結局最後はそういうオチ
「信じられねぇ…」
俺は呆然と呟いた。
無言で集落にたどり着いてみれば、こいつの言った通り集落は無傷。
確かにそっちに行ったはずのホーンベアは影も形もない。
ケイも俺と同じように唖然とした顔で集落を見回していた。
「あ、ファリスさぁーん!」
Cランク冒険者の優男が手を振ってこっちに駆けつけてくる。
ご主人様に懐いた犬にしか見えない。
「おー。」
彼は鷹揚に頷いて笑顔を見せる。
こうやって改めて落ち着いてみれば格好はともかく、一人の男としては中々悪くない顔立ちをしている。
笑顔が野生的なのに人懐こさを兼ね備えていてぞくっとする。
「あー、こいつら生きてたんすね!」
「ああ、普通に元気だった。」
言ってこちらをちらっと見る目は何故か残念そうだ。
「どうだ、ファリスさんはAランク冒険者で間違いないだろ!」
「いやいやなんでお前が踏ん反り返ってんだ。」
ファリスとか呼ばれるAランク冒険者はCランク冒険者にデコピンを食らわしている。
「あああ!ファリスさぁーん!たすかりましタァ!」
ハゲ頭の中年ギルマスがこちらに涙だくだく鼻水ダラダラ垂れ流しながら駆け寄って抱きつこうとするが、するっとAランク冒険者は避ける。
うん、俺でも避けるわ。ばっちーもん。
べしっと地面に突っ伏すもすぐに立ち上がるギルマス。
立ち直り早いな!
「ホーンベアだけじゃなくて、烈冷の使者まで助けて頂きまーこーとーにありがとーーございます!」
「どういうこった?」
俺が首をかしげる。
「ホーンベアの残党狩るついでにおめーらも拾ってこいって依頼を受けたんだよ。」
『!』
まさか、自分達が救助対象になるなんて!
「てめぇの助けなんざいらなかったわ!」
「なんだとぉう!?」
「事実です。」
食ってかかるCランク冒険者に淡々とケイが言う。
「まあ、実際元気だわな。」
Aランク冒険者は肩を竦めるだけだ。
うわ、ちっとも相手にされてぇー!
「いやいや、やはりお二人もお強い!
お怪我はありませんか!?」
「まあ、多少はあるが問題ない。」
やせ我慢半分で俺は応える。
しかし、その回答にケイがギロリと睨んでくる。
「嘘言わないでください。貴方の怪我は多少ではありません。
治療が必要です。」
「はぁん!?それを言うならお前だろーが。」
「私はいいんですよ、貴方の方が重症です。」
俺もお前も同じくらいだっつーの!
「治療が必要なら俺が治そうか?」
不意に声がしてそちらをみればCランク冒険者の筋肉だった。
「治癒魔法はそれなりに使える。」
「悪りぃ!俺達は魔法が効きづらいんだ。」
ギャンギャン吠える犬っころよりはマシなので無愛想にならない程度に返事をしておく。
その言葉に薄い眉をひそめる。
「…魔法が効きづらい?聞いたこと無いな…」
だろーな。
しかし、ここで頷くと面倒なので無視する。
Aランク冒険者は何か言いたそうな顔でこちらを見ていた。
「ってことは普通のお医者さんから手当してもらわないと、だね?」
筋肉の隣にいた華奢な…男の子?が言う。
一瞬下半身を見て確認作業をした俺は悪くない。
「医者いるか?」
「わしがぁぁ、医者じゃぁぁ」
ヨボヨボのおじいさんが杖をつきながらやってくる。
だ、大丈夫なのか!?
「安心してください、こうみえて20年前までは現役でカルドアの街で大きな病院の院長をしていた人ですから!」
爽やかに物を言うのは平々凡々な男。
ぱっと見健康そうだが、足が悪いのか引きずっている。
いやいや、20年前って!
もう普通のじーさまじゃねぇか!
寧ろそこの平々凡々に手当して貰った方が安心する!
「い、いや、俺は平気…」
「とう。」
じい様はヨボヨボな癖に俺に近づき指でホーンベアに貫かれた傷を容赦なく突いた。
「いってーーー!」
「なぁにが平気じゃ、バカチンがぁぁ!
大人しく手当されぇ!
そこの綺麗なにいちゃんもだぞ!」
「包帯と薬もってきましたぁー!」
そばかす少女が籠の中に医療道具を持って走ってくる。
「もう逃げらんねぇな。」
Aランク冒険者がくつりと意地悪い笑みを浮かべて言ってきたのだった。
想像より遥かに腕のよいじい様だったようで俺達は人心地ついていた。
じい様は思っていた程傷が深くない事を不思議に思っていたが、一応持ってた一級品の回復薬を見せれば納得した。
そして改めて集落をみればすでに落ち着きを取り戻していた。
副ギルマスは先だって逃げた住民達に脅威は去ったと伝えに行ってしまった。
あいつらはここに避難していた住人を自宅まで送り届けていた。
特に何か問題があるわけではない。
至って普通の状態だ。
結局はあれだ。
「俺達が飛び出さなきゃ、群れは森で壊滅出来たってことなんだよなぁ。」
俺は自己嫌悪に陥っていた。
勝手に敵を侮り、Aランク冒険者を侮辱して、あげくに足を引っ張った。
俺達がしたことってまさにそれなのだ。
ケイもわかってるらしく渋い顔をしている。
こう言う時なんの役にもたたない励ましをしないからこそ、いいやつだと思う。
「そんなことはないぞ?」
しかし、無粋な声が聞こえた。
暇なのかギルマスが両手にグラスを持って現れた。
そして、まあ、飲めと渡してくる。
琥珀色の液体はどうみても酒だ。
いいのかよ、晩酌には早い時間だし、皆働いてるぞ?
俺はグラスの中身を凝視する。
「無粋な慰めは結構。」
しかし、ケイは苛立ちが収まらないのか琥珀色の液体を一息に飲み干した。
こいつはこんな飲み方普段はしねぇ。
じっくりチビチビやるタイプだ。
「慰めじゃないさ。」
しかし、ギルマスは肩をすくめて否定する。
「俺達の救助依頼を出した癖に」
「救助依頼なんて出してませんよ?」
「はあ?」
ギルマスの言葉に首を傾げる。
「私はお二人を拾ってきてくださいと行っただけです。
それにファリスさんも助けたなんて一言も言ってませんよ?
あの人もただ拾ったと思ってます。」
「なんだそれ?」
なんとなく手持ち無沙汰でグラスを傾け一口飲む。
ほろ苦い味が口に広がる。
「貴方方は助けるまでもなく事態終息までもっていけると思ってますからね。」
へらっとギルマスは笑う。
「の、割には俺達の扱いが雑だったじゃねーか。」
依頼時の恨みは忘れねぇ
「そりゃ、貴方、危険を察知したら速攻で逃げてく最強のAランク冒険者ですよ?
何をおいても最優先で捕縛しておかないと。」
「え?」
「逃げる?」
「ええ、実際あの人最初逃げようとしましたからねぇ。
他の連中が迎えに行ったら確実に逃げられてました。
私のようになりふり構わず縋り付く事ができたからこそ今回協力してくれたんですよ。」
沈痛な面持ちでギルマスは言う。
「…一体あいつはなんなんだ?」
「冒険者ギルドで文句なしの二番手最強です。
ただし、ぶっちぎりで一番のトラブルメーカー。
酒と女にだらしなく、首輪をつけてもつけてもしれっと失くす生粋の自由人。なんだかんだでピンチの時は我々を助けてくれる救世主…とみせかけて実は原因を作った張本人だったりする、はた迷惑な最強です。」
「それ、褒めてます?けなしてます?」
「どちらかと言えばけなしてます。」
あっさりと言うギルマス。
「で、そんなバカと違って貴方方はまさに冒険者の鑑でしょう。」
いきなり持ち上げられてびくっとする。
「我々だってバカじゃないんです。
貴方方が冒険者の矜持に従い我々を守る為に戦地に赴いた事くらい分かってます。
…ただ、この場に常識外れのバカ野郎がいたのが想定外だっただけで。…いや、あれを想定しろというほうが無理な話なんですけどね。」
遠い目をしてギルマスが言う。
もしかしたら彼もあのAランク冒険者との初対面時は煮え湯を飲まされた口なのかもしれない。
となるとこの酒はあれか、仲間からの差し入れか。
「ですからね、我々の為に命張ってくださった貴方方が迷惑な訳ないんですよ。
貴方方の頑張りは確かに集落へ雪崩れ込むホーンベアの数を減らしてくださいました。
そのおかげでファリスさんも一撃で群れを仕留める事が出来たんです。」
「しかし…」
「ですからね、今後も同じような事が起きた時、迷わないで欲しいんですよ。」
俺達ははっとする。
もし、同じような事が起きたら?
今回は運良く最強Aランク冒険者がいた。
だが次もいるとは限らない。
しかし、今日の経験で俺達は出しゃばるとろくな事がないと学んでしまった。
もしかしたら次は身を挺してでかい敵に立ち向かうなんてしないかもしれない。
「迷わず、今日のように立ち向かって守って欲しいんです。」
俺達の心が、冒険者としての矜持が折れたと心配して彼はわざわざやってきたのだ。
「今日、我々は確かに貴方方に助けてもらいました。
それは貴方方にとって理想とは違ったかもしれません。
しかし、それでも確かに我々は助かったのです。
明日が確かにやってくるのです。
ここの集落代表としてBランク冒険者パーティ烈冷の使者に心より御礼申し上げます。」
深々とギルマスは頭を下げたのだった。
俺は重たかった心が軽くなるのを感じた。
「この俺が次回は助けないって?」
俺は鼻で笑う。
そして、グラスを一気に煽った。
「誰にモノをいってやがる。
お前らのように弱い奴らはこの俺達が守ってやる。
だから安心しやがれ!」
言い切って俺は笑う。
ケイも晴れ晴れとした笑顔をみせていた。
珍しく満開の笑顔に俺は一瞬ドキリとする。
お綺麗な顔の遠慮のない笑顔はすごい破壊力だ。
そこに…
「おーい、マスター」
お気楽ご気楽な声の主は見るまでもなくAランク冒険者だ。
「なんか、呼んだ?」
Aランク冒険者は仲間三人を連れてやってきた。お仲間三人のうち優男風の奴はげっといった顔を隠そうともしない。
「あー。呼んだぞー。」
…?
なんだか、ギルマスの雰囲気が変わったような?
ギルマスがちらりとこちらを見る。
どうやら俺達への話は終わりもう行ってもいいようだ。
しかし、なんでだろう、足が動かない。
「なあ、これなんだかわかるか?」
にこやかにギルマスは懐から物を取り出す。
それはどーみても。
「あ」
優男が呟いた。
それはホーンベアのツノだからか、それとも何か別の理由でもあるのか。
「これなぁ、集落の商人が買い取った品でなぁ」
ホーンベアのツノを玩びながら言う。
「で、思い出したんだ。今回の件、よそ者の誰かが森に入ったのが原因で起きたって事をさ。」
「へ、へー」
「そんでな、これを売った時にな、身分証明としてタグをみせて貰ったそうなんだ。」
「あは、は…」
優男が引きつった顔をする。
「そのタグにはな、Cランクの模様が刻まれ裏にはジェシーって名前が彫られていたんだとよ。」
ここですっとギルマスの笑顔が消えた。
「なあ、ジェシー。Cランク冒険者がホーンベアの討伐なんてできねぇよな。
確かにお前らCランクにしちゃ頭一つ分飛び出てるけど無理だな。
でさ、そこにお前らが最近、丁度ホーンベアのツノの売買が行われた日からAランク冒険者と仲良くなってるって事を知ったんだ。」
一歩、また一歩と四人は下がっていく。
まて。もしかして…
先程のギルマスの言葉を思い出す。
救世主とみせかけて実はトラブル起こした張本人。
つまりはそういうことか。
「お前らのせいかぁぁぁ!」
俺は怒りに任せて絶叫した。
その声を合図に四人は背中をみせて走り出す!
逃げやがった!
「こら!逃げるな!!」
ギルマスが追う!
俺も追う!
俺が追えばケイも追う!
かくして俺達とAランク冒険者の追いかけっこが幕をあけたのだった。
まさか、これがこの先ずっと続くと知っていれば…いや、知っていてもやはり追いかけたな。
つまりは、俺達はこの四人と今後大いに関わってくることになるってことだ。
だが、まだこの時の俺達はそんな事知る由もなくただひたすら追いかけまわしていたのだった。




