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意図などないインタールード

“微”が抜けました……



    ◇




 いつものこと。それが一番。

 今の日々こそが平穏。今の景色こそが安穏。


 今の生活が楽しいと、そう思う。


 今の日常が愛しいと、そう感じる。


 だから、私は――








「2月じゃあああああ!」


「朝っぱらから騒がしいわよ」


「ごはあっ!?」


 玄関先に出るなり大声で叫びだした義裕を、蹴り飛ばして強制的に黙らせる。


 新しい月が始まってテンションが高いのは分かるけど、近所迷惑を考えるべきだと私は思う。

 平日とはいえ朝。常識をもった行動を願いたいわ。


「まったく……非常識ね」


「非常識はどっちだ! お前も十分非常識じゃい!」


「黙れ。遅刻したくないなら早く歩きなさい」


「ハッ! 遅刻が恐くて学生やってられるか!」


 事実かもしれないけど、義裕が言えるセリフではない。何故なら――


「ダブるわよ?」


 そう。義裕はダブる。留年する。落第する。


「無限の彼方へ、さあ行こう!」


 学校行きなさいよ。








 2月。旧暦に換算すればまだ去年。そう考えれば現在の気温の低さも納得できなくもない。

 個人的には1月よりも気温が低いのではないか、と感じる。天気予報では明日は雪が降るとのことであるし。


 私の名前は倉里 真桜。

 私立宮水沢学園高等部2年、生徒会副会長。一般生徒からは“魔王陛下”と呼ばれている。


 “魔王陛下”――初めに私をそう呼んだのは誰だったか。


 “真桜”の読み方を少々変えただけの、工夫も何もあったものではない渾名。

 ともすれば悪口陰口の類にしかならない名称。


 最初に“魔王陛下”と呼んだのは小学の時に殴り飛ばしたガキ大将か、中学の時に蹴り飛ばした不良共か、それとも高校に入ってから斬り伏せたクサレ剣道部か……どれであったとしても意味はない。

 何であっても私が“魔王陛下”と呼ばれる現実に相違はなく、そして私はその現実を拒絶することはないから。




 “魔王陛下”の名は――終わらない夢を望む、“悪”たる私に相応しいものだろう。




「2月。節分、建国記念日、バレンタインデー、バレンタインデー……」


 ……人の思考を邪魔するような声が漏れてくる。発生位置は真横。


「ばれんたいんでー……」


 この男の名は東雲 義裕。十数年の付き合いの幼馴染。そして――変人だ。


 勉学はそこそこできるのだが、とっぴな思考持っていたりブツブツ独り言を呟いたりする変人。

 一姫は、単純な嘘も見抜けない馬鹿だと評していた。私にしてみれば、馬鹿は扱いやすいので歓迎する。

 が、義裕は変人。変人は一番使いにくい。よってこの幼馴染は扱いにくい。


 背は私より頭2つ……いや、1つと半分くらい高い。別段、身長が高いわけではない。私の背が低いから精々平均といったところだろう。

 顔は……語らないことにしよう。人間、顔が全てではないとだけ言っておく。


 『彼と付き合ってるの?』などと聞かれることがあるが、そんなことはない。断じてない。たとえ天地がひっくり返ろうが、ビッグクランチが起きて宇宙が滅亡しようがありえない。

 だいたい、私の理想の男性像というのは――いや、そんな物はどうでもいい。

 ともかく義裕は幼馴染であり、幼馴染以外の何物でもない。


 今、そんな義裕から物欲しそうな瞳が向けられている。正直うざったいわね。

 かといって無視していれば、学園に着くまでこの視線は私に向けられ続けるのだろう。やれやれ……一応声をかけてあげるか。


「何よ?」


「べっ、別にチョコ欲しいなんて思ってないんだからね! くれるって言うなら仕方なくもらうけど!」


 その態度はキモイを通り越して、非常にイタイ。バレンタインチョコが欲しいなら、素直にそう言え。


「あげるつもりなんて微塵もないけど?」


 くれって言われれば例年のように慰みチョコのひとつでもあげただろうけど、欲しいなんて思ってないって言ったし。


「…………」


「灰になるな。女子の知り合いくらい他にもいるでしょ」


 ぶっちゃけた話、生徒会メンバーは大半が女子。麦チョコひとつくらい恵んでくれる……かもしれない。断言はしない。

 それに――


「榛那なら普通にくれると思うけど?」


 まあ、特定の誰にって訳じゃなく、お世話になった人全員に配るんだけど。


「そ、そうか! ……って、バレンタインデーだよ? 恋する女の子がトキメキながら男の子にチョコを渡す日だよ?」


 ローマの聖人が殉死した日だったと思う。もしくは菓子会社の陰謀の日。

 しかもその理論でいえば、去年までの私は義裕に恋する女の子になる。……考えただけで寒気がするわね。


「そんな日に榛那にチョコをもらったりしたら俺は、俺は……ああああああ……!」


 何やら苦悩しだした義裕。

 そこで苦悩するなら、去年もらったチョコはどうなるのだろう?


 まあ、一応歩くことはできているから放っておこう。今朝はゆっくり歩いても大丈夫。義裕がおかしいのはいつものこと。

 遅刻して、ダブらなければ問題ない。


 まだ、私の日常は終わらない。








 いつものこと。それが一番。

 今の日々こそが平穏。今の景色こそが安穏。


 今の生活が楽しいと、そう思う。


 今の日常が愛しいと、そう感じる。


 だから、私は――永遠を望む。


 変わらなければいい。この日々の全てが。

 変わらなければいい。人間関係も何もかも。


 その為ならば“悪”でもいい。


 あらゆる手段によって“敵”は始末する。

 “敵”は物理的なものとは限らない。それは誰かと誰かの仲違いかも知れない。


 だからこそ、あらゆる手段で。

 全てを一定に保ち続ける為なら何だってしよう。たとえ、身近な者を傷つけたとしても。


 変えさせはしない。この日々は永遠であればいい。




 私の名前は倉里 真桜。全ての“悪”たる“魔王陛下”。


 この日常(セカイ)は私のモノ。誰にも渡したりはしない。






    ◇






「彼女の暮らす世界が夢でないなんて――誰が証明できる?」






    ◆






「おっ、茶柱」


 湯呑の中に立つ柱を見つけて、彼は呟いた。

 一般に茶柱が立つのは縁起の良いものとされるが、彼は見つけたところで深い感慨を抱かない。特に頓着することなく、お茶を飲み干す。


 宮水沢学園高等部、北棟裏。

 普段からまるで人気のないその場所で、彼はベンチに座ってお茶を飲む。平和だ……。

 ちなみに人気がない場所なのに何故ベンチがあるかといえば、彼がわざわざ持ち込んだからだ。


「人間には、時に余裕が必要なのだ」


 誰ともなしにポツリと呟いて、2杯目のお茶を入れる。茶柱は立たない。


 目を――閉じる。


「……望むだけなら猿でもできる」


 知覚する。

 学園に向かって歩く少女と少年。

 どこまでも“悪”な魔王と、いつまでも“普通”な一般人。


「努力だけなら人でもできる」


 魔王が魔王でなかった頃、そこにいたのは病弱な少女。


 そんな少女の小さな願いを、一時だけでも叶えてあげたくて。


「結果を得たなら、その時は――人以外になっている」


 叶えてあげた結果がコレ。

 少女の望みは歪に膨れ上がり、当初の色とはまるで違う。

 虹色の夢はもはや白い悪夢。何がここまで変えたのか。


 彼には分からない。知っているけど、分からない。だから、手を出さない。


 彼がその力を振るえば、全てを元に戻すこともできるけど――それはしない。


 彼は知っている。自分自身が何であるか。

 彼は知っている。それは一個人の人生など、造作なく消去できる力。

 彼は知っている。それは個人どころか世界すら手玉に取るもの。

 彼は知っている。それはどこまでもご都合主義の権化(デウス・エクス・マキナ)である魔法。


 だから――彼は自分を使わない。


「ふうっ」


 息を吐いて、知覚を終了。お茶を飲もうと湯呑みに手をかけて、




 ジャジャジャジャーン ジャジャジャジャーン




「…………」


 静寂を打ち破るように鳴り響いたのはベートーヴェンの第五交響曲ハ短調――『運命』。


 それは彼の携帯電話の着信メロディだ。

 静かな空気を穢された気がして一瞬だけ目を細めたが、気を取り直して携帯を取り出す。


 画面には『鳳ノ宮 子鳩』の文字。


「…………」


 ――ピッ。


 着信拒否。ただ今、電話に出ることができません……。


 ずずっ、とお茶を飲む。平和だ……。




 ジャジャジャジャーン ジャジャジャジャーン




 再び着信。今度は真面目に出る。


「はい、もしもし」


『今何で拒否したんですか! 何で拒否したんですか!』


 電話口から聞こえてくるのは予想通りの高い声。声優さんが演技をしているのでもない限り、十代半ばの少女の声に聞こえる。


 彼は少女の問いに少し考えてから答える。


「んー……気分?」


『うああああああ! 本条(ほんじょう)くんがそこまで嫌な人だったとは、子鳩(こばと)はとんと知らなかったですよ!?』


「子鳩にしかやらないから安心しなさい。特別待遇だ」


『そんな特別扱いはイヤですっ!』


 電話を持って息を切らせる子鳩の姿を知覚して、彼は小さく笑った。


「それで? 何の要件?」


 わざわざ電話をかけてくるのだ。それ相応の理由があるだろう。


 その気になれば彼は子鳩が伝えようとすることを知覚することも可能だが、それはルール違反。

 本人が話そうとしているのなら、それを聞くのが筋というものだ。


『あー、本条くん。怒らないで聞いてくださいね?』


「ん?」


 果てしなく不安な出だしで話は始まる。


『ええっと、子鳩は前回の“終点”で禁呪課に戻ったじゃないですか?』


「うん」


『禁呪課って封印指定の禁書が何冊かあるじゃないですか?』


「うん」


 子鳩はそこで一旦言葉を止めて、うーっと唸りだす。どう言おうか迷っているようだ。

 だが覚悟を決めて端的に言う。


『……1冊そっちに落としました』


「は?」


『だからっ! そっちの世界に落して失くしちゃったんですよ!』


 それは不祥事というレベルではない。

 封印指定の禁書といえば、ヘタをすれば国どころか星ひとつくらい楽々滅ぼせる代物もある。


「急いで探しなさい」


『もう世界に溶けちゃったから無理ですっ! だから本条くんに連絡してるんでしょ!?』


「逆ギレしないでよ……」


 彼の力を使えば確かに造作もないこと。

 ご都合主義の権化(デウス・エクス・マキナ)な魔法は世界の危機など即座に救える。


 だが――


「自分は今、この世界に対して魔法を使わない。……子鳩も知っての通りね」


『ええ、知ってます。だけど曲げてください』


「ハッキリ言うなぁ……」


 要望をちゃんと言えるのは美点だが、少しは駆け引きも考えた方がいい。


「いくら溶けてしまったとはいっても、禁書次第では一気に悪化はしないよ? 地道に子鳩が回収していけばいい」


『落としたのは“アッピンの赤い本”です。急激な悪化はないでしょうけど、影響自体は2、3日で出ますよ』


「ん。――いや」


 知覚する。


「もう影響出てるよ。予想以上に早い」


 場所はここ、宮水沢学園。より正確な位置は高等部東棟4階、科学技術部の部室。


『だったら!』


「手は出さない。拱手傍観(きょうしゅぼうかん)――それが今の自分がしなければならないこと」


 直接的に世界に力を使えない。彼が自らに課したルール。


『……これが世界に多大な影響を与えると分かっていても?』


「そうだよ」


『この影響は世界の中心人物に直接向かっていくのに?』


「うん」


 世界の中心人物――あの病弱な少女は、今や世界を支える神にも等しい。

 禁書より染み出す悪意は、彼女の元に群がっていくだろう。


『子鳩には分かりませんよ……。自分が願ったはずの魔法(セカイ)を使うのを、どうしてそんなに嫌うんですか』


「この世界は彼女のモノ。【図書館】も【揚羽蝶】も【柱時計】も、この世界にとってはただの部外者。無関係」


 彼女が世界を自分のモノと言うならば、彼女自身が守らなければならない。


『それは……子鳩も手を出すなということですか?』


「そんなことは言わないよ。これは持論だから。【揚羽蝶】たる子鳩が手を出すというなら出せばいい」


『…………』


 果たして世界をものにした少女は、より攻撃的になった“敵”から世界を守れるか。


 彼には分からない。そして――知らない。

 未来を知覚することはできるけど、それは絶えず変化する。無限に変化する可能性の世界。


『子鳩は勝手に動きます。溶けた中からひとつずつ、断片を回収します』


「ん。頑張れ」


 元々は子鳩のミスだ。その行動に何の問題もない。


『はあ……こっちからは以上です。そっちは何かありますか?』


「んー、今回のこと、【柱時計】の彼女には言った?」


『一応伝えましたけど……』


 子鳩の声のトーンが下がる。


「けど?」


『理解してくれたかどうかは別です……。はあ……2人とも真面目に取り組んでくださいよ』


「言っておくけど子鳩のせいでしょ?」


『ぐっ……。それはそれ、これはこれです』


 都合のいい奴である。


『はあ……とにかく、そういうことです。今度は“次”が始まる時に会いましょう』


「ため息ばっかりだとハゲるよ」


『ハゲませんよっ!』


 そう叫んで子鳩は電話を切った。

 ツーツーという音が、携帯から聞こえてくる。


 彼は携帯をしまってから、湯呑みに3杯目のお茶を入れた。


「やれやれ」


 茶柱が立たなかったお茶をすすりながら、彼は思考する。


 本来ならば――世界の持ち主となった彼女を説得すれば悪夢は終了する。

 もちろん説得するのは彼ではなく、少女を世界の持ち主たらしめる少年だ。

 少年が世界の真実を認識し、それを糺せば終わりのはずだった。


 だが、そんな単純な問題に、新たな問題が加わった。


「――“アッピンの赤い本”、か」


 強大な力を持った悪魔と、その配下の者たちの力を自在に操る魔法の本。

 主の手を離れた後も真名と魂の蒐集を続けたその本は、既に自律意思を持って行動する。

 世界に溶けた今、本は世界を取り込む為に少女を狙うだろう。


 だけど彼は少女を助けない。


「元よりこの身は物語には存在しない、イレギュラー」


 助けることはできない。

 彼ができるのは言葉を紡ぐことと、手がかりを残すことだけ。遥か昔にそう定め、その他を禁じた。

 一度その禁を破ったからこそ、この悪夢の世界は存在する。

 もう二度と禁を破らないと誓った。だから直接助けることはできない。


 彼が少女を助けられるとすれば、それは少年に真実を語り、世界を終了させる手助けをすること。

 この世界が終われば、世界に溶けた悪魔は消える。それは間接的に少女を助けたとも言える。


 だが、それを行うには大きな問題が存在する。


「『問われれば、世に存在せし全ての真実を答えよう』……。ふう、存在理由(レゾンデートル)を邪魔だと思うのは間違ってるかな」


 問われれば答える。つまり、訊かれなければ答えられない。


「矛盾に気づいて、そして問いを投げかけて――義裕」




 ――この夢が悪夢だと少女に言えるのは、“普通”である君だけだから。











意図などないと言っておきながら、作者の意図がバリバリ入っている話。


真桜視点。

魔王呼ばわりされてても中まで強靭凶悪かというと、また違うもの。

結局のところ見た目と同様、子供のままなんですね。


舞台裏の人たちの話。

“微”がとれて“ファンタジー”になった元凶の方々。

悪魔な話は早々に関わってくるかも……。

まあ、いきなり話が伝奇バトル物に変わることはないのでご安心を。


にしても文章がやたらと回りくどくて分かりにくくなってしまった。

今度同じような話をやるときは、もっと簡潔にしよう。


1話挟んで、次々回やっと球技大会に漕ぎ着きます。

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