それでも勇者とは思えない
俺達は東奔西走して老人や子供など置いていかれたもの達をこの店にひとまとめにした。
さして大きくない店なので自然と外に皆集まる。
震える老女、拝む翁。
子供は自身の足で走れぬ小さな子達が残されたようで言葉が喋れないらしくただ漠然とした不安に駆り立てられるように泣いていた。
酷い話だが、親がいる子といない子がそこにはいた。
親と死別したって訳じゃない。
親が子供を見捨てて逃げてしまったのだ。
「ひでぇな。」
「そうかな。こんなもんでしょ。」
俺がポツリと言えばシャルが肩を竦めてさらっと言う。
そうか、シャルは元盗賊。
こういう状況は慣れっこか。
「ジェシーの田舎じゃこんなことなかった?」
「弱い者を置き去りはあるな。でも子供が残る時はさすがに親は残ったぞ?」
俺は眉をひそめながらいう。
「それはいい人達が住んでただけ。こんな事よくある話。」
可愛い顔していながらシャルは特に子供達に同情はしていなかった。
「おい、ギルマス達が手伝ってくれるそうだ。」
アッサムが老人を背におぶって、両手に子供を一人ずつ抱えて言う。
どうやら途中で出会ったらしい。
「我々も手伝います!それよりファリスさん!
森が騒がしくなってきました!」
「近づいてきてるんだな。」
そう言ったのは我らがリーダー(勝手に指名!)ファリスさんだ!
状況が状況で俺達はいつになく緊張しているってのにファリスさんは特に身構えた様子はない。
これがAランクの風格って奴か。
「そういえば残っていた他の冒険者達は?」
ふと気になって俺はギルマスに聞いてみる。
「彼らは足手まといになるだけと判断して解散させました。」
つまりは逃がしたと。
それでこれ幸いと逃げるとは偽物の冒険者はどっちだという言いたい。
「烈冷の使者は無事でしょうか。」
副ギルマスが呟くように言う。
「ってか、そんな心配しなくてもあんだけ大口叩いたんだし、勝てるんじゃないんですか?」
「お前、あれに追い立てられてそれでもそう思うか?」
こそっとファリスさんに言われて俺はあの恐怖を思い出す。
うわ、あいつらいけすかない奴らだったけど、そっかぁ、死ぬのか。
心の中で一足早く死者への祈りを捧げる。
「でも、今頃集落が飲まれていると思っていたからあいつら頑張ってるんじゃねぇの?」
「そうなんですかね?」
俺は首をかしげる。
「うん、思ったより時間に余裕があるし、ちょっくら結界を張るか。」
「結界!?」
珍しくアッサムが驚きの声をあげた。
「防御魔法ってめっちゃ魔力食いますよ!
それ、使ったらホーンベア倒せないんじゃ!?」
さすが魔法畑の人間なだけあって使えない魔法にも詳しい。
へぇ、俺は魔法使えないからよく知らないけどそうなんか…ってほんと大丈夫!?
「たいしたことねーから問題ねぇよ」
しかしこっちの心配をよそにファリスさんは外に出て呪文を唱える。
あの大雑把で適当な人が唱えているとは思えない程洗練された呪文に思わず聞き入ってしまう。
「…?呪文がおかしい?」
アッサムが首をひねった。
まさか!ファリスさんが呪文を間違えるはずないじゃないか。
「結界」
しかしぱっと見何も起こらない。
別に失敗した訳じゃない。
結界は目に見えないのだ。
なんで見えないんだっけ?
「魔力を加工せずそのまま使用するからだ。」
「ああそうだった。」
俺は思い出したと膝を打つ。
基本魔法は魔力を何かに変えて使用するか肉体そのものを強化するかして使う。
例えば火に、例えば走る速度アップに。
しかし、結界はそれに当てはまらない。
魔力をそのままの状態で守りたいものを覆い攻撃から守る。
その性質状、魔力の量によって結界の範囲や強度が変わる。
だれが使っても同じ効果が現れるってものではない。
さらに一度発動すれば取消さない限り魔力を消費し続ける。
それはそれは莫大な魔力を食うって聞いた事があったな、昔。
なんか段々と思い出してきた。
「普通、結界と攻撃魔法の併用なんて出来ないものなんだが…」
ぶちぶちとアッサムが言ってる。
でもファリスさんはできるって言ってるし、出来るんだよ!
「そんな心配すんなよ!
それくらいファリスさんなら余裕なんだよ!」
「いや、それを差し引いてもおかしいんだが。」
何やら納得しきれてない様子。
「なんだよ、ファリスさんが信じられないのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。」
慌ててアッサムが首を横にふる。
そうだろ、ぜーーーんぶファリスさんに任せておけば問題ないってぇの!
「ねえ、いよいよやばくなってきたよ!」
シャルが少し慌てた様子で言ってくる。
俺達は森に神経を集中させる。
五感全てを研ぎ澄ませれば本来なら聞こえない音を耳は拾うし匂いも感じる。
「…確かに!」
「念のため、ここにいる全ての人達に補助魔法をかける」
そう言ってアッサムは宣言通り補助魔法を一人一人にかけはじめる。
アッサムの魔力量的に結構キツイはずなのにな。
俺とシャルも戦いに備えて準備をはじめる。
剣を抜きはなち構える。
シャルは投擲用のナイフの切れ味を確かめ、取り出しやすい位置に置き換える。
「おめぇら、何やってんの?」
そんな中普段と変わらずのファリスさん。
「何って戦いの準備ですよ。」
「もう来るでしょ?」
「お前らやる気なの!?」
「え!?置いてく気だったんすか!?」
そんな殺生な!
俺達は一生ついて行くって決めたんですからね!
「いやいや置いてくっつーか、ここで仕留めるつもりだったんだけど。」
『え?』
俺達三人は同時に声をあげ顔を見合わせる。
ここで仕留める?
意味がわからない。
「あ。」
ファリスさんが間の抜けた声を漏らして森の方を見た。
ホーンベアの姿を捉えた。
無数のホーンベアはまさに圧巻。
百はいる。絶対いる。
あれがホーンベアじゃなくてただの熊でもヤバイ。
体に本能的な悪寒が走る。
これはあれだ、あのBランク冒険者絶対死んだわ。
もし生きていたら人間じゃない。
それくらい圧倒的な存在感をホーンベアの群れは示していた。
「ひっひっ…!」
老人が引きつけを起こしたのをナノが慌てて介抱する。
誰も彼もが絶望を感じる圧倒的な存在感がそこにはあった。
そんな中、一人緊張から無縁の人がいた。
我らがリーダー、ファリスさんだ。
「じゃ、ちょっくら行ってくらぁ」
まるで買物にでも行く気楽さで彼は言う。
「飛行!」
そして彼はいつの間に呪文を唱えたのかふわりと浮き上がると空高く舞い上がっていく。
「え、え、えーーー!?ファリスさーん、置いてかないでくださぁい!」
俺の声が虚しくこだました。
「え!?結界張りながら飛行を使ってそのうえ攻撃魔法を使う気なのか!?」
アッサムが震える声で言う。
俺達はただ上を見上げる事しか出来なかった。
「…来た!」
誰の耳にも明らかな咆哮と足音がする。
…もう、逃げられない。
死が目の前に迫って来ていた。
しかし、それはまやかしに過ぎない。
ここにはAランク冒険者ファリスさんがいるのだから。
そう、まるでホーンベアの侵攻を嘲笑うかのように次の瞬間光が集落全体に降り注いだ。
何が起こったのかわからなかった。
わかった….というか状況的に理解したことは、この降り注ぐ光の雨の正体が炎であり、それを放ったのが今遥か彼方空の上にいるお方ファリスさんだということ。
瞬く間に炎はホーンベアに着火し、火達磨にしていく。
炎の雨から逃れる術はなく、百を超えるホーンベアはあっという間に全て消し炭となってしまった。
「ねぇ、なんで僕達は…というか集落にはダメージがないのかなぁ」
シャルが引きつった顔で言ってくる。
「なんでって…」
そんなのファリスさんの結界のおかげに決まってる。
「…ああ、そうか…そうだったんだ…」
何やらアッサムが一人で納得している。
「どうしたんだ?」
「さっき呪文か違うって言ったろ?」
「ああ」
「あれ、魔法修正してたんだ。」
「魔法修正?」
「ああ、本来結界は守る対象全体を覆うだけ…この集落規模のものを張るとなるとさながら半円状のものになる。」
「うん、それで?」
「もし、今張ってるものが半円状だったら集落は守れるけど結界に入ってきたホーンベアにも攻撃は当たらない。」
確かに。
「だから修正をかけたんだ。
半円状で全体を守るんじゃなくて家一軒一軒、道一本一本、人一人ずつ、個別に全てを守る結界を張ったんだ!」
さすがの俺も顔がひきつる。
あまり魔法には詳しくないがそんな俺でもそれがどれだけ規格外な事かくらいはわかる。
つまりあの人は大きな結界ひとつを張るのではなくて小さな結界を無数に張った上で飛行で飛んで上から一気に攻撃魔法で仕留めたってことか!?
なにその暴挙!
大体小さなとか言ったけどそれでも家一軒、道一本を覆う程の大きさなのだ。
それらを維持しながら空飛んでさらには攻撃を叩き込むって…
「それくらい出来ないとAランクにはなれないのか….」
「いやいや!ファリスさんが異常なだけですから!」
ギルマスが俺のつぶやきに答えてくれる。
「やっぱファリスさんて強いんですか!?」
「見ればわかるでしょ。他のAランク冒険者とは一線を引く存在ですよ。
それこそ、勇者再来なんて言われてます。」
「勇者!」
「確かに」
「寧ろ、ファリスさんが勇者本人でも納得!」
『…はしないな。』
俺の言葉にシャルとアッサムだけでなくギルマスまで突っ込んでくる。
ひどくね?
「なあ、なあ」
不意に上から声が降ってきた。
俺達は上を見上げるとファリスさんがふわふわ浮いていた。
「なんか、まだ森にホーンベアが残ってるみたいなんだ。
ちょっくら仕留めてくる。」
「あ、待ってください!」
そこにギルマスが待ったをかける。
「ついでに烈冷の使者を拾ってきてください!」
「てか生きてるかぁ?」
「あの人達めちゃくちゃ丈夫だし、武器防具回復薬に関しては金に糸目をつけないので良いもの持ってますし!多分生きてます!」
「そういうなら生きてたら助ける」
いうが早いかファリスさんは先ほどの事など頭にないかのように飛び去ってしまったのだった…!