第1話:幼馴染論と朝の挨拶
――唐突ですが、“幼馴染”と聞いてどんなものを思い浮かべますか?
こんにちわ。いや、むしろ、おはようございます、か? 東雲 義裕です。本日は夢の中で誰かに話しかけている次第であります。
『誰かって誰だ?』って? そりゃ知りませんよ、強いて言えばその疑問を俺に伝えてくれたテレパスな誰かです。日本語が分かる方が希望。
日本国民よ、我が声を聞けぇいっ!
……さて、東雲式夢の中アンケート。イエス、上で言ったヤツです。『“幼馴染”と聞いたらどんなものを思い浮かべますか?』ってヤツ。どうでしょう?
我が友人α(仮)曰く、幼馴染とは大別して四種類だそうです。
タイプA“世話焼きタイプ”。
友人αのコメント
『言うなれば王道幼馴染だな。
甲斐甲斐しく朝も早くに起こしにきてくれたり、昼には弁当を作ってきてくれたりとまあ、世話女房な感じが堪らないなー。
こういうキャラは大抵の場合オプションとして、お袋さんレベルの料理スキル所持してたりするんだぞっ。
……あ? 何? 男の幼馴染? 何言ってんだお前、幼馴染って言ったら女の子に決まってんだろおおぉぉぉっ!!!』
タイプB“世話焼かれタイプ”。
友人αのコメント
『文字通り、さっき言ったのと逆のタイプだな。
“妹みたいな幼馴染”系は大体こっちに入ると考えていいだろう。もっとも“ダメなお姉ちゃん”系や“しっかり者の妹”系みたいな例外もあるから一概に言えるわけじゃないが。
このタイプはあれだな、『こいつには俺が付いておいてやらないと』みたいなことを感じるわけよ。『俺に、任せとけぇ!』って言いたくなるな。
……あ? 何? 男の幼馴染? 何言ってんだお前、幼馴染って言ったら女の子に(以下略)』
タイプC“親友タイプ”。
友人αのコメント
『まあゲームやっててリアリティを求めるなら一番のタイプだな。
前の二つは現実にいるわけないと言われりゃ、さすがに完全に説き伏せる自身はない。が、これは別だ! この気兼ねせずに付き合っている感じがいいねぇ。
大概、恋人になるエンドの他に友情エンドがあるんだが、これはこのタイプならではって感じだな。美しいぞ、男女の友情バンザイ!
……あ? 何? 男の幼馴染? 何言ってんだお前、幼馴染って言ったら(以下略)』
タイプD“ガキ大将タイプ”。
友人αのコメント
『時代はツンデレである! という訳でツンデレタイプだ。
え? そう言っちゃ実も蓋もないって? だってこれ以上に何がある?
気心知れ渡った間柄、だからこその遠慮のない罵倒、罵倒、罵倒! ああ、いいねぇ。
……え? 気持ち悪い? 何だとテメェ! 謝れ! 全国のツンデレ好きに謝りやがれえぇぇぇぇぇっ!!!』
お前が謝れっ!
コホン。テレパスな誰かはどうでしょう?
もし友人αのような考えを持っている人がいるなら、ぜひ電波を飛ばしてください。受信します。いないだろうけど。ぴぴー、ぴっぴぴー。
え……? 俺がどう思ってるかって? そうだなー、幼馴染を一言で表すならば――“魔王陛下”。
どう言うことかって? 俺の幼馴染(女・実在)がそれなんだよ。
友人αのタイプ別にのっとれば、“ツンデレからデレを抜いて、世話焼き属性を付けた、妹みたいなナリの、親友タイプ”。
いや、むしろ“ツンデレからデレを抜く”じゃなく、“クーデレからデレを抜く”感じか。『そりゃただのクールだ』とか言わんといて。
全然タイプ別になってないという意見は受け付けません。あいつはそんな枠に収まるようなキャラじゃないんだ。うん。
――ジリリリリリリリリリリリリ!
どうやら、別れのお時間です。目覚まし時計が鳴っとります。
それではテレパスな誰か、アンケートご協力ありがとう。……え? 協力してない? それは言わない約束でしょ。
それでは、また会う日までー。シーユーアゲイン!
――ジリリリリリリリリリリリリ!
目覚まし時計がうるさく音を立てている。
まあ、うるさくするのが目覚まし時計の仕事だ。彼はよくやってくれてる、うん。
ほぼ無意識で左手を伸ばし、スイッチを切る。
目覚まし君は俺が起きたと思い沈黙するが、そんなわけはない。
人はいつ、いかなる場合であっても、『あと五分……』と言うのをやめられないのだ。
かく言う俺も例に漏れず『あと五分……』と言って睡眠に入る。いや、実際には口に出さないけど。
ああ、惰眠とはすばらしい。今が何月何日何曜日、何時何分なのかも気にならないや。
この安息の時間を乱す者がいるならば、何人たりともかかってこい!
「睡眠中のあなたに警告するわ。腹筋に力を入れなさい」
睡眠体制に入った俺の耳に飛び込んでくるソプラノボイス。
あれ、この部屋には俺一人しかいない筈。何だ? もしや幽霊――
「――せいっ!」
「かばあああああぁぁぁ!!?」
腹部に衝撃! 腹部に衝撃です艦長! 浸水しています、このままでは沈みます!
ああっ、海の底に意識が沈む。ブラックアウト……。
「起きないなら――もう一発行くわよ」
「起きておりますっ、サー!」
ベッドの上に、文字通り飛び起きる。
ブラックアウトしません。あんなモノもう一発くらったらホントに沈むわ……海底どころか地獄の底にな!
「誰が男だ」
「ぐほおあぁぁぁぁぁ!」
右ストレェェェェェト! まともに入ったぁぁぁ! ダウン! カウント始めます! 3、2、1……。
「また寝たのかしら? 仕方ないわね……」
「起きておりますっ、マム!」
ガバッ、っと不死鳥の如く甦る俺。
そう何度も(強制的に)眠ってたまるか。俺はまだ死ねない!
「ちっ……おはよう、義裕」
「『ちっ』って言った! 今絶対『ちっ』って言ったよ、この人!」
「言ってないわ」
「いや、絶対言ったって「私が言ってないと言ったら言ってないのよ」……はい、言ってません」
怖いです。恐いです。眼光がおっかないです。
もし視線に物理的な力があったとしたら、この視線は原子力発電所の壁ですら貫通できる……ような気がする。
そんな恐怖の眼力(左右共に2.0)の持ち主である彼女は幽霊……ではもちろんなく、むしろ幽霊だったらどれだけよいか、夢の中でも話題になった我が幼馴染(生きてる)である。
「それじゃ改めて。――おはよう、義裕」
倉里 真桜。
我が東雲家の隣人であり、同じ学校に通う同級生にして、幼稚園の頃からの付き合いである幼馴染。
学校では成績優秀な生徒会副会長。まあ、デキル人ってやつだ。
背中辺りまである、少し茶味がかった髪を結ぶことなく下ろしている。
欠点は性格と……身長? たしか139センチだったか。俺が知る限り、学校でコイツより小さい人間は一人しかいない。同年代ではおそらく最小。
今着ている学校指定のブレザーもきっと最小サイズだろう。カルシウム足りないぞ、カルシウム!
身長とスタイル(主に胸囲)を除けば容姿も悪くない、ってかいい方だろう。
ところで、制服着てるってことは今日は平日だったか。盲点だったぜ。あやうく『あと五分……』無間地獄でループするとこだった。
まあ、起こしてくれたという事実だけ見れば感謝してもいい、むしろ感謝すべきなのだろうが……。
「マイ幼馴染、真桜。あなた、ワタシが寝てる時、ナニしましたカ?」
睡眠中、腹部に走った衝撃を忘れはしない。忘れないどころか現在進行形で痛みを訴えておるわ!
「はっ!」
「ぬがあっ! い、いきなり何すんじゃあ!」
さっきまでと違って俺に非はない……ハズ!
ってか痛え! 予備動作なしで思いっきりスネ蹴りましたよ、この人! 立ち往生の弁慶さんだって泣いちゃうよ、牛若丸!
「挨拶されたのに返さないのが悪い」
「え、今『おはよう』って返さなかったから!? つーか挨拶しないのはどんだけ罪深いことなんじゃ!」
「1945年8月9日に長崎で起きた出来事ぐらい罪深い」
原爆クラス!? 広島の小さな少年じゃなく、あえて長崎の太っちょをチョイスしてくるのが嫌味じゃないかと思うのは、はたして俺の勘ぐりすぎですかね!?
「おはよう、義裕」
俺の邪推など露知らず、真桜はまったく悪びれずに同じ言葉を投げかけてくる。
……ここは選択肢を間違えてはいけない。なんと言っても、これはテイク2……いやテイク3だ。
三度目の正直。仏の顔も三度まで。三時のおやつは文○堂。ここで間違えたら、即エンド。当然バッドエンド、それもデッドエンドだ。
落ち着け、俺! こういう時こそ冷静に! そう、あれだ、KOOLになれ義裕!
「そのネタはもう古いわ」
心の中にツッコミ入れないで! 俺のプライバシーは一体どこに!?
「プライバシー云々言いたいなら、まず小声で思考を喋る癖をなくしなさい」
え、声に出てた? うわー、俺、凄いイタイ人だ。
誰か哀れな俺に状況打開の知識をくれー!
「ちなみにKoolはブラウン&ウィリアムソン・タバコ社の、世界初のメンソール入りタバコのことよ」
そんな無駄知識はいらないぃぃぃ!
「…………」
無言の圧力を感じる。視線が重い。
しかし言わなくては! 言わなくてはいかんぞ、一等海士!
わかりました、艦長! 『ジャンボ! ハバリ!』ですね!
待て! それはダメだ、危険だ! 意味は当っているがスワヒリ語は明らかに地雷……いや機雷だ! 面舵一杯、日本語で全速前進!
「お、おはよう」
言えた! 言えましたよ、艦長!
って、言えて当たり前だよ! 幼稚園児でも普通に言えるわ!
この一言の挨拶のために一体何分掛けてんだよ俺!
だが、それだけの時間を掛けた価値はあったようだ。マイ幼馴染は珍しく微笑んでいるぞ。何て美しい微笑みなんだ。
「あと5分で準備を終わらせないと、朝食はないと思いなさい」
……なんて美しい冷笑なんだ。
「それと、寝ているあなたにしたことは『踵落とし』」
下手したら中身が出てたよ、それは。
な、テレパスな誰か。我が幼馴染はこういうヤツだ。
だが、こんなものは序の口。
“魔王陛下”はダテじゃない! って言ってコロニー落としを阻止するくらいとんでもないヤツなんだ。
分かりやすい逸話をいくつか紹介しよう。あれは一昨年の夏のことだった……。
――ガチャ。
「五分経ったわよ」
「…………」
まだ、制服に着替えただけダス。
……朝食抜き、デスカ。
「遅刻してもいいなら食べても構わないわよ? もっとも、これ以上遅刻したら進級も危ういけど」
「心を読むな! そして抜くよ! ダブるのは勘弁だよ!」
一人称で書くのは初めてなのでうまくできてるか不安です。
この物語は相当長く続く予定ですが、お付き合いしてくれると嬉しいです。