第3話:毒舌お嬢とゴミ人間
机の上に突っ伏す。
遅刻はしなかったが、朝のホームルームが終わっただけなのに既に体力ゲージは最低ライン。
例えるなら“しびれごな”をかけられた後、“みねうち”を喰らいまくったような感じだ。分からない人がいたら、ごめんな。
「義裕。いい加減、蘇りなさい」
前の席から真桜が話しかけてくるけど、無理です。世界樹の葉が必要なのです。不死鳥の尾でも可。
そんな感じでしばらく死んでいると、
「あらあら、こんな所にゴミがありますわ」
唐突に、そんな声が降ってきた。
「あら。おはよう、一姫。今日は遅かったのね」
「ごきげんよう、真桜。ええ、少し野暮用がありまして……。ところで、このゴミは何ですの?」
「まあ色々あって、資源ごみ……いえ、産業廃棄物と化したのよ」
ゴミ扱いされているが、今の俺には怒鳴る気力もない。
ふははははは、リアクションを期待してる奴らにはキツかろう。
「ま、蘇生の呪文は用意してるけど」
「あら、どんな言葉ですの?」
ザオ○ルか? ザ○リクか? それともリバ○ブ? またはリ○ーム? レ○ズ?
何にしても、この俺を蘇らせるには並大抵の呪文では――
「――お前の財布は預かった」
「まてえぇぇぇぇい!」
財布だと! 俺の、全財産を、お前は、奪ったと言うかっ!
バッ、っと首を上げ、視線を動かす。すると真桜の手の中に俺のがま口財布が!
「かえせえぇぇぇぇぇぇっ!」
俺の全財産、4452円をぉぉぉぉぉ!
怨嗟の声を上げながら伸ばす手が今、がま口に届き――
「いきなり女性に襲い掛かるとは何事ですか、この不埒者!」
「ぶっ!?」
顔面を思いっきり何かで叩かれた。
「女性は慈しむものですの。襲い掛かるなど言語道断ですわ」
真桜じゃない。攻撃してきたのは、その傍らのもう一人の小さいの。
その右手には扇子が握られていた。凶器はあれか!
「襲い掛かってねぇ! 盗人から財布を取り戻そうとしただけだ!」
「財布はちゃんと戻ってきますわ。ですけど、貴方の手で穢されたものは――二度と戻ってきませんの」
「俺はどんだけの汚染物質なんじゃあ!」
酷い。酷すぎるよ、俺の扱い……。
顔をうつむかせてダウナーモード。効果音をつけるなら『ずーん』。
カラー漫画なら背景は青と黒で、辺りには人魂が飛んでいるだろう。
「落ち込まないでよ。ほら、財布返すから」
「おおっ、真桜……ありがとう。返ってくるんだね、4452円」
落ち込む俺を見かねたのか、真桜が嬉しいことを言ってくれる。
真桜が優しいなんてウソみたいだよ。
喜び勇んでがま口を受け取り――
「……中身がないっ!」
うん、やっぱり。真桜が優しいとか、ウソでした。
「俺の二千円札1枚と千円札1枚と五百円玉1枚と百円玉5枚と五十円玉1枚と十円玉22枚と五円玉2枚と、一円玉12枚は何処じゃあぁぁぁぁぁっ!」
「細かいわね」
「まるで貧乏人ですわよ?」
俺は貧乏人だよ! 悪いか、ボケェ!
「でも今言った金額合計すると4292円になるんだけど」
「素で間違えましたわね」
俺は算数苦手だよ! 悪いか、バカァ! 俺の大バカァ!
すったもんだの末、中身を返してもらいました。
ヤッター! ……いや、本来当たり前なんだけどさ。
「さて――ゴミ人間ヨシヒロ、ごきげんよう」
「何でそんな毒満載なの!?」
どこぞの妖○人間みたいなフレーズはないでしょ!
てか、ゴミ人間ってけっこう傷つくよ。
「一姫が毒舌なのはいつものことでしょ?」
「ええまったく、その通りですわ」
「…………」
先程から毒満載で馬鹿丁寧な喋り方をする女子、名を夜帳 一姫と言う。
真桜の親友とも言える貴重な人物で、けっこうなレベルの金持ち、つまりリッチ、あるいはブルジョワ、またの名をセレブ。
切り揃えられたセミロングの黒髪が美しい和風お嬢様だ。
まあ、さすがは真桜の親友というか、欠点は真桜と同じく性格と身長(141センチ)である。
逆を言えば、それくらいしか欠点という欠点がない。基本的に品行方正、才色兼備と言える(いや“色”は微妙か。美少女ではあるが)ので教職員だけでなく、他の生徒からの受けも良い。
むしろ欠点を逆に利用して、親しみやすさを出している感がある。
まあ、いぢめられる方からしてみるとイヤなだけなんだが……。
「……慣れって怖いね」
幼い頃から真桜にいぢめられ続けた俺は、そんじょそこらの精神攻撃は効かないのだ。
とは言っても、一姫の毒は『そんじょそこら』レベルを軽く超えるけど。
「何か言ったかしら?」
「いや、何も」
真桜の問い掛けを適当にはぐらかす。
馬鹿正直に答えたりしたら多分、目の前の二人が同時攻撃してくる。
そんなことになったら考えるまでもなく、普通に死ねる。
「と、ところで野暮用って何だったんだ?」
追求されても困るので、強引に話を変える。
話を振られた一姫は嫌そうな顔をして、しかし何故だか口元は笑いながら、
「乙女の会話を盗み聞きとは、とんだ変態ですのね」
「なあ!?」
何故そうなる! 盗み聞き、って俺の真ん前で会話してたでしょ、お前ら! 周りの人みんな聞いとるわ!
「俺いたから! フツーにここにいたから!」
「何をおっしゃっていますの? わたくしが真桜と話しているとき、貴方は影も形もありませんでしたわ。……似たような形のゴミは落ちてましたが」
くっ、そう来たか……。あくまでゴミはゴミ、ゴミ人間はゴミ人間と分類する訳か!
つーか、そろそろ人間として認めてほしい。
しかし、これと言い出した一姫を論破するのは不可能だ。ぶっちゃけ俺の頭脳じゃ一姫の頭脳に叶わない。そう、それは例えるならチンパンジーと物理学者が早押しクイズをやるような物だ。
非常に不安だが、ここはマイ幼馴染・真桜にヘルプを求めよう。真桜ならば、俺がゴミであり、ゴミ人間であり、さらに人間であることを必ずや証明してくれるだろう。
……何故だろう、我ながらとっても不毛なことをしてる気がする。
まあいい。そうと決まればさっそく真桜にアイコンタクト。
へ・る・ぷ・み・い!
「…………」
真桜は理解したのか、コクリと頷いてくれた。さすがは幼馴染。よっし、これで人間になれる。
「一姫」
「なんですの?」
「この義裕はさっきのゴミなの。つまり――義裕はゴミだったのよ」
「それちょっと違あぁぁぁう!」
真桜さん真桜さん、証明の仕方が間違ってる……ってか、証明するものが間違ってるよ!
ゴミと思ってた物が義裕という人間であったことを証明してくれればいいのに、何で義裕という人間がゴミであることを宣言してくれますか!
「なるほど……ゴミ人間だと思ってましたがゴミでしたか。それならば、わたくしたちの会話を聞いていても不思議ではありませんわね」
「お願い! 納得しないで!」
何か普通に納得しちゃってるよ一姫さん。反論してよ一姫さん。
「あんたは一体どうしたいのよ……」
真桜が呆れ顔で訊いてくる。
くっ、そもそもお前がアイコンタクトを正確に受け取ってくれればこんなことには……!
俺は、おれは――
「人間になりたいんだあああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「見苦しいからもう一度死んできなさい」
次の瞬間、頭頂部に衝撃。次いで視界がブラックアウト。
痛みを感じるまでもなく、そして意識がフェードアウト。
意識が途切れる寸前、「あらあら、無様ですわね」という声が聞こえたような気がした。南無三!
そんな訳で毒舌お嬢様、一姫登場の巻。
義裕は周りからイジめられたりイジられたりしますが、別に嫌われている訳ではありません。
むしろある種の好意を持たれているからこそイジめられたりする訳です。
……かと言って義裕が誰かに恋愛フラグを立てられるかと言えば×。
この物語は学園コメディであって学園ラブコメではないからです(笑
ラブコメシチュエーションなのにどこまでもコメディ……。さしずめ“ラブのないラブコメ”ですね。
主人公にとっては生殺し状態でしょうが。