第9話:戦え、第98別働隊!
ここは学園である。
「「「「「コーノーハーちゃあああん!」」」」」
『イエーイ! みんなっ、元気ィ?』
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオ――!!!」」」」」
ここは学園……だったよな?
始まりは偶然だった。
バケツを持って廊下に立つという、今ではドラ○もんでしか見かけない所業を経験し、空腹にあえぐ俺の前を歌姫、久遠 九八が偶然通りかかったのだ。
「おやおやっ? ヨシヒロ、死にそうだねっ?」
「腹が減って死にそうなんだ、パトラッシュ……」
「とんでもなく意地汚いネロだね、キミは」
真桜に引っ張られて登校しなければならないほど、今日は時間的余裕がなかったのだ。
朝食を取れたかどうかなど、推して知るべし!
「そんなキミにこれを進呈するのさ!」
「く、食い物か!?」
手に取った感触は、布地の感触。
「布……つまりクロス。クロスは十字架。なるほど、天国からの迎えが……」
「来ないよっ! キミが行くのは地獄なのさ!」
地味に酷いね、九八さん。
それはともかく。これ、購買のエプロン……?
クリーム色のエプロンは購買で働く者の証。これを着れば即座にハラペコ生徒の救世主に大変身だ。
「ま、よく言われるけど『働かざる者喰うべからず』さ」
「つまり購買で働けと?」
あの、餓鬼共が蠢き叫びを上げる地獄で?
「あはは、安心するのさ。キミが働くのは第98別働隊だから」
……なんだ、その胡散臭いのは。
――そして冒頭に戻る。
「おい九八、これ何だ?」
『今日はとってもビッグなゲストが来てるのさ』
うわ、思いっきりシカトされた。
現在の状況を説明しよう。
位置は学園の中央広場。
そのど真ん中に派手なステージを建てて、マイクを握るのは九八。
惣菜パンが大量に入った台車を引っ張り、ステージ袖で見守る俺。
そしてステージを取り囲む、むさい男衆……。
『ささっ、みんなで呼んでみるさっ! せーのっ!』
「「「「「ヨシヒロオォォォォォォッ! ゴラァ!!!」」」」」
「なんでそんなケンカ腰なんだ!?」
さすがアイドル、と九八を褒めるべきか。こいつら九八の親衛隊なんだろうな……。
一応ステージに出て九八の横に並ぶ。
事前の打ち合わせ通り台車を引っ張ってステージに上がるけど、意味あるのかコレ? どう考えてもアイドルのコンサート会場に惣菜パンは必要ないだろ。
「「「「「テメェ! コノハちゃんから離れろやぁっ!!!」」」」」
『こらー、みんな。せっかく来てくれたゲストにそんなこと言っちゃダメさ!』
「「「「「ゴメンねー、コノハちゃん」」」」」
変わり身早っ!
しかし口ではゴメンと言っておきながら、俺に向けられる視線は非常に剣呑。デインジャー。
「なあ、これ購買の仕事か?」
『みんなっ、それじゃあ今日も行くのさっ!』
また無視かよ。今回無視されるの多くね? ……いや、そうでもないか。
完全に俺を無視して、九八は高らかに声を上げる。
『――商品ナンバー001、ローリング焼きそばパン! 初期価格は300円から。スタート!』
なっ! こ、これはまさか……
「350円!」「380円!」「400円だ!」「なんの! 430円!」「500!」「……!」「……!」
『さあ、770円! 770円なのさ! もういない? よし、山本くん落札オメデトー!』
オークション!?
こっちに向かって手招きしたので、台車を引いて九八の方に近づく。
九八はズボッと惣菜パンの山に手を突っ込み、目的の品を迷うことなく取り出す。
『山本くん、パース!』
ローリング焼きそばパンが勢いよく群集に投げ込まれる。それを受け取った男子生徒(山本くん)が6枚の硬貨を投げ返す。
凄まじい速度でステージに飛来して――
「ぐあっ! 山本っ、てめっ、何をする!」
俺の額に硬貨が着弾。普通に痛いぞ! あっ、コラ! 逃げんな山本!
『そんじゃ、次の商品に行ってみるさ!』
「「「「「オオオオオオオォッ!!!」」」」」
「だから無視すんなテメーらっ!」
しばらくして俺は意を決して九八に話しかけた。さすがに何度も何度も無視されるのはキツイが、4度目の正直ってことで。
「なあ、これオークションか?」
「ん? そうなのさ。吊り上がった値段があたしの取り分になるのさっ」
そりゃスゲー商売だ。アイドルとしての知名度やらなんやらをフルに使ってやがる。ぼったくりなような気もするが。
「スゲーなアイドル」
「んにゃ、これに参加するのはあたしのファンだけじゃないのさ」
「そりゃウソだろ……」
「ホントさ。そろそろ証拠が見えるさ」
意味深なことを言いながら、九八が再びマイクを握る。
『ささっ、商品ナンバー032、キイチゴパフェロール! 初期価格は450円から。スタート!』
「460円!」「480円!」「510円!」「ええいっ、580円!」「……!」「……!」
『さあ、970円! 970円だよ! もういない? それじゃ――』
「1200円よ」
どっかで聞いたような声が。
ステージを取り囲んでいたざわめきが静まる。
群衆の最外辺にある、ちまっこい人影。それは――
「ま、真桜っ!?」
いつもと変わらぬ雰囲気を纏って、魔王陛下がそこにいた。
『おおっとぉっ!? 1200円! 1200円が出たのさ! これ以上は出す猛者は――』
「1300円だ!」
真桜とは正反対の位置で、竹槍を構えて周囲を威圧するヤツが言う。
「よ、陽介まで……」
こいつらはいつの間に九八のファンに?
「ご覧の通りさ。このオークションにはレアモノのパンが多数エントリーされてる。つまり、美味珍味を求める者はおのずとここに集うのさ」
九八が司会を一瞬やめて、小声で俺に告げてくれた。
ああ、そうなのね。真桜や陽介が九八のファンっていうのは違和感バリバリだもんね。
それにしてもレアモノのパン、ねえ……。まあ、たしかにキイチゴパフェロールなんて普段見ないけど。
つーか、真桜も陽介も何でそんな変なパンを買い求めるんだ……。
そんなことを考えていたら、群集を二分する形で立っていた真桜と陽介が互いにけん制を始めていた。
「魔王陛下……悪いがあのパンは俺が頂く!」
「あら、日本男児の鑑であるはずの陽介が甘いものとは地に堕ちたわね。素直に私に寄越せ」
命令だ!?
「ふん。俺が食べるのではない。榛那様が甘味をご所望なのだ!」
「じゃあアンパンでも買えば?」
もっともだ。
それにしても、榛那来てるのか。今日は廊下に立ってるだけだったから、誰が来て誰が休んでるか知らないんだよな。
……あれ? 何故だかデジャブが。
「お渡しするからには最上級のモノを! コレ、常識!」
コイツに常識を語られたくない。竹槍振り回すダメ風紀委員長のくせに。
「なら私から奪ってみなさい。九八、1500円」
『あいさー! さて、いないかな? 1500円だよ?』
「ええいっ、1800円!」
陽介がすかさず言い値を吊り上げる。
「2000円」
「2400円だ!」
「2700円」
「3000円!」
どんどんヒートアップしていく両者。
元値が450円だから現状で売れても……6〜7倍はあるな。とんでもねえ価格だ。
「3700円」「4700円!」「5200円」「まだまだ、6000円!」「9000円」
おいおい……。
「負けるかあぁぁぁっ! 10000円ッ!!!」
『つ、ついにキタ―――――! 夢の5ケタ! 真桜っち、まだ行く!?』
「行くわけないでしょ」
うわっ、一刀両断。スッパリ断った。
「じゃあ陽介。言ったからにはちゃんと買うのよ?」
「ぬ……」
それだけ言って真桜は背を向けて去っていく。
『ほいほいっ、ヨースケ! 払うもん払うさ!』
「ぬぬ……」
陽介、冷や汗かいてます。
まあ、惣菜パン1つに10000円出すなんて言っちゃったもんな。そりゃイヤな汗もかく。
『あれ? 買わないのさ? あんなに意地張ったのに? 情けないのさ……それでも日本男児?』
「……会計だ。九八殿」
的確に陽介を攻撃する言葉を使い、金を出させる九八。
陽介は念願のパンを受け取ったけど、あまり嬉しそうじゃない。
もしかしたら真桜はこうする為に陽介と張り合っていたのかもしれない。怖いぞ、魔王陛下。
「やっと終わった……」
空腹のまま働きづめだった俺はもはや限界。ぶっ倒れる〜。
「ヨシヒロー、給料なのさ。いらない?」
「全力で受け取る!」
労働に見合った対価を受け取るのは当然ナリ!
「頑張ってくれたから給料は10000円さ」
「なんとっ!?」
そ、そんなもらえんの?
スゲー、10000円だよ10000円! テン・サウザンド・イェン! Yahooooooooh!
「はいさ」
そうやって手渡されたのは、惣菜パン。
「本日最高値を記録したキイチゴパフェロールさ」
「…………」
いや、うん。食べ物もらえたのは嬉しいよ。嬉しいけどさ。
でもそれ以上に空しい……。
「この気持ちはなんーだろー……」
思わず中学の時に歌った合唱曲を口ずさむ。
「ヨシヒロ、歌ヘタだね」
「うるせえっ! 10000円の現物支給って、そりゃねえだろ!」
現金が、リアルマニィが欲しいのだよ!
「現金くれええぇぇぇぇ!」
「全ての現金はあたしのモノさ」
この強欲王め! うわああああん!
涙ながらに食べたキイチゴパフェロールは涙の味がした。
「無様ね」
「ワザワザ言いに戻ってくんなぁ!」
これだから魔王陛下は――!
大学は高校より宿題が多いです……(挨拶)。
第9話をお送りします。
メインは九八と書いてコノハさん。彼女の学園内のお仕事。
アイドルだけあって集客力はかなりのもの。レアモノ売りという話題性もあり、1日にしてとんでもない金額が動くとか。
まあ、その代わり月に1回しか開催されないのですが。
次は2月初旬のイベントへの布石の話を。
なるべく早くお送りできるよう頑張ります。