのに…。視線が男性の胸元なのも気になるの…。
確かにはだけているけど、気になるなら指摘すればいいのにのぅ。
「それでは、牧瀬さん、稔君また明日一緒に遊ぼうね。」
「うん!園長先生バイバイ!」
稔君は笑顔で手を振り帰って行った。
「ところで、まやちゃんは何か格闘技でもやっているのですか?」
「いえ、特には?」
「そ、そうなんですか…」
園長先生が母上に聞いてくる。
何か言いたげだが結局何も言わなかった。
気になるのぅ、言いたい事があるなら言えばよいのにのぅ。
「あの、何か?」
どうやら母上も気になったようだ。
「いえ、体格が若干とは言え上の相手を壁に叩きつけるというのは、凄いなと思い聞いただけです。」
「ああ、うちの子ちょっと力持ちなんですよねぇ。」
ふふふと笑う母上。
「ちょっと?」
先生が小さく呟くがその音を拾えたのはわしだけだろう。
「数メートル先の壁に叩きつける行為をちょっとで済ます?」
まだ何やら先生が言っているが誰も聞いてないのでわしも聞かなかったことにする。
ふむ、どうやらたかだか数メートルとはいえ子供が子供を叩きつける行為はやはり目立つようだ。
魔王の時とはやはり勝手が違う。
気をつけねば。
「先生?」
「あ、えっと…今日は色々ありましたが、お友達も出来たようですし、今後も大丈夫かと思います。」
「あら、まやちゃんお友達が出来たのね?」
「友達?」
だがわしは首をかしげる。
そんなもの出来てないがの?
「…甘利ちゃんはお友達よね…?」
先生が恐る恐る聞いてくるのでわしは首を横に降る。
「先生、朱雀様は私の主人です。友人など恐れ多いこと。」
「し、主人って…そういう遊び…よね?」
「いえ、今日私は永遠の忠誠を誓う主人と出会ったのです。
これはゆるがしようのない事実。」
先生が母上を見る。
「普段からこのような…?」
「全く…うちには10上のお兄ちゃんがいてその子の影響を受けてるようなんですよ…」
ほほほと笑う母上に引きつった笑みを浮かべる先生。
「そ、そうですか…」
先生が頷いていた。
「瀬戸内さん、そういえば提出して頂いた書類に不備がありまして、訂正して頂きたいのですが…」
「そうなんですか?すぐに直します。
まやちゃん、もう少し待っていてね。」
「はぁい。」
子供らしい返事をしてわしは一度その場を離れる。
確か、まだ教室に朱雀様が残っていたはず…
はっ!?
わしは教室の異変を察知した。
と、同時に走った。
わしはかつて魔王であった。
しかし、今は魔王ではなく、ただの人間だ。
それは揺るがない事実である。
しかし、何故かは知らぬが魔王当時のスペックはそっくりそのまま手元にある状態だ。
つまり、離れた場所の異変を察知するなど朝飯前なのだ。
「朱雀様!」
わしは教室に駆け込んだ。
「んーんー!」
「やめろ!」
「また子供が!?」
「ち!早く行くぞ!」
考えるより先に手が出た。
賊は三人。
一人は朱雀様を、もう一人は母君と帰ったはずの稔君を押さえ込んでいた。
まずは我が主人たる朱雀様の口を押さえて抱え込んでいる奴の足に蹴りを食らわしてやる。
「が!?」
男は声をあげて倒れこむ。
「朱雀様!」
「おい!どうした!」
「子供の蹴りで情けない!」
「お、折れた…!」
「は?」
「足が折れた!」
蹴られた男が現状を訴える。
しかし、それ以上わしは彼らの言葉を聞くつもりはない。
次は稔君を後ろ手にして拘束して机に押し付けていた男。
奴は背中がガラあきだ。
その背中に向かって椅子を振り上げ…
ここで漸く朱雀様が仰っていた暴力はダメの言葉を思い出す。
嗚呼、なんてことだ!
やってしまった!!
せっかく、朱雀様が丁寧に教えてくださったのにわしは全く活かせなかった!
わしは椅子を手放した。
そして朱雀様を見る。
「す、朱雀様、申し訳ありません!!
やはり、私はダメ人間です!
ダメと教えられたことすらできず…申し訳ありません!」
「ええ!?」
膝をつくわしの耳に朱雀様の呆れたような声が届く。
「な、なんだかわからねぇが…行くぞ!」
「おい、このガキは!?」
「そいつは…牧瀬の坊ちゃんだ!こっちでもいいから連れてくぞ!」
「おう!」
三人は行ってしまった。
しかし、朱雀様は残ったので問題はない。
わしは晴れやかな笑みを浮かべた。
「朱雀様お怪我は?」
「そんなことはどうでもいいから!
それより、稔君が誘拐された!」
「ゆーかい?」
ゆーかいってなんだ?
わしは首をひねる
「お金がない人がお金を目的に子供を攫う事をいうのよ!」
「ふむ、で?」
「でって…このままじゃ、稔君が危ない!」
「危ないのかのぅ?」
わしはよくわからぬが金が欲しいならその為に攫った子供は大事な商品だろう。
大切に保護するのではなかろうか?
「危ないよ!先生に知らせなくちゃ!」
朱雀様がそう言うならそうなのだろう。
わしは朱雀様についていく。
しかし、途中でピタリと止まる。
「どうされました?」
「一応聞くけど、まやちゃんは稔君を助けられる?」
「暴力行為の許可を頂けるならば。」
わしは頷く。
今、彼らがどこにいるのかわしはきちんとわかっているから追うのも簡単だ。
「じゃあ、行って!!お願い!」
「先生や大人に伝えなくていいのか?」
「…伝えるには…ややこしい。」
なんだか言いづらそうだったからこれ以上の詮索は無用かの。
「わしは朱雀様の忠実なる僕。
朱雀様が望むならばどのような事も達成してみせようぞ?」
わしは朗らかに笑い駆け足で園から飛び出した。
母上が書類を書いている間に戻らねばならぬから急がねばの。
わしは走る速度をあげる。
昔なら瞬間移動で即賊の目の前に出現してやれたが、この世界は魔法の元となる魔素が極端に薄い。
故にいかなわしとて瞬間移動のような大魔法は使えない。
しかし、倍速魔法は使える。
この魔法ならば五倍ほど速度をあげれば追いつく…ってほら、追いついた。
この辺り、信号も多いからな。
あまりに簡単でつまらぬほどだ。
わしは信号で止まっていた車の前に姿を晒す。
「!?」
車内は騒然とした。
なにがしか喋っておるようだが、あいにく聞こえぬのぅ。
ふむ、わしは聞こえなくてもこまらぬが、向こうは何か話したい事もあるかもしれぬ。
わしはひとつ頷くと拳を握って車の全面の窓を殴り割った。
粉々に砕け散った窓に車内からも外からも悲鳴があがる。
「のう?それ、返してもらえぬか?」
「ひっ!?」
「な!?な!?俺が貧弱じゃないってわかったろ!?」
「お、落ち着け!フロントガラスが偶々古くて弱ってただけだ!」
男の一人が何やら黒いものを取り出す。
「て、鉄砲!?」
車外にいた人間が悲鳴のような声で言う。
「え、映画の撮影だよな?」
「外野が煩いのぅ。さっさと終わらせるか。」
「うっせぇ!」
テッポウとかいうものから何かが煩い音とともに飛び出してきたがわしは五倍速で動けるのであっさりよける。
わしの後ろの車の窓が音を立てて割れた。
「うそや!まだローンが!?」
何か聞こえたが無視。
その声を呼び水に悲鳴があがって外野は散っていく。
「本物の銃だ!」
「逃げろ!」
わしは注目を浴びていることに気づき眉を顰めた。
「困ったのう、わし、目立たず平凡に生きたいのだが…。」
「平凡!?」
「どこが!?」
「うそつけ!」
目の前の三人が口々に言うが本当だぞ。
「さっさと終わらせなくては…」
わしは車の前面から身を乗り上げて男の持っていたテッポウなるものを取り上げる。
そして男達に向けた。
「ひっ!?」
「ちょっと待て!」
「こ、こいつがどうなってもいいのか!?」
「…?」
何をそんなに怯えているんだ?
これは一体なんなんだ?
わしが無言でいると彼らは顔色をさっと変える。
「ま、まさか、友達ごと撃つのか…!?」
「な、なんて非道な!?」
「本当に保育園児かよ!?」
なんか勝手に話を進めていく。
はっ!
これが朱雀様が言っていた堂々としていればいいというやつか!
わしは先程朱雀様に教えて貰った事の応用が出来そうで嬉しくなる。
自然と笑みの形に顔が変わる。
それを見た男達が稔君を速攻で解放した。
そして、車から出て土下座する。
「す、すんませんでした!」
「もう悪い事しないんで許してください!」
「警察!警察誰かよんで!」
「…なんか知らないが一件落着?」
「…多分?」
引きつった顔して稔君が認めたのでわしは頷く。
そして、わしは稔君を横抱きにする。
「うわっ!な、なんだ!?」
「何って帰るんだよ。園に。」
「え?」
「しっかり掴まってろ。」
急がないと母上が書類を書き上げてしまうからな。
わしはさらに倍速をあげて園に帰ったのだった。