保育園で遊びましょう〜おままごと編〜
眠くなったのでわしは電話をきった。
それと同時に勇者の手元に送ったスマートフォンをわしの手元に呼び寄せる。
スマートフォンを送ると決めた時点でスマートフォンの召喚方法も編み出し済なのは勿論充電の問題があったからじゃ。
勇者とはせいぜい30分程度しか話さないからスマートフォンといえども一週間くらいは電池が持つ計算だったが今日は元々勇者の手元にスマートフォンがなかったようで一度スマートフォンを召喚、再送還という不要な一手も使い更には予定外のアプリのダウンロードに使用と随分電池を使ってしまったので一度手元に呼び寄せて充電することにしたのじゃ。
簡単に召喚、送還、アプリのダウンロードと言っているがちっとも簡単ではない。
これが出来る最低限にして唯一の条件はスマートフォンに電池があることだ。
充電してくださいの状態だと何も出来ない。
召喚、送還、アプリのダウンロードに使用している魔力はスマートフォンから得ているからだ。
そしてまだ実験段階な為異世界を渡れるスマートフォンはこれ一台きり。
作るのに一年かかったこの品をもう一度作るのは例え設計図があると言っても容易ではないし、一番の問題であるスマートフォン自体の入手そのものが年齢的にわしには困難だ。
一応スマートフォンには電池管理のアプリを予め入れてわしのパソコンで管理をしているが…今日みたいな不測の事態には気をつけなくてはならないな。
…ふわぁ
わしは欠伸をする。
難しいことを考えるとどうにも眠くなる。
今夜は話せなかったが代わりに実験ができてしかも成功した。
正直成功の芽は無いに等しかったのだが実にめでたい。
わしは満足な気分で床についたのだった。
そして朝からわしは保育園にいる。
あのゆーかいとかいう事件後朱雀様と稔の距離が縮まった。
どうやら1日かけて仕入れた情報によるとあの事件前の二人は不倶戴天の天敵同士だったようなのじゃ。
お互い顔を合わせれば口汚く罵る間柄。
そんな二人がにこやか…とはお世辞にも言えないが互いに明後日を向きつつも挨拶をした昨日は園全体に激震が走った。
更には稔が『昨日はごめん』と謝ったのだ。
これには互いの取り巻き達が真っ青になっていた。
そして今日。
「おはよう…ですわ」
「はん!おはようって言ってやるよ」
昨日同様笑えるような挨拶を二人は交わしていた。
お互い明後日の方向だけを向いていた昨日と違い今日は互いにチラチラ見ている。
「す、すざくさまぁ、そんな奴と挨拶することなんてないですよぉ」
趣味の悪いピンクのフリフリワンピースを着た男の子のように短い髪をしている女の子…マリーちゃんがブリブリしながら言う。
「そうよ!それよりもこっちでおままごとしましょ!」
お団子頭の加奈ちゃんが朱雀様を誘う。
「そ、そうね!まやちゃん、一緒に遊ぼう!」
「はい、では準備を整えます。」
わしは迷わずおもちゃ箱からおままごとセットを出して広げる。
「すざくさまが、おかあさん役、マリーがおねえさん役、加奈ちゃんが赤ちゃん役、まやちゃんはペットの犬ね?」
「はい」
わしは犬役を与えられた!
昨日は隣の家の人であり、役に見事なりきった。
その頑張りが認められたのであろう、今日は朱雀家の一員に加えて貰えた!
「なんで加奈が赤ちゃんなの?加奈がおねえさん
やりたい!」
「だって加奈ちゃんの方が背が低いんだもん。」
確かに二人は比べれば小指の先ぶんマリーちゃんの方が背が高い。
だが背の順で役を決めるならば、赤ちゃん役は朱雀様になる。
二人はいがみあっている。
それを見た朱雀様がため息をついて仲裁に入る。
「二人ともやめなさい、じゃんけんで決めればいいでしょ?」
「そ、そうですね。」
「すざくさまがそう言うのならぁ。」
二人は渋々言った。
「じゃあじゃんけんしましょ?ほら、まやちゃんも!!
『え?』
マリーちゃんと加奈ちゃんが同時に驚いたような声を出した。
「朱雀様、私の役はすでに決まっております。」
「昨日も思ったけど役決めが公平じゃないわ。」
「公平ではない?」
わしは首を捻る。
はて、そうだろうか。
昨日の役はおままごと人生初のわしにとって実にやりやすい役であった。
マリーちゃんが言い出した役であったが、まさにわしの為に誂えたような素晴らしい役だったと思っていたのじゃが。
「全然私達と絡めない役じゃつまらないでしょ。」
「そうでもなかったのですが?」
「そして、今日は犬って!普段そんな役ないのに!」
「なんと!?」
わしは驚きマリーちゃんを見る。
マリーちゃんはびくっとする。
わしはマリーちゃんの元につかつかと近寄り彼女の両手をぐっと握った!
「なんと素晴らしい!」
『え?』
及び腰なマリーちゃんと朱雀様が今度は同時に声を出した。
「おままごと初心者のわしの為にわざわざ出番の少ない見学可能な役を用意してくださっていたとは!
さすがは朱雀様の側近!感服致しました!」
「え、ええ…っと…?」
視線を彷徨わせているが、そんなとぼけた行動も、実に愛らしい!
朱雀様の側近として押しかけ同然に入った新人であるわしを虐めることなく、それどころか優しくフォローしてくださるとは!
魔王やってた時のわしの側近どもに彼女の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ!
…もう、死んでるけどな!
「と、とにかく、役は公平にじゃんけんで決めるわよ。
勝った順ににおかあさん、おねえさん、赤ちゃん、犬の役ね。」
『はい!』
わしら側近は朱雀様の決めた事には逆らわない。
故に力強く頷いた。
そしてじゃんけんをした結果。
わし→おかあさん
加奈ちゃん→おかあさん
マリーちゃん→赤ちゃん
朱雀様→犬
と、なった。
まさかわしが主人公とは!
身に余る光栄に体が震える。
一方側近の先輩二人は無言。
そして朱雀様は地面に四つん這いになっていた。
側近二人はなにやら目で会話をしているがわしはまだその域に達せられるほど親しくしていないので、何を話しているのかさっぱりだ。
じゃが、とりあえず朱雀様の希望通り役が決まったのだからおままごとを始めるべきだ。
わしは鍋をかき混ぜる仕草をする。
「お姉ちゃん、赤ちゃん、ケルベロス、ご飯よ。」
『ケルベロス!?』
三人が同時に声をあげる。
「犬の名前です。」
わからなかったのかのぅ?
魔界では犬につける名前ベストテン、100年連続一位の人気を誇るのじゃが。
「そ。そう…」
朱雀様が返事をする。
わしは食器を並べて三人をもてなす。
「き、今日のご飯は何かなぁ?」
加奈ちゃんが聞いてくる。
「ハンバーグですよー。」
「わあ、美味しそうだばぶぅ!」
なるほど赤ちゃん役とは語尾にばぶぅをつけるのじゃな。
わしは学習する。
「今日はミノタウルスとオークの肉が安売りしていたから張り切って作ったの!」
「これなんの肉なのかなぁ!?」
マリーちゃんが悲鳴じみた声をあげる。
ん?スーパーにも売ってる牛と豚ってミノタウルスとオークの事ではないのかの?
そう聞こうと口を開いた瞬間
「おい!」
不意に稔の声が聞こえた。
「な。なによ!」
朱雀様がすぐさま四つん這いをやめて立ち上がる。
「お、お前らな、何やってんだよお!?」
「な、何って、お、おままごとよ!」
「そ、それなら…な、仲間になってやっても…い、いいぞ!」
互いに視線を外して言い合っている。
「な、なんですってぇ!?あ、あんたいつもの連中はどうしたのよ!」
「つ、連れてくるつもりだったが、い、嫌がられたからお、置いてきた!」
確かに彼の側近は少し離れたところでこちらを伺っている。
朱雀様もそれに気づいた。
「そ、そう、なら仲間に、い、いれてあげてもよ、よくってよ!?」
「え!?」
「こんな奴を!?」
側近二人は不服そうだ。
そんな二人とわしを朱雀様は集める。
「落ち着いて、これは罰ゲームなのよ。」
『罰ゲーム?』
わしら三人が同時に言う。
「きっとあいつら三人で何か賭けでもして負けた稔君が私達に声かけという罰ゲームをうけてるのよ。」
「なるほど!」
加奈ちゃんが納得する。
「そうでも、なければあいつが私達と遊ぶなんてありえないものね!」
加奈ちゃんが続ける。
「じゃあ、遊んであげなくちゃあね?」
にっこりとマリーちゃんは言う。
「じゃあ、遊ぼう。」
「お、おままごとってな、何すんだ!?」
「や、やったことな、ないの!?」
「ね、ねぇよ!そんな女子供の遊び!」
「ならば昨日の私同様隣の人役を与えるべきでは?」
出番が少ないので初心者向きだ。
だが、加奈ちゃんがこそっとわしに耳打ちする。
「だめよ。それじゃあ、罰ゲームにならないわ。」
成る程、そこまで考えて配役しなくてはならぬのか。
「では如何する?」
「もう一度稔君を加えてじゃんけんするの。
で、私達はぐーを出す。朱雀様にはパーを出して貰う。」
「?」
「朱雀様には勝って頂きおかあさん役をやって頂く。」
「わしでは役者が足りなかったようだ。
すまぬ、もっと精進する。」
「それは置いておくとして、で、朱雀様が一抜けしたのち、今度は稔君を負けさせる為に私達はグーを出す。稔君にはチョキを出すように言う。」
これで一人負けの稔が犬役決定。
初心者でも対応可能な役をさりげなく稔に与えるとはさすがだ。
「なるほど、承知した。」
簡単な話だ。
任せよ。
「じ、じゃあ、や、役決めのじゃ、じゃんけんするわよ!」
「お、おう!」
ガッチガチに硬い二人。
大丈夫かのう?
わしはハラハラしながらじゃんけんに加わった。
『じゃーんけーんぽーん』
わしら側近三人は予定通りグーを出した。
朱雀様も予定通りパーを出した。
わしらのグーを見て凄く驚いた顔をしていたのが気になるが、ここまでは予定通り。
しかし、稔もパーを出して予定が狂った。
これ、打ち合わせ通りに動かんかい!
「あ。」
加奈ちゃんが声を出した。
「稔君に伝え忘れた。」
…ってお主のせいか!
きっちり仕事せんかい!
しかし、もう一度というわけにはいかずパー勝ち二人によるおかあさん役争奪戦へと移る。
しかし、先程わしはおかあさんをやってみて初心者には中々にきつい役所と知ってしまった。
稔にはサポートが必要じゃ。
「のう、二人が勝ったのだから二人でおかあさんをやればよいのでは?」
わしは提案する。
「いやいや、おかあさんは一人でしょ?」
「そうなのか?」
わしは首をかしげる。
「いや、だってまやちゃんちのおかあさんは一人でしょ?」
「確かに一人じゃがうちがそうだからといって他の家がそうとは限るまい?」
わしの言葉に朱雀様と稔ははっとして互いを見てすぐに目を逸らした。
魔物や魔族は一人の『子供』に対して複数の『母親』がいるのが当たり前。
特に魔族は子供を孕みにくいから一人の『母親』に複数の『子供』がいる事の方が珍しく、兄弟姉妹を当たり前に持つ人間の家族単位の方がわしには驚きなのだ。
しかし、兄弟姉妹を魔族は絶対に持たないわけではない。
かなり珍しい話ではあるが千年魔王をやっている間に一度見たことがあった。
と、いうことは人間だって物凄く珍しいかもしれないが『母親』を複数持つ『子供』がいるのではと思っての提案だったのだが。
どうやらこの感じ…。
側近二人にはそんな発想すら思いつかないほど珍奇な話だったようだが、朱雀様と稔はその珍奇な例に該当するようだ。
「いやいや、おかあさん二人はおかしいよ。」
「変だよ!」
側近二人は言い募る。
「よいではないか、何か問題でも?」
「てかさ。」
ここで初心者稔が話に入ってきた。
「普通に俺おとうさん役でよくね?」
『あ。』
わしら四人は漸くその事実に気づいたのだった。