手を汚すのは勇者の仕事
魔王の側近と聞いて俺達は顔を見合わせ、他の冒険者達はあからさまに顔色を変えてガタガタ震え始める。
まあ、一般的にはそういう反応だよな。
俺はため息をこっそりついた。
「なんで魔王の側近なんて名乗るクソ怪しい奴の話に乗ったんだ?」
俺は静かに聞いた。
「お、お金になるって…言うから…!」
商隊長はガタガタ震え手を合わせて言う。
金になるならって理由で冒険者の腹を掻っ捌くような真似が出来るその神経がわからない。
「魔王の側近と名乗った奴は魔族なのか?」
「いや…私は魔族を見た事がないし、その姿を直視するのも恐ろしかったから殆ど見ていないが…魔族は人間と違う姿をしていると聞くし…!」
「なら人間だろ。
魔族ってのは人間や他種族と外見が違うって聞いたぞ?」
レオナルドが言う。
だが俺は首をふる。
「そういうのもいるが、大半は人間と変わらない外見をしている。」
そしてタチの悪い事に人間に近しい姿をしている者程魔力が高い。
「そーなんすか!」
ジェシーが感心したように言う。
「とりあえず、あんたの話がどこまて本当か商売先へ連れてって貰おうか!?」
俺は隊長を恫喝して明日こいつの顧客の元に連れてって貰う手はずを整えたのだった。
大体の事が落ち着き眠りに落ちた夜中。
俺は眠れず荷馬車の上でぼんやりと星空を胡座をかいて見上げていた。
それにしても魔王の側近ね。
魔王の復活とやらを狙っているのか?
生肝はその為に必要?
なんらかの魔術的要素を感じる。
肝心の魔王本人は復活に乗り気ではないようだが、いくら転生後だからといって何も考えずのほほんとしていてあいつは平気なのだろうか。
足元をすくわれるような気がする。
一応、復活を希望する奴らがいる旨は知らせ済みとはいえ現状あいつに出来る事など何もないわけで。
と、なると芽を摘み取れるのは俺しかいないって事になる。
「なーんで俺がやらなきゃならないのかねぇ」
仮にも勇者だった俺がなんで魔王の手先のように動かなくてはならないのか。
はた迷惑極まりない。
俺は夜空を見上げて己の不幸を嘆く。
「どーかしました?」
不意に声がかかり荷馬車から見下ろせばジェシーがいた。
にっこにこの笑顔で俺の隣にやってくる。
「いや、面倒な事になったなと。」
「そっすね!」
「全然面倒と思ってないだろ、お前。」
俺はジト目でジェシーを見る。
「ん?どうでしょうね。」
「どうでしょうねってお前な…」
「いや、だってこのおかげでファリスさんのかっこいい所がまた見れると思えばラッキーって思っちゃいますもん!」
「はあ?」
俺は眉をひそめる。
かっこいい?どこが??
全く何を言っているのやら…。
「そーいや、お前さっきの飛び蹴り。」
俺が言った瞬間ジェシーが固まる。
「あ、あの…お邪魔でした…?」
おずおずと聞いてくる。
その様子がおかしくて思わず吹き出した。
「ブハッ!お邪魔って寧ろ飛び込んでくれて感謝だよ。」
「え、でも…」
「大方あの女が俺を呼び出したのは時間稼ぎだろ。」
Cランクは実力排除可能と判断、Bランクは薬で戦闘不能状態に持ち込む。
そして、奴らにとっては意外に動ける俺にはハニートラップ。
本当、男心を弄ぶ所業だ。
「思えば避けることの出来た盗賊の襲撃も計画のうちだったんだろうよ。」
予定ではあの峠で既に抱き込み済みの盗賊を使って冒険者全員を捕獲、空いてる荷馬車に詰め込んで金持ちに売り渡す手筈だった。
所が予定外に俺達高ランク冒険者が隊に紛れ込んでしまい計画が狂った。
盗賊は軒並み潰され焦った隊長はどこから連れてきたのか暗殺者もどきを仕向け俺にはハニートラップ。
うまく仕留めればイキのいい商品確保って訳だったが…
「まあ、俺達があんな連中にやられる訳がないと。」
「いや、正直レオナルドさん達がいなければ俺達は負けてました…」
しゅんとしてジェシーが言う。
「あれくらいあしらえないとファリスさんのお側にいる資格ないっす…」
ジェシーの言葉に俺は眉を顰める。
「はあ?お前何を言ってんだ?」
俺はジェシーを見つめる。
ジェシーがこちらを向いて目が合った。
本当、憎らしいくらいの外見である。
あまりに整っているもんだからこっちもついつい甘やかしてしまう。
「俺の側にいる資格なんてもんは特にねぇよ。
いたきゃいればいいだろ?」
「でも…」
「でももへったくれもねぇよ。」
俺はバンとジェシーの背中を叩いた。
「俺は強くても気に入らない奴なら即逃げ出してる。
一緒にいて楽しい奴、楽な奴しかいらねぇ。
強さなんかこれっぽっちも求めてねぇよ。
ま、どーしても強くなりてぇってんだったら…」
俺はニヤリと笑う。
「俺様直々に稽古つけてやんぞ?」
言っておくが俺はスパルタだ。
どこぞの竜人が泣いて土下座したくらいに。
「はい!お願いします!」
しかし、その事実を知らないジェシーは忠犬よろしく返事をした。
「よし、お代はとりあえずこの件が終わったら女遊びに付き合ってもらうとして、今からどうだ?」
「は、はい!」
ジェシーは困ったような顔をしたが大きく頷いたので荷馬車から降り立ったのだった。
翌日。
「痛い…」
「すまん、やり過ぎた?」
ジェシーが体を押さえながら半泣きで言う。
可愛かったので思わず謝ってしまったが、ただの稽古なので別に俺は悪くない…はず。
「まあ、筋はいいんだし、頑張れば俺から一本取れるって。」
「先は長いと思います…」
当たり前だ、そー簡単に取らせるかっつーの。
「何してんの2人とも。」
シャルが聞いてくる。
「いや、昨日ジェシーに稽古をつけたんだ。」
「え?2人きり?」
「そりゃ、俺から剣を習いたい奴なんてこいつくらいだろう。」
「まあ、そうだろうけど…」
シャルが心配そうにジェシーを見る。
別に虐めないから。
「そんなことより、手早く準備して隊長にはお客様を紹介して貰わないとな。」
俺はにっこりと笑ったのだった。
予定通り俺達は出発する。
商人達は全員ふんじばり荷馬車に転がしてあるので指揮はレオナルドがとる。
俺は単なる雑用係なのでそんなことは偉いBランク冒険者様のお仕事ですよと言ってやったらそれはそれは鋭く睨まれた。
おーこわっ!
街道を進んでいけば俺達の目的地である街に到着する。
本来ならば街に着いた段階で金を受け取りおさらばだったが今回は勝手が違う。
危うく商品になりかけた冒険者は口止め料ということで商人の懐から多めの金を出してお開きにした。
いや、魔王の側近なんて話至る所でされたら困るっての。
で、俺達と商人達だけになったところでお客様の元へ案内してもらう。
「…で、ここがお客様のご自宅と。」
俺は立派な屋敷を見上げた。
どうやら貴族の邸宅のようで門から庭まで何もかもが贅沢で豪華である。
「じゃあ、手筈通り行くぞ。」
「はい…」
言って俺達は縛られた状態で屋敷の中に入った。
必殺商品のふりである。
お客様と無事対面するまではこの姿でいく。
縄には切れ目が入っているので抜けるのは簡単だ。
俺達は隊長のおかげか作戦のおかげかあっさりと屋敷に潜入出来た。
そして通されたのは豪華な応接間…ではなく誰かの私室だった。
ドアを開ければ、そこには年老いた男。
奥にはベッドがあり誰かが寝ている。
「おお!遂に!!」
年老いた男が喜色満面の顔でこちらに来た。
そして俺達一人一人をベタベタと触る。
「ああ、これだけあれば1つくらいは息子にあげられる。」
なんだ?
俺が思っていたのとなんだか雰囲気が違う。
「あげられるって何をですか?」
シャルがその可愛い顔を生かして媚びながら聞く。
すると年老いた男は本当に心から申し訳ないといった顔をして口を開いた。
「おお、まだ子供ではないか、本当に冒険者なのか?」
「はい。」
「ならば成人はしておるのじゃな…。
ならば良いというわけではないのじゃが…。
いや、すまぬ、本当にすまぬよ、少年。
実はな、ほれ、あのベッド。」
老人はベッドを指差した。
ベッドに乗っている寝具がめくれて人が起き上がる。
それは青白い顔をした青年だった。
一目見て健康ではないとわかる…どころか死相が見える青年だった。
「あれはわしの息子なのじゃが、肝の病に罹りあの通り伏せっておる。」
悲しげに老人が言う。
「わしはどうしても息子の病を治したくてありとあらゆる治療法を探したのだ。
その過程で生肝と病に罹った肝を入れ替える治療法があることを知った。
…勿論、これが正しいとは思わぬよ。
わしも息子も死ねば地獄に堕ちるだろう。
しかし、それでもわしは息子を生かしたいのだ。
少年よ、申し訳ないが、わしの息子の為に死んでおくれ。」
そう言う彼の目には狂気が見て取れた。
彼には罪悪感があったのだろう。
息子を生かすためには誰かを殺す必要がある。
まともな人程悩み惑うのだろう。
そして、その悩みから解放された時には死が訪れているのか或いは…
少なくても彼は後者だったようだ。
「これだけあればっていうのは…」
「必要な肝は1つ。しかし、誰のでもいいわけではないようだ。
息子は何度も繰り返している。
数多の生肝を試してそして合わずにいる。
しかし、今度こそ、今度こそ私の息子は病から立ち直るかもしれない。」
「病に罹った肝と健康な肝を取り替えてそれで生きられるなんてありえない…」
「いいや、これは本当だとも。わしは実際にこの方法で生きながらえた人に…それこそ何人も会っているのだ。
間違いない治療法。今度こそ私の息子もあちら側に連れていき、そして今の私同様悩んでいる者の助けをしたいのだ…!」
「すみません、僕の為に…。僕が健康ならばこのようなことにはならなかったと思います。
この命が伸びた暁には必ず貴方方の分まで一生懸命生きたいと思います。」
なんだそれは?
勝手に俺の分まで生きないでくれ。
俺の分は俺自身で生きていく。
お前が一生懸命生きようが自堕落に生きようが知ったことではない。
しかし、そうは言えなかった。
何故なら決して彼が悪ではないのだから。
生きる事への渇望。
罪の意識から逃れる為の贖罪の方法としてそれしかなかっただけなのだから。
「では商品の引き渡しを」
瞬間、俺は縄から抜け出て隠し持っていた剣を抜きはなち全てをこの手で終わらせた。
「って感じだったんだ。」
夜の八時、俺は宿屋の一室で酒を一人飲みながら魔王に愚痴っていた。
実に後味の悪い事件だった。
人身売買を行なっていた商人一味は盗賊の首と一緒に憲兵に突き出しておいた。
お陰で懐にはクリムゾンに行ける程度の金が入った。
だから今飲んでる酒は打ち上げの酒。
勝利の美酒。
…なのに実にまずい。
「成る程、実に不愉快な連中じゃな。」
魔王も静かに話を聞き、静かに怒っているようだった。
「わしの側近を名乗るとは…。
そのような輩をわしは側近とは認めぬ。
たとえ誰であろうとな。」
「当たり前だ。もしそいつを褒めたら俺は二度とお前とは話さない。」
「…ということは暫くは、わしと話してくれるのじゃな?」
魔王は少し気分をあげてくる。
「ふん、でさ、そいつに心当たりあるか?」
「全くない。」
「役にたたねぇな。」
「わしは既に死人と同じぞ?そなたこそわしに何を期待しておるのじゃ?」
「まあ、そうだけど…」
「しかし、病に罹った肝と健康な肝を取り替えて健康を取り戻す…とは実に興味深い。」
「おい。」
「おお、怒るではない。そうではなくての、その理論はこちらの化学に近い考え方なのじゃ。」
「…は?」
カガク?
「うむ、こちらの世界にある化学を利用した医療技術には移植というものがあるのじゃ。」
「移植?」
「ああ、事故などで不慮の死を遂げたものの肝…いや、肝だけでない、心臓も胃も…その他あらゆる臓器を取り出して、病に苦しむ者の臓器と取り替えるというものじゃ。」
「なんだよそれ…!」
それが医療として存在しているだって?
「わしも詳しくは知らぬよ。
今日偶々ドキュメンタリー番組をチューブで兄上に見せて貰っただけじゃからな。」
「ど、どきゅめ…?ちゅーぶ?」
「まあ、その単語は知らなくても問題ない。
だが、こちらはあくまで死者から取り出しておるので生きてる者から奪うような事はしない。」
「ならマシ…とは思えないな。」
死者も生者も関係ない。
勝手に体を暴いて生きていた証を奪うその様は人間を辞めた所業でしかない。
「移植というものの是正はこの際おいておくとして、だな。」
こほんと咳払いを魔王はする。
「移植と似ているというか、考え方は完全に移植と同じだ。
『魔王の側近』を名乗る輩が自ら編み出し、病に伏せるものを救っていると考えるより…そやつこちら側を知っていると考えるほうがしっくりくるのじゃよ。」
「!?」
「移植は決して簡単ではない。
わしの暮らしている国では漸くその名が広まり治療の選択肢として上がってくるようになったばかりで成功例は数える程度。
上手く移植出来ても一生薬が手放せぬと聞いた。
それを文明レベルが500年以上遅れているそちら側で成功させてるというならば当然魔法も組み合わせねば不可能。」
「おい、何が言いたい?」
「魔王の側近はわしより化学を熟知し魔法との組合せも得意としている可能性が高い。」
「マジかよ。」
「よいか、勇者。これは忠告じゃ。」
魔王はいつになく深刻に言葉を紡ぐ。
「其奴は危険じゃ。魔法では不可能なことも化学を使えば可能になる事を知っているのじゃ。
もし、万一其奴に会ったらとにかく逃げよ。」
「おい、魔王たるお前が随分後ろ向きな忠告するな。」
「わしは現実主義じゃ。手札がわからぬものに無闇矢鱈と喧嘩を売ったりはせぬ。
…最も売られたら買うがな。」
どうやら昔の俺達を思い出したらしい。
「なら、俺は喧嘩を売られたと思っている。」
俺ははっきりと言う。
今、身の内を焦がすこの思いは紛う事なき怒りだからだ。
この手で終わる事が出来たのは彼らだけ。
まだまだ同じ悪夢を見ているものがいるかと思うと反吐がでる。
「何もお主が買う必要はあるまい。
現状を国に報告して、対策を練って貰えばよかろう。」
「そうだな、そういう考え方もある。
だけどな、こういうのは俺の仕事なんだよ。」
「こういうの?」
「ああ、国に投げてもどーせ俺に巡ってくる。
魔王だ魔族だその手の難題は元勇者だからっていうつまらない理由でな。
どうせ俺に丸投げされる問題なら最初から最後まできっちり面倒みた方がなんぼかマシだし、こういう汚れ仕事は俺の専売特許なんだよ。」
「お主、さては似たような考えで勇者になったのか?」
「似たような?なんの話だ?」
「魔王討伐は苦しみの連続。
誰かが必ず死ぬし、逆に殺さなくてはならない過酷なものじゃ。
それをお主はわかっていて他の誰かにやらせるのは忍びなくてお主が勇者になったのでは?」
「ばーか、違うよ。単に聖剣に選ばれただけだよ。
丁度暇だったし何も考えずに引き受けたんだよ。」
そう、別に誰かを思って勇者になったわけじゃない。
手を汚すのは自分だけでいいなんて思ってない、これっぽっちも。
「そういうことにしておこうかの。」
魔王は気の抜けた声をだす。
「まあ、それは置いておくとして、魔王復活を目論むものも確か魔王の側近を名乗っておったな。
全くの別口…な、訳はなかろう。」
「お前もそう思うか。」
「当然じゃ。」
「俺もだが今ともに旅をしている仲間もそう言っている。」
「ふむ、では皆の意見が一致したということになるの。」
「すげえ不本意。」
「まあ、よいではないか。しかし、わしも復活などあり得ないなどと悠長なことは言えなくなってきたの。」
「そのくらいの危機感はあるんだな。」
「当然。こちらを知るものがそちら側にいるのは驚異じゃ。
其奴がこちら側を何故知っているのか、こちら側にも存在出来るのか。
こちら側にも存在出来るのであればわしの事を知っているのかいないのか。
魔王の側近と名乗ってはいるが化学知識はわしより上だという点から奴はわしより年上…下手すれば大人かもしれぬ。
相手が大人ならば3歳のわしは知識も魔力量も断然劣ってしまう故実に不利。」
「復活も時間の問題じゃねぇか。」
「冗談ではない!わしはこちらの世界で普通に生きるのじゃ!」
力強く言うが普通の定義を聞いて見たい。
「しかし、いかな奴とてわしと勇者が繋がっているとは夢にも思うまい。
このスマートフォンが奴を出し抜く武器になると思えよ。」
「そうだな。」
このスマなんとかがなければ俺は魔王の驚異に気を取られ魔王を敵視していた。
しかし、実際は魔王は味方である。
心にゆとりを与える程度には力強い。
「いいか、わしらの利害は現状一致しておる。
ともに協力していこうではないか。」
「…まさか魔王に協力を要請されるとは思わなかったよ。」
俺は苦笑したのだった。




