第2話:母と魔王と登校風景
「おはよう母さん」
朝食食べたら遅刻を宣告された俺は、真桜と共に一階のリビングへ。
そこには当たり前のようにマイマザーがいた……仕事は?
ちなみに我が東雲家は築30年、3LDKの一戸建て。
現代建築ではなかなか見られない、ギシギシいう階段が付いたステキな住宅だ。
そして母さんは働きウーマンである。つまり平日の、月曜日の朝っぱらからリビングでTV――朝の連続テレビ小説を見てるのはおかしい訳で。
「お。ヒロくん、やっと起きたねー。真桜ちゃん、どうもありがとねー」
「いえ、いつものことですから。お気になさらず」
真桜がなにやら偉そうなことを言う。
いつも世話になった覚えはない。せいぜい1週間に4日くらいだ。
あ、ヒロくんというのは俺のことだ。義裕の祐から転じてヒロくん。
ヨシくんじゃないのは父さんの名前にも義の字が入るからだ。
「そんな謙遜しちゃってー。いいわねー、いっそウチの子にならない?」
「私は今の家が好きなので、お断りさせていただきます」
「そっかー、残念。ヒロくんのお嫁さんになってくれてもいいのよ?」
「全身全霊をもって断る」
丁寧語かなぐり捨てたよ。そんなに嫌か、俺の嫁。
「そうよねー。人生をドブに捨てるような物だもんねー」
「あんたはそんなに息子が嫌いなのか、マイマザァァァァァ!」
少しはフォローしてくれよ、そこは!
「そうね。確かに今のは言いすぎです、紗百合さん」
おおっ!? まさかまさかの真桜さんがフォローを? これは嬉しい――
「ドブではなく、ヘドロの浮いた汚らしい海です」
「おい」
「それもそうねー」
「あんたら、そこまで俺が嫌いか!」
フォローどころか追い討ちだよ。俺が何をしたというのだ?
「「寝坊」」
「ハモんなあぁぁぁぁ!」
そして心を読むな!
もうある種イジメだよ。DVだよ。ドラマティック・ヴァイオレンスだよ。
「ま、それはともかくー」
流された!
「ヒロくんも真桜ちゃんも遅刻しちゃうよー? もう次回予告だもの」
「え?」
言われてTVを見てみれば。おおっ、確かに次回予告。明日は見所満載だなー……じゃなくて!
「もう、8時半!?」
「何をいまさら言ってるのかしら」
「ボケボケ息子でホントごめんねー」
なんか色々バカにされている気がするが、この際無視!
「何故だ! 目覚ましが鳴ってから、まだそこまでの時は経っていないハズなのに……!」
お、俺の体内時計が狂ったというのか? それとも、世界か? この世界が狂ったのか!?
「そうね。目覚ましが鳴ってから、まだ30分も経ってないわ」
ほっ、よかった。どちらも正常なようだ……って、あれ?
「く、狂っていたのは目覚まし時計か!」
「いえ、あなたの頭よ」
うわ、ひでぇ。
「ヒロくん、休日のときのまま8時に鳴るようにセットしてたんでしょー?」
「おまけに起きてから、まともに時計を見てないようね」
「オウ、ノー! アイ・ディドゥ・イット・アゲイン!」
「…………」
「…………」
うわ、空気が重くなった。二人とも無言だよ。
「...Go to hell」
「ごめんなさい」
真桜、怖いよ。ボソっと言わないでよ。
「……ともかく、行くわよ」
「了解です」
素直に従っておく、俺は死ぬつもりはない。
「いってらっしゃーい」
母さんの暢気な声が後ろから響いた。
……だから仕事はどうしたの?
俺たちが通う、私立宮水沢学園は東雲家から徒歩30分、ステルスで3秒くらいの場所にある。
中学から大学までのエスカレーター式で、敷地自体もかなり広い。ちなみに俺と真桜は高等部の2年6組だ。
朝のホームルーム開始のチャイムまでに着席しなければ遅刻。チャイムが鳴るのは8時40分である。
「今、30分だから……」
つまり、あと10分で教室まで行かなければならない訳だ。
……あは、あはははははは。
「誰か、俺にステルス戦闘機を与えてくれえぇぇぇぇぇ!」
「馬鹿なこと言ってないで行くわよ。やろうと思えば3分で行けるわ」
「いや、それは無理」
ま、3分は無理だとしても、死に物狂いで走ればなんとか間に合うかもしれない。
全力マラソン開始である。パパラパッパッパー。
走る。走る。ひたすら、走る。走って。走って。走ります。
「ぜえ、ぜえ……」
死ぬぅ。死ねるぅ。誰か助けてぇ……。
「黙って走りなさい。チーターに追われるトムソンガゼルのように」
そんな動物な奇想天外の話題はいらないぃ……。
ぬぅ、真桜はこのハイペースの中、まるで息を乱してません。
俺の体力がないワケじゃないよ? 体育は得意分野だよ。
さらに言えば、荷物の問題でもない。
俺、学生鞄(ほぼ空っぽ)だけ。真桜は、学生鞄(中身ギッシリ)、1億円とか入れるようなジェラルミンケース(中身ドッサリ)、竹刀袋(中身ズッシリ)。
……俺の体力がないワケじゃないよ? ホントだよ?
「校門、見えたわよ」
何ぃ!? おぉ、校門だ!
時刻を確認する余裕などないが、敷地内に滑り込めればなんとか……!
「滑り込むのは無理そうだけどね」
見れば、ガラガラと音を立てて校門が閉まっていく。な、なんで!?
「風紀委員ね。陽介以外が活動しているのは久々に見るわね……感心感心」
めったに活動しないような風紀委員! 何故この非常時に限って活動する!?
「まさか――嫌がらせかあぁぁぁぁ!?」
「わざわざ嫌がらせするような価値が、義裕にあると思ってるの?」
それはそれで酷い!
「まあ、そんなこと言ってる間に閉まったんだけど」
「ノオオォォォォォォォッ!」
なんてこったい、間に合わなかった?
この正門以外からでも敷地内には入れるけど、非常に遠回り。教室までたどり着けません。
そんな校門寸前で失速する俺に、
「空を自由に飛びたいかしら?」
「は……?」
真桜さん、いきなり何を? タケ○プターでも出してくれますか? それともヘリト○ボ?
ガシッ、っと俺の襟首を引っつかむ真桜。背が低いから大変そうです。
って、何する気!?
「舌噛みたくなかったら、口閉じてなさい」
「うおおおおおおおおっ!?」
投げた!? 投げられました! 信じられません……俺、飛んでます!
そっらをじゆーに、とびたいなー。
「――ぐふっ!」
空を自由落下して墜落しました、東雲 義裕です。痛いです。
一応、校門の高さは2メートルはあるはずなんだけど……越えちゃったよ、オイ。
くっ、俺を投げ飛ばした張本人は!?
「――っと! 何ボサッとしてるの、早く行くなきゃチャイム鳴るわよ」
「…………」
フツーに校門飛び越えてきました。
いや、2メートルはどこへ? 139センチのこの子が飛び越えたと?
校門を閉じた風紀委員の人も唖然としてるよ。
「くっ……魔法なんてあるわけない! どこかにトリックがあるはずだ!」
「いきなり何を言い出すのよ……」
だっておかしいでしょ!
この謎を解かなくては、俺は、先に進むことなどできない……!
「義裕、私は誰?」
考え込んで動かない俺に、唐突な質問を浴びせてくる真桜。
質問の意図は分からないが、一応真面目に答えておく。
「倉里 真桜」
そう、倉里 真桜。俺の幼馴染。
不良を叩き潰したり、暴走族を壊滅させたり、野犬の群れに突っ込んで行って勝利したり、喧嘩両成敗と言って銀行強盗と警官隊を両方とも全滅させたりするような少女。
付いたあだ名は“魔王陛下”。
…………。
「納得した?」
「納得」
そうだよ。トリックも魔法もない、単純な力技。
今まで起きたことを振り返れば、たった2メートルの校門を飛び越えることなんてワケはない!
いや、本来納得しちゃいけないんだろうけどさ。
納得しちゃうと何か色々ダメな気がするけどさ。
「さっさと行くわよ」
「あいあいさー」
でも納得しなきゃやってられないんだな、これが。
第2話をお送りしましたー。
魔王陛下の身体能力はバケモノ級。常人では例にあった通り、相手にすらなりません。
まあ、彼女と対等に渡り合えるバケモノも何人かはいるのですが……。
次話からは“愉快な仲間たち”の紹介話になります。