逃げろぉぉぉ!
いやあ、ラッキー。
長期戦も覚悟していたから本当、一安心。
しかも見た所冒険者らしきパーティを助ける結果になった。
救助って謝礼貰える可能性が高いからウハウハだね!
で、彼らにアイテムボックスの所持を聞いたところ首を横に振られてしまった。
「ん?お前ら冒険者だよな?なら持ってないか?」
「いや…実は俺達ランクCで…」
藤色の髪の優男風の青年がごにょごにょ言う。
って、ランクCでホーンベア討伐って無謀だろ。
実際俺と会わなきゃ死んでたんじゃね?
あー、だからアイテムボックス持ってないのかぁ。
俺は合点がいった。
アイテムボックスってぇのは、空間拡張魔法と時間魔法が組み合わさってかかっている箱と言う名の鞄だ。
冒険者は討伐依頼で大物を仕留めたり旅の必需品を安売りしている時に買いだめしたりと何かと荷物が増えがちだ。
そんな時にアイテムボックスがあるとまじ便利。
見た目は小ぶりの鞄なのに中はちょっとした倉庫並みに物がはいる。
ただし、基本アイテムボックスは冒険者ギルドからの貸与品だ。
買うことも出来るが、豪邸一軒よりなお高い値段でまず手が出ない。
ホーンベア討伐依頼こなすレベルの冒険者なら貸与許可も降りてるに違いないと思ったからこいつらにホーンベアを運んで貰おうと思ったんだが…
ん?俺?
勇者時代は自分専用の持ってたよ。
だけど、勇者廃業したらあっという間に金に困って真っ先に売っちまったぁ!
ギルドの貸与品として持ってないのかって?
しょっちゅうなくすから俺許可降りないんだよね。
でもこいつら蓋を開けてみれば俺と同じくギルドを経由しないでの討伐中だったみたいだ。
Cランクじゃアイテムボックスの貸与許可は降りないから当然こいつらはアイテムボックスを所持してない。
仕方ない、じゃあこの場で素材を剥ぎ取るか。
アイテムボックスがあればツノ以外の部位も持ち運べたから売りに行けたのになぁ。
毛皮とかいい値段つくんだけど…仕方ねぇか。
俺はウィンドーカッターでホーンベアのツノを根本からスパッと地面ごと抉り切る。
大物二頭分一丁上がり!
「悪いがこのツノは俺が貰うぞ?」
「あ、ああ、構わないが…」
「ん?」
「まだ子熊がいるはずなんだ…」
「…は?」
俺はツノを持って間抜けな声を出した。
子熊がいる?
じゃあ、こいつら親熊?
「….おい。」
「な、なんだ?」
「逃げるぞ!」
「え!?」
優男が眉をひそめる。
俺は構わずツノを両手に持ったまま走ろうとして、木の根につまづく。
しまった、暗すぎて足元が見えねぇ。
「おい、大丈夫か?」
「ああ。」
「なあ、あんたなら子熊くらい余裕だろ?
何から逃げるんだ?」
そうか、こいつらCランクだから知らないのか。
「ホーンベアは基本単独行動する。
しかし、繁殖期に限り群れで行動する。」
「…?」
「群れの単位は親熊子熊の数頭じゃねぇぞ?」
「…は?」
漸くこいつら俺の言いたい事に気づいたらしい。
「俺は子熊を見ていない。てことは群れに戻ったんだろう。
そしてホーンベアの気性は荒い。特に繁殖期は最悪だな。
今頃、子熊を傷つけた奴を八つ裂きにしたくてウロウロしてるだろうよ。」
実際はウロウロじゃなくてまっすぐこっちに向かっている事だろう。
なにせ親熊二頭血まみれにしちまったんだ。
匂いで俺達の居場所はもろわかり、すぐにここから離れる必要がある。
「ち、ちなみに群れの数って…」
森が揺れた。
全員そっちを見る。
闇に浮かぶ小さな赤い光。光。光…。
「あ、あ…」
どうやらこいつらこの光がホーンベアの目だって気づいたようだ。
まさに無数の目の光。
暗い森が明るくなった。
俺はツノを懐に仕舞う。
「明かりよ!」
俺は足元を照らす明かりの球を生み出すと同時に走り出した!
助けた冒険者も迷いなくついてくる。
森全体に響きわたるんじゃねぇかってくらいでかい唸り声がすぐ後ろから聞こえた!
「うわぁぁぁぁ!」
随分華奢な少年が半泣きで俺に並走する。
「なんだあれ!おかしいだろぅぅう!」
「あんなんBランクでも勝てる気しねぇ!」
筋肉ダルマな男も俺に並走する。
「全力退避ぃぃい!」
優男が俺のすぐ後ろに並ぶように走る。
俺、結構早く走ってるんだけど追いつくとはすげぇ。
逃げ慣れているか、腕が立つかのどちらかだ。
「なんとかならないんですかぁぁ!」
少年が聞いてくるが、どうにもならん!
だって10や20じゃないんだぞ?
あれ、軽く見積もっても100はいるぞ?
大規模破壊魔法を使ってもいいなら勝てるが、この森ごと消滅しちまう。
すると、その後が面倒だ。
…主に森の賠償が。
「とにかく走れ!」
「らじゃぁあ!」
しかし、追いつくのも時間の問題だ。
賠償か!?それとも命か!?
選ぶなら勿論命だが一文無しの俺に金は払えねぇ!
だが、この土壇場で場違いな音楽が突然鳴り響く。
『!?』
俺達はびくっとする。
だが、俺とこいつらではびくつく理由が違う。
こいつらは単純に聞き慣れない音楽がどこからともなくなったことにびびったんだろう。
しかしだ、俺は違う。
俺はズボンのポケットに手を突っ込んだ。
走りながらだから多少手間取る。
なれ親しみたくない冷たい箱が手のひらに吸い付いてきた。
ポケットから引きずり出してみたらやはり、スマなんとかだ!
なんで!!
なんで!奪われたはずのスマなんとかがここにある!?
おかしいだろぅぅう!
「ねえ、それ何!?」
後ろから優男が声をかけるが無視!
答えている余裕はねぇ。
俺は通話ボタンなるものを押して耳にその箱を押し当てる。
「もしもし!?」
「もしもしー。勇者?」
俺達とは全然違うテンションの声がする。
「悪い!今立て込んだんだ!後にしてくれ!」
「えー?何それ?つまんないぞー。」
「こっちはそれどころじゃねぇぇぇ!」
絶叫した。
こっちは賠償か命かの瀬戸際だぞ、おい!
「んー?なんか走ってる?どうしたのかの?」
こっちの状況丸無視して魔王が話を続ける。
「どうしたもこうしたもホーンベアの群れに追いかけ回されてんだよ!」
「え?バカなの?今繁殖期でしょ?」
「そんな事くらい知ってるわぁぁ!」
「てか、なんでまた?お主まだ冒険者を生業として生きておるのか?」
不思議そうに魔王は言う。
そうか、こいつは俺が贅沢三昧していると思っていたから不思議なんだな。
ホーンベアに追いかけ回されるってこいつの思い描くその後の勇者像からかけ離れ過ぎてるもんな。
「はっ!」
通信魔法の向こう側で何か閃いた!と言わんばかりの声がする。
「そうか…わかったぞ!」
魔王は震える声で言う。
「勇者よ、そなたは未だそなたの手助けが必要なものたちに力を貸すべく世界を回っておるのだな!?」
違う。
「なんと素晴らしい心がけ!
さすがは勇者!人間の鑑!わしもそなたを見習うべきだな!」
どうしよう、すごい勘違いしてる!
まあ、どうしようもないな。
それに今は本当にそれどころじゃないしな!
助けた冒険者達がチラチラこっちを見ているが頼む、見ないでくれ!
言いたい事はわかるから!
「と、とにかく!こっちはマジ忙しいから切るぞ!」
「何を言っとる、お主ならホーンベアの群れの一つや二つ大した敵ではあるまい?」
「確かにな!」
その後の言葉を紡ごうとして…
「うわぁ!」
『!?』
『ジェシー!』
優男のジェシーさんとか言う人がつまづいてしまった。
あっという間に追いつかれて食われようとする!
「っち!」
俺は電話片手に踵を返して勇者スキル限界突破を使いいっきに加速、熊とジェシーさんの間に身を滑りこませる。
「せいやぁ!」
掛け声一発全力で蹴りを熊の腹に叩き込んでやる!
「ぐほぁ!」
熊は泡を吹いて倒れこむ。
「嘘や!」
ジェシーさんが何やら突っ込むが無視!
「ほら、行くぞ!」
「あ、ああ!」
俺はジェシーさんを立たせて再び走り出した!
「お主以外にも人がいるのかの?」
魔王の声が耳元でする。
「ああ!ってだから、こっちは忙しいんだ、また明日な!」
「なるほど!真の姿は隠すというやつだな!?」
「はあん!?」
何言い出したこいつ!
「普段はただのしがない冒険者、しかしその正体は悪を挫き正義を助ける勇者!
くくぅ!かっこいいのぅ!!」
断じて違う!
今の俺じゃ恥ずかしくて勇者って名乗れないだけだし、賠償金が支払えないから大規模攻撃魔法の使用を躊躇ってるだけだ!
「ならば、一度身を引きその横にいるもの達を安全な場所に連れていく必要があるの?」
「ああそうだな!」
そろそろ切れていいかな?
「そうだの、無難に飛行魔法は?」
「俺は魔力操作が苦手なんだ!」
だから自分だけならともかくこいつらごとは無理!
「ふむ?ならばその魔力操作はわしがやろう。」
そう事もなげに魔王は言った。