守れるならばこの命惜しくはない
すんっと鼻を俺は鳴らして俺は顔を歪めた。
深い深い森の中に俺達はいた。
俺達はそこそこ鼻がきく。
だからこの辺りが臭くてたまらない。
「近いですね。」
ケイが事もなげに言う。
普段は無表情で慇懃無礼なやつだが、今は俺と同じく匂いにやられてそのお綺麗な顔を歪めていた。
「ああ。」
そろそろいつ出くわしてもおかしくない。
俺はアイテムボックスから愛用の武器、バトルアックスを取り出し柄の部分にそっとキスを贈る。
そこら辺で売ってるような品じゃない。
俺の身長の三分の二程度はある特別頑丈ででかい一品だ。
塗装も特に拘った品で冒険者になった時からこれにお世話になっている。
これの一撃を防いだ奴は未だに見た事がない。
俺以外の誰かが触れようもんなら逆に振り回す我儘な女のような武器で最高の相棒だ。
一方、ケイもアイテムボックスから自身の武器である鉄弓を取り出す。
これもまた特注品で気楽に弾けるような作りはしていない。
俺のバトルアックスを作る時に一緒に作った品だから似たような塗装をしており二つで一つの価値をそこに見いだせるようにしてある。
「背中はお任せください。」
「じゃあお前の正面は俺が守ってやるよ。」
軽口を叩きながら慎重に俺達はすすむ。
そう、ケイは俺が生まれた時から側にいる最高のパートナーだ。
こいつが俺の背中を守るから俺がこいつの正面を守るのはお約束。
信頼関係がモノを言う。
そう、守り守られってぇのは信頼関係がなきゃダメだ。
ぜっっったい!あの自称Aランク冒険者じゃぁダメだ!!!
思い出したらイラっときた。
偶々立ち寄ったカルドアの街で飯を食ってる時にギルドからの緊急依頼で集落に駆けつけた俺達は詳しい話を聞こうとギルマスを探せばギルマスはAランク冒険者の元に直々に依頼をしに行ったとよ!
俺達はギルドの受付嬢から依頼されたのにあいつはギルマス直々!!
まずこれでイラっときた。
俺達はこれでもBランクだぞ。
試験さえ受かればAランクなのだからほぼAランクと言ってよいだろう。
なのに、この扱いの差!!
本当はその場で暴れたかったがそこにいた副ギルマスが取りなしたお陰で落ち着けた。
で、とりあえずAランク冒険者を待とうという話になり待っていたらやってきたのがあいつだったわけだ!
これでまだ見た目がAランクさすがって雰囲気なら許せた。
な、の、に!!
Aランク以前に冒険者としてもどうかと思う…そう例えていうなら農夫のような格好であいつはやってきたのだ!!
ありえないにも程があるだろ!
せめて!!剣を腰に差してるとか!
魔法の杖を持ってるとかすればいいのに手ぶら!
俺達の不愉快度数が上がるのは当然だろ。
しかもしかも!一緒にいたのはCランク冒険者。
Aランクなら仲間もそれなりのランクで揃えろよ!
とにかく何もかもが俺達の予想を悪い方へと裏切った。
だから、俺は不愉快なのを隠す事もせずタグでの身分証明を求めたら…失くしたとかふざけた事をいいやがった!!!!
その瞬間俺の中であいつはAランク冒険者を騙る偽物判定を下した。
俺だけじゃねぇ、ケイは元より他の冒険者達も思いは同じだったようだ。
俺達は偽物になんざぁ守られたくない。
ならば守られる側から守る側になるまでだ。
俺達にはそれだけの力があるんだからな!!
遠くで声が聞こえた。
…獣の声…
間違いなく、ホーンベアの群れの声だろう。
俺達は頷きそちらの方角へと早足で向かった。
街道のように整備などされていないどころか獣道すらない森の中を俺達はスピードを緩める事なく突き進む。
できる限り森の中で群れの数を減らす必要がある。
森の中で壊滅に追い込めればいいが…
「この位置での衝突では群れはおそらく壊滅前に集落に到達するでしょう。」
ケイが事実を淡々と告げる。
「だろーな。」
俺はあっさり認める。
物理的に出来ることと出来ないことがある。
せめて群れが集落全体を飲み込まないよう可能な限り全体数を森で減らすのだ。
「集落にはおそらく弱者が残っています。」
「わかってる。出来る限り数を削いで集落を…
集落に残った連中を守るぞ。」
「御意。」
弱気モノを守ることこそ冒険者の真髄。
俺達は強いのだから当然だ。
俺達の耳は少しずつ大きくなる声をしっかりと捉えていた。
最早声と呼ぶのもおかしい。
それは明らかに怒り狂い自我を失った魔物の咆哮だった。
「距離が近いです。….まもなく衝突します。」
いいながらケイは弓に矢を同時に数本構える。
一本弾くのも常人には無理な矢を同時に数本弾けるのは世界中探してもきっとケイだけ。
俺もバトルアックスを持ち直す。
果たして俺の目がホーンベアの群れを捉えた…と、同時にケイが弓を放ち俺はその矢を追うように走った。
鉄の矢は風を切り木々の合間を縫って先頭にいたホーンベア数頭の額を容赦なく貫いた。
奴らは即死確実。
死体には目もくれず俺はバトルアックスを振り回す。
面白いようにホーンベアは切り…いや叩き潰されていく。
あっという間に周囲に鉄臭い匂いが立ち込める。
ホーンベアの流した血だ。
短時間で相当数潰したが、やはり群れの数が多い。
数で圧倒する奴らは最初こそ動揺し俺達に嬲り殺されるままになっていたが、時間が彼らを立ち直させ数にモノを言わせて押してくる。
「っち!」
ゆっくりと後退せざるを得無い状況に舌打ちをする。
思ったよりも数が多く、またホーンベアの数も削げていない。
何より群れのホーンベアなど初めて相手にしたがやはり無傷では済まなかったのも痛い。
時間が経てば経つほど食らう攻撃の手は増え深く傷つく。
視界の端でケイがホーンベアのツノによる一撃をモロに食らうのを捉えた。
「ケイ!」
「危ない!」
はっ!
俺が意識をホーンベアに向ければすぐ近くにいたやつのツノで肩を貫かれる!
「ぐっ!」
「レオン!」
ここ一番で深手を負ったがすぐにアイテムボックスをあけて回復薬を取り出し傷に注ぐ。
「こっちは大丈夫だ!」
「私も平気です!」
彼も同じように回復薬を傷口にぶっかけていた。
俺達が使っているのは一級品だが効きはよくない。
そういう体質だから仕方ないのだが、やはり困ったものだ。
回復しきれない分は体力でカバーだ。
俺達は再び立つが回復している間に群れは俺達を素通りして集落に到達してしまった!
俺達は慌てて群れの後方からホーンベアを叩き潰していく。
後ろは止まって俺達の餌食になるが先に進んじまった分…半分以上は集落を飲み込む勢いで雪崩れ込んだ…!
「ちきしょう!」
「我々もまだまだ未熟ということでしょうか!?」
弓を放ち、近くにいるホーンベアをスキルでいなしながらケイは言う。
「未熟じゃ、ダメなんだよ!」
未熟じゃ守るべきもんは何も守れねぇ。
弱い奴から死ぬ?
弱い奴だから群れから追い出されて当然?
ふざけんな!
「俺はまだ諦めない!」
ホーンベアの血かはたまた自身の流した血かはわからないが血で滑る柄を服の裾で拭って俺は歩みを止めずホーンベアを叩き潰していく。
俺達はどうなってもいい!
だが、集落にいる老人や子供達は助けなければ…!
声にならぬ叫びをあげた。
まるでその願いを聞き遂げたかのように。
集落に星が降り注いだ。