第10話:地獄の特訓・蹴球編
5時限目は体育だ。ジャージを着たならグランドにレッツゴー!
昼飯はアレだったのでテンションダウンしたが、体育は得意分野! どんどんテンション上がるぜええええぇぇぇぇぇぇっ!
今日の体育はサッカー! チームワークが勝利のカギを握るぞ。
「行くぞっ、クラスメイツ! 俺達の心を一つにするんだ!」
我ながらクサい台詞だが、みんなの心を合わせれば、それ即ち最強……!
さあ、皆の衆、遠慮なく俺に心を合わせたまえ!
「そういえば義裕……お前コノハちゃんと仲良く喋ってたよな……」
おや? クラスメイトAが何やら言い出しましたよ?
「何? おい義裕、詳しく話を聞かせてもらおうか」
「お前程度が歌姫と話せるとでも思ってんのか……?」
「憎い……」
「ああ、憎いな……」
サッカーはチームワークが勝利のカギを握る……。
俺以外のチームワークは完璧だ。……俺に対する嫉妬と殺意で。
それにしてもアレだね。俺は生徒会とかで会う機会が多いから特に何か思ったりしないけど、九八の人気っぷりは凄いな。
うん、凄いぞ九八。さすがは“十七時の歌姫”。
だが俺が危険な目に遭う確率をぐぐーっと上げるのはどうかと思うんだ。命の危険をヒシヒシ感じるぜ。
などと、存在しない相手に愚痴っていると、
「ほら早くしなさい、男子。体育の時間は有限よ」
「……何故ここにいる、真桜」
はい、俺の目の前に何故かいるジャージ姿の真桜。体育は男女別だから、コイツがここにいるのは明らかにおかしいのだが……。
男共のいぶかしむ視線を受けつつ、真桜が口を開く。
「球技大会。2年のクラス対抗競技がサッカーになったわ」
あの可哀想な体育委員長が決めたんだろう。
たしかアイツは野球部。とんでもない職権乱用をして野球をするかと思えば、意外なほど普通の競技を選んできたな。
まあ、野球なんて時間が掛かりすぎて不可能だろうけど。
「で、それを言いに来ただけなのか?」
言いながらも、それはないだろうと思う。
通達するだけなら真桜が直々にやってくることはない。いつもなら適当にその辺にいる人間に言付けている。
それをしないということはつまり、何か目的があるに違いない。
そんな俺の考えは的中したようだ。真桜は言った。
「これからあなた達には地獄に行ってもらうわ」
真顔で。
「…………」
「冗談よ」
いや、顔と声がマジだったんだけど……。
冗談でも怖いよ。ジョークにしてもブラックだよ!
ほら、見なよ! 皆も固まっちゃってるよ!
真桜はそんな空気を気にせず続ける。
「本当の所は、あなた達に地獄を体験してもらうわ」
「「「「「…………」」」」」
おおっ、今まさに皆の心が一つになった……! だけど全然嬉しくないのは何故だろー?
てか真桜さん、それも冗談だよね? ジョークだよね? さっきと意味変わらないもんね。
「さて、準備を始めましょう」
冗談だと言ってくれえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
球技大会――それは体育祭を除けば唯一の運動能力戦争。
マラソン大会というのもあるが、人間と人間のぶつかり合い(物理的な意味で)が見られるのはその2つだけ。
そして球技大会にあって体育祭にない物、それが優勝商品である。
これは毎年体育委員会が用意するのだが、記録に残っている限りどの年の商品も豪華だ。
たしか去年の優勝商品はポータブルDVDプレーヤー、それもクラス全員分。予算数千円でどうやって調達したのか謎だ……。
しかし今年の球技大会の為に体育委員会に渡された予算はわずか300円。これでは豪華な優勝商品は期待できまい。
「だからさ……地獄の特訓なんてしてまで優勝狙わなくてもいいんじゃない?」
「甘いわね。たとえ見返りなどなくとも、勝利の為の努力を怠ってはいけないのよ」
……いい言葉なんだが、自分が実行するとなるとヤル気がなくなる。
おそらく他のクラスメイツも同意見だろう。なんたって俺達ゆとり世代!
「他のヤル気があるゆとり世代に謝れ」
「ごめんなさい」
真桜も同い年だもんね。同じゆとり世代だもんね。うん、ごめん。ソーリー。
「では……地獄の特訓を開始するわ」
“地獄の特訓”。それが真桜が言った『地獄を体験してもらう』の真意だ。
真桜は基本的に淡白でクールだが、負けず嫌いでもある。そしてそれは時に自分のみならず、所属する団体に対しても適用される。……つまり今回は所属クラスである2年6組に適用された訳だ。
真桜曰く、女子サッカーは問題ないらしい。
……真桜は何も言わないが、それはチーム全体が強い訳じゃなく、真桜の個人プレーで勝利できるという意味で問題がないのだろう。人類を超越している魔王陛下に対し、身体能力で互角に渡り合える女子はいない。
で、自分が出場できない男子サッカーを勝たせる為に、“地獄の特訓”を開催すると言い出したのだ。
他のヤツらは地獄は地獄でも所詮は“特訓”だと思って安心しているようだが、俺は違う。
幼い頃から真桜に付き合わされて来た俺にとって、“地獄の特訓”という言葉は非常に重い。
ああ、小学校の頃はウサギ跳びしまくったなぁ。中学の頃はコンダラ引きまくったなぁ。高校になってからも色々やったなぁ……。
そんな悲惨な過去の回想に合わせて、真桜が特訓メニューを発表する。
「とりあえずグランド10周」
おろろっ? 意外と普通の特訓メニュー。てっきりグランド100周とか言ってくるもんだと思ってた。
「ただし5分以内に終わらせて」
あー、グランドは1周200メートル。つまり2キロを5分で走れ、と? 100メートルあたり……えーと、15秒か。
つまり全力疾走を5分間継続できればノープロブレム! ――って常人にはキツイだろ!?
「ちなみに5分経ったら走り終わってなくても強制終了。走りきれなかった人には私のシュートを受け止めてもらうわ」
真桜はそう言うと、近くに転がっていたサッカーボールを壁に向かって勢いよく蹴った。
――バン!
妙な音がしてボールがへろへろと宙を飛び、ぺちっという音を出して壁にぶつかる。そしてそのまま地面に落ちて動かなくなった。
「…………」
「どうやら力を入れすぎたみたいね」
結論:サッカーボールがパンクし、ボロクズになっていた。
「加減が難しいのよね。うまくやればネットを突き破る勢いで行けるけど」
「「「「「………………」」」」」
グランド10周を死に物狂いで走る男子の姿がそこにあった。誰だって、そんなの喰らいたくないし……。
もちろん俺も全力疾走。たぶん100メートルを12秒で駆け抜けることができるだろう。人間、成せば成るのだ!
授業時間50分とは、こんなにも長いものだっただろうか……?
魔王陛下の“地獄の特訓”はグランド10周で終わるわけがなく、その後も常人にとっては辛く、できるようなできないような特訓が続いた。詳しくは割愛する。むしろ忘れさせて!
その結果、普段から打たれ蹴られ殴られ叩かれたりしている俺はともかく、他のクラスメイツは死屍累々だ。
「神は死んだと、誰が言った……?」
「あははははははは! あっはっははははっはは!」
「いっそ殺してくれ……! 頼む……」
「ああああ……あああああああああああああああああ…………」
「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」
「俺、この授業が終わったら、彼女とデートするんだ……」
「ここは俺に任せて先に行けっ! すぐに追い付く!」
「魔王陛下と一緒に授業ができるか! 俺は一人で練習する!」
カオスってる。カオスってるよ……!
みんな壊れちまった。死屍累々っていうか、それ以上にもうダメだ! 特に後ろ3人、無意味に死亡フラグ立てすぎだよ……。
「正気に戻りなさい」
真桜の一撃でインド象を3匹殺せる殺人シュートが、さ迷う亡者たちの鳩尾に正確に叩き込まれる。
命中率抜群。どこまでも自由なボールコントロールだ。グ○など敵ではないのだ、○フなど!
しかしボールを受けた人間は正気に戻るというより、瘴気に侵されたみたいだ。動いているけど目が死んでるもん。
だが、動いているだけマシとも言える。大半のヤツはピクリとも動かないからな。
「安心しなさい。地獄は次で最後よ」
ラスト宣言キタ――――――!
まあ、時計を見れば残り時間5分程度だもんな。当然っちゃ当然か。
これが最後だという言葉に希望を見出したか、廃人同然の男衆の瞳に光が戻る。
「ルールは簡単。授業終了のチャイムがなるまでに私からボールを奪うだけ」
ボールを器用にリフティングしながら真桜が言う。
「メンバーは男子全員。誰か一人でもボールを奪えればそこで終了よ」
倒れていたヤツらもゾンビのように立ち上がる。……ぶっちゃけキモいな。
「それじゃ――開始!」
その号令を聞くや否や、俺は即座に真桜に特攻する。
真桜と俺達では身体能力――特にスタミナが違いすぎる。長期戦になれば圧倒的に俺達が不利だ。
さらに、5分間とはいえ体力の消耗は既にかなりの物。狙うは短期決戦しかない!
「うりゃああああぁぁぁ!」
真桜の左後方からのスライディング。俺を見てない真桜は多少なりとも隙を――
「甘い」
隙を見せてくれない。
俺の一撃をサイドステップで華麗に躱す真桜。ニュータイプばりのスゲー反応だ!
しかし甘いのはそっちだ! その程度は『想定内です』。俺の一撃でケリがつくなど、端から思っていない!
「「ぬりゃあああああっ!」」
「ふん」
両サイドからスライディングするクラスメイトAとB。
そんな攻撃も真桜は軽やかに避けるが、俺達の攻撃はまだまだ終わらない!
「おりゃあああああっ!」
「キエェェエェェエエエエ!」
「GRAAAAAA――――!」
奇声を上げながらも次々に、入れ替わり立ち替わり、真桜を包囲するように続けられる連続攻撃。
この場に男子は21人いる。いつまでも逃げ切れると思うなよ!
「そう、俺達は1人じゃない! 皆で戦ってるんだ!」
1人でやって勝てないなら、全員で挑めばいいのだ! 村人たちが魔王を倒す!
「クサいわね」
律儀にツッコミを入れながらも、流れるような動作で攻撃を回避する真桜。
俺の記憶が確かなら、真桜がサッカーをしたことは学校の授業以外ではないはずだ。が、ぶっちゃけサッカー部並みに上手いドリブルに思える。
バット! しかし、その健闘も終わりだ! 俺達は確実にお前を追い詰めている……数の力を思い知れえええぇぇぇぇっ!
「俺達の、勝ちだ――!」
完全に真桜の動きを封じて行われるスライディングに、俺は勝利を確信してそう呟き、
「――数に頼るようではまだまだ二流よ」
スライディングが迫る最中、真桜がボールを蹴った。状況が状況ならキラーパスと呼ばれてもいいその一撃で、ボールがけっこうな速さで転がっていく。その方向には男子もいなければ誰もいない。
そもそも男子以外にグランドにいるのは真桜だけだ。真桜がパスを行っても受け取る人間はいない。
思わず俺はそのボールが転がっていくのを目で追い――
「……あれ?」
転がっていくボールを真桜が受け取るのを目撃した。――って、
「ま、真桜が2人!?」
双子? 分身の術? 質量のある残像? 何にしてもズルい!
「……言っておくけど、双子でも分身の術でも質量のある残像でもないわよ」
うわっ、読まれてる……。
てか、改めて見回しても真桜は1人しかいないし。
「双子がいないのは知っての通り。後ろの2つは使うまでもないし」
それは使えるということか? いつの間にそんな芸当を……。
ともかく、真桜がどうしてボールを取ることできたのかは何となく分かる。
多分、“とんでもなく速く動いた”だけ。つまりボールが転がるスピードより速く移動したということだ。そうすれば自分で蹴ったボールを自分で取れる。
――ちょっと待てぇい!
「勝てるかあぁあああぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!」
魂の叫び。叫ぶよ! 叫ぶしかないよ!
そんなトンデモ人間に勝てる訳ないだろうが! プロサッカー選手でも勝てんわ!
「だったら試合で使える戦術を使いなさいよ。21人でよってたかって攻撃なんて、実際使えないわよ」
そうでもしなきゃ魔王陛下に勝てるか!
村人にすぎない俺達は集団戦法を取っても勝ち目が薄いんだ! そうでもなきゃやってられっか!
「全く……何の為の村人から勇者になる特訓だったのよ?」
特訓の目的自体初耳だよ! サッカーで勝つ為じゃなかったのかよ!?
――キーンコーンカーンコーン
「はい終わり。まだまだね」
「お前が人外技を使わなければ勝ててたわ!」
……いや、まあいい。地獄の特訓は終わったんだ。勝てなくても問題はない。
元々俺たちが頑張っていたのは地獄を乗り切るためだ。終わってしまった今、勝敗など関係ない。
見てみな……。他の連中も地面に倒れつつも安堵の笑みを浮かべてる。俺たち村人の戦いは終わったんだ……!
「ああ、私に勝てるまで体育は毎回、地獄の特訓よ。先生にも許可をもらっているし」
村の平和は魔王陛下に破壊された。
「何やってんだティィィチャアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!」
俺の怨嗟の叫びはきっと体育教師まで届くはず。
他のヤツらは声を出す気力すらなく、動かなくなった。
所詮この世は神も仏も天使もなく、勇者もいなければ戦士すらいない、魔王陛下の支配下さ……。
という訳で第10話。サッカー大特訓の巻。
蹴球編と言いつつも、サッカーっぽいことはやっていないという話でした。
物語カレンダー2月上旬の行事は球技大会。第5話でも少しだけ出てきた話題ですね。2月上旬のイベントなので、代償として豆撒きイベントが消滅することになります。
本人も言っているように、義裕の運動能力は一般よりも高いです。
真桜や陽介などの人外運動能力を持っている人間と一緒にいるので目立ちませんが、普通の人間に比べれば十二分に優秀でしょう。
球技大会編に入ったら、少しは主人公っぽく活躍させてやりたいものです。