第16話:超絶技巧球技大会1
球。
“球”という字は“王”が“求”めると書く。
これは昔の王侯貴族がこぞって球状の物を高価なものとして求めたことが由来であり、古代王朝においてはボールひとつでも大変な価値を持っていたそうな。
「義裕」
「……なに?」
「本当のようで嘘な話をして現実逃避しないでくれない?」
「…………」
皆さん、ごめんなさい。今のはウソです……。
本日は球技大会。空はビーカン。絶好の運動日和。
だけど俺の心は曇天。曇りに曇って生物が死に絶えてしまう……。
「ふふふー。今年は保健室が大繁盛かな?」
「やはり何か仕掛けましたか」
体育館にて開会式が進められる中、俺を挟んで真桜が会話する。
「大丈夫だよー。地雷もレーザーもおろか、トラバサミすら使ってないんだから」
我が母、東雲 紗百合と。
「つまり他の物は使ったということか……」
「ヒロくんのご想像にお任せするよー」
ロボマン大暴れで荒れ果てたグランドを一夜にして再生したのはこの母である。
息子の俺ですら理解できない超常的な技術を駆使して、瞬く間に元通り……にはならない。見た目は同じでも機能が同じとは限らないからな。
我が母の悪癖は『トラップ作成・設置』。当然修復したグランドにもトラップが……。考えただけでも気分が暗くなる。
「問題ないわね。紗百合さんのことだから即死トラップはないだろうし」
いや、その言い方だと重傷トラップはあるんだが。
「そのとおり。即死はないよ」
だから重傷は?
「義裕」
「なに?」
真桜がこっちに顔を向けていた。目が、真剣だった。
俺、何かしたっけ?
「Who are you?」
「へ?」
『Who are you?』――あなたは誰ですか、っていきなり何を言い出す?
「分かりやすく言おうかしら――あなたは本当に東雲 義裕?」
「本当も何も、俺は東雲 義裕だけど」
質問の意図が本当に分からない。
「そう?」
「俺の偽者なんざ、いないだろ……」
「私は今の義裕は偽者じゃないかと思ってる」
なんで?
「私の知ってる義裕は馬鹿で単純で考えなしで、猪突猛進で妄想家で無駄にテンションが高くて」
おい。
「学習能力が低くてヘタレで、無駄にテンション高くてどっかネジが外れているような――」
無駄にテンション高いって2回言ったよ! そんなに高いかよ、俺のテンション!
「そんなどうしようもない変人なのよ!」
「そんなに俺を貶めて何がしたいんじゃゴラアァッ!」
喧嘩売ってんのか!? それなら買うぞ、定価の4割引きでな!
ファイティングポーズを取って真桜に拳を向ける。
この東雲 義弘! 魔王陛下如きメッタメタにしてやんよー!
「そう。それでいいのよ」
「ほほぉう、そうか。そんなに俺にメッタメタにされたいのか。いいだろう……喰らえ、我が秘拳をぐほっ!?」
す、水月……!(人体急所)
「勝てないと知っているのに理解はしない駄目さ加減。唐突に意味不明なことを言い出す変人度。それでこそ義裕」
俺ってそんな風に見られてんだ……。
「ぶっちゃけて言えば、さっきまでの義裕は見るに堪えなかったのよ。テンション低すぎでウダウダで暗くて」
どっちにしろ酷い言われようだな、俺……。
「あなたがあのままなら、私はこの世界を滅ぼそうかと思ったわ」
「スケールでかいよ!?」
「いいえ、小さいわ。壊すだけなら大したことじゃないでしょう?」
「十分大したことだよ!」
爪楊枝でダイヤモンド割れって言ってるようなモンだよ、それは!
「やれやれ、器が知れるわよ?」
「誰が350ミリペットボトルだ!」
「誰もそんなこと言ってないわよ」
ふぅ、と息を吐いて背を伸ばす真桜。
確かにテンションは低かったかも知れん。いや、事実低かったな。
いかん……いつでも楽しくがモットーの俺が、たかが母親がトラップを仕掛けただけで意気消沈してしまうとは……!
ここは是が非でもテンションを引き上げなくては! そう、いつもの100倍くらい!
「――テンション100倍、ヨシヒロマンっ!!!」
「弱そうね」
「しゃらくさい! いいんだよ、これで! 今日のサッカーは大活躍してやるもんね!」
「そう。期待して待ってるわ」
おっ? 珍しく期待してくれた?
「ただし期待を裏切れば死」
「宝くじが当たらないからって番号決める人を殴るのは間違ってるぞ」
過剰な期待は身を滅ぼすぜ。ギャンブルはほどほどにな!
「そうだよー、真桜ちゃん」
おや、母君も助け舟を――
「お葬式は結構手間がかかるから死なせちゃダメ」
「そこなのか、マイマザー!」
「そうですね。肝に銘じておきます」
真桜! そこは肝に銘じないで!
「少しは悲しんでくれよ……」
「ああ、うん、わかった」
「なんか生返事だよ!?」
色々悔しいぞ、くそっ!
「ヒロくんも元気になったことだし、先生は保健室に帰ってるねー」
元気でなかった原因はあんたなんだが、母よ。
「1年男子は籠球! 1年女子は排球! 2年は男女とも蹴球! 3年は庭球、卓球、羽球、避球、門球のどれかに自由参加だっ! 自分が参加してないときは友達や先輩後輩の応援に行くんだぞ!」
いままでロクに聞いていなかった体育委員長の説明が聞こえてくる。
今さらだけど、開会式の真っ最中だったんだよね。
それはともかく、体育委員長がまた妙なことを言い出してるな。
「今は戦時中だったかしら?」
「いや平成だったはずだけど……」
真桜が思わず戦時中と錯覚するくらい『〜球』ばっかだ。
「順にバスケ、バレー、サッカー、テニス、ピンポン、バトミントン、ドッヂ、ゲートボールのことだな」
全問正解者には豪華粗品が当たるのだ! ふっふっふっ、湯けむり温泉旅行券は俺がいただいた!
「そんな景品はないから」
「もちろん知ってる!」
ただ言ってみたかっただけだ。その方が面白い。
「ついでに卓球はピンポンじゃなくてテーブルテニスよ」
…………。
「……卓球は卓球って言うじゃんか。だから問題に入ってないんだ」
「間違えたのね。素で」
「ソンナワケナイヨ」
「……もう何も言わないわ」
そうしてくれると嬉しい。
「説明は以上だっ! 皆、豪華賞品が欲しいかあああぁぁぁっ!?」
「欲しいぞおおおおおぉぉぉっ!」
体育委員長の説明の2割も聞いていないが、自己主張は激しく!
なんてったって俺は湯けむり温泉旅行に行きたい! 行きたい! 行きたいぃっ!
「だからそんな景品ないから」
「夢はでっかく地球一周!」
「……温泉は?」
もちろん地球一周に含まれているに決まってる。
「どっちにしろ優勝しないと商品はないわ」
「じゃあ優勝する!」
「その後の野球で生徒会が勝たないと自腹と変わらないわよ?」
「じゃあ勝つ!」
「どれだけ単純思考なの?」
真桜の知る俺は単純だって言ってたじゃん。
「ハッハッハッ! 今日の俺は一味も二味も違う、言わばスーパーヨシヒロ! 大統領でもブン殴ってみせらぁ!」
「へえ、それじゃあ――」
「ただし真桜だけは勘弁な!」
「……チッ」
殴っても効かない上に、報復行動は即死攻撃だもん。誰だってやらんわ、そんなこと。
「それじゃあ球技大会、開始だああああああぁぁぁぁっ!」
「「「「「オオオオオオォォッ!!!」」」」」
体育委員長の絶叫と一般生徒の雄叫びが、体育館を震わせる。
これから生徒たちはそれぞれの戦場に向かうのだ。
生徒会しか知らないことだが、中でもグランドは第三者の仕掛けたトラップが跋扈する死地。
特に1回戦目を戦う戦士たちは生贄にも等しいだろう……はたして、彼らの運命や如何にっ!
「1回戦目は義裕のチームよ?」
「俺のとこが生贄かよ!?」
という訳で球技大会……始まってません。あれー?
それにしても短い話になってしまったような……。
どうも気分次第で書くものが増えたり減ったりしてしまうので文章量が安定しません。
ここのところ話が長くなっているから短く感じるだけで、本来はこのくらいの文量がちょうどいいんですけど。
次回以降はサッカー→他の人たちの応援→野球という流れになる予定です。
もっとも、予定通りに書けないのが私がダメ作者たる所以なのですが。(威張るな)