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賢者の裏切り(表)

 今日も平和なもんだ。城の詰め所で仲間の衛兵たちとカードに明け暮れながら夜勤の虚しさを祓う。結界の張ってある城で一体何から守るっていうんだろうな?

 城の衛兵としてかれこれ十年近く働いちゃいるけど正直、出番らしい出番なんてあった(ためし)がない。せいぜいどこぞの婦人が貧血で倒れただの大臣がつかみ合いの喧嘩になっただのその程度だ。ああ、たまに城門の近くで陳情引っさげた平民が騒ぐことがあるか。同情はするけどな。身分が違いすぎてどうにもならねぇよ。


 衛兵がこんなにだらけていていいのかって?いいんだよ。この間召喚された勇者様が城にいるんだ。俺らが切った張ったをする前にあの人たちが解決してくれるさ。


 ほんの一ヶ月前までは勇者なんておとぎ話の存在だった。それが今は触れられる距離にいる。全員、美男美女。おまけに俺たち全員が逆立ちしても敵う気がしない。

 勇者様なんてこの国で一番強いと言われている騎士団長の訓練について行けるんだぜ?模擬戦じゃまだ団長が経験を活かして勝っちゃいるが、追い抜かれるのも時間の問題だと思っている。

 何年も鍛錬を重ねた団長にほんの一ヶ月ほどでだぞ?


 他の連中は勇者様や美女の聖騎士様と聖者様に目が行っているが個人的に一番やばいと思っているのが賢者様だ。顔が怖ぇし。

 訓練所にはあまり顔を出さないって話だから目立たないのはわかるが聞こえてくる噂はどれもこれも非常識だ。非常識すぎて誰も信じちゃいない。

 曰く、無詠唱を完璧にモノにしている。曰く、訓練で人を殺している。曰く、すでに宮廷魔道士を凌駕している……。

 訓練で人を殺してる、は無いな。殺してそうな顔はしてるが。城内で殺人があったなら俺たち衛兵が知らない訳がない。


 残りの2つは十分ありえる。三日前のゴブリン討伐で何かのトラブルで賢者様だけハグレちまったらしい。普通なら魔法使いが森の中に一人で取り残されるってことは相当絶望的な状況だ。詠唱する時間を稼いでくれるお仲間がいないんだ。怪我をしてでも生きて帰れただけで儲けもんだ。

 ところが賢者様は多少のスリキズはあったらしいがほぼ無傷だったらしい。おまけに森の中で「魔族」に出くわして殺せはしなかったが撃退したって話だ。

 そこらの宮廷魔道士が単独で「魔族」を退かせることができるとは到底思えねえ。魔法の詠唱と合わせてせいぜい相打ちが限界だろうさ。だが、もし無詠唱なら?その時点で宮廷魔道士をほぼ超えている。さらにほぼ無傷で「魔族」を圧倒できる技量を持ってる。かなりイカれてると思わないか?

 もちろん全部、賢者様が嘘ついてたって可能性もあるけどな。


《ぞわっ!》


「うお!?」


「なんだ!?」


「どうかしたか?」


「い、いや。なんか、こう、寒気みたいな嫌な感じが……。」


何だったんだ今のは……。物凄く嫌な感じが体をすり抜けていったぞ。周りを見れば俺と同じように首をかしげているのが何人かいる。





『ジリリリリリリリリリリッ!ジリリリリリリリリリッ!』



詰め所に突然、大音量の警報が鳴り始めた。全く聞き覚えのない警報だ。上官が鳴らす訓練用の警報にしちゃかなり物々しい。

というよりはこんな物理的な音を出す警報なんてあったか?普段はラッパみたいな甲高い音の警報なんだが。

さっきの嫌な寒気に続いてだ。絶対録なもんじゃねえ。


「おい、何の警報だ?」


「知らねえよ。こっちが聞きてえよ。」


「おい!誰か警報止めろ!」


状況が把握できないからか怒号が飛び交う。ところで警報がなってからテーブルの向かい側でカードのカモにされていた新人が顔を青ざめてるんだが、どうしたんだこいつ?


「おい、新入り。どうした?顔が青いぞ?」


「あの、この警報、知ってます。」


「ああ!?なんで新入りのオメェが知ってんだよ!?」


「入隊のときに習ったんです!絶対に鳴らない警報だって!」


「絶対に鳴らないって、今鳴ってるぞ!?ナメてんのか!?」


「お前はさっきからうるさい。で、新入り。これは何の警報だ?」


「こ、これは……“城の結界が落ちた”警報です。」


「…。」


「…。」


そりゃ聞いたこと無いはずだ。

城の結界が落ちた状況を想定した訓練なんてやった覚えがない。一体どうすりゃいいんだろうな?


「おい!外見ろ!なんか飛んできたぞ!?」


その言葉で窓に人が群がる。見上げれば確かに羽の生えた人みたいなのが……。魔族?


「あの辺りって賢者様の部屋じゃないか?」



■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆



 詰め所にいた衛兵の半数が賢者様の部屋に着いた。既に完全武装した勇者様や城に残っていた他の貴族が数名部屋の前で待機している。

いつも明るく灯っている廊下の照明が軒並み落ちてるせいで思ったより時間が掛かってしまった。あれ、全部魔道具なはずだから壊れてた場合は修理費バカにならないぞ。

宮廷魔道士の姿もちらほら見えるな。ありゃ賢者様の部屋に結界張ってんのか。魔族が居るかもしれないとなるとそんだけ警戒するよな。

 なんで貴族がって思うが自分の部屋に隠れていれば賢者様に何かあったときに「腰抜け」呼ばわりされて大変な目に合うからな。守る側からしたら仕事が増えるだけだから勘弁してほしいんだが。


「勇者様、兵が到着したので結界を解かせます。最悪の場合、賢者様のことは……。」


「わかった。まぁ、あの人が負けるところを想像できないんだけどね。」


勇者と一緒にいるのはアルバート公爵か。よく賢者様と食事とかしているって話だからやっぱり気になるのかね?

 くだらないことを考えていたら合図とともに張られていた結界が解かれた。同時に俺たち衛兵を先頭にドアを蹴破って勢い良く賢者様の部屋になだれ込む。



「思ったより遅かったですね。カンナさんはすぐにでも飛び込んでくると思っていたのですが。」


そんな声がバルコニーから聞こえてきた。部屋と外とを仕切っているはずの窓は開かれていて人影が二人分見える。一人は眼鏡を掛けた極悪人面、賢者様だ。その傍らにいるのは……羽の生えた肌の青白い女。大事なところだけ隠しているえらく扇情的な格好をしている。どっからどう見ても魔族だ。

 バルコニーの欄干に腰掛ける魔族とその傍らに立つ賢者様。まるで主従の関係のように見える。


「城の結界が落とされたと言うのに随分と余裕なのだな、人間というのは。よほど勇者が頼りになるのか?」


「まさか。ただ単にこの国の危機管理意識が低いだけですよ。それに、勇者と言っても私の世界ではただのガキでしかありません。そこまで警戒する必要はないかと。」


…………。


え?


 何だこれは。どうなっているんだ?なんで魔族と賢者様が仲良く話してんだ?


「賢者様……。これは一体どういうことですかな?」


公爵様も混乱してるのか取り巻き連中と一緒に前に出てきた。邪魔だから下がってほしい。


「どうもこうも。見ての通りですよ。私はこの方、アーミラ様に命を救われ忠誠を誓った。ただそれだけですよ。」


賢者様……いや、賢者はそう言って魔族の手の甲に口づけをした。


「やめろ。……汚らわしい。」


魔族が賢者の手を嫌そうに払う。


「申し訳ありません。では、忠誠を別の形で示させていただきます。」


次の瞬間、ひどい耳鳴りと吐き気が襲ってきた。あまりの気持ち悪さにとてもじゃないが立っていられない。歯を食いしばって胃の中をぶちまけることだけは耐えているがあまり長くは持ちそうにない。無詠唱をモノにしてるって噂は本当だったんだな。

 周りの仲間達を見れば何人か床に吐瀉物をぶちまけて気絶している。視界の端に勇者様たちが映ったが聖騎士様と聖者様は完全にダウンしている。立っているのは勇者様だけだ。


「存外に耐えますね。耐えたところでどうにもなりませんけど。」


賢者の見下した声が聞こえて。もう視界が霞んでよく見えない。耳鳴りに混じって悲鳴らしきものが聞こえて鉄が錆びたような臭いが漂ってきた。


「あまり殺しすぎるのも後の楽しみがありませんね。この位でいいでしょう。」


耳鳴りが止んだ。

 吐き気や頭痛はまだ続いちゃいるがさっきよりはかなりマシな状況だ。霞んでた視界が戻ると辺の凄惨さが目に入ってきた。

 公爵様の取り巻きとその近くにいた仲間の衛兵は全員、血の海に沈んでいる。公爵様と勇者様たちは無事だ。だが、あれは無事というよりは生かされているのか?


「アーミラ様。どうぞ公爵の首を。あの首を落とすのは貴女が相応しい。」


「そうか、では遠慮なく貰うとしよう。」


「ま、まて!賢者!なぜ裏切……。いや、どうやって結界を落とした!?あれは個人の力でどうこうできるものではないはずだ!。」


「ああ、それですか。そうですね。冥土の土産にお教えしましょう。」


賢者が何かを蹴ってこちらに転がしてくる。黒く焦げた棒状の物体。


「さすがは準国宝級の杖ですね。壊れること前提で運用すれば簡単に城の結界を壊してくれましたよ。一応、お返ししておきますね。」


「き、貴様ぁ!王家の宝を!許さんぞ!」


「もういいか?正直、そこで吠えている人間は見るに堪えない。」


魔族が動く。公爵様を守らなきゃいけないが、体が全く言うことを聞かない。さっきの賢者の魔法のダメージもあるが、正直に言おう。怖くて動けない。

 無詠唱で得体の知れない魔法を放つ賢者に衛兵程度じゃ太刀打ちできない魔族も一緒だ。アレの前に出て公爵様を守ったところで一体どれだけ時間が稼げるってんだ。


「酒木さん。悪いけど、この人は殺させないよ。」


そうだ、勇者様がいた。勇者様がいれば……。


「ほぉう?いいでしょう。邪魔をすると言うなら容赦しませんよ。アーミラ様、勇者は私が止めますのでその間に公爵を。」


「任せたぞ。」


殺された衛兵の剣を賢者が魔法で引き寄せて、それを合図に勇者様と賢者がぶつかりあう。

 至近距離で魔法を撃ち合っているのか剣戟の音に混じって閃光と爆発音、二人を中心に風が吹き荒れる。あの賢者、勇者様と打ち合えるのかよ。化物じゃねぇか。


「さて、覚悟は出来ているな?まあ、できていなくても殺すが。」


勇者様と賢者の戦いに気を取られているうちに魔族が剣を片手に公爵様の前に立っていた。


「ま、まて。話せば分かる。な、何が望みぐぅア!?」


容赦なく振り下ろされた鉄の剣が公爵様の顔を縦半分に切り裂いた。衝撃で眼球が飛び出し脳漿が飛び散る。


「こんな男に……。」


魔族が何か呟いた気がしたが超人二人の攻防が激しくて聞こえなかった。


「いつまで遊んでいる。陛下の下に向かうぞ。」


「お待ち下さいアーミラ様!すぐ終わらせますから!」


「そうはさせないよ!酒木さん!」


「いや、これで終わりだよ。ユウシャくん。」


「ぐ、またこの音……。」


またあの耳鳴りだ!至近距離で喰らったからか勇者様も膝をついて苦しんでいる。


「同郷の好で殺さないでおいてあげるよ。ただ、戦場に立って邪魔するというのなら容赦はしない。気絶している二人にも伝えておいてくれ。」


「く…まて…。」


その言葉を無視して賢者と魔族は再びバルコニーに向かっていく。


「では、アーミラ様。お願いします。」


「貴様こそ落ちるなよ。」


魔族は賢者を脇に抱えるようにして持ち上げると重さを感じさせない動きで飛び去っていった。

 残されたのは公爵様を含む死体の山を打ちひしがれた勇者様たち。



■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆



 この日の出来事を後の歴史学者たちはこう記している。


《エルガルド王国の滅びが決まった日》、と。


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