初めてのお友達はやたら重たい
やだこの子、関わっちゃダメだ。
あたしは瞬時に悟った。
だけど、この手を振りほどけなかったのは、数日前に死んでしまったモルモットのモルにその目が似ていたからだ。
あの子は可愛かった。
あたしによく懐いていた。
お母さんはモルが嫌いだったから自分の部屋で飼っていたんだ。
だけど、数日前、お母さんの虫の居所が悪くてモルの入った檻を投げつけて…
うん、思い出すのはやめよう。
とにかく、あたしの心にスキがあったのがダメだった。
じゃ、なければ…
「し、仕方ないわね!この私について来なさい!
貴方を真人間にしてあげるわ!」
なぁんて言うわけないんだよねぇ。
この後すぐに私達は散歩を中断して園に戻った。
だって雨が降ったから。
信じられる?
本当に雨が降ったのだ、この子の言う通りに。
これにはクラス中…先生もびっくりだ。
もう、クラスあげての神様扱いである。
しかし、彼女は困ったような顔をして私をじっとみつめてくるのだ…
「朱雀様。このような場合はどうすればよいのでしょうか。」
いや、私が聞きたい。
普通、こんな事にならないからね。
しかし、大見得切った手前わからないとは言えなかった。
「こう言う時は、堂々としていればいいのよ。
さも当然でしょと言うふうに。
何も言わないのがコツよ。
勝手に周りが話を作って納得するから。」
「なるほど!さすがは朱雀様!」
言われた通りに彼女は黙り堂々としていた。
あまりに堂に入っていたのでちょっと引く。
私のアドバイスに従った結果、まやちゃんはイエスキリストという事になりあだ名がキリストになった。
そして、私のあだ名が何故か神様になった。
なんでだ?
「おい!そんな奴の言いなりでいいのかよ!」
こいつは稔君。
ザ・ガキ大将だ。
子分を引き連れあたし…というかまやちゃんに食ってかかる。
「こいつはなぁ、別に偉くもなんともないんだぞ!」
あたしを指差す。
「朱雀財閥って言ってるけどどーせ同じ苗字なだけだろ!?」
言われてあたしはかちーーんとくる。
「ホントだもん!あたしは朱雀財閥の血筋なんだからね!」
「はん!嘘つけ、超ボロいアパートに暮らしている癖に!」
「!」
「本当に朱雀財閥の血筋ならもっとこう…でっかい家に住んでるもんだろ!?」
あたしは唇を噛んだ。
そうだ、確かにそうだ。
でも実際はボロいアパート暮らし。
「お、お母さんが言ってるんだもん…」
声が自然と小さくなる。
な、泣いたら負けだ。泣くもんか!
「お?泣くのか?嘘がバレたら泣くなんてずりーの!
なあ、まや、こんな奴ほっといて俺達と遊ぼうぜ!」
稔君がまやちゃんの手を掴んだ。
瞬間。
「いっっっ!」
稔君の顔が引きつり声にならない声を発する。
まやちゃんが稔君の足を踏んだからだ。
「お、お前何すんだ…」
「謝れ。」
「は?」
「謝れと言っている。聞こえないのか。」
思わず先生を見てしまった。
先生に止めてと言いたかった。
しかし、あたしは声が出せなかったし、先生も見ているにも関わらず動かない。
ううん、先生だけじゃない、クラスのみんな同じように動かなかった。
それくらい、まやちゃんの声が怖かった。
「朱雀様に対する非礼を詫びろ。」
「ひれー?」
「紳士たるものがやたらと淑女に触れるものではないし、言葉遣いも荒すぎる。
何より、朱雀様を貶める意図がある発言は許容出来ない。」
「な、なんだよ!だから、まやは知らないだろうけど、こいつは嘘つきなの!」
「朱雀様は否定なさったのが聞こえなかったか?」
「ひてー?」
「朱雀様が違うと仰ったにも関わらずそれを信じる事なく暴言を吐いたのだ。当然謝罪をすべきだ。」
「はん!嘘つきに謝る気はないね!」
稔君が胸をはる。
ここで謝ったらガキ大将としての地位が危うくなるものね。
あたしは一人稔君の行動に納得していた。
しかしまやちゃんはそうではなかった。
「そうか?では死ね。」
「は?」
瞬間、稔君が壁に叩きつけられた。
何が起こったのかさっぱりわからなかった。
惚けている間にまやちゃんは稔君との距離を詰めて手を伸ばし…
「ダメ!」
ひたり。
まやちゃんの動きが止まった。
「ダメ!暴力ダメ!絶対ダメ!!」
もう必死で言い募った。
まやちゃんは伸ばしかけた手をじっと見て、ゆっくりと引っ込めた。
ほう…
安堵の息がクラス全体からあがる。
「朱雀様が言うなら…」
どうやら渋々なようだ。
「いい、まやちゃん、暴力はいけません。
人を叩いたり蹴ったり投げつけたりしたら痛いでしょ?
だからしてはいけません。わかりましたか?」
あたしは慌ててまやちゃんに駆け寄り真っ先にそう言う。
今注意しないと今後もやる。
いわばこれは必要な躾だ躾。
モルを飼う感覚じゃダメだ!
もっとそう…怖いもの…ライオンとかを飼うつもりでいかないと。
「う…」
稔君が起き上がろうとしたのであたしは手を差し出した。
「大丈夫?」
稔君は目を見開いてこちらをじっと見たかと思うとバシッとあたしの手を払った。
「嘘つきなんかに触っかよ!嘘がうつる!」
「貴様、懲りないな…?」
「だだだ大丈夫だから!ね?先生!先生!」
あたしはまやちゃんをフォローしながら先生を呼ぶ。
先生は弾かれたかのように動きだしてあたしたちを引き離そうとする。
しかし、それに稔君は抵抗する。
「先生!悪いのは嘘つきと暴力振るったまやだよ!?
俺悪くねーよ!」
稔君がこっちをきっと睨む!
「なんも知らねー奴を騙すなんて卑怯だぞ!」
「騙してないもん!」
あたしは反射的に言い返してしまった。
「騙してんじゃん!朱雀財閥の娘だって嘘ついてこいつを言いなりにしやがって!
なあ、目を覚ませよ!こいつは朱雀財閥でもなんでもない、媚び売ったって何にもいいことないんだぞ!?」
「まだ言うか?大体私は物事の道理を知らぬ故教えを乞う立場として差出せるものが永遠の忠誠しかなかったから差し出しただけだ。
朱雀財閥とかいうものも知らぬ。」
『え?』
これにはあたしと稔君と…他の子達の声までもが同時に発せられる。
す、朱雀財閥を知らない?
それは衝撃だった。
「朱雀銀行って聞かない?」
「ぎんこー?なんだそれは?」
あ、銀行そのものを知らなかった。
「お金を貸したり借りたり預けたりする所だよ。」
「ふむ…ギルドみたいなものかのぅ?」
「ごめん、ギルドが何かわからないや。」
知ってる?と稔君に視線を向ければ彼も知らないと首を横にふる。
いや、この際なんでもいいんだ。
「まやちゃん、朱雀財閥本当に知らないの?」
「天地神明にかけて知らぬと言おう。」
「そっかぁ…」
あたしは天を仰いだ。
園の天井が目に入る。
まやちゃんは何も知らないであたしと友達になってくれたんだ…
ちょっとおかしい子だけど、うん、ライオンを飼いならすつもりでいこう。
だって、あたしの周りには朱雀財閥の娘だから仲良くしてくれる子か稔君みたいに嘘つきって言う子しかいなかったんだもの。
嬉しくないわけないじゃないか。
ただ、ちょっと気になるのは、忠誠がどうのこうのという点。
なんかあたしが思ってる関係と少しばかり違う気もするけど…この際目を瞑ろう。
呆然としている稔君を尻目にあたしは決意したのだった。