てめぇの尻はてめぇで拭え
「ほんとーーーーーーに!!たすかりましタァ!」
宿屋の食堂の机に両手をついて頭を深々下げるのは森で俺が助けたCランク冒険者パーティ『俺達最強』だ。
ってか恥ずかしいパーティ名だな。
俺はエールをずずっと啜りながら彼らを改めて見た。
パーティリーダーで前衛のジェシー(年上ぽかったからさん付けしてたけどもういいよな?)。
優しそうな雰囲気で背も高く男前。
女に貢がせて生活したほうがいい暮らしができそうな感じだ。
前衛兼遊撃、斥候のシャル。
一人三役とは恐れ入る。
美しい薔薇には棘があるの典型的な例といえよう。
そして、後衛、アッサム。
あだ名は筋肉決定レベルだと言うのに後衛。
その筋肉は見掛け倒しか!
しかも特技は補助魔法と治癒魔法との事。
攻撃魔法は使えないらしい。
万一の時は幻覚魔法で逃げる時間を稼ぐらしいがその手に持つ杖で殴った方が確実に相手を仕留められるような気がする。
まあ、本来ならこいつらとはとっととおさらばな筈だったのだが。
聞けばこいつらギャンブルで金を擦ってホーンベア討伐なんてトチ狂った事に乗り出したらしい。
話を聞いて俺は涙した。
他人事とは思えない!
悪質娼館に騙され身包み剥がされ簀巻きにされた直後というのもあって俺はこいつらに深く同情した。
そして、ここで会ったのも何かの縁ってことでホーンベアのツノを一本分けてやった。
一本あれば剥かれた分は充分買い戻せるし、僅かな路銀程度の小銭も残る。
うん、娼館に騙される前に戻れるんだ、無問題。
「ほんとーーーーーーに!助けて貰ったばかりでなく、ホーンベアのツノまで!!
神様と呼ばせてください!!」
「せめて!ここは僕達の奢りで!」
「ささ、とうぞ!お飲みください!」
アッサムがエールを注ぎ、俺はそれを煽る。
「まったく、お前ら調子いいよな!」
「俺達ノリで生きてますから!」
「根っからの根無し草野郎どもか!」
俺は笑い飛ばす。全く、俺と同じじゃねーか。
「それにしてもファリスさんはAランク冒険者だったんですね!憧れます!!」
シャルがキラキラした目で俺を見る。
うん、女顔だし、華奢だし、ほんとこれで女なら口説いてるレベルだ。
まあ、下にアレがついてる時点で酔った勢いでも絶対やらないが。
「まあな。」
俺はツマミを口に放り込みながら言う。
本当は世界にただ一人のSSランク冒険者だけど、それを証明するタグは金に困って速攻売りとばし、その後新たに冒険者登録をして四年でAランクになった。
大人しくしていたつもりだが、それでもAランク冒険者に四年は史上2番目の速さ、ソロなら文句なしで俺が一番に当たるらしいがそんなことは忘れた。どうでもいいし。
「俺達もファリスさんみたく強くなりたいっす!」
「どうすればなれますか!?」
「どうすれば…?」
俺は考える。
順当に言えば鍛錬を怠るなって事なんだが、俺は生まれてこのかた鍛錬なんてしたことねぇから言えねえし。
魔力過多という良くも悪くも働くスキルのおかげでここまで来た身だからな。
「バッカだな!きっと俺達を助けてくれたみたいに困っている人を助けているうちに強くなったんだよ!」
アッサムが言う。
いや、トラブルはしょっちゅう起こしているが逃げ足ばかりが速くなって強くはならないぞ。
「そっかあ!すげぇ!!」
納得顔のジェシー。
「それに困難な依頼を成功させていくのも腕磨きになっているに違いない…!」
アッサムが力強く言う。
特にそんな依頼を受けた覚えはないんだ。
だがな、根っからのトラブル体質なのか気付くと普通の依頼がAランク依頼に化けている事が多々あるんだ。
「Aランクってどんな依頼があるの!?」
「そうだな…ドラゴン討伐とか?」
ギルドで一般に公募される依頼は高くてBランクまで。
それ以上はギルドマスター経由で個別に依頼される。
あまりに危険な依頼故にランクの足りない冒険者が誤って依頼受注しないようにとの配慮なのだ。
『ドラゴン!!』
三人は同時に声を出す。
「憧れの…ドラゴン討伐!」
「くはー!やってみてぇ!」
「因みに何ドラゴンを…」
まさかそこまで食いつくとは思わなかったので若干俺は引く。
ドラゴン討伐って憧れるもんなのか?
確かにドラゴンの体は頭の先から尻尾の先までその全てが高値で売れる。
しかし、ドラゴン討伐にはそれなりの金もかかる。
収支計算すると時々赤字になったりもする。
言うほどいいもんじゃないからな。
「えっと…フレアドラゴン、ブラックドラゴン、ゴールデンドラゴン…」
「そ、そんなに!?」
いや、本当、多いとは思う。
でも、いく先々でAランクのタグを見せると頼まれるんだよ。
でさ、頼む人は大抵美人なお姉さんでさ。
わかってるんだ、それが罠だってことは。
だけど、美人なお姉さんの頼みごとだと、ついつい引き受けちゃうんだよなぁー。
「はあ…憧れる…!俺もドラゴン討伐してぇ。」
テーブルに顔を突っ伏してジェシーが言う。
「それには強くならないとな。」
「Cランクになるまで一年かかった俺達はAランク到達までどれくらい時間がかかりますかね?」
それを聞いて俺は目を見張る。
こいつら俺に劣らぬ馬鹿野郎だが、実力はあるみたいだ。
Cランク到達に一年は平均より大分早い。
死ななきゃ再来年にはBランク、Aランクには…
「5年…かな?」
こいつらが普通にやればそれくらいで到達できそうだ。
だが、馬鹿が高じて到達前に死にそうだが。
「5年!それまでに結婚してぇ!」
ジェシーが叫ぶ。
こいつは顔がいいからモテるかと思ったがモテないのか?
あ、そうか、バカだからモテないのか。
俺は心の中で仲間認定する。
親近感半端ない。
「予定もないくせにぃ!」
シャルがジェシーを揶揄う。
「俺はいつか魔王に捕まった美人なお姫様を助けて恋に落ちて結婚するんだ!」
「世の中そんなに甘くねぇ!」
だん!
俺は思わずエールが入ったジョッキをテーブルに叩きつけていた。
そう、甘くない。甘くないんだ、現実は!!!
「お、おい…どうした?」
アッサムが怪訝な顔をしているのを見て俺は我にかえる。
「あ、いや。ほら、魔王討伐した勇者と姫さんが結婚したって話を聞かないから現実は甘くないんじゃないかなぁーって….あはは…」
「あー、確かに。」
シャルが頷く。
「勇者の話も魔王討伐以降とんと聞かないし。
生きてるのかねぇ?」
「死んだとも聞かないし、魔王を倒した勇者がそこらへんでくたばるとも思えないし、生きてると僕は思うよ。」
うん、恥ずかしながら生きてます。
俺は視線を逸らしてエールを啜る。
「そ、そんな事より、ジェシーは5年以内に冒険者を引退する気か?」
「ええ!?しないっすよ!」
「だが、結婚したいんだろ?」
結婚したら根無し草な生活なんて出来るはずはない。
大抵の冒険者は結婚と同時に引退して結婚相手の仕事を手伝って生きていく。
「結婚しても冒険者は続けたい!」
ジェシーは高らかに言う。
「だってこいつらと旅すんのちょー楽しいし!」
「ったく。ジェシーの婚期の遅れは僕達のせいじゃないからね?」
「全くだ。」
シャルが唇を尖らして言えばアッサムが同意する。
「なんだよ!お前らだってそーだろー?」
ジェシーが両手で両隣にいるシャルとアッサムの肩を抱く。
「僕は違うもーん。」
「俺もだな。」
「な、なんだよー」
「僕はそもそも結婚したいなんて思ってないしー。
ずっと死ぬまで冒険者のつもりぃー」
「俺もだな。」
「お、お前ら…!」
感極まってジェシーが涙を滝のように流している。
あー、いいなぁ、仲間。
俺も昔はいたんだけどね。
「す、すんません、つい!」
「いや、楽しそうで何より。」
「そういえば、ファリスさんはずっとソロ?」
ジェシーが聞いてくる。
「いや。昔はいたぞ。」
「昔は?」
「…まあ、そんな事はどうでもいいじゃねぇか!
飲もうぜ!」
あいつらを思い出すと胸が柄にもなく苦しくなる。
未だに裏切られた爪痕が心の傷になって残っているのかもな。
俺達は何杯目か数えるのも馬鹿らしいくらい盃をあけた。
俺も大概うわばみで食うより飲む派だが、三人も負けてない。
シャルなんてそんなちっせー体してるくせにどこに消えてくんだってくらい飲んでいる。
盃を交わし、阿保な話をして過ごした。
たまにはこういうのもいいな!
俺がそう思い笑っていると。
「あ!見つけた!!」
「ん?」
俺は酔った顔で声の主の方を見た。
名前を呼ばれたわけではなかったが、声に聞き覚えがあったのだ。
俺を簀巻きにしてくれた街のギルドマスター。
「見つけましたよー、ファリスさぁん。」
ハゲ散らかした涙目でこっちに走り寄って来た。
「依頼です!緊急の依頼です!!」
「はあ?見てわかんねぇ?俺、めっちゃ酔っぱらいってるしぃ。」
「状態異常解除魔法かけてあげますから!」
言うが早いかあっという間に酔いが醒めてしまう。
うわ、つまんねぇー!
見ると三人も興ざめみたいな顔をして…なかった!
なんかキラキラした目でこっちを見てる!
「うわ!緊急依頼だって!」
「さすがAランク!ギルドの方から探して頭を下げてるう!」
ジェシーとシャルがこそこそ話していて、アッサムがじっと熱視線を送ってくる。
や、やめてくれ!路銀はあるんだ、めんどい依頼なんざぁ受けたくもねぇ!
「ホーンベアの群れがこの集落に向かってるんです!」
ピキ
俺達の表情はわかりやすく凍りついた。
そして、思わず三人を見る。
三人も俺を見ていた。
俺達の挙動不審な行動にもギルドマスターは気にせずなおも話を続ける。
「ホーンベアが繁殖期に入ったから森の出入を禁止していたのに、この集落の長が何をトチ狂ったか討伐依頼を出しちまったんだ。
ここらを根城にしている冒険者どもは周期的にヤバいと知ってるから受けなかったみたいだが、どこかのよそ者がギルドを経由せずに森に入っちまったみたいで…。
ホーンベアは完全に我を忘れて暴走状態!
とてもじゃねぇがC〜Bランクの冒険者じゃ太刀打ち出来ねぇ!!
助けてくれぇぇ!」
足元に縋り付いてくる。
これが美人のネェちゃんならキメ顔でもう大丈夫ですぐらい言うんだけどなぁ。
俺達が悪いのは重々承知だが、ハゲたおっさんの頼みごとだと食指が動かない。
ってか、これ俺達がそのよそ者とバレるのも時間の問題じゃね?
これ今のうちに逃げた方がいい系だ!
俺は適当にあしらおうとして…
「あと数十分もすれば西側からホーンベアがこの集落に進入してくるんですよぉぉ!」
「あ。」
その方角、俺を助けてくれた農夫の家がある。
まだ借りた服も返してねぇや。
わかってる、逃げた方がいいって事は。
でもでっけぇ借りがある相手がピンチで助ける力があるなら助けなきゃ明日の酒が不味いってもんだ。
俺はため息をついた。
「言っとくけど、討伐中の森林破壊に関しては責任持たねぇからな?」
「!!!!」
鼻水ダラダラ流したおっさんがぱぁぁあとわかりやすく顔を輝かせる。
「あ、ありがとうございます!」
ギルドマスターはさあ、早くと俺を急き立てる。
「じゃあ、お前らまたな!」
短い時間だったが楽しかったぜ。
俺は別れの挨拶をしてギルドマスターの後に続こうと席を立つ。
「待って待って!」
ジェシーが慌てて声をかけてきたので振り返る。
「俺達も行く!」
「いや…」
行っても危ないだけだよ?
「だって…」
「なあ?」
三人が顔を見合わせてこちらをチラ見する。
あ、気にしてんのか。
だったら本当、平気なんだけど。
こいつらの心情もわかるしなぁ。
「貴方方は俺達最強さんですね?」
ギルドマスターが話に入ってくる。
「失礼ですがこの話はCランクの冒険者がいては足手まといにしかなりません。
面白半分でこられては困ります。」
さっきまでの泣き顔はどこへやら管理職らしいきりっとした顔で言う。
「わかってます!ですが!!」
『Aランク冒険者の戦い様をみてみたぁい!』
三人は見事にはもって言ってくる。
そんなファリスのイッキがみてみたぁいみたいに言わないでくれ!!
「危ないのは重々承知!」
「ちゃんと離れて見てますって!」
「それに万一ファリスさんが依頼を受けなかった事を見越して町中の冒険者を集めてるんでしょ?」
「うっ!」
三人の唾を飛ばして言い募る様子にドン引きしているギルドマスター。
「わ、わかった!ただし!他の冒険者達と同様離れているように!」
『はい!』
「それと万一に備えて近隣の住人の避難に手を貸してくれ!」
「わっかりましたぁ!」
こいつらこの状況が自分達のせいだとわかってるはずなのにちっとも悪びれず寧ろ楽しんでやがる!
俺もそうだがこいつらも大概狂ってやがる!
俺は自然と口元を笑みの形に歪めた。
「よし、行くぞ」
『おう!!!』
三人は同時に頷き俺達は走ったのだった。