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とある軍人の視点

 私の名前はアーミラ・ヴォルフ。ヴィルヘルム魔導帝国、帝国軍所属……いえ、「元」帝国軍所属ですね。戦場で捕らえられてもう一年ほどになりますし、さすがに死亡扱いされているでしょう。


 軍人とは言っても前線部隊ではなく後方での兵站管理要員でした。「人間」に比べれば力も魔力も強いですが戦闘員に比べれば非力もいいところです。


 戦争の経緯は三年前に「女神教」がまた(・・)神託を得たというのがきっかけです。どういうわけかあの連中は帝国に住まう人々を「魔族」と呼称してどんな手を使ってでも滅ぼしたいみたいです。

 過去の文献を漁っても、特に帝国が彼らに何かをした記録が見つからなのですが一体何が彼らを突き動かすのでしょうね?


 さて、帝国は本来予定になかった戦争に大忙し。いきなり国境を接する獣人の国とエルフ領との二面作戦です。ただ、まともな準備ができていなかったのは帝国だけでなく彼らも同じでした。

 まぁ、エルフ側は即座に大勢を立て直して戦線を維持したのですが、問題は獣人側です。統制が取れておらずいとも簡単に彼らの領土の半分近くまで戦線を押し上げることができました。これが失敗でした。

 あまりにも戦場の動きが早すぎて併合部の統治が間に合わず各地で反乱が勃発。この対処に追われることになって前線で思うように動けなくなってしまいまいした。


 そして私のいた部隊も反乱分子の奇襲攻撃によって壊滅。他の仲間は殺されて、女性だった私は「奴隷の首輪」を着けられ……尋問という名の“女性の尊厳を踏みにじる行為”をされました。

 どういう経緯で今の「人間(飼い主)」の手に渡ったのかはわかりません。気がつけば私を嬲る存在が変わっていて「奴隷の首輪」を通した命令に「殺し」が加わりました。


 今日もまた殺しです。殺しの後は望んでもいないご褒美が与えられます。正直私も疲れました。

 今回のターゲットは先日召喚された勇者の一人、賢者:サカキ。この王国の人間に殺されるのはなけなしのプライドが許しませんが彼なら、「異世界」から来た彼の者に殺されるのなら……。

 幸いにして命令は「殺せ」で「全力」や「失敗するな」含まれていません。彼には申し訳ありませんが私の最期をお願いするとしましょう。



 「飼い主」の指定通りにゴブリンを誘導して孤立させられた賢者を追跡。後は本隊と距離が離れたところで襲います。

 しかし、賢者とはもっとこう……派手で威力の高い魔法を使う存在だと思っていたのですが。なんというか地味です。服装も深い緑色の厚手のコートで賢者らしくありません。唯一杖だけがそれっぽい感じです。それでいてゴブリンを瞬殺するのですからなんとも不気味です。


 孤立してから時間も経ちタイミングとしてはそろそろかと思っていたら突然、賢者の存在、気配が一切感じられなくなりました。見失った、そう思ったときには体がついさっきまで賢者がいた場所を目指して走っていました。ここで失敗すると私はまたあの地獄に戻されてしまう。

 必死に走って最後の藪に飛び込んだ瞬間……何が起こったのでしょうか?一瞬、賢者が見えたと思ったら目の前が真っ白になって、動けるようになったときには後ろ手に親指を縛られて拘束されていました。これ、手首を縛られるよりも厄介ですね。


 眼の前にいる賢者は、眼鏡を掛けた……恐ろしい顔を人物でした。「魔族」とは彼のような顔を指すのではないでしょうか?

 まあそんなことはどうでもいいですね。私の目標は賢者を殺してしまう前に殺されることですから。「首輪」の影響で彼に抱いてもいない殺意が膨れ上がっています。自分のものではない感情に飲み込まれないように口調もかつての上司を真似て気合を入れます。

 賢者の視線が時折、私の胸に行っているのに気づいて「最期の男が私を殺した相手」というのも少しロマンチックでは無いかと思い誘ってみますが、あえなくフラれてしまいました。





 そして今現在、賢者は何故か私の「所属」と「名前」を聞いて顔を青ざめています。なにか禁句でも言ってしまったのでしょうか?


「帝国……いや、単にトップが皇帝を名乗っているだけの可能性も……。違う。問題はそこじゃない。国という概念が存在していることが……。」


さっきから独り言が漏れています。このままでは埒が明かないので声をかけることにしましょう。


「おい、さっきから何をブツブツ言っている。もういいだろ。」


私の目的はこの男に殺されることです。それに「首輪」からの命令もだいぶ鬱陶しくなってきました。


「ああ、悪い。ついでで申し訳ないけどまだ幾つか聞きたいことが……その格好じゃアレだな。いま拘束を解こう。」


「やめろ!いま拘束を解かれたら私はお前を殺してしまう!」


この男は一体何を考えて!?……そうでした。賢者は異世界人。この世界の常識、当然「首輪」のことも知らないわけですね。


「……なるほど。その首輪と関係があるのかな?どうすれば外せる?」


「察しが良くて助かるぞ、賢者。だが、残念ながらこれは「飼い主」にしか外せない。あとは巨大な力で一気に破壊するしか無い。当然そうなれば私も無事ではないがな。間違っても切断しようとは考えないことだ。盗難防止で私もろともお前も吹き飛ぶことになるぞ。」


なるほど、と言いながら首輪に手をかけてきます。そのまま顔を近づけてきて観察したり指で弾いたりして感触を確かめています。顔が近いのが非常に恥ずかしいのですが。それに、あまり清潔にさせてもらえてないので体臭が……。


「よし、なんとかなりそうだな。ちょっと痛いかもしれないけど我慢してくれ。」


「なにを!?」


「動くな手元が狂う。」


そう言って首輪を掴んだまま賢者が目を閉じると首の方からひんやりとした空気が漂ってきます。それはみるみる強くなり耐え難い痛みを伴い始め、抗議をしようとしたら耳に非常に不愉快な音が入ってきました。

 そして次の瞬間、「カシャン」とまるでガラスが割れるような音とともに私を苦しめていた忌まわしい「奴隷の首輪」が……砕け散りました。


「おぉ。思ったよりきれいに砕けたな。あーでもやっぱり首に軽い凍傷ができてるっぽいな。死ぬことはないけどしばらくはヒリヒリすると思う。」


「なんで……。あ、いや……どうやって?」


「“なんで”は邪魔だったから。“どうやって”は金属ってマイナス200……じゃ分からんか。氷よりも遥かに低い温度にするとハンマーで叩き割ることができる。それを応用して砕いた。」


いえ、聞きたいことはそうではなく……それも気にはなるのですが、問題はまだ殺してもらって……あれ?死ぬ理由がない……。あれ?え?これからどうしたら?


……………


………


……



「申し訳ありません。取り乱しました。」


「まぁ、気にするな。理解できないわけじゃないし。」


あの後、混乱して子供のように泣きじゃくってしまいました。非常に恥ずかしいです。おかげで頭の中はだいぶスッキリしましたけど。

 今は拘束を解いてもらってお互いに向き合った状態で適当なところに腰掛けています。


「さて、聞きたいことがあると言っていましたが?」


「ああ。ところでそっちが素なのか?」


「先程までのは首輪の影響とでも思っていてください。」


殺されるために喧嘩腰でしたなんて今更言えません。


「あまり突っ込むのも野暮か。じゃあ最初の質問だ。魔族、魔王は物語に出てくるような自然災害的な存在なのか?」


「物語の魔王を自然災害というのは面白いですね。言い得て妙です。ですが魔族が帝国国民、魔王が皇帝陛下を指しているのなら完全に別物です。遥か昔より“国”として存在しています。」


「単に皇帝がいるから帝国を名乗っているのか?それとも…」


「“帝国という概念があるのか?”ですね?答えは“存在する”です。私達「有翼人」を始め様々な種族から成り立っています。建国前はそれぞれの種族毎に独立した国を持っていました。それらを初代皇帝陛下が併合して現在の帝国になっています。」


「まるほどね。魔王だ、魔族だとしか聞いてなかったから国という概念がない触らなければ比較的安全な存在ぐらいの認識でいた。こう、獣人の国のもっとヤバイ感じ?」


「あんな拳ですべてを決める政治の“せ”の字も知らないような連中と一緒にしないでください!」


心外です。


「悪かった。しかし、そうなると俺たち勇者は完全に無関係な国の戦争に強制的に巻き込まれたわけか。救いようがないな、この世界の「人間」とやらは。」


「あの……賢者様?」


笑っています。背筋が凍る用な笑顔で。瞳にはやり場のない感情が渦巻いているのが見て取れます。


「様付けで呼ばれるような身分じゃないよ?」


「ですが……その……恩人ですから。」


「それで気が済むならいいか。さて、次の質問だ。君の飼い主とやらは誰だ?」


「アルバート公爵とその取り巻きです。」


「あれか。」


「ご存知なのですね。」


「えらく熱心に食事に誘って来てたからな、あの一派は。何か裏がありそうだとは思っていたけど公爵だと王家とかなり近いからあまり雑にも扱えなくてね。俺を殺すための情報収集と周囲への印象操作を同時にやってたのか。」


「印象操作ですか?」


「“賢者とは食事仲間だ。私が彼を殺すなんてありえない”っていうアピールだよ。こいつは今後の障害だな。うまく排除しないと。」


できれば私の手で殺してやりたいですが、せっかく助けてもらった命です。復讐にかられて無駄に散らすことだけはしたくありません。


「じゃあ最後の質問だ。これが俺にとってある意味一番重要なんだけど。」


「なんでしょうか?」


「俺を帝国まで運ぶことはできるか?」


「はい?」


この方は今なんと言いましたか?


「失礼ですが、なぜ帝国に?」


「まずこの国にいてもまた命を狙われるのが見えているのが一つ。次に、帝国にはこの戦争で勝利してもらうためだ。その協力をしたい。」


「勇者は帝国を……魔王を滅ぼすために召喚されたのですよね?」


「あれは召喚じゃない。拉致だ。俺たちがいた国の法律も完全に無視している。異世界と同盟を結んだなんて話も聞いたことが無い。拡大解釈をすればこの世界の国々は俺たちの世界に対して宣戦布告をしたようなもんだ。敵の敵は味方。だから帝国に協力する。ついでにこの世界に存在する勇者召喚のシステムも完全に破壊する。」


この人は私と同じです。望んでない環境に追いやられて望んでもいない役を演じさせられている。唯一、違うとするなら私は奴隷になる可能性を知りながら戦場に立ちました。

 では彼らは?私のような覚悟もないままこの世界に縛られて、そして搾られる。いま私の目の前にいる恩人はその一人です。だったら私の答えは一つです。


「失礼します。」


一言断りを入れてから賢者様を抱えて森の木々よりも少し高い位置まで飛び上がりほんの僅かに滞空し、ゆっくりと地面に着地します。


「問題ありません。移動速度と距離が落ちますので途中、野営が必要になりま……どうかしましたか?」


賢者様の顔がなぜか赤いです。


「わかったから一回おろして。お願いだから。」


言われた通りに降ろします。なにやら「オヒメサマダッコ」という言葉が聞こえましたけど何なのでしょうか?


「ふぅ……よし、落ち着いた。問題なく運べるみたいだな。ただ次からは別の方法で頼む。お願いだから。」


「はぁ、わかりました。では早速向かいましょうか?」


「城に置いたままにしているものを幾つか回収したい。そうだな……。」


何かを考えながら賢者様はご自身の腕輪をイジっています。イジる度にピッピッと奇妙な音がなっていますがあれは何でしょうか。

 気になっているとその腕輪を外してこちらに差し出してきます。


「こいつは決まった時間に音を出す道具だ。今日から三日後、つまりこいつが四回目の音を出したタイミングで城に迎えに来てくれ。」


「む、無理です。城には結界が。」


「そんなことはわかっている。それはこっちで何とかする。たぶん四回目のアラーム、音が鳴ったときに城で騒ぎが起きるからそのタイミングで来てくれ。」


「分かりました。」


「ああ、それと…………………、って感じで。よろしくな。」


「は、はい。善処します。」


最後の最後でとんでもない注文が来ました。この方、結構えげつないですね。


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